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日々のあれこれ
 

「ある男」 平野啓一郎

2018-10-16 | 読書

期待にたがわず、たいそう面白い小説でした。高速バスの中と電車の中、寝る前にも読み、足掛け3日で読了。

あらすじ。

弁護士、城戸は以前、離婚裁判を頼まれた里枝からある依頼を受ける。

その依頼とは、再婚し子供まで生まれた相手が誰だったのか調べて欲しいというもの。二度目の夫は仕事上の事故で亡くなり、絶縁状態だった親族に一周忌に来てもらうと、全くの別人と判明。ではなくなったのは誰?

推理小説のようでもあり、死刑制度、民族差別、夫婦の危機、とそれぞれの枝葉もよくできていて、本当にあったことのような臨場感があった。

一番驚いたのは、戸籍のロンダリング。実際にあるのかどうかは私にはわからないけれど、二人の戸籍をそっくり入れ替えて、それぞれが今までと違う人間として生きる。そのための仲介業の男の食わせぶりな造形もよくできていた。

名乗っていた男の元恋人に出会い、その女性が名乗っていた男の名前でアカウントを取ると、ある男が代理人としてコンタクトしてきた…

この小説で、人のアイデンティティは何に拠るのかということを考えさせられた。

どんな家に生まれ、どんな人たちの中でどんな風に生きて来たかは、人間の核を作るものと私は思っている。しかし、その経歴を消したい人が、別の人間を名乗ると案外簡単にその人の人生を生きられるという登場人物の言葉に、そういうこともあるのかと、自分の常識がゆすぶられる感じ。

それにしても、それにしても、こんなに簡単に別の人に入れ替われるのだろうか。小説なのでそう読まないといけないけど、パスポートや免許証持たないと、顔が国に、本当に把握されていないのだろうか。不思議、不可解なことで、それがこの小説の肝。

その人はなにによってその人なのか。自分がこだわってきたことなど、簡単に取り換えられる軽いこと、とも言える。

里枝と二人の子供たちはこれからも強く生きていけるだろうけど、弁護士城戸は妻が上司と不倫しているらしい。こちらは小説の中では解決ついていないけど、この後どうするのかなあと、他人事ながら心配。と言っても架空の人物ですが。

でも心配してしまうほど、それぞれがよく書けていると思った。

書き方は、そうですね。カズオイシグロに似ているかも。ストーリー性があるのがやはり面白いと思った。

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原民喜文学碑

2018-10-16 | 戦争反対

広島駅新幹線口から徒歩10分くらいの、広島東照宮にあります。

被爆直後の街の様子を見て、作家魂が呼び覚まされます。

直後のメモ書き。それをもとに「夏の花」を書く。

感情的な言葉を排した無駄のない文に、読む方の想像力も喚起されます。


   永遠のみどり

                          原 民喜

ヒロシマのデルタに

若葉 うずまけ

 

死と焔の記憶に

よき祈りよ こもれ

 

とはのみどりを

永遠のみどりを

 

ヒロシマのデルタに

青葉 したたれ


先日読んだ、岩波新書「原民喜 死と愛と孤独の肖像」は、作家の絶唱のような短い詩で締めくくられていた。

読み終えたのは、おりしも、市内電車が駅終点に差し掛かったときの車内。目の前の景色が違って見えた。

広島生まれでもなく、自身の親戚もこちらにはない私は、18歳で広島に来る前、まだ顔にケロイドのある人がたくさんいると思うほどの無知な人間だった。

そういう人を見ても気持ち悪がらずに親切にしてあげようと。何と単純で幼いな私。

50年前にすでに、被爆の跡は全然感じないほどに復興していた。

がしかし、原爆関係の本を読むと、2018年の今でも、いかにたくさんの人が亡くなり、その周りで嘆きの声が幾重にもこだましていたのかと、街の持つ記憶に思いが行き当たる。

二度とあってはいけない、親族と別れを言う間もなく、人間が人間のかたちとして死ぬことさえ許されなかった、むごい無数の無念の死。

死者は安らかになんて眠っていないと私は思う。

戦後、曲がりなりにも日本は戦争をしなかったけれど、惨禍を忘れ、目先のことだけを考えていると、政治の横暴を許していると、また同じことが繰り返されないとも限らない。

なくなった人に顔向けができる今の日本だろうか。

ヒロシマへ立ち返り、ヒロシマから学ぶ。私はこのことをこれからも忘れないようにしたい。

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母が来て帰った

2018-10-15 | 日記

昨夜来て、今夕には帰る日程。言われるとおりにチケット買い、いつもは二泊するのにおかしいなと思ったら、本人の勘違いだった。明日帰るつもりらしかったが、チケット買い替えないと…と話すとおとなしく納得。

その他にも年寄り特有の物忘れと勘違いがいろいろあり、いつも一緒にいないので少し驚いた。

しかしまあ、あの年まで元気で娘のところに来れる、そのことを喜ぼう。

姑様にお見舞い渡していた。認知症だけだからお見舞いいらないのと違う?と言ったけど、どうしても渡すと言うので有難くもらい、即座に夫が預かる。

「お金はたまるんや」とのこと。なんでやねん!と思ったら、年金が余るそうで。うらやましい。いいなあ、あの世代の人は。


午前中は孫たちの出演するDVDを一緒に見て、昼前、近所のスーパーに一緒に買い物に行く。

いいお天気で、近所の人とあいさつし、「娘がお世話になってます」と言えたので、よかった。

昼ご飯は夫、母、私でお蕎麦。母だけ、昨日の残りのお寿司を追加して食べた。

お蕎麦もおいしいと喜んでくれた。近所の安売りスーパーの乾麺茹でる。8束で178円税抜き。純粋庶民の私、お蕎麦の味が分からないのでこれで充分。母も同じ。

そのあとお小遣いくれるので、その気持ちに免じて有難くいただく。一金一万円也。有難や。

午後からタクシーで新幹線口まで送っていく。帰り際にお土産代として一万円渡す。これで差し引きゼロ。がしかし、お小遣い貰い、お土産代渡した実績が残る。

きょうはとてもいい秋晴れの日で、他愛ない会話のあとで、この先もずっとこんな日があるように錯覚するけれど、人はいずれ、一人ずつ、この世からいなくなる。

そのときに、きょうはきっといい日として分類されるはず。

長くてあと5年、早ければ1、2年、母との別れの時が近づいているはずだけど、まだまだ実感はない。

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原民喜 梯久美子

2018-10-14 | 日記
只今、高速バスの中。家で読みきれず、旅行に持参、読了。
いくつかの作品は大昔に読んだけど、評伝を読み、作家の純粋な心に感動した。
広島で被爆したのは運命、生きて書き残したのはヒロシマと作家との共同作業。声高に原爆反対を叫ぶのではなく、死者の嘆きに寄り添う。その徹底ぶりが年月に洗われても、いや時間が経ったからこそ、世界に通用する普遍性を持つ。
アウシュビッツ、中東の紛争と難民、嘆きは昔も今も地上に絶えることがない。その苦しみを想像し、これからの自分の行いに生かしたいと殊勝なことを考えた。
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古民家ギャラリーへ行く

2018-10-13 | 日記

今日は絵付けの先生とお友達で、こちらへ行きました。

JR芸備線、向原駅から徒歩10分くらいです。

7月の集中豪雨で芸備線は途中から不通、鉄道代行のバスもあるようですが、本日は一人の方の運転で。市内から約60分、有難うございました。

3年前にもお邪魔しました。あれからワークショップも充実、地元でサポートする人たちも出て、地域の活性化にも役立っているようです。

元々は夫の仕事関係の知り合いの方、子供同士も同級生で、長いお付き合いです。

3年前の訪問はこちら

https://blog.goo.ne.jp/kawashima134/e/5694fde35a06887a538316b1958da6d7

ランチ

コーヒーはたっぷりと。

向こうのテーブルランナーはお嬢ちゃんお手製。紅絹裏もみうらのような薄い絹地を裂いております。縁にフリルを付けるのがおしゃれです。

藍を植えて、スクモにせずに染めるそうで。生藍と言ってましたが。

藍染めよりも明るい空色でした。

玄関飾り。張り子の猫。

ハロウィン

くりぬかずにシール貼ってます。これなら簡単そうです。

表情のある猫

ひょっとこに鯛に、小判は落ちたそうで。あらあら。

納屋の天井。白川郷みたい。元々は茅葺のようです。その上にトタンをかぶせています。

これが四国になると麦藁になり、私が子供のころ、クラスの友達の半数くらいは藁屋根の家に住んでいました。って…なんかものすごく昔っぽいけど。

日本の秋。里山の秋。

カキ、ススキ、エノコログサ、民家。

赤瓦は平均気温15度でしたか、以下のところに分布するそうです。寒さに強い瓦なのでしょうか。

また市内まで帰り、解散。


今朝は7時過ぎに義妹に呼ばれ、いろいろと。いいとこ見せようと私が姑様を椅子に移すつもりが、二人だから油断していて、失敗。座り込んだのを二人で椅子に移す。

すみません、お義母さん。

いつもより起こすのが早いので機嫌悪かったけど、食事などあとはお願いして家に戻り、無事出かけられました。

やれやれです。**さん、ありがとう。不出来な長男の嫁でごめんなさい。

明日は実家の母をこちらへ連れて来てゆっくりしてもらう予定です。今のところ歩けてますが、歩けなくなると世話が大変。

わが姑様のようにおとなしく介護ベッドの中にいてくれるならいいけど、わが実母はどうでしょうか。

歩けなくなると一番困るのはトイレ、とシビアな現実が待っています。昔は家で面倒見ていたけれど、今の年寄りは歩けなくなってからでも長生き。特にわが母は胃腸は極めて丈夫、体重も重い。

決して転ばないように、特に大腿骨骨折は寝たきりへの一方通行。くれぐれも言っておくつもりですが、私も気を付けないと。気が付けばもうこんな年です。

先日の城崎温泉、旅館街歩くのは下駄貸してくれるけど、私はスニーカーで行きました。あんな歩きにくいもの、泥の道ではないので怖いです。


すみません、今日もくだくだと。でもここで一日の思いを吐き出すと安眠できます。

介護していない人にはうっとうしいだけの話。最近人と話していて、隔たりを感じること多し。私だけ、同じ場所をぐるぐる回って、考えが自由になれない。

同じ話を、しかも楽しくないことを繰り返す私はうざい人。他の皆さんといるときはなるだけ、別の話題を心掛けましょう。

明日は50年来の友達とも会う。彼女も姑様は卒業で、うらやましいけど、先での参考にさせてもらいましょう。

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