6月8日
中瀬沼
中瀬沼は、1888年の磐梯山大噴火と山体崩壊のときに形成されました。この大惨事は大量の土砂を押し流しました。
岩屑が川をせき止め、土石流が堆積しました。水は低地や堆積物の方へ流れ込み、中瀬沼を含むおよそ300の湖沼が
形成されました。
展望台やレンゲ沼探勝路(700m)や中瀬沼探勝路(1.2㎞)の休憩所から、中瀬沼と磐梯山の景観が一望できます。
一日に数本のコミュニティバスに乗り遅れ、タクシーで中瀬沼展望台入り口まで。
中瀬沼付近の探勝路には数年前から熊野被害が出ていて、襲われた人もいるということで
警戒すべき場所でした。
展望台を目指して、緩やかな坂道を歩きました。
展望台の近くだけ急な坂道があるだけでした。
展望台まで来るとグループの人たちが次々到着して、ガイドの説明を聞いていました。
そこで私も初めてこの美しい景色は多くの人たちの犠牲の上に作られたことを知りました。
磐梯山の噴火による岩なだれで多くの人たちが犠牲になった谷底に水がたまり、この湖沼群を
作りました。自然の美しさと共に怖さを知りました。
1888年の山体崩壊は裏磐梯側で起き、水蒸気爆発により小磐梯を崩壊、消滅させ、岩なだれが477名もの命を奪い
流れ山地形とともに川をせき止め桧原湖など多くの湖沼群をつくりました。大地は悲惨な状況となりましたが、
熱い溶岩流におおわれたわけではなかったので植生の回復は意外に早く、植林事業の努力もあって今は風光明媚な
観光地となっています。 磐梯山ジオパークより
磐梯山も岩なだれによりえぐられたような形になりました。
帰りのコミュニティバスには乗り遅れないように、時間を取って下って行きました。
バス停の名前がサイトステーションというのでそこまで行って、バス停の場所を聞きました。
サイトステーションの一角ではなく、道路の反対側の建物の少し奥まった所にバス停がありました。
こちらがバス停ですが、休暇村の駐車場にあり、バスが中まで入ってきて回ってくれると説明があったのですが
何とバスらしき小さな車が先の道路を中を回らずまっすぐ行ってしまって、取り残されたかと心配しましたが
戻ってきました。休暇村の建物まで行ってピックアップして戻るルートだったのです。バスと行ってもすごく
小さな車でした。乗せたもらったのは私達だけ。コミュニティバスは地元の生徒の送り迎えが目的ということで
観光客も乗せてくれると説明にありました。北塩原村のコミュニティバスは無料です。
この日は日曜だったせいかバスとは言えないような小さなワゴン車でした。タクシーが通った表の道とは
全然違って、通学する子供の家に沿ってグルグル回るようなルートで、宿泊施設がいろいろあるところと回って
おもしろかったです。そこの子供たちがウィークディに利用するのですね。
小野川湖入口まで乗せてもらい、会津バスのバス停で猪苗代行きのバスに乗り替えました。
サイトステーション発 11:06 |
小野川湖入口 11:22 |
猪苗代行きバス 12:00→ 12:35 |
猪苗代 12:52JR磐越西線快速会津若松行 会津若松 13:20 |
後は予定時刻通りで会津若松まで行くことができました。
June 8 2025 Urabandai
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