Reflections

時のかけらたち

神々が棲む森へ -6 ・・・ into the sacred wood the gods dwell -6

2022-10-17 23:57:12 | wonderland

中辺路ハイライトコースを歩いた後は最後の訪問地、湯の峰温泉に行くためにバスターミナルに行きました。

世界遺産熊野本宮館がバスターミナルの奥にあり、多くの展示や、図書、そして観光協会の事務所もあり
旅の相談に乗ってくれるようになっています。

バスを待っている間に展示物を見て、少し熊野のことについて学びました。

 

 

 

明治22年(1889年)8月の水害時まで熊野本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の3つの川の合流点にある
「大斎原(おおゆのはら)」と呼ばれる中洲にありました。
かつての本宮大社は、およそ1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿が立ち並び、幾棟もの摂末社もあり、
楼門がそびえ、神楽殿や能舞台、文庫、宝蔵、社務所、神馬舎などもあり、現在の8倍もの規模を誇っていたそうです。

 

本宮新宮那智からなる熊野三山
 本宮の主神は、家都御子大神(けつみこのおおかみ)。(家都美御子大神(けつみみこのおおかみ))
 新宮の主神は、熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の2神。
 那智の主神は、熊野夫須美大神。

近世には熊野速玉大神はイザナギに、熊野夫須美大神はイザナミに同定。

 本宮の主祭神・家都美御子大神(ケツミミコノオオカミ)は、古語で「食(衣食住の『食』)」のことを「ケ」という
ことから、「ケ=食」を司る神ではないかという説が一般的。人間に自然の恵み、食べ物をもたらしてくれる神様。

またケという生命力を司る神ではないかという説もある。
 ケのエネルギーが枯渇するのが「ケガレ」で、ケのエネルギーを時々充填して元に戻さなければならないから、ケの神様の
おわす熊野を詣でる。新たなケを得られることに熊野詣の意味があり、まさによみがえりの地、熊野にふさわしい神様だ
と思わる。

もともと熊野信仰は自然崇拝から生じたもの
那智はへの崇拝から、新宮はその元宮が神倉神社であるとの説によれば、岩への崇拝から、本宮は川に浮かぶ森への崇拝から

熊野の神様は熊野権現と呼ばれます。「権現」とは字義的には「仮に現われた」ということ。仮に現われたのは仏。
熊野は神仏習合を積極的に受け入れたことで日本の聖地となる。
平安時代末期から鎌倉時代にかけておよそ100度の上皇の熊野御幸がありましたが、上皇を熊野に連れてきたのは修験者(山伏)。
室町時代頃に「蟻の熊野参り」という言葉ができ、蟻の行列にたとえられるほど多くの人々を熊野に導いたのは時宗という鎌倉
新仏教の一派。

一遍上人 

時衆の念仏聖たちは南北朝から室町時代にかけて熊野の勧進権を独占し、説経『小栗判官』などを通して熊野の聖なるイメージを
広く庶民に伝え、それまで皇族や貴族などの上流階級のものであった熊野信仰を庶民にまで広めていったと言われる。

時衆の念仏聖たちは熊野を特別な聖なる場所と認識。熊野の本宮は時衆の開祖とされる一遍上人がある種の宗教的な覚醒に到った場所

平安時代後期以降の浄土信仰の広がりのもと、本宮の主神の家都美御子神は阿弥陀如来、新宮の速玉神は薬師如来、那智の牟須美神は
千手観音を本地(本体)とする。本宮は西方極楽浄土、新宮は東方浄瑠璃浄土、那智は南方補陀落(ふだらく)浄土の地である
と考えられ、熊野全体が浄土の地であるとみなされる。人々は生きながら浄土に生まれ変わることを目指して熊野を目指した。

 

仏教と神道が入り乱れていてややこしい日本の宗教。
私の友人は青岸渡寺や熊野古道の王子で時々念仏を唱えていたけれど納得。
私は般若心経くらいしか知らないけれど、昔時々TVなどで話を聞いていた唐招提寺の長老森本孝順を思い出したりしました。
友人は唐招提寺の僧侶が書いた仏教の本はわかりやすいと話していて、ずいぶんと仏教のことを勉強していて、昔はそう
言った感じがしなかったので驚きました。入門書だけ読んだことある道元の「正法眼蔵」のことなど、音楽や今までの経験など
に加えて移動中に話したりして旅を進めました。

 

 

反対側の建物には観光協会があり、いろいろ調べ物もできるようになっていました。

 

 

 

 

 

 

湯の峰温泉までは25分くらいで着きます。
歩く場合は大日越えというルートですが、どの本を見ても本宮側から行く方が最初急な登り道が長く続くと
書いてあったのでこのルートは最終日に湯の峰温泉側から通ることにしました。

 

湯の峰温泉

 

 

泊ったのはこの温泉宿の一番端にある新しいタイプの民宿「瀧よし」。
江戸時代から続く風情のある温泉宿にも泊ってみたかったのですが、そういうところには
個室対応がありません。この若夫婦のやっている民宿にはそういうタイプの部屋もありました。
おじいさんから引き継いだという本当に若いご夫婦でしたが気持ちのいい応対でした。

宿に行く前に湯峯王子まで行っておこうということになり、暗い道を上がって行きました。

 

 

 

ショウキズイセン

時間がたっぷりあったので温泉で疲れと汗を取ってから夕食に行きました。
他に揚げ物やおつくりもあったと思うのですが、写真撮っていませんね。
温泉を使った鶏の鍋物がとてもおいしかったです。最後にコーヒーとデザートをいただきました。
この日はビールは飲みませんでした。食事も程よい量でおいしかったです。

バスもすいていたのですが、この民宿に泊まったのは私たちだけでした。
温泉も贅沢に独り占めです。

ふくらはぎをよくもみほぐしてから寝ました。

 

1泊目はベッドだけ、2泊目はゲストハウスで朝食と夕食のお弁当付き、3泊目は温泉もあり、豪華でした。
それでも畳の生活は慣れていないので苦しかったですね。

コースも歩く初日は階段状になっている大門坂、2日目は発心門王子からの熊野古道、3日目は大日越えと難易度が高く
なっていってなかなかいいプランだったと自画自賛。
我ながらいい計画を立てたものだと。

 

Oct.3 2022  Kumano

コメント
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