たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
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奥野克巳
立教大学異文化コミュニケーション学部教授
東南アジアの熱帯雨林とその周辺地域に住む人びとを対象に調査研究を進めてきた文化人類学者。
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切り離され
フィールドワーク
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2009年08月03日 18時15分29秒
さきほど、昼過ぎに、4ヵ月半ぶりにビントゥルに到着した(写真は、マレーシア国内航空機とビントゥル空港)。成田を発って丸一日、ずいぶん遠くに来た感じがする。この4ヶ月間は、いつもになく目まぐるしかった。詳細は置くが、旅の途中でつらつらと考えるに、個々の解決はおそらくは正しいのだが、全般に方向づけとしては間違っているというのが、いまのところの、わたしの暫定的な見通しである。それは、わたし自身が取り巻かれた問題についてのみ言っているだけではなく、言ってしまえば、物事のすべてにわたってである。初年次学生に対する教育プログラムの練り上げ方は、教員の創意工夫の総和というべきもので、おそらくは正しい。しかし、そういったかたちでの教育の仕組みは、学問とは何かを考える上では、正しくないように見える。ひどい躁鬱の患者に対する投薬とカウンセリングは、おそらくは正しい。しかし、そういった解決自体の方向づけのおおもとのところで、それは正しくないように思われる。政党のマニフェストは、それはそれで正しい。しかし、はたして、そのようにしてアッピール性だけで行われる政治のあり方は正しいとは言えるのだろうか。身近なエコからはじめるというのは正しいかもしれない。しかし、それだけではなく、人間と自然の関係を考えなければならないという点で、エコノミー的な理解だけを流通させている理念としてのエコは正しくない。わたしたちは、日々まっとうな各論に没頭しているように見えて、実は、間違いだらけの総論に向かっているのではないだろうか。船乗りは、しっかり与えられた仕事をしているが、海図には先が描かれていなかったり、海図そのものがデタラメだったりする。厄介なのは、実は、船乗りたちは、海図に先がないことや、それがデタラメであることをすでに知っているにもかかわらず、どうすることもできないことのほうなのかもしれない。弁証法的思弁の行き着く先が、戦争の時代の到来とでもいう事態がある。根本のところにいったい何があるのか、個人的には知りたいと思う。現実から切り離されたイデアが、一人歩きしている現実。それを、カール・ポランニーを援用しながら<離床>と呼んでいる人類学者がいた。出発前にちらっと読んで、きわめて印象深く感じた。それは、日常に埋め込まれた経済活動を、経済学が扱う対象として切り離すことであり、言ってみれば、実体主義からの形式主義批判であるが、たんにそれだけではなく、身体と精神、自然と文化もまたどうやら、<離床>しているようなのである。手元にその論文がないが、勝手に解釈するとこういうことなのかもしれない。身体から身体そのものがイデアとして切り離され、操作の対象となった(例;医療と身体)。さらには、精神もまた切り離されて、心の問題を考えるための土台となった。文化は自然を、場合によっては改変し、場合によっては、それらは共存してきたが、今日、自然はイデアとして、自然からも切り離されて、独立した地位を与えられるようになった。そうして切り離されたイデアたちは、今度は、わたしたちの現実に襲いかかって、現実をあらぬ方向へと誘い込むように見える。考えてみれば、時間、学校、政治、算数など、わたしたちの身の周りには、現実そのものから切り離されたものがおびただしく存在する。考えてみたいのは、非農耕民としての狩猟民が、そういった切り離しの事態、切り離された事物をどういうふうに扱うのかということである。さしずめ、それを、今回のフィールドワークの主題としておきたい。
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