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「女」の世界歴史(連載第30回)

2016-06-15 | 〆「女」の世界歴史

第二章 女性の暗黒時代

(3)封建制と女の戦争

⑤女性戦士ジャンヌ・ダルク
 イタリアの愛国者とも言うべきトスカーナ女伯は出自上貴族階級であったが、フランスの愛国者ジャンヌ・ダルクは農民階級から出て、しかも戦場で戦士として戦闘参加もしたという点において、例外中の例外であった。
 ジャンヌ・ダルクの父ジャックはフランス北東部ロレーヌ地方はドンレミ村の土地持ち農民にして徴税人という中農的な存在であった。そのような当時のフランスではごく普通の庶民家庭に生まれたジャンヌがどのようにして専門的な戦闘能力を体得したのかは、謎である。
 少なくとも、神秘的な「神の啓示」だけで説明が付くものではなく、おそらくジャンヌの戦闘能力については伝説的な過大評価が含まれているのかもしれない。元来、彼女は当時英仏百年戦争で窮地に陥っていたフランスの敗北を予見したある種の預言者として登場し、当時の国王シャルル7世の知遇を得た。
 戦場でのジャンヌの活躍については、様々な伝説があるが、実際の戦闘行為そのものよりも、宗教的・精神的な鼓舞の面で貢献していたものと思われる。その点では、同じような働きをしていたイスラーム教創始者ムハンマドの妻アーイシャに通ずる一面もある。
 しかし、当時の封建軍隊ではまさしく紅一点の女性戦士の立場は弱く、後の異端審問で問題とされたように、ジャンヌは男装で通していたが、これは男性兵士からの性的暴行被害を避けるための策だったと見られている。
 英仏戦争におけるフランスの最終勝利がすべてジャンヌの功績というわけではないが、彼女が参加して以降、戦局が変わり、フランス優勢に傾いたことはたしかである。この功績により、彼女と一族は貴族に列せられた。
 にもかかわらず、愛国者ジャンヌは最終的には祖国に裏切られる形になった。ジャンヌがフランス国内で激化したシャルル7世と反シャルルのブルゴーニュ派との間の内戦にシャルル派側で参加し、ブルゴーニュ派に捕らわれた時、シャルルは釈放の努力をせず、ブルゴーニュ派がかねて通じていたイングランドへ引き渡されるのを阻止できなかったからである。
 こうして敵イングランドの手に落ちたジャンヌは異端審問の結果、異端者として火刑に処せられ、短い生涯を終えた。この審問は結論先取り的なある種の茶番劇であり、イングランドに屈辱を与えた不可解なフランス人少女を見せしめにすることが狙いであった。
 ジャンヌ救出のために何もできなかったことを後悔したらしいシャルル7世は、ジャンヌの刑死後、20年以上を経て、フランスで復権裁判を支援し、彼女の名誉回復を図っている。
 ジャンヌのような事例は、後にも先にも、欧州ではもちろん、世界的に見ても稀有であり、全くの奇跡的存在であったが、それを可能としたのはフランスの亡国危機という非常事態であったのだろう。

補説:魔女狩り
 イングランドがジャンヌに課したのは被告の性別を問わない異端審問裁判であって、魔女裁判ではなかった。欧州で魔女の概念が生じたのは、ちょうどジャンヌが生きた15世紀前半頃とされるが、ジャンヌ存命中はまだ魔女狩りは本格化していなかった。
 ただ、当時の男性たちの通念からすると異例尽くめの神秘的で不可解な女性ジャンヌに対する裁判には魔女裁判的な要素もあったと言えるかもしれない。
 悪魔と契約して妖術を用い、禍をもたらす者という意味での「魔女」概念が確立し、該当者の告発と裁判が欧州で組織的に行なわれるようになったのは、続く16世紀から17世紀の時代にかけてであった。
 この時代は西洋史上、中世を過ぎ、近世に入ってきた頃であり、ルネサンスと科学的な思考が芽生え始めた時代である。そういう時代に迷信的な魔女狩りが隆盛となったのは一見不可解ではあるが、合理主義と非合理主義の共存現象自体は、「科学の時代」とされる現代でも続いていることである。
 魔女は定義上イコール女性ではなかったのだが、特に女性、中でも貧しい女性が狙われたのは、男性主導によるキリスト教会制度の確立に伴い、キリスト教における女性蔑視の思想が高まったことによるものと考えられる。
 ただし、実際の魔女狩りによる犠牲者数については、研究の進展により、従来想定されていたよりも少ない推定が主流化し、おおむね数万人であり、地域による差異も顕著であったと考えられるようになっている。また、同時代のアジアなどでは見られなかった現象である。
 とはいえ、魔女狩りは女性の暗黒時代の到達点とも言える象徴的なジェンダー弾圧事象であったが、同時に、その終息が女権にとっての近代的な黎明期の出発点ともなったのである。


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