九 資本の再生産(3)
・・・・・・単純再生産の場合にも、そこでは言葉の本来の意味での蓄積すなわち拡大された規模での再生産は排除されているとはいえ、貨幣の積立てまたは貨幣蓄蔵は必然的に含まれているということである。そして、これは毎年新たに繰り返されるのだから、これによって、資本主義的生産を考察するときに出発点となる前提、すなわち、再生産の始まるときに商品転換に対応する量の貨幣手段が資本家階級ⅠとⅡの手中にあるという前提は、説明がつくわけである。
現実の資本主義生産体制は理論モデル的な単純再生産ではなく、拡大再生産によって存続しているわけだが、単純再生産にあっても、貨幣の積立てにより手元資金が維持されていなければ持続しない。単純再生産と拡大再生産とをつなぐものが、貨幣蓄蔵である。個別資本が利益の内部留保に精を出すゆえんである。
・・・現実の蓄積、生産の拡大が行なわれるようになるまでには、もっとずっと長い期間にわたる剰余価値の貨幣への転化とこの貨幣の積立てとが必要だということもありうる。
個別資本における蓄積のメカニズムは第一巻で扱われたが、「個別資本の場合に現われることは、年間総再生産でも現われざるをえないのであって、それは、ちょうど、われわれが単純再生産の考察で見たように、個別資本の場合にその消費された固定成分が積立金として次々に沈殿していくということが年間の社会的再生産でも現われるのと同様である」。
マルクスが例として掲げる最も初歩的な再生産表式は次のとおりである(貨幣単位は省略)。
A 単純再生産の出発表式
Ⅰ 4000c+1000v+1000m=6000
Ⅱ 2000c+500v+500m=3000
:合計=9000
B 拡大再生産の出発表式
Ⅰ 4000c+1000v+1000m=6000
Ⅱ 1500c+750v+750m=3000
:合計=9000
ここで問題とするのはB表式であるが、仮に部門Ⅰの剰余価値の半分500mが蓄積に回るとすると、単純再生産法則Ⅰ(v+m)=Ⅱcに従い、上例どおり(1000v+500m)Ⅰ=1500(v+m)=1500Ⅱcとなる。
さらに蓄積された500mのうち、400が不変資本に、残り100は可変資本に転化すると仮定すると、Ⅰの表式は次のように変化する。
Ⅰ (4000+400)c+(1000+100)v+(1000-500)m=6000
次いで部門Ⅱでは、蓄積の目的で部門Ⅰから100Ⅰm(生産手段)を購入し、貨幣100を支払う。この代金100はⅠの表式で可変資本vに追加され、上記表式が4400c+1100(1000+100)vに変化する。
他方、部門Ⅱの側では部門Ⅰから購入した生産手段により不変資本に100が追加されるが、これを処理するのに必要な新たな労働力の買い入れに50vを投入する。この不変・可変資本の増量分合計150はⅡの剰余価値から支出される。すると、上記Ⅱの表式は次のように変化する。
Ⅱ (1500+100)c+(750+50)v+(750-150)m=3000
この新たな基礎のうえで現実の生産活動が行なわれるとすると、次年度末には次のようになる。
Ⅰ´ 4400c+1100v+1100m=6600
Ⅱ´ 1600c+800v+800m=3200
:合計=9800
こうして初年度9000の社会的総生産が9800に増大した。マルクスは爾後、5年間に均等な率で拡大再生産が繰り返されて、最終的に総生産合計14348にまで達する過程を詳しく記述しているが、ここでは割愛する。
さらに進んで、マルクスは資本主義的生産が発展し、可変資本と不変資本の割合が1:5に高度化した場合を想定して検討を加えてもいるが、いずれにしろ、マルクスの数式では生産手段生産部門である部門Ⅰを基軸とし、大規模な蓄積を実現するⅠが消費手段生産部門である部門Ⅱの蓄積の帰趨を決定付けるという構造が前提となっている。
しかし大量消費社会である現代資本主義では部門Ⅱの領域が拡大し、部門Ⅱの蓄積動向が経済成長の指標となるような構造に変化しており、マルクスとは逆にⅡを基軸とする新たな修正表式が必要かもしれない。
☆中括☆
以上、七乃至九では、『資本論』第二巻を構成する第一篇「資本の諸変態とその循環」、第二篇「資本の回転」、第三篇「社会的総資本の再生産と流通」に各々沿って、個別資本及び社会的総資本の流通過程を見たが、再生産表式論で知られる本巻は『資本論』全巻中で最も経済原論的な性格が強い難解な巻であり、その晩期資本主義に即した読解は容易でなく、本連載でも十分には展開できなかった。