眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

鉛筆削り

2020-11-04 09:50:00 | 夢追い
「おとなしくしていれば安心なのにどうして身を削るような真似ばかりするの」
 人は誰だって鉛筆だ。
「どこで育て方を間違えたかな」
 玉葱かじゃが芋とでも話しているのか。
(僕が勝手に間違えたんだ!)
 通用しない正論を呑み込んで、僕はポケットに手を入れる。

「戻る時は小舟を漕いで戻ってね」
 喫煙スペースは船外にあった。
「突き当たりに出口があります。そこが入り口です」
 口は一方通行で簡単には戻れなかった。
「役者はこちらだ」
 外の世界では囚人か役者かどちらかしかなく、僕はうそでも役者を自称する他はなかった。それが正解だったかはわからない。毎日毎日、素人には厳しすぎる演技指導が続いた。
「人間を捨てろ!」
 石の上では猫に、横断歩道ではバッタに、設定に応じてあらゆるものになりきらなければならない。猫はともかく虫はきつい。
「それくらいできないと意味ないぞ」
「はい!」
 何よりも自身の従順さに腹が立つ。
 豊かなイメージを持たねばならぬが、持ったらすぐに手放さねばならない。アドリブから次のアドリブが生まれるのを待たねばならないが、一瞬も演技を止めてはならない。もはや発狂寸前。

「10年前の火星戦争でな」
 クラブハウスは破壊されたと老人は言った。
「今は将棋クラブじゃ」
 駒音一つ聞こえてはこない。
「と言っても誰もいないがね」
 不要となった盤や駒を片づけて、そこを執筆室として使うことに決めた。復帰のための論文を書くのだ。
 演技はこうだ、睡眠はこうだ、人間はこうだ。みんな一定の結論を求めている。嘘か誠かは問題ではない。結論に寄り添って生きていくことが、人間には安心なのだ。
(わかったぞ!)
 明日、明後日には結論は覆るかもしれない。ずっとあとになってみれば、みんなデタラメだったと知れるかもしれない。でも、今は今で精一杯の断言をしよう。

「それで火星まで?」
 街の人は少し驚いたような顔だった。
 近くには何もないと聞き、火星までやってきたのだ。本当は月にも色々あったのだが、案内所の人間が無知だったのだろう。(火星まで行かないと)そう強く言われたのだ。無知が無に替わって旅が長くなった。
「ここは有名だからね」
「なるほど」
「まあ、ゆっくりラーメン巡りでもしていくといい」

 麺が硬かったので自分も棒のようになり、立ったままうとうとしていると鉛筆になってしまった。やたら尖っているということで槍玉に挙げられたのが僕だった。
「どう使うかが問題だ」
 作家の組合が擁護してくれるので百人力と言えた。
 それはまさに正論。鉛筆または僕は、オレンジジュースと同じだ。チョコレートとも同じだし、ナイフ、スリッパ、ミサイル、機関銃とも同じだった。密になっても全く問題ない。言葉と言葉、密になってこそダイナミックな運動が始まるのかもしれない。火星麺を経由して論文は一応の完成をみた。もう演技はしなくていい。デタラメでも書き切ったという自信が僕を再構築し始めた。

 小舟を漕いで約束の通りに戻る。戻るところはいつだって新しい街だ。悪夢のあと、僕の外にみえる、新しい街がみんな解放してくれるだろう。過去も経歴もまるで関係ない。足を踏み入れた街は完成間もない絵のようだ。澄み切った空気に包まれて僕は新しく生まれ変わる。一歩一歩、自分を前に押し進めることによって、絵の中に溶け込んでいける。
「ここならやれる」
 美しい世界が、僕を一緒に引き上げてくれる気がする。
コメント
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