眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

思い出の魔女

2021-06-18 21:24:00 | 短い話、短い歌
「安全安心という言葉、これは「あん」と「あん」を取ってつなげると「ぜんしん」という言葉が見えてくる。これは無意識の内に刷り込ませる意図があったのでしょうか。また、ここまで徹底して韻を踏むというのは、音楽業界を意識してのことか。2つの熟語を執拗にくっつけることの意義はどこにあるのか。明確に端的にお答えいただきたい」

「今から50年前、あれはまだわしが子供の頃じゃった。テレビでオリンピックの放送をやっておった。あの頃のテレビと言えば随分と重たかったもんじゃ。後ろの方が出っ張って運ぶとなると大層難儀なことじゃった。外国人選手たちとの球際の激しい競り合いはとても印象に残っておる。ご飯を食べながらかじりつくようにテレビを見ておった。おかずは確か梅干しと芋くらいじゃったかのう。世界基準の素晴らしい技術を見る内に、わしはすっかり虜になったもんじゃ。ああ、サッカーがしたい。でも、ボールはない。なくてもしたい。思いは募るばかりでの。その時じゃった。どこからともなく魔女が現れたかと思うと梅干しの種にサッとパウダーを振りかけたんじゃ。するとそれはサッカーボールに変わったのじゃ。それから兄と二人で時の経つのも忘れて遊んだ。兄はとてもボールの扱いが上手で、わしは一度も勝てなかった。十年後、兄は単身オランダへ渡りプロのサッカー選手になった。そのような夢と感動を今の子供たちにも伝えてあげたい。スポーツはどんなドラマよりも素晴らしいもんじゃ。いずれにしろ、組織委員会と調整した上で総合的に判断されるものと考えています」

「ねえねえ、ばあちゃん、魔女っているの?」

「ええ、魔女はいるわ」

「どうすれば会えるの?」

「お利口にしてたらきっと会えますよ」




無回転ボールに乗って飛んで行く魔女は令和のファンタジスタ

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飛翔の棋士

2021-06-18 09:32:00 | 将棋の時間
 座布団の上で冒険を待っている。行き先は私の一存では決められない。
 待つ時間は相手の手番であり、私の時間でもある。
 ご飯が炊けるのを待つ間、ご飯の時間であり私の時間でもある。雨が上がるのを待つ間、雨の時間でもあり私の時間でもある。
 棋士が漕ぎ出す船を待っている。本当の強者は手番に関係なく手を読むことができるが、私はどうだろう。読み以前に、空想に耽る時間も大事にしたいと思う。私は扇子を開き、空想に風を送った。

 仕掛け前の腰掛け銀をみながら、私はいつかの猫を思い出していた。下校途中に気がつくと後ろをついてきていた。不思議な猫は誰のものでもなく、しばらくの間みんなの人気者だった。雲が流れ、煙が漂い、炎の中からサムライが現れた。時代劇だ。ばったばったと悪を斬り捨てて行く。サムライは個であって普遍でもあった。刀が鞘に収まってエントランスに猫が現れる。猫は人目を忍んで金銀に近づいたり離れたりを繰り返す。
 腰掛け銀をみていると、様々な風景と変化を想うことができた。想うところがある限り、読む材料には事欠かない。

「指されました」
 空想の庭から戻ってくると、何か指されたようだ。
 思ってもいなかった手が、盤上に現れている。
 横から眺める時間は絵画のように動かないのに、自分に突きつけられた時間は激流のように落ちていく。
(もうゆっくりしていられなくなった)
 私は大きく扇子を広げて肩にのせた。
 これが私の翼だ。
 さあ、どこへ飛ぼうか。

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