じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

「日本のいちばん長い日」

2006-05-12 02:53:46 | 映画
★ 久々に岡本喜八監督「日本のいちばん長い日」を観た。日本のいちばん長い日、それは1945年8月15日である。太平洋戦争終戦の日。当時の政府の人々がそして軍部がこの1日をどのように迎えたか、オールスターの名優を配して描かれていた。

★ 戦争を終結させると言うのは大変なことである。特に暴走する軍部を抑えることは至難の業である。これは昨今のイラク情勢やさまざまな紛争地を見てもわかる。ただ占領軍との大きなトラブルもなく戦後急速に復興を遂げた日本のありさまは奇跡としか言いようがない。その点は、アメリカの占領政策が巧妙であったとか、「天皇制」というものをうまく利用したと言われるところだ。

★ 数百万人の死者を出し、国を壊滅的な状況に陥れた敗戦。戦争を始めた人々は決してこうした状況を予見していたわけではないだろう。世界史的な情勢はあろうが、どこかで一歩道を間違ったから、このような結果を招いてしまったのである。そして世界に目を開かず、独善に陥れた教育の責任である。

★ 今また「愛国心」が論ぜられている。為政者たちが「愛国心」をいうとき私は素直に受け入れることはできない。それは素朴に国を想う心ではなく、為政者たちに都合のよい口実として「愛国心」が利用されると危惧するからである。

★ 愛国心とは究極的には国のために殉じるということである。国とは今さら「天皇のために」とか国体の護持などといったことを主張する人は少ないであろうが、やはりそうした国家システムを自らのために利用しようとする保守政治家や財界人の影がちらついて見える。庶民が彼らのために都合よく死んでくれるための正当性として「愛国心」が利用されることを危惧するのである。

★ おりしも「共謀罪」が論議されている。これが戦前の治安維持法のように拡大解釈され人々の自由な活動が制限されることを恐れる。

★ 「平和ボケ」ということがよく言われる。アメリカの核の傘のもと安全保障を真剣に考えずただ戦争反対を唱える人々あるいは政治に無関心な人々を批判して用いられることが多い。だが逆に、先の戦争の悲惨な結末を忘れてしまうのも平和ボケの症状であろう。のど元過ぎれば熱さを忘れるというけれど、「日本のいちばん長い日」のような映画を観ると今の日本が再び誤った道を歩みつつようで非常に心配である。
コメント