Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

源太郎、、、懐かしい問題

2017年05月17日 | 毎日の話

今日は結局、折りたたみ傘は必要とならず、雨は降らなかった。やっばり晴れ男だった。

本屋に立ち寄り、ちょっと見て懐かしくこんな本を買ってしまった。

中学一年生の夏休み前に、数学の先生からこんな問題を出された。

「任意に与えられた角を三等分せよ」条件は定規とコンパスだけで。というものだった。

仲良し4人は放課後、黒板に向かって、あぁでもない、こうでもないと議論した。

今となれば「単位円と三等分戦の交点のx座標は三次方程式の解だから四則と開平を含む式では表すことはできないので、作図は絶対不可能」とわかるが、当時は真剣にみんなで考えた。

ギリシャの三大難問は、この問題の他に、「与えられた立方体の二倍の体積となる立体を作れ」、「与えられた円と等しい面積の正方形を作れ」というものだった。

二つ目の立方体の問題は立方根だから作図は不可能。円の問題は超越数が含まれるのでこれも作図はできないのだから、そもそも中学一年生にトライさせる問題ではなかった。まぁ、当時方程式もわからない中坊にこんな問題を出した先生がおかしかったのか、トライした生徒がバカだったのかは別として、懐かしい思い出になっている。

この本の筆者は「生徒の思考力・創造力の低下に危惧を抱くのである。暗記力を重視した知識詰め込み教育から主体的に問い学ぶ、本来の学習ができる数学教育に変革するためには初等幾何の有用性を再認識させることが重要」と記している。コンピューター教育もいいけれどコンパスで円を描くことができない子供もいるようだが、そんな教育はもう古いのだろうか。


甘夏の花が咲いた

2017年05月17日 | 毎日の話

今朝は曇、富士山は今日も姿を見せない。午後から雷雨という天気予報だが、源太郎は都内へ。

朝、庭の甘夏の花芽を見ると「開花」が始まった。頼むから燦々と照りつける太陽が欲しい。

今年の花芽は多くの枝についている。さてどのくらい実をつけてくれるかなぁ。

さて、行ってきます。


源太郎、、、タイムスリップ!!

2017年05月16日 | 毎日の話

「おとうしゃん。おかえり」

玄関の吹き抜けの窓でお外を眺めているラウラ。狭い空間に体を細めて(デブ)いる。

「ただいま」

「早かったね」

「ああ、脳神経科と胃腸科のダブル診察だけど今日は空いていたなぁ」

「へぇー」

「リハビリセンターは長蛇のお客(患者)さんがいたよ。昨日雨だったから、タケノコかゼンマイのようにいたけどね」

「で、どうだったの」

「脳みそはいっぱい詰まっているし、脂肪はラウラなみだけど大丈夫」

てな訳で、問題なしと勝手に解釈して帰ってきた。途中なかなか右折できないもみじマークの車、対向車は誰も道を譲らない。近づいて急にバックされても困るので少し離れて待つと、トレーラーの運転手が余裕で道を譲る。やっと前の老人の車はエンジンがかかって右折した。ありがとうの気持ちを込めて右手を軽くあげると、トレーラーの運転手も軽く右手をあげて答えてくれた。昔、ツーリングで見も知らないバイク乗りの挨拶の流儀が蘇った。感謝。

 

それにしても、あのアイドリングストップの車はなんとかならないかなぁ。結局渋滞を引き起こしたり、慌ててアクセルを踏んでモータートルクの大きさで突っ込んだりするのだ。近頃のツッコミ事故はみんなハイブリットカーだ。シフトチェンジならまずエンストするのに、もう老人(源太郎も老人だが)はハイブリットに乗ることは「危険が危ない」と思うのだけれど。

話は変わって、男友人の写真を探していたが写真は見つからなかった。女性優先のアルバムだから当然とはいえ、写真を時系列に整理しておいたアルバムを見て、この辺だろうと思ったが結局見つからなかった。明らかに記憶から消え去っていた。

ところが、1970年代のアルバムを見ていたら、大事に折りたたんだ、金沢駅で買った駅弁の包みがてできた。「Discover Japan」懐かしいフレーズと「昭和48年3月16日」のスタンプが押してある。そして何より驚いたのがその金額であった。「¥300」

本当かよこの値段、今なら「牛丼一杯」も食べれない。オイルショックの頃だけれどこんな値段で食べることができたのだと懐かしくなった。

そして、1970年の大阪万博博覧会の「アポロ司令船」。並んだなぁ、そして芋を洗うようにあっという間の見学だった。50年近く前の出来事。今はデジタルカメラが流行りだが、印画紙に焼き付けた写真、そしてアルバムが廃れてほしくはない。ニュースでウイルス感染のことが話題になっているが、デジタル保存のデータは、感染したらお釈迦。大切な写真はやっぱり印画紙だ。

こんな写真を見ながら源太郎は当時にタイムスリップしていた。


TV、、、ヤメテくれ「て」というフォント!!

2017年05月16日 | 毎日の話

今朝は雨も上がり、清々しい。でも富士山は霞の中。

ところで、近頃のTVを見ておかしい現象だなぁと思うことがある。昔からだが民放のCM後の巻き戻しは頭にくること一番。二番目はトーク番組などで「わぁー」という観客の声、これも白々しい。

ところが、それに劣らずカチンとくるのが近頃キャプションで用いられているフォントなのだ。

民放のキャプションは鬱陶しいが「」や「」というフォントが本当にカチンとくる。しかも多くの民放で近頃用いられて、あの感性がわからない。一社が始めると各社がこれに続く。TVは本当にもうだめだと思う。

仕方ない、今日は病院に行ってこの怒りを鎮めてくるか(薬をもらってくるだけだけれど)

 

 


Laura、、、今日は「母の日」だよ

2017年05月14日 | 毎日の話

おかぁしゃんは、母の日だから母親と一緒にドライブに出かけ夕方帰って来た。ジェリーは一日のんびりと寝ていたが、夕方しっかり散歩して夕食を食べた。しかし、おかぁしゃんが帰って来て安心したのか、ちょっと吐いてしまって今は源太郎の足元で寝そべっている。

ところがラウラは、一日好き放題に走り回り、おかぁしゃんが帰って来た途端「いい子だったよ」と周りをチョロチョロして、大好きなアマゾンの箱で寝始めている。どうせ夜中はおかぁしゃんのベッドで寝るのでなぁーんも考えていない。「ラウラ、今日は母の日だから」と言ってもわからないか。

石坂浩二さんの「駅」という朗読のLPの紹介を前にしたが、小嶋様からコメントをいただき「なんとかもう一度聞きたい」ということだった。YouTubeには見当たらず、復刻CDも発売されていないので、「残念ながら中古のレコードを探すしかない」と返信した。そして、懐かしい表現ではあるが、LPのジャケットには無断で録音しないことと記載されているためこればかりは仕方ないのでお許し願いたい。

「個人で楽しむなら問題はない」ので、今日はLPレコードをDATで録音し、デジタル光ケーブルで接続したCDレコーダーに記録して復刻版CD(AB面で40分)を作成した。

もし、このCDを無償でお貸したら著作権違法になるのかなぁと考えてしまう。もし小嶋様がご近所ならお貸しするのに・・・と思いながら。学生時代、友達にカセットテープにダビングしてあげたことがあった。あれは違法だったのかなぁ。そんなことで取り締まられたら、みんな捕まっていただろうにと思う。

せめて、ジャケットだけでも懐かしんでもらえたらと思いA3のスキャナーではスキャンできないサイズなので、デジタルカメラで撮影した写真をアップします。

 

 


雨は降り止まず、、、紫陽花が美しい

2017年05月13日 | 毎日の話

先日コンサートでMihoちゃんがいただいた「紫陽花」、庭先に植え直し、この雨で濡れた紫陽花らしい姿を見せてくれている。

静かに寝ていたジェリーは、ラウラが「腹空いた」コールで無理やり起こされた。

「まったく、うるさい小娘めだよ」

「わかる。わかるよ」

「アタシが何をしたというの」

おとしゃんとジェリー「お前が一番悪いんだよ」


源太郎、、、Giacomo Puccini La Bheme(1966録音)を楽しむ

2017年05月13日 | 音楽の話

 雨降りの土曜日。庭の草取りもできないし、うるさい二人も今爆睡中。だから朝食を済ませ、珈琲を入れて音楽を聞くことにした。庭の甘夏の無数の蕾は大きく膨らんだが今日は温度が下がり、冷たい雨に濡れている。そして音楽を聴く前に、Mihoちゃんに首筋から肩にかけて「トクホン」を貼ってもらい軽くなった身体で行動を始めた。

 

 今日はデジタル音のCDを聞くことをやめ、と言ってもLP盤を聴くには部屋を移動しないといけないので、今日は仕事部屋にある小型のオープンデッキ(1973年製、小型と言っても重量18kg)で、「Giacomo Puccini  La Bheme(1966録音)」を聴くことにした。

 

 まずはA-2300Sの電源を入れ、そして古いアンプの電源を入れる。この順番は絶対に守らないといけない。外から電源を入れそして中央の機械に電源を入れないと、もしサージが生じたりして古い機械は一発でお釈迦になる可能性がある。源太郎だけのルールかもしれないが、今のデジタル機器とは消費電力が違い過ぎて思わぬトラブルが発生する。のであります。

 

 ラボエームはソプラノ歌手で良し悪しが決まるだろう。「私の名はミミ」をストレスなく歌い上げる歌手はそう多くはいないと思っているが、普通だとマリア・カラスが有名で、誰しもが一番という。でも、源太郎はレナータ・デバルディが最高だと思っている。レナータは、1950年代から1960年代にかけてイタリア・オペラ界でマリア・カラスと人気を二分する人気を得たソプラノ歌手で82歳でなくなった名プリマで、数々の名舞台とともに優れた録音を残している。この歌劇ボエーム「全曲」のテープは大切な一巻。今でも柔らかい艶のある音を聞かせてくれる。

 

Si, Mi chiamano Mimi,・・・・と始まる「私の名はミミ」

 

はい、皆さんは私をミミと呼びます。

でも私の名前はルチーアですの。

私の話は簡単なの。

家や店で刺繍をするのです。

私は穏やかで、幸せ。

そして気晴らしはバラやユリを作ること。

私は素敵な魅力を持つものや愛や春を語ること、

夢や幻想を語ること詩が好きなのです。

お分かりになりますか。

 

この後、ミサにはいかない、でも神様にはたくさんの願い事をする。そして小さな白い部屋で一人で生活している。そして雪解けが来て、最初の太陽は私のもの・・・・と続きます。想像して見てください「可憐な、美しく、そして寂しがり屋」の彼女を。このイメージを歌える人はそういないのです。

 

【第1幕】

時は19世紀初頭のパリ。あるアパルトマンの屋根裏部屋で、ボヘミアンと呼ばれる芸術家の卵たちの詩人ロドルフォ、画家マルチェッロ、音楽家ショナール、哲学者コルリーネが貧しいながらも陽気に共同生活をしている。クリスマス・イブの夜、ショナールがたまたま稼いできたお金で4人は街に繰り出そうと意気投合します。しかし詩人ロドルフォだけは原稿を仕上げてから行くことになり、ほかの3人は先に出ていきます。そこへ、ロウソクの火をもらいに隣人のお針子ミミがやって来ますが、ミミは戸口で鍵を落としてしまった上、風でロドルフォのロウソクも消えてしまいます。暗闇の中、手探りで鍵を探す二人の手がふれあい、二人は恋に落ちた。(偶然にしてもこの設定はべただなぁ)

 

【第2幕】

ロドルフォは、カフェ・モミュスで先に愉しんでいた仲間3人にミミを紹介します。

そこへ今度は画家マルチェッロのかつての恋人ムゼッタが現れます。始めはぎこちなかったものの、再度お互い惹かれあった二人はよりを戻します。そして、4人のボヘミアンと2人の娘は、ムゼッタのパトロンだった男に勘定を押しつけて、笑って帰宅したのでした

 

【第3幕】

冬のある日。マルチェッロとムゼッタが働く酒場に、ミミが訪れます。ミミはマルチェッロに、自分の恋人ロドルフォが最近冷たいことを相談しにきたのです。そこにロドルフォが現れたのでミミは物陰に隠れましたが、彼がマルチェッロに「ミミを愛しているが、彼女は結核を患っており、貧乏の自分には面倒が見切れない。別れる方がいい」と言うのを聞いてしまいます。ミミがいるのに気づいたロドルフォは彼女に駆け寄ります。二人は愛を確かめ合いながらも、お互いのために別れる決心をしました。一方のマルチェッロも浮気の多いムゼッタと口論になり別れてしまいます。

 

【第4幕】

元の屋根裏部屋。相変わらずボヘミアンの4人は貧しいけれど陽気に暮らしています。そこへ、ムゼッタが瀕死のミミを連れて駆け込んできます。ミミは愛するロドルフォの元で最期を迎えたいと望んだのでした。彼女のために薬を買おうと、仲間たちはお金の工面に出掛けていきます。二人きりになったロドルフォとミミは、楽しかった日々を語り合いました。そして、みんなの帰りを待っていたかのようにミミは静かに息を引き取ります。部屋にはミミの名前を叫ぶロドルフォの声がこだましたのでした。

 

美しく、悲しすぎる。恋はロウソクの炎のように消え去ります。こんなミミの切ない歌を聴くには雨降りが最高なのです。

 

ラウラ、少しはミミのような可憐さがないのかなぁ。

「おとしゃん。皆さんアタシのことをラウラというんです。なんでかしら、本当の名前はセシリアというのよ」

「馬鹿野郎、その名前はおかぁしゃんの名前だろ」

「デヘッ」


Laura、、、おとうしゃんヤメテクレ!!

2017年05月13日 | 毎日の話

「おい、ラウラ寝ている場合じゃないぞ」

「ムニュ、クーピー」

「いいから起きろ」

「九州じゃ記録的な雨が降っていたようだ」

「クーピー」

「じゃ、これでも起きないか」

「やっ。ヤメテクレ」

「今日は雨模様だよ」

 

「だったら、起こさないでよ。ジェリー爺さんも寝ているでしょ」

「いいから起きろ」

「良い子は寝るのよ」

雨の日は、相変わらず二人は活動停止です。

 


Laura、、、そこで待ち伏せかい!!

2017年05月12日 | 毎日の話

ラウラは近頃、ジェリーの歩く高さのちょっと上の位置か、逆に通り道の角に潜んでいて、ジェリーが通ると「サッ」と右手を伸ばして「猫パンチ」

ところが、完全にヒットしないで毛の部分に爪がかかると、ジェリーのアンダーコートの毛をむしり取って、お手をブルブルしてそこに毛を捨てているラウラ。であります。

全く、悪たれ娘のラウラには参る。


Laura、、、Chanson du mois de mai

2017年05月11日 | 毎日の話

源太郎は一日、勉強会のテキスト作りとパワポの作成に明け暮れた。ので、ラウラとは遊ぶことなく、ジェリーは足元で寝ていた。夕方になってラウラが見つめているので「大好きなちゅるる」をあげた。あっという間に舐め回し、満足げにまた源太郎を見つめている。

昨夜、ポンままさんからコメントをいただいていたが、眠くなってそのままキーボードに「LLLLLLLL????????KKKKKKKK」とわからない文字を打っていて記憶が飛んでいた。返信しなくてゴメンなさい。

一日ディスプレイを見続けるのはやっぱり健康に良くない。ジェリーと散歩に出かけ、山藤の紫色に目を休め、鼻歌交じりで戻ってきて、ソプラノ歌手の森麻季さんのYou raise me upを聞いて一服。

 

話は変わるが、五月はサクランボが出回る時期、仙台にいた頃に高価な佐藤錦をいただき、とても美味しかった記憶がある。久しぶりに一粒くらいは味わって見たいものだ(願うだけはタダ)。

そんなささやかな望みだが、Mihoちゃんは大好物の初物スイカをゴールデンウィークに、夜隠れて食していたようだ(朝、シンクにスイカの種を確認しているのだ)。せめて源太郎も初物のサクランボをお願いしたい(これじゃ、ラウラのおやつねだりと同じか)。源太郎はスイカは好きではないので不満はないけど・・・・。

五月にサクランボというと「Chanson du mois de mai」のフレーズを思い浮かべる。

ロバと王様そして私

明日はみんな死んでいる

ロバは飢えて

王様は鬱で

そして私は恋で

時は五月

生はサクランボ

死は種

恋は桜の木

人生の木に恋が実るのではない。命がサクランボで、種は次の木を生み出し、木は 恋を育む・・・よくわからないが、元気いっぱいの命そのもののラウラ。このシャンソンの意味がわかるかなぁ。 「アタシは食欲」だもんなぁ。


Laura、、、おとうしゃんお帰り

2017年05月10日 | 毎日の話

「おとしゃん。おかえり」

「ラウラ。いい子だったか?」

「うん」

「どうしてケージに入っているの」

「べつに。それより、おかぁしゃんから、昨日と今日、おやつはもらっていないの」

「そうか。お腹すいたか」

「うん」

「じゃ、我慢しな。もうすぐ晩飯だよ」

「ジェリー爺さんは小魚入りの夕飯を食べていたよ。だから煮干しかちゅるるをお願い」

「ダメ」

「ちぇ、ケチ」

 

 

 

 


黄砂で空は憂鬱

2017年05月09日 | 毎日の話

 Luigi  Tencoが亡くなってちょうど50年。1967年のサンレモ音楽祭で期待され入賞を逃し、失意の中で命を絶った、若干28歳の青年だった。昨日は黄砂が漂う憂鬱な空の下、Luigiの音楽に久しぶりに浸っていた。その理由は、新しいCDの中に収められた、Chiara Civellが歌う「Quello che conta」に感化されたと言っていいのかもしれない。

 

 彼がサンレモに持参した楽曲は「Ciao Amore Ciao」だったが、今聞いても「惜しかった」と思う反面、歌い方が明るすぎたのではないかなぁと思う。もちろん悪い曲ではないのだが、後に発見された「Piu m'innamoro di te」やエンリコが作曲した「Quello che conta」の曲の方が源太郎は好きだ。

 

 思い出せば、彼の死によって5歳年上の彼女だったDalidaが後を追い、そして失意の中で命を取り留めた彼女の気持ちはどうだったのか、想像することはできない。残されている一枚の写真から、そして「Il Venait D'Avoir 18 Ans」という一曲からその気持ちを想像するしか手はない。その彼女も後に自ら命を絶ったのは残念だった。

 この曲は、1973年に発表されたから、彼が世を去って6年の歳月が過ぎた。こんな歌詞だったと思う。

 

彼は18歳になったばかりで、子供のように美しかった。

しかし、大人のように力強かった。

確か夏の夜だったと思う。私は彼を見つめて自らの歳を思った。

 

私は髪の手入れをし、アイシャドーを少し濃くした。

そして、その姿を見て彼は笑った。

彼がそばにいるとき、私は彼を繫ぎ止めるため何でも与えた。

 

彼は18歳になったばかりで、すてきな言葉を使った。

そのことで、彼は聡明であると思った。

ただ、彼は私に愛について語ることはなかった。

それは「愛という言葉は馬鹿げたことだ」と考えていたから。

 

「ぼくはあなたが必要」と私に言った。

彼は映画の「青い麦」を見ていた。

私は、簡易なベットに身を沈めて、素晴らしい空に感動していた。

 

彼は18歳になったばかりで、彼は生意気だった。

彼が、身なりを整えたとき、私は私の孤独に気がついた。

 

私は彼を引き止めておきたかった。でも私は彼を行かせた。

何も思い出を作ることもなく。

彼は若さのままに、素直に「素敵だった」と言った。

 

私は髪の手入れをし、アイシャドーを少し濃くした。

いつも通りではなく。

私がふたたび18歳になっていたように。


富士山、、、連休最終日の夕暮れ

2017年05月07日 | 毎日の話

ドキッとするほど「茜色」に染まった雲。そしてその光をバックに綺麗な曲線を描く富士山。

こんな贅沢なシルエットは滅多にお目にかかれない。ほんの一瞬の光の芸術だ。

 

「おとしゃん。そんなことはいいの。あそこでジェリー爺さんがアタシのご飯を食べちゃっているわ」

「お前がいつでも食べれると思って残しておくからだよ」

「そんなこと言ったって。この前も私の煮干しを横取りしたのよ。クソ爺い!!」

「そのような紛争は、二人の間で解決してください」

「だから、おやつを頂戴よ」

「却下」