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良心的裁判役拒否(連載第20回)

2012-01-27 | 〆良心的裁判役拒否

実践編:裁判役を拒否する方法を探る

第10章 市民的不服従へ

(1)個人的拒否から集団的拒否へ 
 
前回まで、裁判員制度は不正の制度であり、その廃止を公然求めることをためらう必要はないこと、そしてその突破口は良心的拒否にあることを論じてきました。
 ただ、良心的拒否は本質的に個人的な実践であって、それを通じて直ちに制度の廃止につなげることは困難です。それはまだ、制度の維持を前提に「少数者」の尊重を求めるというレベルにとどまります。
 そこで、言葉の真の意味で「拒否から廃止へ」を実現するためには、個人的な拒否を集団的な拒否へと高めていく必要があります。このような個別的な良心的拒否を超えた集団的な良心的拒否は、もはや狭い意味の「良心的拒否」にとどまらない市民としての不服従=市民的不服従へと発展していきます。
 良心的拒否の先覚者ソローが論文タイトルに冠した「市民的不服従」は、彼が示したような孤独な単独行動ではなく、集団的な連帯行動のうねりに高められて初めて生きてくるのです。
 そこで考えなくてはならないことは、今はまだ各地で個々ばらばらに実践されているであろう良心的裁判役拒否の集団的なうねりをどのようにして作り出せるだろうかということです。
 最も端的なのは、一種の運動体を結成することです。こうした運動体は裁判員候補者として抽選される前の市民同士の予備的なものであれば、現状何ら問題なく結成できるのですが、問題はいざ裁判員候補者に抽選され、呼び出されてしまった場合です。
 そうした場合、候補者は連携して情報交換し合い、励まし合いながら拒否行動に出たいところですが、裁判員法はこうした連帯行動を妨げるかのような規定を置いているのです。
 すなわち同法101条1項前段は「何人も、裁判員、補充裁判員、選任予定裁判員又は裁判員候補者若しくはその予定者の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならない。」と定めています。
 この規定は一見して「個人情報保護」を趣旨とするように読めますが、それは本人以外の第三者―特に裁判所職員をはじめとする訴訟関係者―にも個人特定情報の保護が義務づけられている限りにおいてのことです。「何人も」という文言には本人自身も含まれるわけで、例えば、裁判員候補者に抽選されたあなたや筆者が自らその事実を個人が特定されるような形で公表することも禁じられているのです。このことによって、裁判員候補者同士(裁判員同士も)が横に連帯することが妨げられてしまいます。
 ただ現行法上、この規定には違反した場合の罰則が設けられておらず、いわゆる訓示規定にとどまることが一つの救いです。従って、この規定に公然と違反して裁判員候補者同士が徒党を組んでもそれだけで制裁を科せられることはないわけです。
 もっとも、訓示規定とはいえ、法の規定に違反することは例の「不公平な裁判をするおそれ」の認定に影響する可能性はあり、排除されることも考えられますが、裁判役を拒否したい市民にとってはかえって好都合なことでしょう。
 もし今後、裁判員制度に対する市民的不服従の運動が盛り上がれば、当局は先の法101条に過料あるいは刑罰の制裁規定を付加する法改正で応じてくる可能性もないことはありませんが、そこまでの挙に出られた場合は、匿名で参加できる形の運動体を結成すること―その際は、インターネットが有用でしょう―を考えればよいと思われます。
 ただ、注意すべきは、態度を決めかねている裁判員候補者に対して、裁判役を拒否するよう説得することは、場合により裁判員法107条に定める裁判員等に対する威迫罪に問われるおそれがあることです。
 同条は第1項で過去の裁判員経験者等への威迫罪を定めていますが、第2項では現役裁判員、裁判員候補者等やその親族に対してまで、「面会、文書の送付、電話をかけることその他のいかなる方法をもってするかを問わず、威迫の行為」をすることを最大で2年の懲役刑をもって禁じているのです。裁判員法上の様々な罰則規定―過料から罰金、懲役刑まで罰則のデパートでもあります―の中でも一番重いのがこの威迫罪です。
 処罰されるのは「威迫」ですから、常識的な範囲内で裁判役を拒否するよう勧めることは「威迫」に当たらないはずですが、「威迫」とは「脅迫」より広く漠然とした言葉で、一般に「他人に対して、言語、動作で気勢を示して、不安、困惑の念を生じさせること」とされていますから、迷っている裁判員候補者にやや強い調子で拒否を説得して悩ませたりするようなことをすると、「威迫罪」が成立しかねないおそれがあるのです。
 従って、裁判役を集団的に拒否するにあたっても、理解ある弁護士の助言は不可欠になるでしょう。


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