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貨幣経済史黒書(連載第38回)

2020-09-20 | 〆貨幣経済史黒書

File37:投資の陥穽事件簿

 “Money begets money.”(貨幣は貨幣を産む)とも言われるように、貨幣は利殖によって殖やすことが可能である。利殖を目的とする投資という行為は、融資と並び、貨幣経済において古くから重要な機能を果たしている。しかし、そこには大小様々な罠が潜んでもいる。
 中でも、俗に「ねずみ講」(無限連鎖講)と呼ばれる利殖スキームは、その俗称のとおり、会員組織を立ち上げ、金銭を支払って加入した人が、さらに二人以上の加入者を紹介し、その結果、出費額を超える金銭を後で配当金として受け取ることを繰り返すことで、多産のねずみの如くに利殖していく仕組みである。
 まさしく貨幣が貨幣を産むこのようなスキームが原理どおりに運用されていくなら、無限に会員が増殖することにより、配当金も累積していくはずであるが、会員が無限に増えることはそもそもあり得ず、いずれかの時点で破綻し、会員組織を立ち上げた原初会員あるいはグループだけが配当金を懐に入れる結果となる。
 このような利殖スキームの発祥地は、やはり貨幣経済の王国アメリカと見られ、ピラミッド状の会員組織の形態から、かの国では「ピラミッド・スキーム」と呼ばれている。
 このようなスキームはある種の投資詐欺であり、大がかりな組織が破綻したときには、社会問題となる。その点、日本では1970年代の天下一家の会事件が最大規模である。1980年に破綻したこの事件では、被害者数100万人超、被害額2000億円近くに上り、無限連鎖講を禁ずる法律が制定される契機ともなった。
 創立者の内村健一は所得税法違反で有罪判決を受けたが、詐欺罪に問われることはなく、総額でも70億円余りにとどまった配当の完了は破綻から25年を経た2005年まで要している。
 さらに、ねずみ講が政治的な騒擾をさえ招いた異例として、1997年に破綻した東欧アルバニアにおけるねずみ講事件がある。この時代のアルバニアは革命により社会主義体制から資本主義体制へと急激に移行する過程で、事実上政府黙認のねずみ講会社が多数現れた。
 それは武器の密輸等の闇取引による利益を配当原資とし、地下経済ともリンクした大がかりなねずみ講スキームであり、国民の三人に一人が参加するという国民総ぐるみのねずみ講という異例の狂奔が発生した。
 しかし、このような国民総ねずみ講は、当然ながら数年で破綻し、多くの国民が被害を被った。これを契機に、政府のねずみ講加担に怒った市民の抗議行動が暴動に発展し、治安部隊との衝突で数千人の死者を出す事態となった。
 日本とアルバニアという時代も場所も離れた二つのねずみ講事件は、いずれも資本主義経済の発展期ないし創成期におけるマネー・ブームを背景に、庶民が少額の手元資金を元手に利殖しようという欲望を募らせたことに付け込まれたという点で共通性がある。
 ねずみ講はピラミッド状の階層的な会員システムによって運用されるが、これに対して、会員システムによらず個別に募集した出資金を運用せずに、新規の出資者から集めた資金を在来の出資者に配当金として回すようなスキームもある。これは、繁栄の1920年代アメリカでこうしたスキームによる詐欺を働いたチャールズ・ポンジにちなんで、「ポンジ・スキーム」と呼ばれる。
 しかし、ポンジを超えるポンジ・スキームで長年にわたり詐欺を働いていた人物が、バーナード・マドフである。NASDAQの創設に寄与し、NASDAQ会長を務めたこともあるこの人物は、1960年代から投資運用会社を経営し、著名人や内外の有力金融機関をさえ顧客に抱えていたが、その内実は10%を上回る高利回りを謳って投資家から資金を集めながら、実際には市場で運用せずに投資家への配当に回すだけの典型的なポンジ・スキームであった。
 この事件は、サブプライム危機、リーマンショックの際に、顧客から出資金の償還を請求されたことで発覚したのであるが、被害金額は650億ドル(約7兆4000億円)とも言われ、米国史上最大規模の詐欺事件に数えられている。
 これらの事件はその規模の大きさゆえに名を残しているが、より小規模な投資詐欺事件は枚挙にいとまがない。そして、すべてに共通するのは、被害額の弁償はほとんど、あるいは一部しかなされないということである。なぜなら、各スキームが破綻した時には、運営者の手持資金も底をついているからである。


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