Reflections

時のかけらたち

If not for you  ・・・ きみがいないと

2024-03-02 23:57:08 | books

3月1日

 

If not for you
Babe, I couldn’t find the door
Couldn’t even see the floor
I’d be sad and blue
If not for you

If not for you
Babe, I’d lay awake all night
Wait for the mornin’ light
To shine in through
But it would not be new
If not for you

If not for you
My sky would fall
Rain would gather too
Without your love I’d be nowhere at all
I’d be lost if not for you
And you know it’s true

If not for you
My sky would fall
Rain would gather too
Without your love I’d be nowhere at all
Oh! what would I do
If not for you

If not for you
Winter would have no spring
Couldn’t hear the robin sing
I just wouldn’t have a clue
Anyway it wouldn’t ring true
If not for you

ボブ・ディランの詩にディヴィッド・ウォーカーが絵を描き、ドリアン助川の翻訳で作られた絵本を
図書館から借りてきました。

20世紀のポップスの中ではディランとジョン・レノンの詩が最高と思っていたのですが、なんとこの絵本の作者は
この本をディランとレノンに捧げていたのでした。ボブ・ディランは詩でノーベル賞を取った人ですから・・

助川さんの訳はとてもやさしくて、英文と比較しても味があります。翻訳を超えた訳です。

 

 

ボブ・ディランの曲を聴くと一気に学生時代に戻してくれました。やっぱりあの頃のディランはいいね~。

Bob Dylan - If Not for You (Alternate Take) (Official Audio)

 

 

ドリアン助川の著書をもう1冊借りてみました。

 

今日は暖かくとてもいい日でした。時間配分も実に急がなくてもちょうどよく入ってきました。
午前中はボビンレースをできる時に進めて、12時から月末の新宿末広亭の花緑独演会スペシャルのチケットの売り出し開始で
ネットで構えていてゲット。こんなにネットですぐ取れたことは珍しい。小さん二十三回忌追善興行です。すぐ出かけて京王
デパートにより、その後神保町から友人のオフィスへ寄って一緒にランチをして、近くの江戸時代から続く豊島屋酒店で白酒を
買って再び神保町から帰るというルート。その帰りに一日遅れの固定資産税を払って、図書館に寄り予約していたドリアン助川の
本を取って帰るという一日。元の職場のまだ現役の友人も落語が好きで、花緑が好きだったので最近は時間が合えば一緒に行く
ようになりました。

家に戻ってから、絵も文も素晴らしい、ほのぼのとする絵本の世界に浸りました。ディランのあの声で聴く歌とは
またちょっと違った感じ。

ランチは彼女の事務所の近くのお蕎麦屋さんで。




江戸時代から受け継がれている白酒もなかなか手に入りにくくなりました。


久々に水道橋から神保町あたりを歩きました。

さゝまで桜餅を買って、文房堂ギャラーカフェで一休み。
安心してください、コーヒーだけです。スタイルズ・ケーキのケーキは売り切れていました。

国有地に建っていた建物がやっと取り壊され、こちらからもグローブ座が見えていました。


豊島t屋さんの飲めるみりんもおいしかったので、特別な料理に使おうかと買ってみました。

 

おまけ)

George Harrison If not for you

 

急にスコット・ウォーカーがディランの曲を歌ったのを聞きたくなりました。

SCOTT WALKER☆I Threw It All Away

このビターな曲が好きです。

そして刻むビートが同じようなNo Regretsも思い出しました。

The Walker Brothers - No Regrets • TopPop


次々と一度ブレークした後の後期の時代のウォーカーズの曲も聞きたくなり、久々のスコットの声にしびれました。

After The Lights Go Out

 

March 1   2024   Suidobashi → Jinbocho

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SOMETHING CHILDISH, BUT VERY NATURAL

2023-12-09 21:59:01 | books

11月26日

キャサリン・マンスフィールドの解説書を全部読み終わりました。
最初は読み終わった短編から解説を見ていたのですが、全作品集の流れを追っているので
すべて読んでいるわけではありません。最後には読んでない作品についても、さらっておきました。
彼女の作品はまず状況を浮かべることも難しいこともあり、そこへ時間移動が自由にあり、
登場人物も入り組んでいます。解説書があった方がわかりやすい場合もあります。その絵画的な描写や
入り組んだ心理描写も面白いのですが、手法としてかなり技巧的な面もあります。

10日に返そうと思っていたのですが、まだこれから読む本の参考にして持っていてと言われて、ちょうど
図書館から再びキャサリン・マンスフィールド全集を借りるところでしたのでそうさせてもらうことに
しました。

彼女の作品はKatherine Mansflield Societyから原文もダウンロードできるので助かります。

 

短編「幼く見えるけれども、とても自然な」はサミュエル・テイラー・コールリッジの同じ題の詩の引用から
始まります。

SOMETHING CHILDISH, BUT VERY NATURAL

Samuel Taylor Coleridge

If I had but two little wings
And were a little feathery bird,
To you I’d fly, my dear!
But thoughts like these are idle things,
And I stay here.

But in my sleep to you I fly:
I’m always with you in my sleep!
The world is all one’s own.
But then one wakes, and where am I?
All, all alone.

Sleep stays not, though a monarch bids:
So I love to woke ere break of day:
For though my sleep be gone,
Yet while ‘tis dark, one shuts one’s lids,
And still dreams on.

ドイツ留学中のコールリッジが、妻に送った手紙に
記したちょっとした詩だそうです。

はかないけれど、すてきな夢の詩だと思います。
2段落目が好きです。

 

12月9日

ベルカントのレッスン。今練習している La Wally は拍が難しく、あと休符も難しいです。
カウントして正確に歌わなければなりません。悲しいけれど希望がある歌です。明るく歌って
と先生から言われ続けています。パワーを持って。

レッスンの後、近くのセンダイ(専大)カフェで休憩&ランチ。明るくてパンがおいしいカフェでした。
ゆったりとした座席で空間も広く、レッスンのことなど話しながら・・・

 

秋に戻ったような温かさの一日でした。
空がきれいで見ているのが好き。空というより雲が面白いのかな。

もう12月に突入したなんて信じられない。来年のカレンダーもポツポツ出てきました。

 

 

 

夕方に近くなってくると羽田に戻って来る飛行機が何機も飛んできます。
港に戻ってくるのを見るのが好き。

 

 

 

夕方は燃えるような夕焼け色。富士山は雲の向こうにかすかにシルエットが見えました。


明日は名古屋しらかわホールでのコンサートが楽しみです。オラフソンのゴールドベルグ変奏曲。

 

Dec. 9 2023   Kudan & Shinjuku

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末盛千枝子さんの本 ・・・  a book of Chieko Suemori

2023-11-30 16:23:05 | books

11月7日に読み終わり、本も図書館に返してしまったので、印象が薄らいでいるところも
ありますが、とても興味深い本でした。特に記憶のある美智子皇后の児童図書の世界大会での基調講演を
手がけたところなど読みでがありました。

まるたけさんのブログで末盛さんの本の紹介があり、10月に図書館から末盛さんの本を3冊借りてきて、その中の1冊を読みました。
「私」を受け容れて生きる -父と母の娘- 
母から「橋を架ける」をもらって読んだり、ターシャ・チューダーの絵本で末盛さんのことは知っていました。
でも舟越保武氏のお子さんであったり、あの大好きなTV番組「夢で逢いましょう」のディレクターと結婚されていて、
早くにご主人を亡くされ、出版社を立ち上げ、障がいの残るお子さんを育て、後年古くからの友人と出会い、再婚され
看取られたことを知りました。
古くからの友人との運命的な再会して、孤独の中から信仰を取り戻させ、彼方の世界に旅立たせてあげたという ・・・

私自身も古くからの友人と再会して、連絡が取れなかった1週間、こんなに心配した友人がいたなんて自分でもその存在の
大切さに驚いていました。心配する人がいることは幸せだという直近で見た映画”The Whale”の台詞を思い出します。

末盛さんの心身に秘められたたわんでも折れないしなやかな復元力に励まされます。谷川俊太郎

末盛さんのエッセイを読んでいると、家族のにおいを感じます。私たちが子供だった頃の時代。
メッサーレース刺繍、イルゼ・ブラッシ、渡辺イルゼ あの時代。編み物をして、刺繍をして。
本の中に渡辺イルゼの名前が挙がっていたので懐かしく思い出しました。

さりげない父親とのやり取りなど、自分のことと重ね合わせ胸が熱くなりました。

彼女が最後の方で引用した尾崎喜八の詩「されど同じ安息日の夕暮れに」の一節と共に
書かれた言葉が印象的でした。

 しかしその年老いた今日の私を
 お前が憐み、いとおしむのはまだ早い。
 私はこうして、ここにまだ在る。
 まだいくらかの仕事の日々も許されている。
 しかし、しかし、そういう私の存在が
 やがて懐かしいこの世から消えた時、
 或る春の同じ安息日の夕暮れに
 お前はふと私の訪れを空気に感じて、
 同じコラールを、花の窓べに。
 一層深い思いで弾いてくれるだろうか。

私たちはみんな、一人の例外もなく、この世を去っていく。そして心ならずも道半ばで先に逝った人のことを
思って「これでよかったのでしょうか」と問いながら生きて行くのだ。それでも親しい誰かの死にあって辛いのは
その人なしで世界が、身の回りがどんどん生きて変化していってしまうことではないだろうか。季節の移り変わり
さえもが悲しむ人にとっては悲しいのではないだろうか。

 

著書「出会いの痕跡」の著者プロフィール

末盛千枝子  (スエモリチエコ)  (

1941年彫刻家の父・舟越保武、母・道子の長女として東京に生まれる。彫刻家・詩人の高村光太郎により「千枝子」と
名付けられる。 4歳から10歳まで父の郷里・盛岡で過ごす。慶応義塾大学卒業後、絵本の出版社に入社。8年間、
主に海外への版権販売を担当する。「夢であいましょう」などの音楽番組で知られるNHKディレクターと結婚、2児の母と
なるが、夫の突然死のあと、ジー・シー・プレスで絵本出版を手がける。最初に出した本のうちの1冊『あさ One morning』
がボローニャ国際児童図書展グランプリを受賞、ニューヨーク・タイムズ年間最優秀絵本に選ばれる。その他、M.B.ゴフスタイン
など国内外の絵本を出版。
1988年、 すえもりブックスを立ち上げ、独立。まど・みちおの詩を美智子さまが選・英訳された『どうぶつたち THE ANIMALS』
やご講演をまとめた『橋をかける―子供時代の読書の思い出』など、話題作を次々に出版。1995年、古くからの友人と再婚。
2002年から2006年まで国際児童図書評議会(IBBY)の国際理事をつとめ、2014年には名誉会員に選ばれる。2010年、岩手県に移住。
2011年から10年間、「3.11 絵本プロジェクトいわて」の代表を務めた。2023年、市原湖畔美術館で「末盛千枝子と舟越家の人々―
絵本が生まれるとき―」展開催。
主な著書に『人生に大切なことはすべて絵本から教わった1、2』(現代企画室)、『ことばのともしび』(新教出版社)、
『小さな幸せをひとつひとつ数える』(PHP研究所)、 『「私」を受け容れて生きる』(新潮社)、『根っこと翼・皇后美智子さま
という存在の輝き』(新潮社)などがある。

 

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本を読む人 ・・・ relationships connected by books

2023-06-02 18:43:08 | books

私と旧友を繋いでいるのは芸術、音楽、文学、哲学、そして歩く旅。若い頃は芸術と言っても美術で繋がった縁でしたが。
近年、彼はずっと引きこもりなので、本をすごく読んでいました。宗教書や哲学から小説まで。最近学生時代から英文学もよく読んで
いたことを知りジョージ・エリオットやキャサリン・マンスフィールドがいいと教えてもらいました。マンスフィールドは読んで
みたくなりました。なんとなくメアリ・ラヴィンを思い出したので私のおすすめで伝えたら読んでみたいとのこと。

後からメアリ・ラヴィンはキャサリン・マンスフィールド賞やO.ヘンリー賞を取っていたことを知りました。なんという偶然!

1975年発行、2007年新版発行 「砂の城」 みすず書房

私が持っているのは1975年版。1976年3月に読んだと本に日付が描いてありました。47年も前のこと・・

〈彼女はわたしにロシアの小説家を思わせる……人間の心の内奥への深い洞察と、田園の美しさに対する生き生きとした
感受性において、メアリ・ラヴィンの作品は、かの国の生んだ作家たちのそれと並べて遜色がない。〉(ダンセニー卿)

〈ラヴィンは偉大な芸術家である。われわれは深い感動をうける——人間の心に対するその愛情によって、その正確な
知識によって、その誠実さによって、そして何にもまして、おぞましくも力強い情動を描く抑制された表現によって——。
彼女の作品は、人間の心をちらりと瞥見するのではなく、その内面をじっと凝視するのだ。〉
(V. S. プリチェット)

アイルランドの田園と海と町を背景に、あるときは軽快に、あるときは余韻豊かに、人生の定めなさを、耐えがたい喪失の痛みを
そして、人の心の奥底にそっと封じられた慟哭を描く。独特の香気を放つ筆致には、ふしぎな清潔感が漂う。

みすず書房の案内にこんなことが書かれていて私も再び読みたくなってしまいました。私はマンスフィールドの解説書を借り、
メアリ・ラヴィンは貸してあげることになりました。今度のヒラリー・ハーンのコンサートに思いがけなく一緒に行けることに
なったのでその時に。

最近落ち込みが続いていたので、名古屋のコンサートついでの観光の計画はなかなか進まなかったのですが、やっと決めました。
初日は初心に戻って揚輝荘と日泰寺、ヒラリー・ハーンのコンサート、白鳥、熱田神宮。建築や造園をやっていた友人が若い頃
手掛けた場所もまわってみることにしました。翌日は月曜なのでどこもやっていなくて最初は明治村の帝国ホテルと思いましたが、
おすすめの中から行ける範囲の岐阜、養老の滝に行ってみることにしました。リフレッシュできるといいのだけれど・・
杉原千畝の人道の丘は月曜は記念館が休館でさらに遠かったのでやめることにして最後に残ったのが養老公園でした。
そのあと東京に戻り中高の同級生のバースディ・コンサートへ。疲れていてエレキ・ギターの音でも寝てしまうかも・・
名古屋でヒラリー・ハーンを聴くことになった発端がこのライブ・コンサート。お茶の先生との二足のわらじというユニークなI君が
きっといいことあるよと言ってくれたけど・・ 次回の熊野や高野山の旅行の計画についてもゆっくり話ができるかもしれません。

今日はボビンレースをやりながら聴き逃しの音楽番組をらじるらじるで聴いていました。ヴァイオリン・ソナタの特集があり
明後日のヒラリーハーンが楽しみになってきました。でも今はバッハが一番聴きたい。ルノー・カプソンのヴァイオリンも良かった。
ボビンレースで混乱した頭をほぐしながら・・ボビンレースはこんがらかったり記憶の奥底に沈んだことを思い出し、頭を解きほぐす
のには最適。糸も頭も整理整頓が必要。

 

June 2  2023

 

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病院で読む「森と生きる」 ・・・ "Living in the Woods" : the best book to read in a hospital 

2023-05-13 22:57:45 | books

入院のお供はスマホで聴くイタリア語とクラシック音楽、そして本数冊。

森と生きるシリーズも3作目です。

森で暮らす片田さんはまるで鳥の仲間みたいに感じられます。病院に持って行く本は1冊はヴィジュアルなものと
思っていました。植物関係もいいと思いましたが、重たい本は止めて鳥と花の絵の画文集にしました。仏教関連の本は
病院で読む本ではないと持ってきて読んで思いました。気持ちはそれどこではないのです。何か心が明るくなる方がいい
です。病院では時間があるので絵も隅から隅まで眺めて楽しくなります。片田さんの本が好きなのは鳥だけでなく植物が
一緒に描かれているところです。植物から自然の世界に入って行った私にとって、いろいろ知ることができて嬉しいです。
それに付いている文章の中に片田さんが現れるので、植物と鳥と片田さんと・・・3つの世界が一つになって何かとても
親しみを覚えるのです。

片田さんの本を見ているとまだ鳥の名前を知ってからそれほど経っていないのですが(とにかく鳩とスズメとシジュウカラ、
メジロ、カラスくらいしか知らなかったのですから)、私がその鳥たちと出会った時の光景など思い出しています。
軽井沢で見たたくさんの小さな黄緑色っぽい鳥がカワラヒワでした。本当に群れてパーっと地面にやって来ました。新宿御苑
でもたくさん見たことがありました。のちに軽井沢で再び見た時、じっくり見れたのか意外と羽根を広げた時奇麗だと思った
ことがありました。
片田さんがきれいな鳥だけでなく、ちょっとかわいそうな鳥を見ても腕まくりして美人さんに描いてあげるという心意気が
好きです。私も初めてカシラダカを見た時は、確か小峰公園だったと思いますが、遠くのぬかるみに降りていてかわいくない
とその時見たルリビタキと比較してしまいました。でも後ほど霧ヶ峰でホオアカを見た時は、私も見方が変わってきて
かわいく思えました。みんなその子なりの可愛さがあります。でもまだまだ初心者でヒヨドリが来たらなんだヒヨかとがっかり
したり、ムクドリだと写真を撮らなかったりして・・・ やっぱりカワイイ子の方に目が行ってしまい、ジョウビタキの女の子や
エナガに出会ったらキュンとしてしまいます。猛禽類への道はまだまだ遠いです。
「コゲラとマユミ」では去年だか高尾山での人だかりで初めてコゲラが赤い実を食べているところを見ました。いつもは宇宙人的な
顔に見える(白いところがウルトラマンの目のように思えてしまって)コゲラがまるでメジロが無心に花の蜜を吸うように
赤い実になりふり構わずとりくんでいる姿を見たことを思い出しました。コゲラはいつもは木を忙しく上ったり下りたりしてギ~と
鳴いてここにいるよと知らせてくれるかわいい鳥です。友達ともコゲランとよんで人気者の鳥です。
片田さんの本を見ながら、自分と鳥とのつながりなど思い出したりして書くととりとめがなくなってきました。

 

 

片田さんの描かれる鳥を見ると愛情にあふれていることを感じます。特に目がかわいいの。
どの絵も好きですが、トラツグミもいいけど「マヒワとハンノキ」の絵がとても好きです。生真面目な目をしていると
書かれているところが面白いです。私はかわいい目と思いました。植物とのコーディネーションも良く絵として色あいも
好きだしお気に入りです。

画文集の中には信州に住む片田さんでもなかなか出会えない鳥たちもたくさんいます。
私の数少ない経験でも初めてゴジュウカラに会った時のこととか、アカゲラを見た時のことははっきり覚えています。
そういう積み重ねがたくさんあって片田さんの画文集の中にそれぞれの思い出があります。
なかなか出会えないからその出会いには価値があります。私はキクイタダキに会ってみたい。

東京では簡単には鳥に出会えないので、私は花探しの方が多いのですが、その時期にしか会えない花との出会いは
嬉しいものです。

立ち読み仲間の彼とのエピソードも、どんな人だったのかな~なんて想像を膨らませてしまいました。

シベリウスのことが文章に出てきて、私もシベリウスの曲に自然を感じます。館野泉が弾くピアノ曲もそうです。館野さんは
音楽の中心でなくそういう影響の少ないところに身を置きたかったと話していて何かわかるような気がします。
今回たまたま入院中にシベリウスの暗めの交響曲を聴きましたが、美しさを感じました。

神様が味方してくれるという言葉が何回か出てきますが、私も人生において神様がいると感じたことが何回かありました。

気の重い病院での時間がとても楽しい時間に変わって行きました。私は今までこの本を鳥が好きな人にプレゼントして
いましたが、今は病気と闘っている人に差し上げたくなりました。贈ってくれた友人にも片田さんにも感謝しています。
片田さんは「コロナの中、少しでも気持ちが明るくなりますように」との思いを込めてこの本を作られたとお聞きしています。


                       (八ヶ岳美術館のHPより)

片田さんは薬科大学を卒業後、彫金をしたり、版画家としても活躍されていましたが
その後水彩画家となり、2000年に蓼科に移住後は、野鳥を中心に森の動植物を描いています。

森の鳥も動物もみんな彼女のお友達です。鳥や花の世界の生態系から宇宙までつながる
世界の中で暮らされています。

出会った鳥たちもまだまだたくさんいるので、その子たちも本にしてあげてくださいね。
続きをお待ちしています。

 

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人生の四季に生きる ・・・ Living in the Seasons of Life

2022-12-05 23:57:27 | books

 

本当に信じられないけれど、もう12月。
慌てて区の健康診断とがん検診を申し込んで12月1日に新宿のクリニックまで。

 

ほんとうは半年に1回チェックしなくてはいけない無呼吸症候群も1年たってしまったけれど、呼吸器内科も歯科も
申し込んで今月の予定。他に膝で整形外科も入り、12月は病院デーとなってしまいました。

 

高齢者になって若い頃とはメンタルでもフィジカルな面でも全く違ってくるけれど
それを十分理解したうえでも、この思いの落としどころはどこなのだろうと思ってしまうこの頃。
死ぬまでの何年かをどう過ごすかと思っても、未来は何が起こるかわからない。メンタルな面でも
フィジカルな面でも。思秋期という言葉があったのですが、白秋期という言葉もあったのですね。

白秋期 地図のない明日への旅立ち 五木寛之

なんとタイトルのジャスト・フィット感に納得。

若い頃、日野原重明さんの本はよく読みました。そういえば「人生の四季・・」とかいう本を持っていたと
思い出して探したらありました。それも2冊も。両親の所から持ってきた本の中にも同じ本があったのでした。
本の中には1989年の日仏会館でのフランス革命200年記念のラパン・アジルでのシャンソンライブのちらしが
はさんでありました。ちょうど結婚したころ。主人は日仏にも通っていたのだったっけ。もう1冊あった日野原さんの
本は母のもの。若いころから日野原さんは婦人之友社を通じてよく知っていました。

人生の四季を生きる 日野原重明 岩波書店

他に遠藤周作の「恋することと愛すること」があって、これは多分父の本棚にあったものです。父は遠藤周作が好きで
数冊持っていました。私は恋愛小説とか映画はあまり好きでなくて、あからさまに作り話のTVドラマなどは
楽しんだこともありますが、恋愛なんて信じていない。それこそillusionだと思っています。若い頃、人を好きに
なったことは何回もありますがほとんど片思いだし。もっと深いところの愛で結びつきたいとずっと思っていました。

この遠藤周作の本も面白そう。父は母に残した遺言書に結婚とは何だったのだろうと書いて母を悩ませたと思います。
本当になんてこと書くのでしょう。

愛については学生時代に読んだC. S. Lewis  Four Loves はとても納得して、今でもこの考えが基本になっています。
Friendshipというお互いを見つめるのではなく同じ方向を見て進む愛を大切に思ってきました。Charityは一つ上の
アガペーという神の愛です。そこにはなかなか近づけません。

C.S. Lewis’s famous work on the nature of love divides love into four categories: Affection, Friendship, Eros and Charity.
The first three are loves which come naturally to the human race.

 

今日は整形外科の日だったのですが、夕食も全部作って、出かけようと思ったら雨。
今杖を突いて傘をさすのは危ないのでキャンセルして、予約を別の日に取り直しました。
それで、日野原さんの人生の四季を昨日はパラパラと見直していたのですが、全部読みなおしました。

若い頃ほとんど印象が残らなかったこの本も、今読むとすごくよくわかります。

 

私は本に線をひいたり、付箋を貼ったりするタイプですが、「人生の四季に生きる」では
1か所しかマークしていませんでした。

脳を上手に使うコツは、不愉快なことや心配なことに脳を使うことをできるだけ避けて、
積極的に生きるために脳を十分に使うことです。

今読み返すと全くリアルタイムなのでよくわかります。

ウィリアム・ジェームス教授は、定年後に来る第4の人生を、自由人としての自我の誕生だと言っている。
・・・ 壮年時代に負わされたいろいろの拘束や責任や義務から解放されて、1個の人間として自在に
生活できる状態になっているのです。

自然の四季では、冬の終わりの深い雪の下にも青草がすでに芽生えています。
・・・ 雪の下にもし青草があるとすれば、それは、私たちめいめいが残す精神的遺産が次の時代に
次の季節に育つ人々に発掘されて、その時代の人々の心の中にそれが生かされるということであります。
そのようなことによって、私たちの人生は永遠に連なる可能性が生じると私は考えたいのです。

「人間が人生の最後、死に直面して一番身につけていなければならないのは、平静の心である」 
                                      アントニヌス・ピウス

I am a part of all that I met.    テニスン

 

・・・そこで私たちは人間の成長は一人ではかなえられないということに気づくのです。人は他の人間に
出会うことで成長する。私たちが出会う人間は、優れた先人とか学者とかのように、成功した人ばかりでは
必ずしもなく、むしろ悲劇の人であったり、破産をした人であったり、失職した人であったり、陽の目をみない
作家であったり、病気で再起不能になった人で会ったりする場合が多いのです。そのような人々との出会いを
通して、私たちは実に多くのことを学びます。

この定年後の時期は、単に引退するのではなく、むしろ創造的引退(creative retirement)と表現される
生き方を目指せば、明るい人生が展開してくるように思います。

フランスの心理学者ジャネの法則
人は年齢によって時間の経過する早さが違ってくる
同じ10年でも、その当人にとってはその長さが年代に反比例して感じられ、10歳代の時の10年比べて
50歳代の10年は、五分の一、すなわち2年でしかないということになります。

「老人性痴呆は患者から心を奪い、家族の心を破る」J.ストーン博士 

老人はまた、自分がたとえ小さい存在であると感じても、自分の中にはなにかまだ使いうるもの、開発
すべき脳があり、使える手足があることを考えて、心とからだを最後まで使い続けることが望まれます。
・・・そのようなしなやかさを持ちつつ、一方、人の苦しみが共感できる老人として生きることができれば
それは最高の生きざまではないかと思います。老人には再び春は来ない。しかし、雪どけの春を待つ
しなやかな心、病みつつも春を待つ心を最後の姿として画きたいと願うのです。

老いに生きることをもう少し前向きに考えると、それは、老いもまた与えられた恵みの時という受け止め方
になるでしょう。
・・・人には齢をとってからも新しい生き方のあることが、多くの先輩による実例として示されています。
私はおいても心健やかに生きたマルチン・ブーバーの言葉をいつも心に抱いています。20世紀の生んだ最高の
哲学者ブーバーは75歳になった時、その著書「かくれた神」にこう書いています。
「年をとっていることは、はじめるということの意味を忘れていなければ、すばらしいことである。」

私たちに、いよいよこの世を去らなければならない日が来たとき、タゴールが「人生の終焉」の詩に歌った
ように「私の頭陀袋(ふくろ)は空っぽだ。ー与えるべきすべてを与えつくした」といえるでしょうか。
もしそうでなければ、ローマの詩人、ユヴェナリスがうたったように「人生の最後を自然の賜物として
受け取る心」が私たちに与えられて、私たちは静かに死の川を心静かに渡ることができましょう。私たちは
哲学者マルチン・ブーバーにならって創めることを忘れない老人となって行きたい、そしてどんなに激しい
波風の中にも平静に生き、そして、人生の最後を自然の賜物としてしずかにうけとれるよう、生涯を通して
学び続けたいと思います。

この本は日野原さんがNHKの依頼で5話にわたって話した内容を本にしたものです。
学生時代にブーバーの「我と汝」を読んだことがありました。どんなだったかまた見てみようかな・・
あの頃は立教大の加藤先生と出会い、デカルトとかパスカルとか読んでいた時代でした。
加藤先生との「万葉集」の読書会も忘れ難いものです。

 

※日野原さんの本は2冊持っているので、もし読みたい方があれば差し上げますので連絡ください。

 

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マーガレット・ミーの本 ・・・ books by Margaret Mee

2022-04-07 23:59:26 | books

「花も昆虫たちもその小さなダンスが世界を回していることを知らない」という映画「アダプテーション」
の中の心に刻まれたナレーションを思い出させる山中麻須美さんの講演会でした。

そこで紹介されたマーガレット・ミーが気になり、本を調べてみましたら翻訳の本が1冊でていました。
原書を探せばよかったのですが、原書は専門用語も多く難しいようです。あとから翻訳版は図版が全部カラーで
ないのを知りました。昨日ネットの古書を注文したら、北海道の本屋さんでしたが、今日もう届き、感激です。

とても貴重な1冊を手に取ることができました。カラーの写真も結構あって、これで良しとしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また一つ、素敵な世界を発見しました。

 

 

 

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ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室 ・・・ the kitchen counter cooking school

2021-08-12 08:01:54 | books

図書館から督促メールが来てしまった ・・・

 

アメリカ人と結婚した主人方の甥のことを思い出します。奥さんは食に全く興味がなく、料理も全部彼が作っています。
ダメ女というわけではありませんが、アメリカにはこういうタイプの女性もいるのだなと思いました。彼女は若かりし頃
日本にいた時、日本人の女の子のグルメぶりに驚いていました。久しぶりに懐かしく思いだし、ネットで見てみると
今では子供二人も独立して、フロリダからマーケットのセミナーを配信したりしていました。YouTubeでも見れて、
セミナーの彼の自己紹介を見て、すごく転職しながらキャリアと積んでいったことがわかりました。日本にいた時も何社か
替わって最後にアメリカの証券会社にヘッドハンティングされてニューヨークに行き、そのあと西海岸、フロリダと移って
行ったことがわかりました。彼の奥さんを紹介したブログに「結局、結婚というのは、ひとりでは到底行けない処へ二人で
行こうとする試みなのかな? と最近は思っています。」と書き、奥様との出会いが人生最高の喜びだと書いています。
確かに二人でないと見れない世界があります。結婚に限らずいろいろな形態はあると思いますが。

この本はいろいろなバックグランド、どういう家庭に育ったかとか、リストラの波などいろいろ苦労している人たちを
食という観点から人生をあぶり出し、生きる喜びをみつけるような感じと、アメリカのあの大量消費、コストコに代表
されるような、に警鐘を鳴らしています。日本人ってやっぱりアメリカを真似したがるし・・・

急いでななめ読みしてしまいましたが、少なく買って多く作るとか、最近の私の傾向と同じでした。

本の初めに
料理だけでなく
すべての物事に喜びを見出す方法を教えてくれた
母イリーナに捧ぐ
と献辞がありました。

ここで注意しなければいけないと思ったのは添加物や半加工品など。あまり中身の表示は見ていなかったけれど
保存食品にはいろいろなものが入っているので、できるだけ最初から作らないといけません。私が使って
いたのはホットケーキミックスくらいかな? 最近ドレッシングは久しぶりに買ってしまったけれど。つい便利さを
選んでしまう私たち。忙しい生活の中ではよけい・・ カレールーはブレンドするカレーの一部として、少しは
使ってしまいます。

この本の中で
自分が食べるものは管理できるようになりたい。
食べ物に何が入っているのかわからない時代でしょ。今って。

人生の選択として地球や環境にやさしい暮らしをすることは大切。

などの言葉が当たり前だけど残りました。

やっぱり抗生物質を投与された肉を使ったハンバーガーは食べないほうがいいようです。
鶏肉も要注意ですね。スーパーではなくそれぞれの専門店で買うことを心がけよう。

そして変わって行って胸を張って生きている姿が気持ちの良い本でした。
自分を変えていくっていくつになっても大切なこと。もちろん変わらない自分もいて。

 

この本は紫苑さんのブログで知ったものですが、高尾に行ったときにコーヒーを自分で入れないの?
と驚かれました。そう若い頃は豆を買って電気でビ~ンって挽いてドリップで飲んでいた時代も
あったっけ。いつからインスタントとネスプレッソになってしまったのかしら? ネスカフェに子供の
頃から浸りきっていたので、最近はあまりインスタントコーヒーを飲む気がしなくて、紅茶も多い日々です。
それで生協で小川珈琲の挽いた豆を売っていたので買ってみました。やっぱりおいしいですね。

久しぶりに自分で入れたコーヒーを飲みながら、速読しました。

今日は本を返しに行って、古い映画のDVDを図書館から借りてこようっと。2日間も一歩も外に出ない生活なので
少し歩かなければ。

叔母が姉である母にお土産のリモージュの小皿を引き取りました。
器は身近な芸術品、もっと楽しみたいですね。

そしてやっと料理に手間をかけてもいい年齢になりました。

 

 

コメント (4)
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安土往還記 ・・・ Aduchi Oukanki

2021-03-15 23:56:30 | books

図書館から借りてきた全集の1冊、深緑のハードカバーの本を開いて読み始めようとすると、最初の「森有正氏に」という献辞に心がビビッと来てしまいました。森有正の本は学生時代によく読みました。そのころ影響を受けたのは他に神谷美恵子の本でした。

岩波書店から出ている辻邦生歴史小説集成の第1巻に入っている「安土往還記」と「『安土往還記』歴史紀行自作-解題風に-」をやっと読み終わりました。おとといはレオン・フライシャーのピアノやハウザーのチェロを聴きながら読んでいました。学生時代の癖が出ました。

ドビュッシーの「月の光」は遥かかなたの私の人生の始まりの頃を思い起こさせました。少女の頃、父が買ってくれた出版社が出した音楽の贈り物。ハウザーの弾くチェロのラフマニノフもピアノと違った感じでいいですね。カヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲の遠くからさす光のような美しい心にしみるメロディ。辻邦生の描く桃山絵巻を読みながら音楽にも引き込まれていく私。

読み終わった後、すぐプロダクションノートのような歴史紀行を読んだので、彼の意図するところもよくわかって面白かった。小説を読み始めると、文学の楽しさを久しぶりに感じました。文字で絵画的な表現をして、読む者は文字を通して創造力を働かせる。辻邦生もその時代を想像して表現することを楽しんでいるように感じました。辻邦生が表現したいことを表すのに文学が一番適したスタイルだったのですね。 町のざわめきを感じ、押し寄せる波のような戦闘シーンや非情な世界、家臣たちと信長の距離感・・・ それが外国人を通して語らせるのが、まるで現代人が見たような客観性があり、辻邦生らしいと思いました。湖東に旅をして、ルイス・フロイスの見た日本もおもしろそうだと思ったり、「麒麟が来る」で明智光秀と信長やほかの家臣たちのかかわりがわかっていたので本を読む助けになりました。

辻邦生が信長のことをジェノヴァの航海士の私信で語り、信長のことを大殿(シニョーレ)と呼び、今までの信長像にとらわれない一人の人物として描いた、この第三者的な目が面白かったです。

この小説で繰り返し、出てくる言葉「事が成る」ということ。・・ すべてから粉飾をはぎ取ったぎりぎり必要なもののみが力となるという真実・・・

自分の選んだ仕事に置いて完璧さの極限に達しようとする意志(ヴィジョン)

「虚空の中をただ疾駆しつつ発光する流星のようにひたすら虚無を突き抜けようとするこの素晴らしい意志のみを人間の価値と呼びたい」というのはまさに辻邦生の信長を通して言いたいことなのだと思います。

信長の人生50年の歌のように彼はすでにこの世界の虚無に直面し、夢まぼろしの世界をいかに生きるかに心してしていたと言えまいかと彼の心に寄り添った。信長とヨーロッパから来た伝道者たちとの間に覚える共感、明智や秀吉という対照的な二人の中に最後の友情を感じていたというのも昨年のTVドラマと同じ意見のように思える。

この小説の中の凄惨なシーンのあとにくるヴァリアーノとの別れは美しい絵巻物を見ているようでした。ヴァリアーノの言葉を借りて、「全身を持ってその精神的な高みへ登りうる唯一の手段は音楽である」と語った。音楽だけはどこにあっても直ちに濃密な精神の圏を作り出すことができると。

 

安土往還記歴史紀行の中で辻邦生はフィクションについて語っていました。

劇場に行く人は、舞台の上の人工的な現実(幻影)を見るが、しかし目的はそれを通して現れる人間的真実に接し、悲哀なり、愛なり、勇気づけなりの感動を味わうことができると。

あくまでも小説 -フィクション

信長と呼ばすに尾張のシニョーレと呼ぶことによって、先入観を持たせず、歴史上の人物として存在するのではなく、次第に読者の想像の中に姿を浮かび上がらせた。初めにロゴスがあった。

安土往還記の中でやりたかったことは、言語の力で世界を無の中に浮島のように構築することだった。西洋人から見た日本とパラレルに信長公記合わせて新しい世界を作り上げて行った。

最後に光秀との信長の心理的対立が人間的なものめぐる見解の相違をモチーフ設定としたというのも最近の二人の解釈に合ししているように思えました。

森有正にささげた本ですが、途中森有正と見解の相違があったこともここに書かれていました。

歴史物はフィクションとはいえ、その時代のすべてを相当勉強しないと書けないものです。大変な仕事をしています。ここにあった航海士の手記が実際に残っているものと思って問い合わせが来たと書いてあったのが面白かった。

 

 

写真は今日の朝富士、夕富士、咲き始めたもう一つのイングリッシュ・ローズ

 

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母から繋ぐ料理 ・・・ inherited cookbooks from my mother

2021-01-18 12:33:00 | books

両親が亡くなり、実家を処分するときに持って来たものは母の和服や自分の和服、本(おもに料理)と父がよく聞いていたクラシックのCDや食器など。

洋服など何もいらないと言った妹は正解でした。私は洋服も少し持ってきたのですが、やっぱり着ませんでした。もったいない精神が邪魔しました。和服は少しは着ていますが。

まるたけさんのブログに最近載った田村隆さんの料理本に刺激されて、母の本を出してみました。

母は祖母の代から友の会に入っていたので、婦人之友社の影響を受けていて、本もほとんど婦人之友社の発行で、家庭料理の基礎のようなものを多く持っていました。料理をメモしたのノートも4冊くらいあります。私も真似して高校くらいの時から好きな料理のレシピを小さなノートに書いていて3冊くらいにはなっています。最近はネットやコピーでノートに書くことはなくなりましたが。

母も晩年はシニアの料理や野菜を中心の料理、具合の悪い時の料理などの本が中心になっていました。何と栗原はるみの本もありました。

私自身は自分のメモや切り抜き、ベターホーム協会が出した基本料理や婦人之友社から出た実際に習ったことのある本谷滋子さんの本など参考ししていますが、ネット検索も多いですね。朝日新聞社から出ていた新聞に毎日載っていた料理の本もイラストが安野光雅でしたが、もうバラバラになってしまいました。NHKのテキストをまとめた本や文化出版局から出された佐藤雅子さん、宮川敏子さんの本など・・・

私も若いころ見ていて思い出深いのが辰巳芳子さんが母、辰巳浜子さんの料理を伝える2冊です。

ゆずりうけた母の味 辰巳浜子料理帖より  

表紙は浜子さんが新婚旅行に着て行った縞のお着物で、ところどころに現れる挿絵は弟さんの描かれたものとか。辻嘉一氏の推薦の言葉に始まります。

はじめに「心から心へ、手から手へ」との芳子さんの書かれたページがあり、「母の料理の特長は、ものと向き合う時の、天性の感受性、加えて内的態度と深いかかわりがあったと思います。」と言う言葉で始まっています。

 

 

辰巳芳子が伝える母の味 てしおにかけた私の料理

この本はずいぶん昔から知っていたと思ったら、初版は昭和35年に出て、時代にそぐわなくなったものを芳子さんが改訂して復刻出版したものでした。芳子さんはこの本は作りたいところだけ見ず、一度は通読していただきたいとまえがきに書いていました。そうだ、読んでみようと初めて思いました。

辰巳芳子さんはスープで有名で妹は作っていたようですが、私はそこまで手が回っていませんでした。まず、私の母から受け継いだこの本をじっくり見てみようかと思います。

母は何とこの本で押し花を作っていました(笑)

 

料理に関しては主人の母や姉たちもすごくて、義理の母は10人の子どもを育てて、戦後、大連からも一人もかけずに子どもをつれて帰ったことが奇跡的な人でした。主人は高校生の頃父親を亡くして、母がずっと仕事をして姉・兄たちの協力もあり一家を支えていました。

波乱万丈の人生で今治市の旅館のお嬢さんで、一方主人の父の方も地方の名士の家柄でしたが、彼は決められた結婚に従わず、駆け落ちしてすべてを捨てたとのことでした。義理の父は繊維会社に勤めて、最後は難病の子ども(=主人)のために少しでも多く費用を得ようとエジプトに単身赴任して、綿花栽培の指導をしていましたが、現地で心臓発作で亡くなりました。

その一家のまだ主人が生まれる前の大連での暮らしが面白くて、主人が姉たちから聞いた話をまるで経験したことのように話してくれて、笑いすぎて涙を流しながら聞いたことがありました。ケーキも何ホールも作ったり、編物は子ども全部のものを編み、家では中国人の使用人が作る中華料理を覚えたようです。帰国してから家で作るカルピスの作り方をNHKの「今日の料理」で教えたことがあるとの話です。そういうわけで一番上の姉は栄養士で料理が上手でずいぶん教わりました。主人を優しく見守ってくれた関西に住む姉も料理が得意で東京のホテルでコンテストの決勝に出たこともありました。主人も食べることや作ることが大好きで、こんなに何でもおいしそうに食べる人を他には知りません。

話がそれましたが、食にまつわるエピソードをいろいろ思い出しました。主人の父親は食べる時の行儀作法にもすごくうるさかったとか。少し見習わなければいけませんね。

 

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