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近代科学の政治経済史(連載第50回)

2023-03-03 | 〆近代科学の政治経済史

十 宇宙探求から宇宙開発へ

天体の観測に始まる宇宙探求は近代科学が創始される以前から主に占星術と結びついて発展したが、同時に近代科学の出発点とも言えるものである。実際、近代科学への道を拓いた画期的な理論の一つである地動説は太陽の観測に由来する理論であるし、地動説を提唱したコペルニクスやガリレイをはじめ、近代科学黎明期の科学者の多くは天文学者でもあった。当初は純粋に宇宙への科学的関心に根ざした宇宙探求も、20世紀後半以降は軍事目的からの国家間競争を助長する宇宙開発へと転化していき、さらに21世紀になると、宇宙旅行や宇宙間移住まで視野に収めた商業目的の宇宙開発も立ち現れる。かくして、宇宙科学は政治経済が絡む生臭い領域となってきている。


科学的宇宙探求の始まり
 広い意味での宇宙科学の中でも最も歴史の古い分野は宇宙空間に存在する天体の観測を中心とする天文学であり、それは自然科学全体の中でも最も古い学術分野に属している。エジプトをはじめ、古代文明圏のほとんどすべてが何らかの形で天文学を発達させている。
 しかし、それらの古代天文学はいまだ科学の体を成しておらず、天文学と占星術の区別はほぼなかった。しかも、占星術はしばしば権力者が政策決定の基準とすることすらあったため、前近代的な占星術はそれ自体政治性を帯びていた。
 占星術を離れた科学的な天文学が現れるのは、ようやく西欧ルネサンス時代のことである。コペルニクスやガリレイはそうした科学的天文学の始祖でもあるが、惑星の運動全般をより理論的に法則化したのはヨハネス・ケプラーであった。
 彼が発見した楕円軌道の法則・面積速度一定の法則・調和の法則の三法則に整理される「ケプラーの法則」は地動説を数学的にも証明する法則として現在まで確立されており、おそらく史上最初の科学的な法則理論でもあった。
 彼の理論の画期性は、コペルニクスやガリレイでさえ円運動と誤認していた惑星の運動軌道について、正しくは楕円運動と定式化した第一法則にある。とはいえ、ケプラーも神秘的思想と絶縁していたわけではなく、ピタゴラス学派や新プラトン主義の哲学を信奉していた。
 ケプラーの立てた法則をより物理学的に純化し科学理論として凝縮させたのがアイザック・ニュートンであり、彼の恒久的な業績である万有引力の法則は、ケプラーの法則が成立する根拠を万有引力として説明し直したものとも言える。
 ニュートン以前、天体を含む物体の運動は何らかの流体や媒質の作用によって媒介されるとするルネ・デカルトの渦動説がとりわけ大陸ヨーロッパで有力であったため、ニュートンの万有引力論が当初「オカルト的」という批判を浴びることになったのは皮肉なことである。
 もっとも、ニュートン自身、オカルト的な研究も並行的に行っており、万有引力についてもその根本原因については何らかの非物質や神の介在を思念していたと言われ、ニュートンでさえ、純粋の科学的思考によっていたわけではなかった。
 とはいえ、主としてケプラーとニュートンによって拓かれた科学的天文学はその後の宇宙科学の理論的な土台として恒久的な意義を持つことになるが、それは政治過程に組み込まれていた古代占星術とは異なり、政治から切り離された純粋科学としてスタートした。

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