ザ・コミュニスト

連載論文&時評ブログ 

貨幣経済史黒書(連載第40回)

2021-10-03 | 〆貨幣経済史黒書

File39:パナマ文書/パラダイス文書流出事件

 貨幣経済下では、国家といえども貨幣収入を得て‘生活’しなければならないわけであるが、その最大の‘収入源’となるのが税収であることは言うまでもない。他方、徴税される側にとって、納税は強制献金に近い収益減をもたらすもので、とりわけ納税額が巨額に上る富豪層・法人大企業は租税回避への強い欲求に駆られやすい。
 そこで、古くから合法的に納税額を圧縮する租税回避の法的テクニックが開発され、租税回避に積極的に協力することで産業基盤の弱さを補ってきた小国群がある。中でも、中米の小国は外国企業や個人資産管理会社等を税制上特待するタックスヘイブンまたはパラダイス(税金天国)となって、租税回避行為の舞台を提供してきた。
 そうした長年の慣行とその実態が歴史的なスパンと規模とをもって発覚する事件が、2016年から17年にかけて相次いで起きた。通称パナマ文書(2016年)、パラダイス文書(2017年)と呼ばれる法律事務所等の内部文書が流出し、ドイツの南ドイツ新聞が入手、国際調査報道ジャーナリスト連合と連合加盟報道機関によって共同解析されたものである。
 中米パナマの法律事務所から流出したためパナマ文書と通称される内部文書は、1977年から2015年までに作成された1000万件を超える文書や電子メールなどおよそ2.6テラバイトに上る電子データで、現地で設立された約20万件の法人名や個人名も明記されていた。
 名前の挙がった個人は、世界の首脳級政治家や著名経済人、アスリート、芸能人やかれらの親族など多岐に及び、かれらがタックスヘイブンを利用して租税回避や資金洗浄を行っていた実態が明るみに出た。
 一方、パナマ文書と同様の経緯で解析されたパラダイス文書は、英領バミューダ諸島の法律事務所やシンガポールの法人設立サービス会社等から流出した内部文書で、電子データ容量の点ではパナマ文書より少ないものの、期間的には1950年から2016年というまさに歴史的な長期間に及び、かつ舞台となった国・地域も中米のほか欧州のマルタを含む19に及ぶ総合的な資料―というより史料―であった。
 ここでも、首脳級政治家や著名経済人、アスリート、芸能人やその親族のほか、アップルやナイキといった巨大多国籍企業の名も明記され、多国籍資本による租税回避行為の実態も明らかになった。
 この文書で暴露された手口のうち、資金洗浄は違法行為となる可能性があるが、タックスヘイブンに資産管理会社を設立して資産運用を行うオフショア投資は合法的な節税の手段であり、いわゆる脱税に当たらないということが重要である。
 もっとも、実質的に見れば、ペーパーカンパニーに近い在外会社に資産を移転するのは資産隠しも同然であり、こうした手法が「合法」とされるのは法の抜け穴にすぎないが、法の制定に関わる政治家もしばしば租税回避行為の実践者であるから、法の抜け穴封じに動くことはなく、むしろ内部文書の流出阻止の法的スキームの構築に動くだろう。
 そのため、こうした流出文書によって明るみに出たケースはまさに氷山の一角、ほんの一部でしかない。とはいえ、両文書によって、貨幣経済の極致とも言える現代資本主義社会における致富行為の技術的な手法が生々しい形で明らかにされたことも疑いない。
 とりわけ、多国籍資本は国という政治的な枠組みを超えて活動する経済的アクターであるから、一国での課税に縛られずに活動する。一方で、国際連合のような国際機関には徴税権がないため、多国籍資本全体に一律課税することは不可能である。
 一方、資本主義社会は身分より能力(=金を稼ぐ能力)に基づく社会と喧伝されているわけだが、金を稼ぐ能力に加え、稼いだ金を隠す能力が致富の秘訣であることも明確になった。同時に、名前の挙がった富豪層・大資本の資産額の天文学的数値、また富豪層の暮らしぶりは、まさに現代の貴族―大資本も法人貴族と言える―と呼ぶにふさわしいものである。
 しかも、両文書でしばしば著名人の親族の名が挙がるように、蓄積された資産は能力主義が強調される資本主義社会でも認められている贈与や相続といった能力によらない資産移転制度を通じて親族・子孫にも継承されていくのであるから、富豪層は貴族称号こそ保有しなくとも、経済的な面では世襲貴族も同然の存在である。
 ちなみに、当「黒書」にふさわしい付随的事件として、パナマ文書で名前の挙がった首相側近者を含むマルタの有力政治家の疑惑を拡大的に追及していた同国の女性調査報道ジャーナリスト、ダフネ・カルーアナ・ガリジアは2017年10月、車爆弾により暗殺された。報道に対する報復殺人と見られている。


コメント    この記事についてブログを書く
« 近代革命の社会力学(連載第... | トップ | 近代革命の社会力学(連載第... »

コメントを投稿