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貨幣経済史黒書(連載第39回)

2021-08-22 | 〆貨幣経済史黒書

File38:欧州債務危機とキプロス・ショック他

 貨幣経済下では、国家も国民を構成する個人や法人企業と同様、一個の経済人格として貨幣取引をしなければ活動できないが、借財もその一つである。その結果、国家もまさに個人と同様に借金を負い、それが返済不能になるという危機的事態に直面することがある。これが債務危機である。
 ただ、債務危機と言うと、従来は先進国に対する膨大な累積債務を抱えた途上国が返済不能に陥るという、まさに多額の負債を抱え、返済不能に陥った個人と同様の事態が想起され、実際、そうした事例は南米諸国などでしばしば発生している。
 ところが、2010年代に発生した欧州債務危機は、一般には先進国とみなされてきた欧州諸国で連鎖的に債務危機が発生し、世界に余波が及んだため、衝撃を与えた。欧州でこのような危機が生じたのは、実のところ国債(ソヴリン債)が原因であった。その意味では、先進国的債務危機とも言える。
 発端となったのは、ギリシャにおいて国家会計の粉飾決算というまさに企業不正のような事案が2009年の政権交代に伴い発覚したことにあった。これにより、ギリシャ国債の格付けが切り下げられたことで、その価値が暴落した。当時、ギリシャ国債は海外金融機関が大半を保有していたため、その暴落は世界の株価やユーロの為替の下落に直結した。
 このギリシャ国債危機はギリシャ一国で終わらず、当時それぞれの要因から財政赤字を抱えていたポルトガル(P)、アイルランド(I)、イタリア(I)、スペイン(S)にも波及し―ギリシャ(G)を加えた五か国の頭文字を取り、侮蔑的な意味合いでPIIGS諸国と呼ばれた―、さらにギリシャと強い結びつきを持つ同じくギリシャ系の島国キプロス(南キプロス)にも波及し、欧州全域の金融危機に発展したのである。
 中でも特異な経緯を辿ったのは、キプロスである。観光以外に収入源のないこの地中海の小国は金融立国としての発展を目指した結果、当時の同国の銀行資産はGDPの約8倍、預金残高は同じく約4倍にも達しており、金融機関が肥大化していた。
 そこへ経済的な結びつきの強いギリシャからの金融危機の余波が直撃したため、キプロスの銀行に多額の不良債権が発生し、経営危機に陥ることとなった。支援を求めたキプロスに対し、ユーロ圏側は2013年、キプロスの全預金に最大9.9%の課税を導入する条件での支援を決めた。
 これは実質上、キプロスの銀行預金者に一律10パーセント近い預金削減を強いるに等しい内容のため、パニックに陥った預金者が銀行に殺到、ATMの準備金がショートする羽目になった。この大混乱を解決するため、最終的に、大手二行の整理に加え、10万ユーロ超の大口預金者に絞って破綻処理費用を負担させる修正案で合意し、事態を収拾したのであった。
 このように、キプロスでは、金融危機に際して銀行預金の一方的削減など金融機関の利用者や受益者に負担を強制するベイル‐イン(bail-in)と呼ばれるショック療法的な新手法が初めて適用されたことで、キプロス・ショックと呼ばれるようになった。
 ところで、国債と言えば、日本も膨大な国債の債務を負っている国として名高いが、日本国債は伝統的に日本国内での保有率が高く、海外金融機関の保有率は10パーセントに満たない。しかし、償還期限が一年内の割引国債である国庫短期証券を加えると10パーセント超となっており、予断を許さない。
 日本国債はある種の鎖国状態を保つことで破綻を先送りできる仕組みではあるが、国債で財政を補う借金経営を永遠に続けていれば、いずれは返済不能に陥ることは個人と同じである。
 その点、現今のパンデミックに対応する経済対策により赤字国債の発行が増え、財政赤字が拡大していることを懸念し、大手格付け会社が昨年、日本国債の将来見通しを引き下げる動きを見せた。エコノミストらは格付けそのものは引き下げられていないとして楽観しているようであるが、果たしてどうか。


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