goo blog サービス終了のお知らせ 

Reflections

時のかけらたち

La prima cosa bella (First Beautiful Thing) 

2025-05-06 23:55:07 | movie

5月4日

ポスタービジュアル

暖かい陽がそそぐ樹林墓地にお墓参りに娘と行って、近くの緑の中を散歩してランチを取った後に、一度家に戻り、
有楽町の朝日ホールで開催されているイタリア映画祭に行きました。連休にたいていどこにも行かないので、イタリア映画祭
で面白そうなイタリア映画を時々見に行くことがあり、ここ数年は特に楽しみになってきていました。

新しい映画の中から今イタリアで話題になっている映画をみつけて、見に行くのも楽しいのですが、今回一番見たかったのは
「はじめての大切なもの」でこれ1本に絞ることにしましが。このほか、Vermiglioや後からFolleMenteも面白そうと思いましたが
オリヴィエイラ特集の方も継続されるのかどうか気になっていました。



 

La Prima Cosa Bella は2011年に上映されたことのある今回の特別上映作品でした。

さらに、イタリア映画祭25周年を記念し、「イタリア映画祭2011」での上映以来、国内では鑑賞することができなかった
はじめての大切なもの」の上映も決まっている。「人間の値打ち」のパオロ・ビルジ監督の隠れた傑作として知られ、
イタリアトップ女優のミカエラ・ラマッツォッティの出世作でもある。

                                         映画.com ニュースより

「はじめての大切なもの」

「イタリア映画祭2025」(2024年5月1~6日=東京・有楽町朝日ホール/5月10、11日=大阪・ABCホール)上映作品。

2010年製作/118分/イタリア
原題または英題:La prima cosa bella

Directed By: Paolo Virzì

Anna(da giovane):Micaela Ramazzotti
Anna:Stefania Sandrelli
Bruno (adulto): Valerio Mastandrea
Valeria(adulta):Claudia Pandolfi
Mario:Sergio Albelli
Loredano Nesi, detto Loriano:Marco Messeri
Avvocato Cenerini:Dario Ballantini
Cristiano Cenerini:Paolo Ruffini
Bruno(bambino):Giacomo Bibbiani
Valeria(bambina):Aurora Frasca
Bruno(adolescente):Francesco Rapalino
Valeria(adolescente):Giulia Burgalassi
zia Leda:Isabella Cecchi

First Beautiful Thing - Official Trailer


 

タイトルだけで何の解説も見ていなかったので、先入観0で見た映画で、最初この二つのエピソードがどう繋がるのだろうと
ワクワク感があるさすが作り方がうまい映画でした。スピーディに二つの家族が描かれて、時間差があり、同じ人だったのだと
わかるまで少し時間がかかり、監督にしてやられた感じ。私が鈍すぎたのかもしれません。この若いママの生き方の話かと
思っていたのが、この男の子が軸になっていたのがわかり、スッキリしたのが家に帰ってから見たアメリカ公開の際のトレーラーを
見てからでした。ずっとLa Prima Cosa Bellaは何を指すのだろうかと考え続けて見た映画でした。しかしテンポのいい映画で
飽きさせず、ヴァイタリティあふれるイタリアのマンマから目が離せません。美人コンテストに選ばれたことから起こる予想外の
出来事にもパワフルに子供を愛し続け、生き抜いて、人生を愛した女性の話です。

でもこの映画のストーリーの軸は息子のブルーノが亡くなる寸前の母と再会し、その愛を取り戻し、生きる力を得て行く
最後のシーンにつながる映画でした。

10数年前の少し古い時代のイタリア映画らしいイタリア映画でした。
結婚観なども変わりつつある時代に、何か原点を突きつけられたような感じ。市役所の人が執り行う結婚式の
シーンが一番感動しました。そのテキストが欲しいのだけれどみつけることができませんでした。結婚ってそういうもの
なのだったねと。母がなくなる前に結婚したいと言い、病床で式を挙げ、子供にも囲まれ、生涯を閉じて行く・・
今失われつつある結婚、家族とはと考えさせられるコメディでもありました。結婚式の言葉に涙がたまりました。
このママにとっては最初の結婚がLa Prima Cosa Bellaだったのかもしれません。映画の流れでは次の結婚の誓いだったのですが。

見る人によって、どの視点で見るかでも変わってくる、監督からいろいろ投げかけてくるようなそんなおもしろい映画でした。

 

 

LA PRIMA COSA BELLA はじめての大切なもの  

 




朝日ホールへ向かう途中で見たディスプレイより

 

Bicerin 映画の後はトリノ発の老舗カフェでBicerinをいただきながら、映画の話で
贅沢なイタリア映画祭のひとときでした。ヘミングウェイやニーチェも好きな飲み物
だったとか・・・ エスプレッソに、チョコレート、生クリームが層になっていました。
とてもおいしかったです。

 

 

May 4  2025   Ginza

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「東京物語」と「ベルリン天使の歌」・・・"Tokyo Story " and "Der Himmel über Berlin"

2025-04-17 23:57:59 | movie

偶然借りた二本の映画。二つとも若い頃に見たことがあるのだけど、ベルリンの方は最初の方のトーンが暗すぎて
確かTVでやっていたのだと思うけれど途中で見るのをやめた記憶。「Perfect Days」から「リスボン特急」を見て、そして
ベルリンに来たわけ。「パリ・テキサス」も何となく見た記憶があります。「ベルリン天使の詩」はあまりにも見ごたえが
あるので驚きましたが、「Perfect Days」からずっと遡って繋がっている感じがよくわかります。

1月に借りたまま、見る暇もなく、サブスクの料金がもったいなくもうやめようと思っていたところでした。
2本とも素晴らしく、またいい映画を発掘し見る時間を作らないとと思いました。

 

 

4月3日 「東京物語」

映像がとにかく素晴らしい。
日本家屋のあの縦線がなんとも新鮮です。
始まると心が震えてドキドキしてくるのがわかります。この地味な映画にある不思議な力。
カメラが低い位置からとらえている場面も素敵。

昔見た時はなんだか自分の子供は冷たくて、原節子演じる女性だけが老夫婦の心を温かくしてくれた映画としか
記憶がありませんでした。

今見ると笠智衆がなんとも表情が素晴らしい、名優ということを初めて実感しました。昔からなんであんなに棒読み
と思っていましたが、表情というかにじみ出てくる人柄というか・・・

 


東山千栄子もすごい女優さんで、演じているとは思えないほど自然でした。
私は祖母を思い出して思わず涙が流れました。

だれもが心にいろいろなものを抱えて、それでも生きて行く、淡々と・・ あきらめにも似て。

私は小津の作品を見ると自分が生まれてかすかに覚えている幼少期の風景や家庭の絵が浮かびます。
なつかしいとも何とも言えないもの。その時代を全く知らない若い人が見るとどんな風に思うのかしらとも
思います。彼の映画は昭和の記録としてもすごいと思います。特に映像が素晴らしいです。
そして日本語の美しさやあの時代の何か楚々としていて、礼儀正しく、気品に溢れた佇まいにあこがれてしまいます。


松竹のデータベースによると2012年に英国映画協会が10年ごとに発表している映画監督358人による史上最高の映画の
第一位に選ばれたという。ヴェンダース監督を始め、ヴィクトル・エリセ等多くの監督が小津の映画のファンが多いです。

 

1953年製作/135分/日本
配給:松竹
監督 小津安二郎
脚本 小津安二郎 野田高梧 撮影 厚田雄春 
出演 原節子、笠智衆、香川京子、山村聡、三宅邦子、安部徹、大坂志郎、東山千栄子、杉村春子、中村伸郎、東野英治郎

 

『東京物語』予告篇

 

 

4月14日~15日 「ベルリン・天使の詩」




 

『ベルリン・天使の詩』日本版劇場予告編

 

1987年製作/128分/G/西ドイツ・アメリカ合作
原題または英題:Der Himmel uber Berlin
配給:東北新社
劇場公開日:2021年11月5日

その他の公開日:1988年4月23日(日本初公開)

監督:ヴィム・ヴェンダース
キャスト:ブルーノ・ガンツ(ダミエル)守護天使
     ソルヴェーグ・ドマルタン(マリオン)サーカスのブランコ乗り
     オットー・ザンダー(カシエル)守護天使
     クルト・ボウワ(ホメロス) 老詩人
     ピーター・フォーク(本人役)

 

何十年も前に少しだけ見た思うこの映画の出だしからのすばらしさになぜ気が付かなかったのだろう。
最初に出てくるこの詩だけでもすごいインパクト。それは私の子供時代に思っていたことだから。

オーストリアの詩人、ペーター・ハントケ*の「幼年時代の歌」
                        *2019年にノーベル文学賞受賞


子供は子供だったころ
いつも不思議だった
なぜ僕は僕で君でない
なぜ僕はここにいてー
そこにいない

時の始まりはいつ?
宇宙の果てはどこ?

この世で生きるのは
ただの夢?
・・・(略)

小学生の6年の頃だったと思う。時の始まりと宇宙の果て、永遠についていつも思っていて、担任の先生を
心配させた。

初めて見た時にこの映画があまりにも暗く、そして天使らしからぬ天使・・ とにかく見る気がしなかった。
今回は「Perfect Days」で初めてちゃんとヴェンダース監督の映画を見て、「リスボン特急」を経て、このベルリンを
見ることにしたもの。

映画のクレジットに安二郎に捧ぐに驚き、後に彼はロベール・ブレッソンとサタジット・レイを今なら加えた
だろうと語ったという。私の好きな映画監督たちです。この天使はリルケの詩『ドゥイノの悲歌』の世界観に
基づいた映画と書かれていました。リルケも学生時代からひかれ続ける詩人です。

この映画が描く、戦争、冷戦終結直前のベルリン・・暗く重圧感が立ち込め、人々のうめき声が聞こえる
天使たち。映画も黒白の世界です。霊や心の世界をあらわしています。誰でも寂しい心を抱えて生きて、
思い通りに行かない人生。それでも悲惨な戦争や終わり、生きていることを感じ始める人々。人間として生きる
感覚が甦ってきます。戦争と平和もこの映画のひとつのテーマだと思いました。

ダミエルは永劫の時に漂うより、自分の重さを感じたい、風を感じたいと思うようになります。永遠の幻より
なにげない一日の素晴らしさを感じて行きたいと・・・すべての感覚が目覚めるところはPerfect Daysに通じる
ように思いました。

ダミエルが霊から人間になって、映画の感覚も動き始めます。色がカラーになり、ダミエルの感触がこちらにも
伝わってきます。

一方、老詩人のホメロスは世界はたそがれていくような中、私は語り続ける。歌に支えられ、物語は現在の混沌に
足を取られず、未来に向かう。幾世紀をも往来する物語は終わり、今は一日一日を思うのみ。勇壮な
戦士が主人公でなく、平和なものだけが主人公の物語。私が諦めたら人間は語りべを失う。

映画の最後にも人々には語りべがいると結んでいる。語りべは映画だったり、文学だったり、音楽やあらゆる芸術表現
のような気もする。

もう一つのファンタジーはマリオンとの愛。恋?
この世の生はただの夢、サーカスが終われば夢から覚めるというマリオン。
でも彼女はすべては偶然ではなく、必然だったということに気づく。
初めて真剣に考え決断をする。

「一体だったなんて、誰が本気で言うかな。僕は一体だ。ふたりは有限の生命の子ではなく、永遠のイメージを孕んだ。
ふたりで孕んだイメージ、それは僕の命。終生の伴侶だ。ふたりだという事の驚き。男と、女の、驚き。それが僕を人間にした」
このダミエルの言葉がいろいろな比喩的な表現なのかどうかは見た人の解釈によって違うだろうかと思います。新しい世界とか
世界の歴史を作るという言葉も個人のこととも思えません。ベルリンや世界情勢のこともふくみ、一番小さな単位では二人、
男と女から始まるのかも。この世にどうして男と女がいるのだろうとか不思議なことも考えさせられる映画で天使と人間の
ラブ・ストーリーと言った簡単な映画でないように思えて、そこがまたおもしろい映画でもあり、単純に人間としてこの世に
生きることとはとも感じさせられる映画でした。
 

忘れるところでしたが、ピーター・フォークもいい味を出していました。ヴェンダース監督はキャスティングもすごいです。
映画の重要な要素です。

おまけ)
また日本びいきの彼は京都や東京という地名を出したり、飾ってあった絵は竹久夢二だったり、デヴィッド・ボウイ以前の
ようなロック歌手のコンサートでは日本人の女の子のいきなりの日本語の台詞も流れたりしました。

 

*「ベルリン・天使の詩」 わらべうた 原詞 ペーター・ハントケ Peter Handke
第1章
子供は子供だった頃
腕をブラブラさせ
小川は川になれ 川は河になれ
水たまりは海になれ と思った
子供は子供だった頃
自分が子供とは知らず
すべてに魂があり 魂はひとつと思った
子供は子供だった頃
なにも考えず 癖もなにもなく
あぐらをかいたり とびはねたり
小さな頭に 大きなつむじ
カメラを向けても 知らぬ顔 

第2章
子供は子供だった頃
いつも不思議だった
なぜ 僕は僕で 君でない?
なぜ 僕はここにいて そこにいない?
時の始まりは いつ?
宇宙の果ては どこ?
この世で生きるのは ただの夢
見るもの 聞くもの 嗅ぐものは
この世の前の世の幻
悪があるって ほんと?
いったい どんなだった
僕が僕になる前は?
僕が僕でなくなった後
いったい僕は 何になる?

第3章
子供は子供だった頃
ほうれん草や豆やライスが苦手だった
カリフラワーも
今は平気で食べる
どんどん食べる
子供は子供だった頃
一度は他所(よそ)の家で目覚めた
今は いつもだ
昔は沢山の人が美しく見えた
今はそう見えたら僥倖
昔は はっきりと
天国が見えた
今はぼんやりと予感するだけ
昔は虚無におびえる
子供は子供だった頃
遊びに熱中した
あの熱中は今は
自分の仕事に 追われる時だけ

第4章
子供は子供だった頃
リンゴとパンを 食べてればよかった
今だってそうだ
子供は子供だった頃
ブルーベリーが いっぱい降ってきた
今だってそう
胡桃を食べて 舌を荒らした
それも今も同じ
山に登る度に もっと高い山に憧れ
町に行く度に もっと大きな町に憧れた
今だってそうだ
木に登り サクランボを摘んで
得意になったのも 今も同じ
やたらと人見知りをした
今も人見知り
初雪が待ち遠しかった
今だってそう
子供は子供だった頃
樹をめがけて 槍投げをした
ささった槍は 今も揺れてる 
(日本語版字幕より)

われらの僅かな存在を過ごすためなら
葉のはしばしに(風のほほ笑みのような)さざなみを立てながら
ほかのどの樹より少し暗い姿して立つ
月桂樹として生きてもいいのに、なぜ
特に人間の存在を生きねばならないのだろう?
 -そしてなぜ運命を避けながら
運命を求めて生きねばならないのか?…
 おお、幸運が在ることが、その理由ではない。
幸運とはやがて間近く来る喪失の前の部分を早まって利得として
 取ることだ!
好奇心からのことではないし また感情を試して使うためでもない。
感情は月桂樹のうちにも在るかもしれない…
だが人間が人間の存在を生きる理由は この地上の今を生きること
 それ自身が大したことだからだ。そして
われわれ人間の存在が 現世のすべてのものにとって必要らしい
 からだ。
これらの現実のほろびやすい物たちが 最もほろびやすい存在で
 あるわれら人間に
ふしぎに深く関わるのだ。おのおののものはただ一度だけそのもの
 として在る。
ただ一度だけだ。ふたたびはない。しかし一度だけ存在したということ
 地上に実存したこと これはかけがえのない意味のことらしい。

 

 

次はオリヴェイラ監督の「アブラハム渓谷」を見てみたい。

借りるのはイタリアの長編「輝ける青春」

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

リスボン物語 Teresa Salgueiro ・・・ Lisbon Story by Venders

2025-01-16 23:59:29 | movie

11月に借りていた「リスボン物語」をやっと見る時間ができました。
サブスクで1ヶ月に4枚借りれるのになんとまた止まってもったいないと思うのですが、
また見たい映画が出てきて、なかなかやめられません。

リスボン物語はあみさんのシャンソンを聴きに行ったときにテレーザ・サルグェイロを知り、見てみたいと
思っていたので借りました。

 

 

Lisbon Story (1994) - Trailer | Director's edition

 

 

録音技師ビンターの許に、友人の映画監督から1枚の絵葉書が届く。国境のなくなったEUの道路を通ってリスボンに彼を
訪ねるビンターだったが、当人はビデオ映像を残して消えていた。ガンマイクで街の音を拾って歩く彼の耳に、美しい女性
テレーザの歌声が届く……。リスボン市の依頼を受けたベンダース監督が、映画百年にあたって世界最高齢のオリベイラ監督
を迎えて軽やかに綴った映画への愛の賛歌。

                                                    映画.comより

1995年製作/104分/ドイツ・ポルトガル合作
原題または英題:Lisbon Story
配給:フランス映画社
劇場公開日:1995年8月26日

監督: ヴィム・ヴェンダース
脚本: ヴィム・ヴェンダース
撮影: リサ・リンズラー
編集: ペーター・プルツィゴッダ、アンヌ・シュネー
音楽: ユルゲン・クンーパー、マドレデウス
出演: リュディガー・フォグラー、パトリック・ボーショー、テレーザ・サルゲイロ、マノエル・ド・オリヴェイラ


 

 

ヴェンダースはその国の空気を切り取るのが得意。Perfect Daysでもそうでした。彼の目で見る日本の美しかったこと。
リスボンも同じでした。それはリスボンなのだけど、彼の目で見たリスボンで、どの映画にも同じものが流れている
と思いました。

たくさんの仕掛けがあり、あちこちに宝物が潜んでいるようで・・ Perfect Daysでも何か見逃したのではないかと
後から思ったり・・ リスボン物語はDVDだったので何回か見直しました。

コミカルでチャーミングな映画でした。そしてミステリーもあり・・・
難しいと言えば難しい映画。拾えるものがたくさんあるから・・ ビデオ映像、言葉(詩)、音(街の音、音楽)、景色 ・・
そして映画の過去と現在が行き来する・・・

ヴェンダースの「パリ、テキサス」と「ベルリン天使の詩」は昔TVでやった時に少し見た記憶があるのですが、あまり興味を
ひかなかったと思います。今見てみたい映画となりました。

「リスボン物語」はエリセ監督の「瞳をとじて」のように映画に対する思いが語られていました。

 

詩の断片についてはブログ、トレーダー分岐点の中の評に詳しく載っていました。

映画『リスボン物語』評 (監督:ヴィム・ヴェンダース)

 

サルグェイロがDVDの特典のインタビューでヴェンダースの思いやリスボンについて語っていました。

ヴィム・ヴェンダースが言っているのは
 リスボンには目に見える以上のものがある
リスボンは大変美しい町だが、目に見えないが直観できるものがある
聞こえるもの この町が持つ歴史と関係あるもの
旅立つときに感じる懐かしさと時間が止まったような感覚
この通りに存在する多くの命の感知  多くの古いもの たくさんの思い出
目に見える町の美よりも多くのもの 
それからこの雰囲気、この思い出は私とこの町を関係づける重要な要素です。

そして映画の中でオリヴェイラ監督を通して語られたこと
 神は存在します。そして宇宙は神によって創られました。
 宇宙の意味  
 人類が消滅したら宇宙の意味があるのでしょうか?
 我々は神を模倣し、それが芸術家の存在する理由です。
 芸術家は自分が小さな神であるかのように世界を再創造したいと願います。
 ・・・我々の信仰は我々が信じるから継続します。そして最後には我々は記憶を信じるのです。
 すべてが消え去るから全ての想像が事実だとどうやってわかるのでしょう・・
 だから「想像」が「事実」だということは幻影です。唯一の真実は記憶です。

 ・・・映画はカメラが瞬間をとらえますが、それだけのものです。映画はその瞬間の幻影を引き戻します。
 その瞬間の存在はフィルム以外にはわかりません。
 又、映画は俊寛の存在を保証するでしょうか? わかりません。
 我々は永遠の疑いの中で生きています。 然し地に足をつけ、食べ、人生を楽しんでいます。
 もし私が私でなければ誰でもない・・

 カメラを向けると街は遠のき、薄れて行った・・
 何も無い nada
 pureでありのまま・・私の意思が入っていない

 

芸術の中には音楽も入ると思います。音楽も神の世界をあらわしていると思うことがあります。 

映画はリスボンの音と絵を撮り、生きている人たちと歴史を重ね、リスボン市からの依頼以上の深いものを
ヴェンダース監督は撮ったと思います。

そして何よりも魅力的だったのはテレーザ・サルグェイロの声とマドレデウスの作り上げた音楽でした。

 

Madredeus Alfama, e a maravilhosa Teresa Salgueiro

 

Madredeus (Lisbon Story filme de Wim Wenders 02) - guitarra (letra)

 

Madredeus - Haja O Que Houver

 

Madredeus ao Vivo - O Porto (Live)

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

男と女 人生最良の日々 ・・・ Les plus belles annees d'une vie

2024-12-30 23:53:02 | movie

12月30日

今月分として借りていた映画のDVDをなかなか見れないので昨晩深夜やっと見てみました。
たまって1ヶ月に8本も見れるのに今月中に返えそうと思ったのですが、それは無理みたいでした。
私も学生時代に見たルルーシュのセンセーショナルな映画「男と女」のその後の話です

不思議な感覚の映画でした。
2019年に制作された映画だから、撮影時すでに80代の後半になったジャン・ルイ・トランティニアンとアヌーク・エーメが
1966年に制作された「男と女」の52年後の続編に登場する。役というより二人の積み重ねた日々が表れるような映画でした。
アヌーク・エーメは今年の6月に92歳で、ジャン・ルイ・トランティニアンも2年前に91歳ですでになくなっています。
この年で映画に出て演じているというより実に自然な演技でした。ジャン・ルイ・トランティニアンはチャーミングで、アヌーク
エーメはいつまでも美しく、そのしぐさも素敵でした。二人とも87歳くらいだったから皺で顔もクシャクシャでしたが、輝いていました。
トランティニアンの認知症のような表情や過去から記憶を呼び覚ますような瞬間があったり、その演技も素晴らしく夢と現実を行き来
している老人がナチュラルに演じられていました。

ヴィクトル・ユーゴーの言葉「最良の日々はこの先の人生に訪れる」、すてきな言葉ですね。
記憶を半分失ってしまった男とまだ仕事をしている女の再会から、まるで初めて会ったような新鮮な感覚が伝わってきてそれは
まるで初恋のようにさわやかでした。

愛は私達より強い。
共に生きられなかったが死ぬときは一緒。

この映画の撮影の頃、ジャン・ルイ・トランティニアンの目はほとんで見えてなかったであろうとルルーシュ監督は
インタヴューで語っていました。そしてこの主演の二人は後を追うように数年後に亡くなりました。


何かがとけて行くようなそんなやさしい空気に包まれた映画でした。

 

Bunkamuraル・シネマ1/31(金)よりロードショー『男と女 人生最良の日々』予告編

2019年製作/90分/G/フランス
原題または英題:Les plus belles annees d'une vie
配給:ツイン
劇場公開日:2020年1月31日

監督 クロード・ルルーシュ
音楽 フランシス・レイ、カロジェロ

キャスト
アヌーク・エーメ、ジャン=ルイ・トランティニャン、スアド・アミドゥ、アントワーヌ・シレ、モニカ・ベルッチ

 

「男と女」から53年、映画と愛に生きたクロード・ルルーシュの人生観

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

難しかった「瞳をとじて」と軽やかな「お早う」・・・ difficult "Close your Eyes" and light "Good Morning"

2024-12-14 23:57:01 | movie

素朴な疑問。今頃なんですが、国会中継を見て思うこと。国会の審議って政権担当者に対する
質疑だけだったのですね。意見を出し合って決めて行くのが民主主義だと思ったけど。今は危うくなってきているけど
自民党独裁政治だった。そして国会の外で他の党との合意を得たりして・・?! 他の民主国家でもこんなものなのだろうか?
目の覚めるような議論はないのだろうか? 
大きな問題の時、国民はデモなどの行動で意思を表すことしかできない。


***********************************************

成瀬監督の「浮雲の次」に観た映画。

若いころ大好きだったエリセ監督が何十年ぶりに映画を撮っていたことを知り、11月に小津の映画と一緒に借りて見ました。
小津監督の「お早う」は中井貴一が父親佐田啓二が出た小津の作品で一番好きなのはこの映画と語っていて、最近、中井貴一
っていい役者だなあと思っていました。その父親の映画を見たくなり・・・
映画の内容は全然知らなくて借りたのですが、絶妙な組み合わせでした。

エリセもキアロスタミ監督も小津のファンであり、小津そのものより小津崇拝者の映画がいいなーと思っていた私です。

 

瞳をとじて

『瞳をとじて』
監督・脚本:ビクトル・エリセ
撮影 バレンティン・アルバレス
美術 クルル・ガラバル
出演:マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレント
原題:Cerrar los ojos/英題:Close your Eyes
2023年製作/169分/スペイン

 

 

『瞳をとじて』本予告_2月9日(金)全国順次公開

 

ビクトル・エリセは若い頃の私の映画の全盛期、ヴィスコンティの後、イタリアのオルミ監督、ロシアのミハルコフ、タルコフスキー
ギリシアのアンドロケプス等夢中になって見た映画の中でも印象の強く残った「ミツバチのささやき」を作り「エル・スール」
まで見たけれどそれ以降のマルメロの・・は見ていなかった。今年エリセ監督が31年ぶりに長編映画を撮ったと知り、TSUTAYA DISCUS
で借りて見ました(新聞をやめてしまったのでこういう情報が入りません)。月でのサブスクなので月末が来てすぐ返さなくては
いけなかったので、何回も見ることができなかったけれどこの映画は1回ではわかりにくい映画だったかと思います。

始まってからも謎めいて、これはいったい何なのかと思っていたら映画の中の映画だった。
ミツバチのささやきのあの少女アナが50年ぶりにエリセ監督の映画に登場して、映画の中にそれぞれの歴史が入り組んでいくように
複雑な気持ちになって行く映画でした。時代の流れがしっかり組み込まれていて・・ 映画自体の歴史も・・・
この間、それぞれの苦しみを背負って生きてきた人々・・ それが最後にマックスがこだわる映画フィルムによる映画館での
スクリーンでの映像にフリオの心の奥に光がともったと感じたのは私だけではないと思います。記憶の奥底から何かひらめいた感じの
フリオ役の演技が素晴らしかった。

老いをどう生きるか・・恐れも希望も抱かぬこと。
みつからなかった本当の居場所を持つこと。
失ったものを取り戻すには記憶はとても大切なもの。
医者にはできない方法で失ったものを取り戻す手助けができる。心を揺り動かし、魂を呼び覚ます ・・・映像?


参考)

ビクトル・エリセの映画愛がつまった驚くべき傑作 ”瞳をとじて"が語りかけるもの
名匠エリセ 31年ぶりの新作に映画を再発見する幸せ 『瞳をとじて』
ビクトル・エリセの31年ぶりの長編映画『瞳をとじて』に仕掛けられたものとは
『瞳をとじて』 スペインの巨匠ビクトル・エリセが紡ぐ31年ぶりの長編!記憶をめぐるヒューマン・ミステリー
『瞳をとじて』 ビクトル・エリセ 
スペインの巨匠ビクトル・エリセ監督が31年ぶりの新作『瞳をとじて』に注ぐ魂の言葉とは

 

 

お早う

『お早よう』松竹製作ニュース

 

ヴェンダース、「お早よう」を語る | Wenders talks about "Good Morning"

 

お早う

上映時間:94分 / 製作:1959年(日本) / 配給:松竹=松竹大船

スタッフ

監督:小津安二郎

キャスト

福井平一郎:佐田啓二
有田節子:久我美子
林敬太郎:笠智衆
民子:三宅邦子
原口きく江:杉村春子
福井加代子:沢村貞子
浦辺粂子

 




スタッフ

監督:小津安二郎

キャスト

福井平一郎:佐田啓二
有田節子:久我美子
林敬太郎:笠智衆
民子:三宅邦子
原口きく江:杉村春子
福井加代子:沢村貞子
浦辺粂子

実は小津の作品、昔『東京物語』と他に一つくらいしか、しかもTVで流されていたのを見たことしかない。
今回の作品は小津の作品では珍しい喜劇で家族の問題にも深く入って行かない軽やかな作品であるということでした。
たわいのない日常・・ 戦後少したって平和が戻ってきたそんな時代の中の一コマ。映画のストーリーよりも何も
昭和中ごろの日本が敗戦から復興し始めてきたころの世の中の暮らし方がとても面白かった。まさしく私の小学校の
時代とぴったり合ってきます。テレビの導入・・ ある家にみんなで見に行っていたり‥ 洗濯機や冷蔵庫の家電も
普及し始めたころ・・映画では出ていたかどうか覚えていないけれど電話もまだなかなかつく時代ではなく、今とは
全く別の世界。日本の直線的な家もとても美しいと思いました。今は日本的な家を探そうと思っても、世の中、ほとんど
暮らし方が違って来ている。

思わず笑ってしまう、なかなか軽いいい映画でした。
でもその中に、あの時代でさえ、無駄も必要とか世の中便利になりすぎることの危惧を感じているのには驚きます。
そして大切なことは伝え合うこと・・

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

浮雲 ・・・ Floating Clouds

2024-11-26 23:49:21 | movie


なんともやるせない映画でした。全編を通してけだるい南国の湿った空気が流れているようなそんな感じ。
林芙美子、成瀬巳喜男、高峰秀子、森雅之という組み合わせがなければ存在しなかった映画。

録画してあった映画をTVも見たい番組もないし、かけておこうかと思って再生したら、とても魅力的な映画で
どんどんひきつけられてしまいました。とにかく高峰秀子のインパクトがすごい。男と女の微妙なずれと、それでも離れられない
浮雲に例えられるような関係。自立できる女性なのに男性のもとに走ってしまう・・ときに男と女の戦いのようでもあり、
人生に翻弄され、甘いメロドラマではない、日本の戦後に流されて生き抜こうとする男女の物語。魂のないどうにもならない人間に
なってしまったとつぶやく男。行く当てのない二人。



いい加減な、優柔不断な男だが、その優柔不断さはやさしさから来ていて、自分を求める人を拒めない。2回見ると男性の
やさしさが伝わってきて、悲しい美しい結末へと向かっていきます。流れ着いた屋久島で、ランプの光の中で死に化粧をする
男の悲しさが伝わってきて2回目に見た時はこのどうしようもない冷徹に見える男の良さがわかったような気がしました。

暗い映画だけど、最後に救いがありました。最後の涙はジェルソミーナを思って泣くザンパノの涙を思い出させました。

  

男と女の永遠のテーマだけど、林芙美子の思いが詰まっている作品なのだと思いました。退職後パートで務めていたこども園の
近くに林芙美子記念館があり、行ったことがありましたが、彼女はかなりモダンな女性だったのですね。油絵も描くし、自立して
いたしっかりした女性だったと思われます。

母が森雅之のファンで父がからかっていたことを思い出したりもして。

成瀬監督の映画を見たのは「女が階段を上がる時」以来ですが、その時のキャストも高峰秀子と森雅之でしたが、この映画の方が
何倍も良かったです。溝口、小津と共に日本を代表する映画監督の代表作でした。 今小津とヴィクトル・エリセの映画も
借りているのですが、なかなか見る時間がなくて・・ 

高峰秀子の存在感がすごくて迫力がありました。こんな女優さん日本には他にはいないでしょう・・

 

浮雲
1955年製作/124分/日本
配給:東宝
劇場公開日:1955年1月15日

キャスト 高峰秀子  幸田ゆき子
     森 雅之  富岡兼吾
     中北千枝子 妻邦子
     木村貞子  母
     山形勲   伊庭杉夫
     岡田茉莉子 おせい
     加東大介  向井清吉

スタッフ 監督    成瀬巳喜男 
     原作    林芙美子
     製作    藤本真澄
     撮影    玉井正夫
     音楽    齋藤一郎
     美術    中古智
     照明    石井長四郎
     録音    下永尚
     監督助手  岡本喜八
     脚色    水木洋子

 

成瀬巳喜男監督『浮雲』

映画のロケ地を調べた動画が面白くて。なんだか私が生まれたころの東京が浮かんできました。木のこんな家が多かったと
なんとも小さなころの記憶が少しよみがえってきます。成瀬監督はあまりロケは好きでなかったとのことですが、戦後間もない
東京の姿が現れています。

 

追記)

森雅之は有島武郎の子供と知ってびっくり。芥川龍之介の子供たちも俳優や音楽家だったけれど・・
父と同じ京大を中退していたことも今知りました。彼自身の生涯もドラマティックでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

難解だったDeath Watch ・・・ Romy Schneider

2024-11-01 23:59:55 | movie

11月1日

ブルックナーのような音楽がずっと流れるヴィスコンティを思い出させる暗い映画でした。SFでちょっと内容や人間関係を
把握するのが難しくわかりずらいところもある映画でした。見に行きたくなったのはロミー・シュナイダーの晩年に近い
映画であったことと、監督が「田舎の日曜日」のタヴェルニエだったからです。



やっている期間と回数が少なかったのであまり見るチャンスはないと思っていたのですが、
今日午前中に配達予定の宅急便が早く届いたので、家を飛び出して渋谷まで見に行きました。

SFと言えばタルコフスキーの「惑星ソラリス」やカズオ・イシグロ原作の「私をはなさないで」くらいしか
見たことはないのですが・・・

この44年前に作られた映画はSFと言っても問題はそこではなく、現代の今まさに問題になっているマスメディアの
ことだと思いました。同じ意見のコメントをみつけたのでピックアップしました。

・「死ぬこと」をめぐる物語であり、人間の尊厳がテーマになる。
・ 感動と不安が交錯するこのカルト的名作は、のぞき見好きの衰退社会をぞっとするほど予見的なビジョンである。
・ メディアが「ビッグスクープ」を追求する上でどれほど悪質であるかについて非常に予言的に思える、美しくて
  悲劇的なSF小説。

・ メディア報道に関連する倫理的および道徳的な問題を扱っています。
・ マスメディアに対する痛烈な批判的メッセージを感じる。
  視聴率の獲得の為、報道の自由等を盾とし時に度を越した演出をも厭わない。
  近未来を描いたSFではあるが、いつの時代にも通じる普遍的な社会的問題を描いたものになっている。

 

『デス・ウォッチ』
 ※旧タイトル『SFデス・ブロードキャスト』 (1980)

原題  La mort en direct
     西ドイツ=イギリス=フランス
監督  ベルトラン・タヴェルニエ  
共演  ハーヴェイ・カイテル、ハリー・ディーン・スタントン、マックス・フォン・シドー
撮影  ピエール=ウィリアム・グレン
音楽  アントワーヌ・デュアメル

ベルトラン・タヴェルニエ監督の『デス・ウォッチ』は、人間ドラマとSFの教訓を織り交ぜた作品で、病死が極めて稀に
なった未来を舞台に展開する。キャサリン(ロミー・シュナイダー)が不治の病にかかっていることが判明すると、
彼女はメディアの強い関心の対象となり、ロディ(ハーヴェイ・カイテル)は、キャサリンに内緒でリアリティ番組
『デス・ウォッチ』のために彼女の最期の日々を録画するため、脳にカメラを埋め込む。

 

ロミー・シュナイダーの生きていることをいとおしむような演技が素晴らしく、この2年後自殺とも思われる睡眠薬の過剰摂取に
より子供の後を追うように亡くなったことを思い出させました。

ヴィスコンティの「ルードリッヒ」でエリザベートを演じていましたが、りりしくてすてきでした。
この映画でも死にゆく者のプライバシーと尊厳をかけて孤独に戦う役を演じるロミー・シュナイダーのその人生との重なる部分を
感じずにはいられませんでした。

映画では別れた元夫に死ぬ前に会いに行くところに救いがありました。マックス・フォン・シドーいいですね。
ロディも最後に自分のしていることに耐えられなくなり、失明してしまいます。良心が見えるシーンです。

 

監督のコメントも面白かったです。、

「クロード・ソーテはロミーをモーツァルトの音楽に喩え捧げている。私はむしろヴェルディやマーラーを思い起こす」
──『デス・ウォッチ』監督 ベルトラン・タヴェルニエ

「役柄を構築するイザベル・アジャーニみたいな女優とは正反対に、ロミーは役を生きていた。まっすぐな人だった。」
──『最も重要なものは愛』監督 アンジェイ・ズラウスキー


イザベル・アジャーニの映画は1年くらい前、「アデルの恋」と「カミーユ・クローデル」を何回も見ました。すごい演技力で
メリル・ストリープやケイト・ブランシェットと同じように注目の女優です。
ロミー・シュナイダーの映画は「離愁」「サンスーシの女」「ルードリッヒ」を見に行ったくらいですが、好きな女優さんでした。
亡くなったのは43歳だったのですね。ネットで見ていたら葬儀やお墓のことは最初の恋人だったアラン・ドロンが手配した
とのこと。しかしマスコミを避けて葬儀には参列しなかったとか。アラン・ドロンも最近他界して、こんな伝説的なことが
あったなんてまるでこの映画のようです。

 

原作についても

The Unsleeping Eye is a 1974 science fiction novel by British writer David G. Compton. It was published in the United Kingdom
as The Continuous Katherine Mortenhoe in 1974 and was filmed by Bertrand Tavernier in 1980 as Death Watch, starring
 Harvey KeitelRomy Schneider and Max von Sydow. Subsequent editions of the novel were published as Death Watch.

 

 

予告で「愛と哀しみのボレロ」をやっていたのですが、映画の冒頭に流れるWilla Catherの文がすごかった。
Catherは学生時代、授業でもやったし、全作品をみんなで読んで発表したこともあった、日本ではあまりポピュラーで
ない作家です。

"There are only two or three human stories and they go on repeating themselves as fiercely as if they had never happened before."
- Willa Cather (1873- 1947) O Pioneers!

人生には2つか3つの物語しかない
しかしそれは何度も繰り返される
その度ごとに初めてのような残酷さで

「愛と哀しみボレロ」はジョルジョ・ドンの舞台を見たあとで早稲田松竹に見に行ったことがありました。
再びやるようなのでまた見たくなりました。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Magic in the Moonlight とRailway man

2024-09-19 12:59:17 | movie

スマホ写真の中から英国王のスピーチのコリン・ファースの写真と台詞をみつけて、2022年末に見ていたMagic in the moonlightと
Railway manのメモの続きを書くことにしました。

伊勢路の写真も整理して、続けての北村朋幹のコンサート、昨日観たthe Kabukiと言うくらい定番の勧進帳と、玉三郎の妹背山婦女庭訓
は追ってアップすることに。フランクルについても1回しかまだ載せていません。

昨日はちょうど満月



その前日が十五夜

家の窓からは見ることができませんでしたが、名古屋のコンサートに行く前に買っていたお月見饅頭。


自由が丘 蜂の家  ここの麩饅頭がとてもおいしかったのですが、季節柄もう終了でした。

 



名古屋駅名鉄デパートの入り口でやっと買うことができた栗羽二重


栗きんとんをくるんだ羽二重のお菓子。犬山の「もちたけ」製

今日はやっとボビンレースに集中。相変わらず、間違いをみつけては少し戻りながら進めています。
間が空くとこういうことが必ずあります。でも戻る距離が短くなったような・・・

やりながらときどき、「ある晴れた日」のレッスンテープを聴きながら・・・

一日集中して目も疲れて、夕方友人が貸してくれた「聖母マリアの夕べの祈り」を聴き、気持ちを
落ち着けてからカーブスへ筋トレに行きました。宗教音楽には癒されて、そして自分を高い所に引き上げて
くれるような感じがあります。

 

 

2年近く前にコリン・ファースの映画を2つ続けて見ました。この後にSinglemanも見たのですが、ほとんど印象に
残っていません。

マジック イン ムーンライト
MAGIC IN THE MOONLIGHT

監督:ウディ・アレン 出演者:コリン・ファース、エマ・ストーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン

ウッディ・アレン監督が1920年代の南仏リゾート地を舞台に描くロマンティックコメディ。出演は「英国王のスピーチ」の
コリン・ファース、「アメイジング・スパイダーマン」のエマ・ストーン。英国人マジシャンのスタンリーはニヒリストで
毒舌家だが、天才的なマジックの腕前で人気を博していた。ある時、幼なじみのハワードから、ある大富豪が入れあげている
米国人占い師の真偽を見抜いてほしいと依頼される。魔法や超能力など存在しないと信じるスタンリーは、ペテンを見抜いて
やろうと自信満々で噂の占い師ソフィのもとへ乗り込む。しかし、彼女の透視能力を目の当たりにして価値観を揺さぶられ、
さらには容姿も性格も完璧な彼女にほれ込んでしまう。

2014年製作/98分/G/アメリカ・イギリス合作   
                                                  映画.comより 

 

解説 ケイト・ブランシェットにオスカーをもたらした前作『ブルージャスミン』も大ヒットを記録したウディ・アレン監督が
エマ・ストーン、コリン・ファースをキャストに迎えた最新作。1920年の南フランスを舞台に、死者と会話できる不思議な能力が
あるらしい謎の女と、彼女のトリックを暴こうとするマジシャンの男の駆け引きをコミカルに描く。
                                                 映画ナタリーより

 

 

もともとウディ・アレンは好きでも嫌いでもないのだけれど、たまたまコリン・ファースだったので見た映画でした。

タルコフスキーのサクリファイスの次にメモを取ったのは2022年の11月でした。

メモを取っていた台詞
・生きることに目覚めさせた上に、脳だけでなく心まで征服する気か?
・神を信じていなかったものが 神に祈る
・人生には幻想も必要  ニーチェ
・合理的だけでなく、理論、理性は無意味
・この世は神が創ったものだけど、マジックなしには回らない
・大切なのは同伴者

魂の存在を認めたウディ・アレンの映画で、エマ・ストーンの魅力も満載のコメディでした。

 

 

レイルウェイ 運命の旅路

監督:ジョナサン・テプリツキー
キャスト:コリン・ファース、ニコール・キッドマン、石田淡朗、真田広之

 

コリン・ファース、二コール・キッドマン、真田広之らの共演で、第2次世界大戦時、日本軍の捕虜となり、鉄道建設に狩り
出された英国兵士と日本人通訳らの実話を映画化したヒューマンドラマ。鉄道好きで平凡な人生を送るはずだった英国軍兵士の
エリックは、シンガポール陥落時に日本軍に捕らえられ、タイとビルマを結ぶ泰緬鉄道の建設現場で過酷な労働を強いられる。
それから約50年後、当時の記憶に苦しめられながらも、愛する妻と平穏な日々を送っていたエリックは、鉄道の建設現場にいた
日本人通訳の永瀬が、戦争体験を伝えるためいまもタイに暮らしていることを知る。永瀬の存在が心の奥の傷をよみがえらせ、
動揺するエリックだったが、意を決して永瀬に会うためタイへと向かう。原作は1995年「エスクワイア」誌ノンフィクション賞
を受賞したエリック・ローマクスの自叙伝「泰緬鉄道 癒される時を求めて」。

2013年製作/116分/G/オーストラリア・イギリス合作
原題または英題:The Railway Man

                                                  映画.comより

 

今エミー賞で話題の真田広之も出演の実体験に基づく映画。
戦争の個人責任はどこまで追及されるのか、今のロシア・ウクライナにも関連して考えさせられる映画でした。
裁判を通訳と偽り逃れた主人公の贖罪の日々と赦しが描かれた地味な映画でしたが、ニコール・キッドマンやコリン・ファース
と言った素晴らしいキャストの作品でした。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』と NHK地方版番組  ・・・ movie of Louis Wain and TV program

2024-07-23 23:13:46 | movie

「天井桟敷の人々」と「夏をゆく人々」を3月に借りていて、2か月以上も手元に置いてやっと見て返してから
7月分として、「舟を編む」と 「ルイス・ウェイン生涯愛した妻とネコ」をやっと見て返したところ。やっぱり
リフォーム中は無理でした。
サブスクのTSUTAYA DISCASを活用できずもったいないことをしていて、いつやめようかと今は繰り越し分が
あるので考えているところです。



どの映画も深くて味わい深く心の中に入って行きました。ルイス・ウェインはA子さんに教えていただいた
映画で、素晴らしかったです。実話をもとにした映画で、カメラワークもとても美しかったです。
日本語のタイトルと英文タイトルはかなり趣が違い、最初は日本語のタイトルが柔らかくていいように思い
ましたが、映画を見るとElecricalの方がよりぴったりでした。タイトルを見た時どうしてElecricalなのと思いましたが
どちらかというとSpiritualというか死の世界、異次元の世界ともつながるパワーのような不思議なものです。

ウェインが擬人化された猫を描き始めたのは、相反するはずの「科学」と「幻想」がまだ奇妙に融合していた時代で
あった。この映画の原題は、「The Electrical Life of Luis Wain」である。原題にあるとおり、映画は近代的エネルギーが
ひとりの画家に及ぼした、創造の「光」と狂気の「影」を描く。  能勢陽子 TOKYO ART BEAT より


地球に住むのが困難な画家ウェインと彼を支えた妻とネコ,Peterの話です。

 

12/1公開『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』予告篇

 

「いい夫婦の日」特別映像|映画『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』12.1[Thu.]公開

 

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』

©2021 STUDIOCANAL SAS - CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、クレア・フォイ、アンドレア・ライズボロー、トビー・ジョーンズ
   オリヴィア・コールマン(ナレーション)
監督・脚本:ウィル・シャープ 
原案・脚本:サイモン・スティーブンソン
2021年 │ イギリス │ 英語 │ 111分 │  原題:The Electrical Life of Louis Wain 
配給:キノフィルムズ

 

映像も音楽もキャストも脚本もすべて素晴らしかったです。
心に響く言葉もたくさんありました。

樹はすごいわね。千年も生きている。300年かけて育ち、300年生き、300年かけて死ぬ。  エミリー

地球にいるのが難しいが、君のおかげでよくなった。                  ルイス
君が世界を美しくした。あたたかく、やさしい場所に。

私が美しくしたんじゃない。                             エミリー
世界は美しい。
あなたが教えてくれた。

つらいことばかりでもがき苦しんでいても、世界は美しさで満ちている。          エミリー
それを見て多くの人と分かち合って。

あなたはプリズム。人生の光線を屈折させる。                     エミリー

苦しい時ほど美しい絵を描いた。
愛する妻エミリーと愛猫ピーターの思い出が大気の不思議な電気を通す導体になると
彼はようやく気付いた。

ライダー氏の言葉
なぜエミリーは描き続けてほしいと願ったのでしょう。
人助けや見せるためと答えるウェイン氏に対して

それはあなたを独りにしないため。                          ライダー
あなたは絵を描くことで他者と繋がるんです。
ご自分の一部を与えるが、人々もあなたとつながる。

それにあなたが”電気”と表現するもの                         ライダー
エミリーが感じたものを私は”愛”とよびます。
それは今も存在しています。

ルイス・ウェインにとって、電気はパンを焼いたり、照明に使うためだけではない。
もっと大きくて奇抜で奇妙で人間の理解を超えたものである。エーテルの中のきらめきと
感じる謎めいた元素であり、人生の最も深く驚くべき秘密への鍵だった。

途中のプリズムのトンネルのような画像は天国につながっていく道かと思ったけど違うようでした。人間には最後
死ぬときに美しいトンネルを通って行くようにプログラムされているらしいという事を昔TVで聞いたことがありました。

私も彼の言う電気が少しだけわかるような気がします。いつだったか自然の中で丘の上で春の木々に囲まれてまるで
天国と通信しているように上から光が注がれている感じがしたことがありました。

僕の仮説では、電機が時間を進め、電気の力で過去を未来に変える。
だがその逆もできる。
過去の記憶は未来の想像でどちらも人生だ。
僕は未来でエミリーを思い出せる。

猫の社会的な地位をあげた人だが人間に対しては手厳しい言葉

人は堕落した種であり、未来はなく破壊だけが本能の動物だ。(今の世界を見ても全くその通り。いかに本能を
乗り越えるかです。)

 

ラストシーンが絵になっていてとても美しかったです。他にも雪のシーンもすばらしかったし、
エンドロールでたくさんのルイス・ウェインの絵が見れたこともこの映画を何倍も楽しく
していました。また、彼の絵にはディヴィッド・ホックニーを思わせるような鮮やかな色彩のものも
ありました。現代にも通じる感覚を持っていたのでしょう。iPadで絵を描くホックニーにつながるなんて。

若くて知らなかった監督ですが、こんないい映画があったのですね。
あらためて紹介してくれた方に感謝です。

19世紀末〜20世紀、イギリスで人気を博したイラストレーターの生涯

 

 

最近NHKプラスで東京では見ることができない地方の放送局で制作した熊野古道伊勢路の番組を見ることができて
大変助かりました。名古屋の友人から東京でも放送されていたら見たらと教えてもらったのですが、東京では放送
されず、地上波でダメなら見逃し配信でみれるかと思って検索したら、なんとありました。津放送局で制作され
三重、岐阜、名古屋エリアで見ることができるものでした。

前回天候が悪く行きたいところが歩けなかったので、参考になりました。世界遺産登録20年を記念した番組で昔の
柳生博が歩いた番組もアンコール放送でやっていました。東京ではバラエティ番組の再放送をやっていた土曜の午前
とかでした。

 

春香クリスティーンが伊勢路を歩きとおした番組で、2回にわたり放送されました。



クリスティーンはまだ30代なのに下りが恐くて、同じような人がいて安心しました。友人にも私の恐怖心を
わかってもらえたようです。

無になる
こころの旅
自分に向き合う

そんなキーワードが出てくる魅力が尽きない熊野古道。

つらい気持ちが歩くことによってそぎ落とされていく。

伊勢路は海も見えるし、またハマりそうな道です。次回の古道歩きは9月でまだ暑そうですが楽しみです。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Io Capitano  ・・・ 僕はキャプテン

2024-05-09 17:45:09 | movie

5月6日

 

引越準備が順調に進んだので目途がついた前日の午後、イタリア映画祭最終日に有楽町の朝日ホールまで
行きました。



行く途中に見た看板のコピーが気に入り、撮りましたが、これから見る映画のなんと驚きに満ちた
重い映画だったのでしょう・・・

「まだ明日がある」「人生の最初の日」「僕はキャプテン」が見たかった映画でしたが、最終日に残った「まだ明日がある」
と「僕はキャプテン」のうち、「ほんとうのピノキオ」で見たことのあるマッティオ・ガッローネ監督の「僕はキャプテン」を
見ることにして前日ネットで予約していました。



 

D.僕はキャプテン

[2023/121分]原題:Io Capitano
監督:マッテオ・ガッローネ Matteo Garrone
出演:セイドゥ・サール、 ムスタファ・ファル
巨匠マッテオ・ガッローネ(『ゴモラ』)が放つ渾身の一作は、セネガルの青年2人がアフリカを縦断し、ヨーロッパを
目指す壮大な旅の物語。セイドゥとムッサは、豊かな生活を求めて親族に知られることなく、ダカールを離れる。
しかし、彼らを待ち受けていたのは想像を超える数々の困難だった。いわば現代版オデュッセイアの本作は、ヴェネチア
国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)やマルチェッロ・マストロヤンニ賞(若手俳優賞)などを受賞、アカデミー賞国際長編映画賞
にノミネートされた。

この映画は私の全く知らない世界を私に突き付けてきました。とてもショッキングで見終わった後もボーッと
してしまいました。ファンタジーに過酷な現実の世界が入りまざり、私が思い描いていたヨーロッパを目指した
少年の冒険談とは全く違うものでした。

現在でも行われる人身売買、賄賂(お金で動く警察)、難民、政府でも警察でもないマフィアのような組織など
現実はもっと残酷と言われるシーンの連続で、砂漠の旅自体が過酷なのにそこに現れる人間たちのおぞましさ。

そんな中でも命を守ろうとする主人公、人間の尊さ、友情や連帯感、どんな中でも希望を失わない信念が
映画に希望を持たせました。

アフリカを内側から見た映画で、その立場に立った作り方もよかったと思いました。前半のアフリカの家族達の
暮らしやエネルギッシュな祭りのシーンも素晴らしく、アフリカの砂漠のカメラワークもよかったのですが、
旅があまりにも過酷なので美しいとか感じている暇はありませんでした。

 

 

Io Capitano - Official Trailer in HD

 

主人公は難民ではなく、ヨーロッパにあこがれたセネガルでは普通の暮らしのできる子どもでしたが、映画は
難民を扱った映画でした。

今の現実と排他的になって行くヨーロッパ社会にあらためて現実を突きつけたと言えるかと思います。
日本にいたらほんとうにぬるま湯にいるように難民の問題は自分たちがかかわるべき問題になっていません。

アフリカやイスラムや世界のあちこちに残る、暗黒の世界、そして核兵器やAI兵器が使用されそうな現実。
人間にとって守らなければならないことをしっかりと意識して生きて行かなければなりません。

 

  The New York Times

Italy’s Oscar Nominee Is a Great Film, but It Doesn’t Tell the Whole Story

「イオ・カピターノ」:西アフリカからヨーロッパへの危険な移民の旅をドラマ化したオスカーノミネート映画

ヨーロッパでますます外国人排斥的で人種差別的な反移民政策や感情に直面しているクアッシのような移民にとって、この映画は
「自分自身を表現する機会」を提供し、「ヨーロッパに到着する前にアフリカの人々が苦しんでいること」を共有する機会を
提供する。

視点が反対の二つの難民映画、、、。ヨーロッパへ向かう人たちと、受け入れる島、国

「海は燃えている」を見たのは7年前。無線が入れば海へ救出に向かうイタリア最南端の島のドキュメンタリー。
人間としての務めを果たそうとするイタリアの人たちの努力には頭が下がりました。
この時から世界はさらに変わっているので、難民にとっては生きにくくなってきているかと思います。

 

この映画は今の世界の一部分を知ってもらうこととそんな中でも希望を持つことの大切さを
投げかけるものでした。批評をいろいろ見ても外国のものの方が圧倒的に多く、
スペイン人らしき人の翻訳が出ていたのに納得したのですが、二度とみつからず引用できません。
多くはこの映画はもっと過酷な現実を描かずに終わっていると言っていますが、ドキュメンタリー
ではなく、ファンタジーとして描きこれでもソフトにして問題を提起したのだと思います。

Io Capitano のタイトルもWhitmanの”O Captain, my captain”を連想させるような誇らしげなものになって
います。


 

地球上全体にはなんといろいろな世界があるのだろうと本当に狭い世界で生きている私は
改めて思うだけです。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする