Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

Erikaの誕生日

2015年11月21日 | 腰折れ文

Erikaは、遅い秋のPrahaのカレル橋を散歩していた。足元には、道行く美人の脚を品定めして歩くCocoがまとわりついている。この時期の朝、Prahaの気温は氷点下近くになるが、Erikaはこの寒い朝の散歩が好きだった。

 

耳にかけたヘッドホンから、好きな島谷ひとみの「プラハの女」が流れている。Gentaroに言わせると、こんなオリエンタルなリズムの曲は「プラハ」には馴染まないと、でも、Erikaは曲そのものより詩が好きだった。

 

回る歴史 運命の人よ  時代を超えて また出逢いましょう

かつて此処は 黄金の都  光り輝く 別離さえ

落陽に 怖いほど 真っ赤に染まったプラハ

刹那ほど美しい... たった一秒でも

 

明日はErikaの誕生日。日本では「いい夫婦の日」といった語呂合わせがあるが、四桁の数字が綺麗に並ぶ日は1001、1010、1111、1122、1212、1221しかない。この日に生まれたのだから、何か特別な幸せが宿っているのかもしれない。しかも二桁の違う数字が揃うのはこの1122しかない。だからこの日に生まれたことは本当に特別だとGentaroから聞いたことがある。

 

12,000km離れたGentaroは今何をしているのだろうか。先週までErikaは体調が悪く、この朝の散歩はできなかった。カレル橋の流木止に小枝がかかっている様子を見ながら、ヤン・ネポムツキー像に向かい、幸せが訪れるレリーフに触りながらGentaroのことをErikaは思い出していた。

 

今日は、友人たちがパーティーを開いてくれる。そのレストランは思い出の地である。


続続々源太郎(14)

2015年10月27日 | 腰折れ文

十四 新宮温泉に逃避 (登場する人々や地名などはすべて架空のお話ですので悪しからず)

 

 昨夜は、夕食を久しぶりに楽しむことが出来た。夕食代と言っても銀座で飲むことを考えれば安い。それより、行ったことのない国の話を聞くことができたことが何よりの収穫だった。

 

 彼女とは、連絡先のメールアドレスを交換したので、帰国後も連絡を取ることができる。彼女は日本製のコンピュータを使用しているとので、日本語のメールでも大丈夫なことは確認した。と言っても、源太郎は英文で手紙を打てるほど語学に余裕はなかったので、それも幸いだった。

 

 ロビーには、すでに迎えの職員が来ていて、挨拶と名刺交換して車に乗った。朝は冷え込み、コートの襟を立てないと寒いくらいだ。早く出てきたので、あの親子とは顔を会わせることはなかったが、源太郎はフロントにささやかなプレゼントの花とメッセージを頼んでいた。「二人の旅がよき思い出になりますように。源太郎」あのメッセージを見て、きっと彼女は何らかの返信があるだろうと期待していた。

 

 環境学会の講演なんてつまらないものだ。発表のディスカッションもありきたりで、議論は大御所の先生の教え子には誰もが優しく、一匹狼で革新的な発表には批判が相次いだ。そんなこの世界は嫌いだったが、源太郎は主流派だったので、若くして理事に登り学会を仕切っていた。

 

「理事のご意見は」大抵、まとわりつく人間は人を役職名で呼ぶ。源太郎はそれも嫌いだった。「君たちは、僕の意見が欲しいのではなく、お墨付きだけあればいいのだから、誰が理事をやってもいいってことだよ。君がやれば」と切り返すと、これも大抵「恐れ多いこと、私には無理です」という。それは定型文のようで、呪文のようでもあった。こんな学会が三日ほど続く。源太郎の出番は、初日の総会と最終日だけだ。そして、今夜から関係者との夕食が毎夜続き、体調が悪いと言わない限り、意味のない接待に巻き込まれる羽目になる。

 

「斎藤君。もう今日はこれで私の出番はないよな」

「ええ、6時からグランドホテルで懇親会です」

「今日は、少し疲れた。私が挨拶するわけでもないし、休ませてもらうよ。会長によろしく伝えてくれ」

「理事、大丈夫ですか」

「大丈夫だ。ゆっくり眠れば大丈夫。明日1日ゆっくりするよ」

「わかりました。会長にはお伝えしておきます」

 

 どうせ、出席したところで何も得ることなどない。名刺の束が重くなるだけで、彼らは懇親など目的ではなく、単に名刺一枚が欲しいだけだし、それがさも営業した勲章のように報告書に記載するだけだ。夜の街に出かけると、人の名前を利用して彼ら自体が自らを接待している。そして、交際費の伝票が廻ってきても上司達も同じ穴の狢だから疑いもしない。反対に少し安い領収書なんてものを持ってきたら、「それで先生は満足したのか」なんて嫌味を言われるので、皆許される金額目一杯に飲んで騒ぐことになる。手土産だってすでに自分の分も含めて、高価なモリハチの羊羹なんて用意しているだろう。そんな輩達に取り囲まれた懇親会など馬鹿げている。

 

 

でも、学会を開催する地域もそれをわかっているから始末が悪い。学会の資料袋なんてものを持って二次会の店に入ったらまず都会の飲み屋の金額を吹っかけられる。だから、源太郎は学会に参加するときは、できる限り彼らとは違うホテルを予約し、ラフな格好で行動することにしていが、始終それをやると堅物と言われるので、学会開催中、一回は顔を出して恩師の顔を立てた。

 

そういえば、彼女たちは「芦原温泉まで行く」と言っていたことを源太郎は思い出していた。

 

 金沢周辺には多くの温泉場があるが、艶やかな芦原温泉もいいが、能登の和倉温泉の西側に裏寂れた新宮温泉がある。不便だが、そこは風情があって実にいい。そこは、観光客もあまり来ないので、ゆっくりと一人の時間を過ごすことができる。

 

 学会を早い時間に切り上げたので、レンタカーを借りて、ホテルの予約はそのままで出かけることにした。源太郎は雪道の運転は慣れたものだ。新宮温泉の宿は予約できたので夕食までにたどり着けばいい。携帯には何本か着信履歴があるが、他の理事たちからで、「会長と行動を共にし皆同じでないと困る」連中だから電話に出る必要はなかった。どうせ奴らは体裁で電話をかけてきて、こちらの動向をうかがいたいだけだ。連中は「心配しましたよ」と必ず明日言うだろう。そう想像するとおかしくなる。

 

これで接待漬けから解放されると源太郎は車を走らせながら、自由をかみしめていた。

 

 新宮温泉は、山手の奥にあり数件の温泉旅館があるだけの温泉場だ。中途半端な除雪の駐車場の落雪のない場所に車を止め、宿に入ると、若い女将が「よく来られた」とスリッパを差し出し、夕食の準備はできているといった。温泉はいつでも入れるから、源太郎はすぐに夕食をとる旨、女将に告げ部屋で糊がパリパリに効いた浴衣に着替えて、食堂に下りていった。こんな時期にここの温泉に来る観光客などいるはずはない。大広間の真ん中に、三つのお膳にてんこ盛りの料理が並んでいる。燗酒を頼んで、源太郎は座椅子に座った。女将は、丁寧な挨拶し、酒を一献だけついで戻っていった。

 

ゆっくりできるが、これほど寂しい夕食も珍しい。昨日の夕食がなんて楽しかったか、源太郎は改めて思い出していた。


続続々源太郎(13) ちょっと余談

2015年10月25日 | 腰折れ文

十三 金沢兼六園

 

 雪吊りの縄が雪の重みでピンと張っている。池に架かる石橋の上は凍っていて、まばらな観光客は遠目にその景色を眺めては、公園の除雪した道を通り過ぎて行っていた。源太郎は、明日からの仕事のため市内のホテルに泊まることにしていたが、のチェックインまで間があるので、寒いけれども軒下の椅子に腰掛けてその光景を眺め時間をつぶしていた。

 

「こちらのお席は空いていますか」と若い旅行ガイドのような女性が話しかけきた。見ると、彼女は外国の女性をエスコートしている。源太郎は単純で外国の人にはとにかく優しくすべきだと考えていたから、「ええ、空いていますよ。どうぞ」と言って、二人のために源太郎は立ち上がり、その景色を見るには最高の席を譲った。

 

「よろしいのですか」「ええ構いませんよ。これから他に行くところでしたから」と源太郎は見栄を張った。他の目的の個所もなく、公園をぶらぶらするしか時間を潰すことしか考えていなかった。「よかったわよ。お母さんここに座って少し休むのがいいわ」と手をとって足元が少し不自由な女性を座らせた。彼女の髪は赤毛で、エスコートしている女性は黒髪だった。

 

 席を空けて、再び小道を歩いている源太郎は、さっきの髪の色が気になっていて、医学的にどうなっているか昔医者の友人から聞いた話を思い出していた。

 

「なあ、源太郎。今の女性は髪の毛を染めるので、わかりづらいが、人間の髪の色には、基本として金髪、赤毛、栗毛、黒髪で仕分けできる。そして、髪の毛色である程度の出身国や民族がわかるんだよ。髪の色は基本的に肌の色や瞳の色、特殊な場合だけど病気とも関連していて、皮膚癌や白皮症の患者は金髪や赤毛を持つことがあるんだよ。だから、女性の髪の毛の色は地肌に近い所を見ないとわからないよ」

「そうか。髪の毛で出身国がわかるんだな」

「エリアぐらいは推論できるよ。例えばだな、黒髪はアジアやアフリカ、中東、一部地中海ぐらい分布していて、其の内、東アジアの人々は直毛の黒髪だし、アフリカ系の人々は縮れた曲毛の黒髪を持っている」

「そうか、ストレートの黒髪は東アジアだけか」

「そうだね。だから欧米人は魅惑の髪色なんだよ。日本の女性は髪の色染めない方がいいのにね」

「だな。で、他の色は」

「栗毛は、ほぼ全域に分布するけど、多くは地中海、スカンジナビアぐらいまで、最もありふれた髪の色さ。だから、この色の髪は最も無難な色だから、お前の彼女もそんな色に染めているんだよ。ただ遺伝子的に栗毛と金髪は共通の遺伝子に基づいているから厄介なのさ。ところでお前の好きなフランス人の若い女性の栗色は、「Brunette 」というのだが、英語のように表現力の無い言語では黒髪のこともさすので注意しろよ。でな、栗毛はあらゆる種類の瞳の色に現れる可能性があるから、目の色も同時に見ないとエリヤはわからない。そして、毛の太さは細いほうだから、風にたなびくほどの柔らかさを持っているよ」

「そうか。お前はいつもそんな風に女性を見ているのか」

「仕方ないだろそれが仕事なんだから。そしてお前が好きなブロンドは稀にしか見られない髪色なんだよ。全人口に対する割合は2パーセントに満たないと思うよ。金髪の人は、薄いグリーンや明るい色彩の瞳の色なる。そして、金髪の種類は、プラチナブロンドから、暗い色のダークブロンドにまで種類があるのさ。そして最も毛の太さが細い。だからコマーシャルでふわふわに見える髪を表現するよね。黒髪は絶対無理だから、日本人が金髪に染めるのはやめたほうがいい。下手をすると虎のように剛毛に見える。あと一つは、赤毛だよね。昔は差別的に使われたことがあるが、珍しい色の髪なんだよ。スコットランドやアイルランドで比較的多く見られて、不思議なことにアメリカでも2パーセントぐらいが赤毛だよ。でもこの差別的な表現があったから、アメリカ人は結構栗色に染めていることが多い。赤毛も明るい瞳の色があって、お前が好きな歌手のFiorellaあたりもその仲間さ。だから彼女はイタリア人だが、スコットランドやアイルランド系かもしれないよ。髪の毛も太いから風にたなびかないね」

源太郎は、こんな話を思い出し、彼女の母親はイギリス北部の女性じゃないかと想像していた。

 

 源太郎は、公園側のホテルにチェックインした。そして今夜は一人だし、金沢料理でも楽しもうと、ホテルのフロントで「光琳坊」という店を紹介してもらい楽しみに明日の会議の準備をしていた。

 

7時半にフロントに降りていくと、公園で席を譲った二人がフロントにいた。源太郎は目があったと思い軽く会釈したが、二人は気づかなかった。店は、ホテルの脇の小道を少し進んだところにあり、一人で食事をするのにはもったいないくらいの立派な料理屋だった。入り口まで、綺麗に除雪されていて、足元も全く不安がない。入り口の引き戸を開けると奥から女将が出てきて、下足を下げテーブルの席に案内された。本来料理屋だから、接待や会食に使われるので奥には個室が連なっているように感じた。席に着くと、お品書きが運ばれてきて、一番安いコース料理を頼んだ。源太郎は、この店で接待すると一体いくらかかるのか想像して酒と料理が運ばれてくるのを待っていた。

 

しばらくして、女将が入り口に行くのが見え、案内されてお客が源太郎の斜め前の席に座った。あの二人だった。源太郎に気づいた彼女は、軽く会釈をして、母親と言っていた女性に説明した。すると、女性は振り返り、こちらを向いてぎこちなく会釈をした。源太郎も、頭を下げた。

 

黒髪の彼女は、女将と料理について話している。そして、彼女たちも源太郎と同じコースを頼んだが、母親には生魚がダメだと告げ、別な料理をアレンジしていた。しばらくして、彼女は席を立ち「先ほどはありがとうございました。母は足が不自由なので、あの時は助かりました」と告げてくた。源太郎はお礼を言われるほどのことではないと、軽く腰を椅子から離して答えた。

 

「もしよろしかったら、ご一緒に食事をしませんか」突然の申し出に驚いたが、一人で食事をするのも退屈だし、もし二人をご馳走してもあの料金ならなんとかなると踏んで、女将を呼んで事情を話した。女将は、外人の相手が少なくなるし、それは隠して、喜んで源太郎の配膳を移動した。もともと四人席だから、店にしてもありがたかったことは事実だ。

 

「お仕事ですの」

「ええ、明日会議があってこちらに来たんですよ」

「そうですの。私たちは久々に日本に旅行なんです。母が私の父の故郷の金沢に来たいというものですから、元気なうちにと思ってきたんです」

源太郎は、綺麗な日本語を話す彼女は、きっと父親の再婚相手の母と旅行だと決めつけた。

「すいません。名乗っていませんでしたね。源太郎と言います」

「こちらこそ、母はジュディ、私はマリアです。智子と呼んでいただいてもいいですよ」

「初めてお目にかかり光栄です。お母様」と片言の英語で話すとジュディは微笑んだ。

「マリアさんは日本でお生まれになったんですか」

「そう見えますか。イギリスで生まれましたの」的が外れた。

「そうですか」

「私はハーフなんですよ」と母親にそれまでの会話の要約を英語で説明している。

「失礼しました。お生まれはイギリスの北のほうですか。アイルランドとか」

「ええ、よくお分かりですね。行かれたことがあるのですか」

「いいえ、ちょっとそんな気がしたので。適当に言ったまでですよ」

「初めてだわ。イギリスと言って、私たちの故郷を当てた人はなかなかいないわ」

「そうですか。光栄です」源太郎は髪の毛の色で、国を当てたことは決して言わなかった。しかし、彼女はどう見ても日本人だった。


続続々源太郎(12)

2015年10月23日 | 腰折れ文

十二 ジャカランダ

 ポルトガルの五月は、日本の桜のように、薄紫色のジャカランダが咲き乱れる。智子はこの花が好きで、自分のメールアドレスにJacarandaという単語を用いていたことからも、本当に好きだったんだなと源太郎は思い出していた。

リスボンの近郊の町のカスカイスの海岸沿いのレストランで、二人は名物料理の「アロス・デ・マリスコ」を楽しんでいた。大した料理ではない。米に玉ねぎを入れて炊き、そして皮付きのエビと蟹を載せて土鍋で蒸すといった手抜き料理だ。そして、青臭い、酸味の強い檸檬を絞って食す。

この料理、シンプルでよく冷えた白ワインとよくマッチし美味しい。ところが、「米を食べなからワインを飲むなんて」と絵里香はそう言って蟹だけを食べている。テーブルの上にはジャカランダの枝がせり出し、その花の隙間の上には青空が広がっていて、なんとも開放感を源太郎は感じていたのだ。

 

ポルトガルといえば、ポートワインが知られている。源太郎が若い頃は、このポートワインは粗悪のワインという代名詞だった。あの頃はアルコールに砂糖や色粉を加えた模造ワインで、飲むと翌日必ず頭が痛くなった。しかし、本場のポートワインは、ドーロ河の流域で採れた葡萄で造られた新酒ワインに半熟成のワインを加えて樽詰めして10年近く貯蔵されたものだ。智子はフォアグラ料理に合うと言って、よく飲んでいた。そして、源太郎にこの花の講釈を続け、「あなたの好きなブエノスアイレスには並木があって綺麗らしいわよ」と聞いたような話をした。源太郎は、お返しにドーロ河の話をする。するといつものように頷き、彼女は聞いているふりをした。

 

「ドーロ河はさ、スペイン語ではDueroと言ってちょっと発音が違うんだよね。長さは900kmくらいあるんだ。イベリア山系から流れて、大西洋に注ぐ大河さ」「ふぅーん。ねえ、それより今夜は本場のファドを聞きに行きましょうよ」源太郎は暗いファドは好きにはなれなかった。「ああ。わかった」「嫌ならいいわよ。やめましょう」「そんなことはないよ。あのギターラの音は好きだから」

 

ファドは、ポルトガルで独自に発展した音楽。ファドとは「運命」を意味し、だから智子は好きになったのだろう。世界5大音楽の一つで、カンツォーネ、シャンソン、タンゴ、サンバに並ぶ音楽だ。源太郎はアマリアぐらいしか知らなかったから、ファドは女性が歌うものだと思っていて、船乗りを待つ港の女というイメージがあった。そう智子に話すと、智子は声を出して笑った。のちに、ファドを知って彼女が笑っていた意味がわかった。それは日本人が勝手に作り上げた都市伝説だったのだ。

 

ギターラは12弦の弦楽器で、正式にはGuitarra portuguesaと言って、ポルトガルギターそのもので、普通のクラッシックギターはヴィオラという。実にいい音色だ。

 

リスボンの最後の夜は、智子が新人ファド歌手のカティナのチケットを準備してくれていた。その夜、大きなイアリングが印象的な彼女のコンサートを二人は楽しみ、翌朝はパリ経由便で母の故郷のイギリスに向かった。

 

「この高速鉄道は快適ね」

「ああ、昔は飛行機でしか移動できなかったけど、今はパリまで楽に移動できるこのスペイン線は欧州でも最も高速だんだよ」

そう言いながら、絵里香は美味しそうにワインを飲みながら車窓を眺めている。しばらくすると、日本の東北新幹線のように変化のない田園地帯を疾走し始めた。

「そもうすぐこの旅が終わるのね。楽しい埋め合わせの旅だったわよ」

「現地集合、現地解散。こんな旅もいいだろ」

「ええ、夜の独り寝は寂しかったけど、旅はとても楽しかったわ」そう言って絵里香はいたずらな顔をして源太郎をグラス越しに見た。さて最後の夜はパリということになる。(暫し休刊します)


続続々源太郎(11)

2015年10月22日 | 腰折れ文
今朝は、ミレイマチューを聞きながら出勤ですね。浮気者と言われそうですが、彼女の巻き舌もいいものですよ。

十一 再びVienna

智子は美味しいラインワインを飲みながら楽しめるViennaの郊外にあるグリンチングという愉快な居酒屋街に行こうと言い出した。少し彼女は疲れているようだったので、今日は近場でと言ったが、行きたいというので、それに従った。今思えば、どうしても源太郎にその場所を教えておきたかったのだろうと思う。母親との思い出を味わいたかったのだろうとも思った。

オーストリアの酔っ払いをブアンバイザーと言ったと思うと智子は道すがら源太郎に話した。「どう言う意味だい」「ワインを歯で噛む。って意味なの。それ以上わからない。お蕎麦や餅は飲むというわよね、ワインを噛むってどんな意味なのかしら」

智子はドライバーにその意味を尋ねた。「お客様、簡単なことですよ。随分昔の事になりますが、葡萄の害虫にフィロキセラっていう虫が大発生してこの周辺の葡萄が全滅したんです。虫に食い荒らされたんですね。だから、飲兵衛が集まるとワインがなくなる。害虫みたいに噛んで飲んでしまうということなんです」「ありがとう。そう意味だったの」智子は長年の疑問が晴れて納得している。

居酒屋街は新鮮だった。庭木に灯りを灯し、日本で言えば赤提灯だ。そして店の中には陽気な飲兵衛が集まり民族楽器で歌ったり踊っている。テーブルにはワインは勿論のこと、ウインナ・シュニッツエルというカツレツにレモンをかけてみな手を伸ばしている。お客をかき分け席を確保すると、智子の隣の親父が、サッとグラスとはこばせ、まずい酒だが美人がいれば美酒だと言って数人が乾杯の仕草をすると、「姫君に」と言って彼らは盛り上がった。見ると智子は完全に彼らの姫君になっている。英語もドイツ語もまともに話せない源太郎は人間観察に徹した。それにしても、あの楽しそうな智子の笑顔は今でも忘れない。

飲兵衛達は、決まった順などなく、得意な歌を歌い始める。店の楽団はすぐに傍に来て伴奏する。ワンフレーズが終わる頃、大合唱になるから不思議だ。そして初老の親父が「姫君が歌うぞ」と言った瞬間、店中が静まり帰った。智子は恥じらいもなく立ち上がり、バンドに曲名を伝え歌い始めた。彼女の歌を聴くのは久しぶりだ。「E penso a te」国境を背にしたイタリアの名曲だ。何時でも君を思う、何処にいても、何をしていても君を思う、と歌い始めると彼らはグラスを少し掲げ、聴き入っている。透き通った智子の声は、店中を満たし、彼らを満たした。大合唱など始まらない。リサイタルのようだ。

源太郎はフイルムの残りを確認して、何枚かパンフォーカスで撮影した。広角のビヨゴンのレンズはしっかりと店内の雰囲気とスター誕生の瞬間を切り取った。その写真は源太郎の執務室の机の左端の電話機の横で微笑んでいる。

絵理香は、この居酒屋街に来る事に難色を示していた。それは単におしゃれしてレストランに行きたかったと言っていたが、これ以上、源太郎の奥様との思い出に立ち入りたくない女心がそうしていた。源太郎は、そう言ってもあの雰囲気に今一度触れたかった。もう一度来れる保証などない。「明日は希望を叶えるから、今日は付き合ってくれないか」珍しく源太郎は絵理香にお願いした。しばらく考えていた絵理香は「わかったわ。明日は埋め合わせしてもらいますからね。覚悟しておいてね。ねえ、服装はどうすればいいの」「そうだな。ラフでいいけど、シックなスカートがいい」「ええ。ホテルのお店に気に入りそうなスカートがあったわ」「ちゃっかりしているな。いいよ、わかった」絵理香の悪戯顔が笑える。

居酒屋街は、時が経ったが変わらない。智子との店も何一つ変わっていない。オーナーは世代が変わったのか、息子が後を継いだということは後で知る。あの時と違って絵理香が店に入ると客をかき分けることもなくサッと席が空いた。絵理香は彼らは近寄りがたいのか、智子のようにいきなり仲間とはいかなかった。

店のオーナーは、絵理香に片言のフランス語で「Vous avez choisi? 」と聞いた。絵理香はすぐに、「Quelle est votre suggestion du jour? 」と切り返した。「ここは居酒屋だよ。今日のおすすめなんてないさ」キョトンととしているオーナーに、源太郎はカツレツとハウスワインを頼むと告げ、事なきを得た。隣のオヤジは絵理香に興味を示しているが、話しかけてはこない。

奥のテーブルの紳士が歌を歌い始めた。そして歌に包まれた。絵理香は少し酔い、隣のオヤジと話し始めた。彼はフランス語はわからない。仕方なく、英語で会話を始め、源太郎と智子の話しを告げた。すると、周りがざわめいた。奥の初老の英語が堪能なオヤジが、「伝説の姫様だよ」と言った。そして、「あなたは、娘か?、彼女は元気か」と矢継ぎ早に絵理香に問いかけてきた。
「あの歌声は、ここの店では伝説なのさ。俺ら酔っ払いがあの時だけは静かになった。そうか、亡くなったのか。残念だなぁ」とさいだいげの賛辞を送った。源太郎は頭を下げ、胸の財布から、あの時の写真を取り出した。オヤジは、絵理香の隣の男に席を替れと告げ、グラスを持って移動した。写真に見入り、オーナーを呼び、彼女に献杯するから、店中の皆にワインを注ぐように言った。オーナーは早口のドイツ語でその趣旨を客に伝え、一同は立ち上がり、智子が歌ったあのうを歌い始めた。源太郎は、耐えきれず涙を流した。絵理香は何が起こったのかわからなかった。
そして歌い終わると、皆が杯をあげ、十字を切る男もいた。源太郎は幾度も頭を下げた。その肩をオヤジは幾度もたたいている。

時間が過ぎた頃、突然、絵理香が私も歌うと言い出した。源太郎は、そんな絵理香を止めた。絵理香は私も学生時代に合唱団にいたと初めて源太郎に言った。それでも源太郎はやめるように諭した。その雰囲気を察したオヤジは、彼女が歌うと隣に告げると、すぐに店中にその話しが伝わった。源太郎は、心配したが、結果として心配は無用だった事が彼女が歌い始めてすぐにわかった。
彼女の選曲も智子と同じイタリアの名曲を選択した。源太郎が良く聞く、Donati Tiziana Toscaが歌っていた「Serenata De Paradiso」だった。彼女の声もこの酒場を満たした。誰もが聞き惚れている。そしてオヤジは「あなたは幸せものだ。そして姫様をまたここに連れてきた。二人もの姫様を持つとは、羨ましい」と言った。歌い終わると、店中は拍手で満たされた。智子が絵理香に乗り移ったと思えた瞬間だった。

続続々源太郎(10)

2015年10月21日 | 腰折れ文
Mihoちゃんから、2000文字以内にしなさいと前から言われている。1時間で書ける量なので、それで纏める。これが結構辛い。今回は100文字ほどオーバーした。前振りが長すぎた。反省。

十 メコン川

源太郎は憧れのメコン川に思いを馳せ飛行機の席に座っている。まだ飛行機は数名の搭乗客を待っているので、電話をしている者もいるし、一生懸命メールを打っている者いる。絵理香は時計型の端末で、素早くメッセージを確認して運ばれてきたシャンパングラスを右手に持って、窓の外を眺めていた。

「ねえ。よく休みが取れたわね」話すことがないのか、源太郎に向かっていつものように嫌味を投げた。
「ああ、お前に合わせんだよ。帰ったら仕事は山積みだよ」
「あらそう。私と旅をしたかったて、素直に言えばいいのに」
「はいはい。旅の始まりから、その調子かよ」源太郎は、飲みきったグラスを肘掛のスペースに置いた。CAは、何気なく近寄り、おかわりはいかがと話しかけて来たが、源太郎は丁寧にいらないと答え、CAはグラスを下げ、ナプキンで肘掛を拭き戻って行った。

搭乗口のドアが施錠され、CA達は施錠の相互確認をしている。

巡航高度を一路タンソンニュット国際空港に進路をとり飛行している。絵理香は機内食にはあまり手を付けず、飲み物だけを飲んでいる。「少しは食べたら」と声を掛けたが、「ええ」と答えるだけで、雲海を眺めていた。源太郎は程なく食事を終え、テーブルを片付け、リクエストした映画を見始めた。暫くすると、隣で寝息を立てる絵理香に気づき、CAに彼女の食事をさげてもらい、右手のグラスは、肘掛に戻した。

「寝てしまったわ」
「ああ、間も無く着陸態勢にはいるよ」
「ごめなさい、化粧室に行ってくるわ」と絵理香は席を立ち前方の化粧室に行った。

源太郎は、初めて絵理香の寝顔を見たが、いつもの毒舌を放つ彼女とは別人で子供のような寝顔だったと思い出していた。化粧室から出ると、絵理香はCAと立ち話して席に戻った。すると、CAがシャンパングラスを持って、絵理香に渡した。
「まだ飲むのか」
「ええ、喉が渇いたの」
彼女は、ワインボトル一本飲んでいたと思うが、酔ってはいないので、ダメとも言わなかった。

空港に降り立ち、迎えの車に乗ると、市内の中心部にあるマジェスティックホテルに直行した。
このホテルは立派だが大きな車寄せはなく大きな通りに面していた。二人は、短い旅行のためコンパクトな荷物をそれぞれが持ちカウンターに向い、それぞれがチェックインした。
ボーイが二人に駆け寄り、案内するというが、源太郎はお断りしてエレベーターホールに向かった。絵理香は、慣れたもので、ボーイに荷物と鍵を渡し、後から同じエレベーターに乗った。
「ねえ。夕食には時間があるでしょ。お互いにゆっくりしましょうね」
「ああ、夕食は何処にする」
「今日はホテルのレストランにしましょう。いいでしょ」
「じゃ、八時に。予約は入れておくよ」
「お願い」
絵理香は3階で降りて、部屋に向かった。源太郎は4階で降りて、部屋に入ると窓の外の景色を眺め、東京のホテルと違わないと思った。それでも、部屋は広く、花が飾られ、落ち着いた雰囲気に満足した。

ホーチミンという名前に馴染みはない。この町はベトナム最大の都市で、1975年まではサイゴン Saigonと呼ばれていたはずだ。メコン川デルタの北東に続くドンナイ川デルタにある。18世紀後半からフランス勢力の拠点となり、19世紀後半~20世紀前半にはフランス領インドシナ中心地だった。源太郎が知っているベトナムは、ベトナム戦争と、メコン川、そしてアオザイぐらいだった。

明日からの散策は、メコン川のゆったりとした眺めと、アオザイをきた女性達を見る事くらいしか想像できなかった。

アオザイは、確か「Britannica Japan」と英語では表すはずだ。でも、このベトナム女性の伝統的民族服は中国の伝統服をベトナムの風土と民族性とに同化させてできたものだから、Japanという単語がなぜつくのか昔から不思議にだった。中国風の襟と前開きの丈長の上衣チョーサンと、ゆったりしたズボンのクーツーが基本だが、チョーサンは身体にぴったり合わせて仕立てられ、裾から腰にかけてスリットがある。クーツーは幅広にゆったりとして白無地のサテンが使われるが、今は少しカラフルになっていると、物の本で読んだことがある。最近は異なる場合も多くなった。この姿はまず欧米人にはにあわない。そんなことを想像しながら、使いにくい欧州的なバスルームで汗を流した。

メコン川は、東南アジア最長の川で、中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、そしてベトナムを流れる延長が4000kmを超える川で、流域面積は日本の面積の2倍もある。「メコン」はタイ語系の呼び名でカンボジアではトンレトム と呼ばれ、ベトナム人はクーロン川と呼ぶ事もある。クーロンは龍の意味があるから曲がりくねる川を龍に例えたのだろう。日本の信濃川でも呼び名がいくつもある。ましていくつもの国を流れる川だから、当たり前と言えば当たり前だ。

源太郎は、レストランの予約を入れ、絵理香にそれを伝えようと電話をしたが、電話に出ない。寝ているのだろうと想像して、源太郎も持ってきた本を読むことにした。

日も暮れて、街灯りがはっきりしてきた頃、突然電話が鳴った。
「私。予約できたの。連絡してよ」
「三時過ぎに連絡したが、寝てたんだろ」
「いいえ、ちょっと出かけてきたのよ。寝るわけないでしょ」
「そりゃそうだな。あんだけヨダレ垂らして、飛行機で寝ていたからな」
「失礼ね。わけないでしょ」と言っている絵理香の電話口の顔は想像できた。源太郎はレストランの名を告げ、まだ間があるので本を読み続けた。

レストランの前で待っていると、アオザイをきた女性が声を掛けてきた。振り返ると薄いブルーのアオザイを着た美人が立っている。それが絵理香だと気づくのに少し時間がかかった。ストレートな黒髪、そしてスレンダーな身体の線が美しい。
「いいでしょ。惚れ直した」と絵理香が茶化す。

続続々源太郎(9)

2015年10月20日 | 腰折れ文
くどいようですが、架空の話ですからね。


九 再び居酒屋

「今日は神田」とだけメールした。
「了解」と愛想のない返信が返ってくる。暫くして「何時」とまたメールがあった。
どうせあいつは会議中に時計型の携帯端末で、さも人の話を聞いているふりをしながら、定型文を送っているに違いないと源太郎は予想して、返信するのを少し遅らせた。

また暫くして、「返事は」とメールがある。小学生じゃあるまいに、単語だけの会話かよと思いつつ、「7時」と返信、すると今度は応答がない。旅行中とは別人の様な彼女だが、単語だけで話が成立するのだから気楽だ。

本当は、もう少し早い時間でも良かったが、絵理香はそれなりのポジションにいるから、直ぐに退社は難しいはず、待ち合わせにはまだ時間があるので、秋葉原の部品屋を覗き、万世橋のガードをくぐり、中央線沿いに神田駅に向かった。有楽町のガード下と違い、寂れた倉庫が並んでいる。大通りを渡って路地に入ると再開発された淡路町とは違って、下町の風情が残っている古い建物が目立つ。そこでも、大丈夫かと思える古い建物の居酒屋が待ち合わせの場所だった。

縄暖簾をくぐると、店の女将が「源さん、愛人来ていますよ」と店中の客に聞こえるように源太郎の来店を告げた。この女将は、誰にもそういうので、常連は誰一人振り向かない。銀座や赤坂のように同伴する客層でもないから、そんな雰囲気の女性もいないから、驚きもしない。

ただ、初めて、絵理香をこの店に連れて来た時は話が違った。垢抜けた美人の彼女が暖簾をくぐって店に入った時、女将は言葉に詰まった。そして「お一人ですか。お待ち合わせ」と絵理香に聞き、「はい、源太郎さんが」と言うと、女将は「源さん、あちらです」と借りてきた猫のように、案内した。源太郎は女将に「へー、ちゃんと接客できるんだ」と言うと、女将は、笑いをこらえて、勘定場に戻った。

暫くの間、店中の客は絵理香に視線を送っているのがわかる。それはそうだ。場違いのようにキャリアウーマンだということは誰でもわかる。そして、髪を束ねる所作もこの辺にはいないし、美人だ。源太郎も「お前たち、この位の美人をこの様な店に連れてくるチョイワル親父になってみろよ」と得意になっていた。その時、あの女将が普段に戻って、注文を聞きに来た。ふだん聞きにも来ないのにおかしい。

「源さん。紹介してよ」
「娘です。そう答えたらいいのかしら」
「わけないよね。源さん」源太郎は黙っている。
「旅先で知り合ったんですよ。ねえ、あなた」
女将はわけわからない。絵理香の方が一枚も二枚も上手だ。
「そうね。お友達以上かしら」
「源さん。よくやるね。こんな美人隠していたの。今度、熊ちゃんが来たら教えよ」
「やめろよ。あいつに漏れると、町中にてんこ盛りの話が伝わる」源太郎はやっと口を開いた。
「女将さん。彼と同じ飲み物をお願いします。それと柳川鍋もお願いします」
「お嬢さん。泥鰌は大丈夫」
「ええ。大丈夫だと思います。彼が、ここの泥鰌は最高だと言っていたので」
「あいよ。嬉しいじゃないの。源さんはいつも私の顔を見て、美味いものもまずいというんだから。じゃ、あなたを愛人ということで覚えておきますよ」
「ありがとうございます。彼が浮気していたら教えてね。女将さん」
「直ぐに教えますよ」と言って戻って言った。注文なんて口実、ちょっとの会話であの女将は、客の関係を素早く見極める。そうでなければ、この老舗の店が繁盛するはずがない。女将から絵理香は明らかに上位の評価をもらった。

それから、何回か彼女は一人でこの店に来て、女将の友達とかしていた。そして熊沢とも飲むこともあった。だから、神田というだけで、絵理香はこの店とわかっていた。

席に着くと珍しく、枡酒を絵理香が飲んでいる。「もう、日本酒か」
「ええ、飲みたかったの。遅いんだから」
「バカ言え。約束より15分も早いじゃないか」
「六時半でも良かったのに。聴かないんだもの」
「お前が、返事よこさないからじゃないか」
女将は、源太郎の酒を運んできて、「あらあら、喧嘩。また源さんが浮気」と冷やかした。
「そうよ。私に隠れて、秋葉の方にいい人がいるの」
源太郎の行動が読まれている。「ああ、いるよ。かわいい子たちがね」源太郎が悔し紛れに切り返した。
「ちゃんちゃらおかしいわ。こんなじいさん誰が相手するもんですか」
「はいはい。ご馳走様。伝票つけておくから」
「つけるなら、一杯大将にやってくれ」
カウンターの中にいる大将に聞こえるよう女将に言った。「源ちゃん。いただきます」と大将が左手を上げた。女将は商売上手だ。

「ねえ。私、来月リフレッシュ休暇が一週間あるのよ。この前話したでしょ」
「ああ」
「でね。旅行に行きたいの。遠くは無理だけど、ベトナムがいいと思っているの」
「それは楽しみだね。気をつけて行ってこいよ」
「何言っているの。どうせあなた暇でしょ。付き合ってよ」
「バカ言え。俺も忙しいんだよ」
「わけないでしょ。日程はこれよ」と言って絵理香はタイプされた旅行社の行程を渡した。
「いいところだと知っているけど、急に言われてもな」
「明日、返事頂戴ね。今日は私がおごるから」
源太郎は初めての旅先だから興味はあったが、切り返した。
「明日、スケジュールを確認するけど、一人で行ってこいよ。リフレッシュなんだろ」
絵理香は、聞いていない。女将に何杯めかの酒を頼んでいる。

続続々源太郎(8)

2015年10月19日 | 腰折れ文
八 ザルツァハ川

Salzach川は、オーストリアとドイツの国境付近を流れるイン川の支流だ。日本なら大きな川になるのだろうが、ヨーロッパでは小さな川でキッツビューラーアルペンから谷底の村々を流れ、ザルツブルクに流れ下る。落差があまりないので、水力発電はあまり盛んではない。それでも、古くから金属鉱山や岩塩鉱山があり谷筋に沿うアルプス山中の村としては裕福なところだった。

川を隔てて、旧市街と新市街地が別れて見えるが、さほど大きな町ではなく、なぜこの町が人気があるのか源太郎は不思議に思っていた。

元々、この地は、ローマの植民地に始まり、以後カトリック文化中心地となって芸術や音楽の都として発達したのは事実だが、左岸の旧市街に大司教の居館や大聖堂、尼僧院、そしてモーツァルトの生家があるものの、植民地文化の遺産だけで、建物は欧州のどこにでもある風景だった。

しかし、何処かの国と同じで、20世紀の終わりに世界遺産の文化遺産に登録されて、猫も杓子も観光客がやってくるようになったのだが、それ以前も欧米の観光客は来ていた。それは、あの映画一本のお陰で、観光地となっていた。

旧市街を見おろす丘には、11世紀に築城されたホーエンザルツブルク城があり、今は観光客がひしめき合っている。右岸の新市街にはバロック様式のミラベル宮や聖セバスティアン聖堂が見渡せる展望台には、色々な国の言葉がこれ程あるのかと思うほど、会話が飛び交っている。

源太郎はうんざりしていた。
「あの頃は、せいぜい、英語、ドイツ語、フランス語ぐらいの言葉だった。あのように、大声で話したり、喧嘩しているような会話を聞かされる場所になってしまったのは残念だよ。もっと静かに景色を見る事が出来たのに」
「でも、美しい街並みは変わらないでしょ」
「ああ、欧州の街並みはほとんど変化がない。それはそれでいいんだが、この雰囲気は最悪だ。あれじゃ、スーパーマーケット帰りのおばさん達の遠足だよ。なんで、案内荷物を持って散策しなくちゃいけないのかな」
「しょうがないでしょ。ケーブルの乗り場までお土産屋がいっぱいだし」
「見てみな。みんなモーツァルトの絵柄のチョコレートを持っている。あんな重いものを持って上がって来るかい」
「そうね。私なら嫌だわ。私ならあなたに持ってもらうわよ」
「そうきたか。お城はもういいだろ。散策路を降りて行こう。あの集団とは一緒にならないだろうから」
「分かったわ、降りましょう」
源太郎と絵理香は石畳を降り、未舗装の小径を降りて行った。数人の欧米人のカップルも同じような行動となっている。
「本当に静かだわ。昔はどうだったの」
絵理香は足元を気にしながら、昔のザルツブルクの様子をもうすこし聞こうと思った。
絵理香は、スリムなパンツ姿で、外国人にも引けを取らない。すこしスレンダーだけど、魅力は充分だ。良くこれだけの洋服をあのスーツケースに収まっていたのか驚かせられる。
「昔は、あのお城のテラスは静かだった。会話は小声で、他人の観光を邪魔をしない様に、みんな気遣っていたよ。木陰や、ベンチに腰掛けて、抱擁するカップルもいたけど、今じゃ、そんな雰囲気なんて感じられないね」
「じゃ、奥様とそんな風だったの」
「それは別だよ。あそこから見るザルツアハの流れをずっと眺めていたのさ」
「私もその頃のこの街を見てみたかった」
「二十年早く生まれていないと無理だよ。もし見ていたなら、もうおばあちゃんだよ」
「そうか、そうだわよね。その時なら、あなたと一緒にここにはいないわね」
「まあ、そうゆことだね。その方が僕は良かったよ。賭けに負ける事も無かったしね。一人で来たかったしね」
「それは、ご迷惑でしたわね」
彼女の髪は少し風に揺れ、横顔はハッとする程綺麗だ。そんな思いを打ち消す様に源太郎は言った。
「もう少し歩けるかな」絵理香は足元を気にしながら答えた。
「少し休みたいわ。お茶でもしない」
「わかった。そこのカフェに入ろう。店の中でなくテラスでどうだい」
「いいわよ」絵理香は足を早めた。

化粧室から絵理香はもどり、ストレートの髪は整えられ、薄い化粧も一段と綺麗だ。
「私は紅茶、あなたはコーヒーよね」絵理香の注文は智子と一緒だった。違うのは、英語とフランス語の違いだ。
「 thés et un café, s’il vous plaît」
すると、ボーイは「Oui,Mademoiselle」と答えた。
絵理香は、上機嫌になった。
「ねえ、聞いた。私の事をお嬢様と言ったのよ。普通ならMadameでしょ」
「聞いていなかった」と源太郎はとぼけた。
「聞くべきだったわよ。でも私はMadameの方が良かったかも」女心はわからない。
「grand-mèreが似合っているんじゃないか」
「失礼ね。聞こえていたの。どっちがあなたにとっていいと思う」
しまった。また絵理香の手中にはまった。仕方ない。
「そうだな。女性的にはMademoiselleだけど、僕ならmadameを選ぶな」
「そう」切り返しを考えているのは明らかだ。
「奥様に見えたら、そういったでしょうね。私たち他人だから、仕方ないわね。あなたは年寄りだし」
口数が減らないやつだなと思ったが、本当の事だし仕方ない。
「さて、新市街地に行くか。あの人道橋を渡って」
「いいわよ」



続続々源太郎(7)続き

2015年10月17日 | 腰折れ文
七 河の話とファド(続き)

公園前のホテルのロビーは、天井が高く、通りに面した窓はショーウィンドウの様に大きなガラス張りになっている。ロビーに源太郎は降りて来ていた。約束の時間にはまだ間がある。ロビーの中央のバールで、グラスビールを頼み、カウンターで飲みながら道路を渡り公園に向かう人波を眺めていた。

観光客のグループは必ず一人がマップを持ち、指を指し仲間を誘導している。そして指の方向には、黄金の塗料に輝く、一度見れば、もう結構という像がある。なんて音楽家だったか、どうでもいい事だった。ガイドブックに掲載されたその像の前に多くの人垣が出来て、落胆の声が聞こえる様に思えた。シンガポールのマーライオンや、札幌の時計台の様に期待を挫いてくれる。それでも、高知のはりまや橋ほどひどくないので、とホフォローしても事実は変わらない。

二杯目のグラスビールがなくなった頃、絵理香はロビーに降りて来た。すでに約束の時間は過ぎていた。
「お待たせ。待った」
「いや、待つ気はないよ。そろそろ出掛けるところだった」
「いきなり嫌みなの。15分遅れただけじゃないの」
「電車なら、すでに出発だよ」
「ここは、日本じゃないし、電車は何時も遅れているでしょ」
こいつ、「ごめんなさい」がなぜ言えないと思いつつ、源太郎はカウンターにチップを置いて振り返った。

ドレスアップした絵理香は、ドキっとするほど美しい。

「時間掛けてこの程度かよ。だったら、さっきの女性を誘った方が良かったかな」源太郎はその気持ちがばれないようにあえて言葉を変えた。
「あらそうなの。かわいいでしょ」と身体を半分捩り、ロングスドレスの斜め後ろの腰の線を源太郎に見せた。彼女の言う「かかわいい」という表現は理解できないが、本当に綺麗だ。そして、アップにした黒髪が長身の彼女を引き立てている。源太郎は改めて絵理香を年甲斐もなく、いい女だと思った。

「さあ、行こうか」入り口のドアが開き、源太郎にエスコートされ、彼女が表に進むと、ホテルマンはタクシーを車寄せに誘導し、車のドアに手を添えて、絵理香を乗り込ませた。絵理香は、スカートの裾を気にしながら、長い綺麗な足を車内に収めた。源太郎は運転手に「Loca」という店の名前を告げると、直ぐに車は走り始めた。

店は近いが、ロングドレスの彼女を歩かせることなどできない。そして程なくして、車は白を基調とした店の前に止まった。

車から出てきた絵理香は、店灯りに照らされたように一際輝いて見える。通行人は立ち止まり彼女に視線を向けているのがはっきりわかる。彼らは皆、絵理香を「綺麗だ」そう思っているに違いない。

予約をしていたが、席の希望を告げていない。智子ときた時は、窓際から二つ目だった。店のオーナーは、絵理香を見て、樹々がみえる特等席に案内し絵理香の椅子を引いた。絵理香はドイツ語でなく「Merci beaucoup」とオーナーに微笑みながら答え、席に座る。店の中でも視線が痛いほど絵理香に注がれている。焼き鳥の彼女とはまったく別人になっている。そして、女優のように、立ち振る舞いがこなれているのに見とれていると、「何か」と言う顔をして絵理香は源太郎を見た。絵理香は、「私の本当の姿がわかったでしょ」と言いたげに微笑み返した。この時、源太郎の敗北は決定的になった。

ワインが運ばれ、オーナー自らサービスに努めている。
「あなた、ステキなお店ね」「ああ」
上機嫌な絵理香を見ていると、源太郎は不思議とそこに智子がいる様な錯覚に陥った。そして、「あなた」と言う絵理香の声さえ、智子の様に思えた。

「何を考えているの。奥様との思い出の店だから、その時の事考えていたんでしょ」
絵理香は、グラスを掲げて、源太郎を現実に戻そうと思ったが、それ以上、深入りはしなかった。
「すまん。ちょっと考え事していた」
「いいのよ。私、女優になった気分。さっき、通りすがりの男の人が、手を振ってくれたので、小さく、グラスをあげ、挨拶したの。私、魅力的なのかな」
「ああ、綺麗だよ」と源太郎は正直に答えてしまった。絵理香はその言葉だけで、思い出に浸っている源太郎のすべてを受け入れられると悟り、「ありがとう。うれしいわ」と素直に答えた。

ファドの店は近い。「大丈夫か」と絵理香の手をとり、石畳にハイヒールが取られる事がない様に源太郎はサポートに徹した。絵理香は時折、強く握り返し、バランスをとっている。そういえば、手など握った事も無かったし、こんなに近く彼女と接した事など無かった。

店に入ると、源太郎は女将に挨拶すると、彼女は懐かしがり、柱脇のプライベートが確保できる席に案内した。そして、飲み物が運ばれて程なくすると、店の計らいで、Barco Negro と言う名曲の歌が始まる。この曲は Amalia Rodriguesの歌で、智子が好きな曲で、源太郎がこの地で初めてファドに触れた曲だった。

ファドは暗い。酒蔵のようなこの空間に、悲痛な心の叫びがつたわってくる。隣の国なのにスペインのフラメンコに比して、ポルトガルの曲はあまりにも物悲しい。そして、ギターラの響きがその気持ちをさらに高める。源太郎は元々タンゴが好きだったが、智子に教えられたファドは智子と同じように好きになった。

絵理香は、一言も発せず、歌い手の絞り出す声を聞いている。その目に、テーブルの蝋燭の炎が反射していた。絵理香はそっと、源太郎の手を握り、源太郎もそれを許した。


続続々源太郎(7)

2015年10月16日 | 腰折れ文
新幹線で長野を出発すると一時間ちょっとで東京に着く。その間は時間があるので、「続続々源太郎」の続きを書くとするか、到着までに(7)はどのくらい書けるだろうか。
お断り、「この文章は、架空であって、実在しない」ここを強調しないと、Mihoちゃんの角が伸びる。という事で、スタート。

七 河の話とファド

源太郎は、川が好きだ。と言っても、日本のような急流ではなく、ゆったりとした河がいい。このViennaには大河のドナウ川が流れている。「このドナウ川はドイツ語表記で「Donau」と書くが、スロバキア語ではドゥナイ Dunaj、ハンガリー語ではドゥナ Duna、クロアチア語ではドゥナブ Dunav、ルーマニア語ではドゥナレア Dunǎrea、ブルガリア語ではドゥナフ Dunav、ロシア語ではドゥナイ Dunai、そして、英語ではダニューブ Danubeと書く」(Windowsで読まれると文字化けが有るかもしれません)なんて話を智子に話しながら岸辺を散歩している。でも智子は時々相づちをするが、まったく聞く気はない。それでも、聴いていないのではなく「上流はなんて川なの」なんて質問するから、源太郎は得意になって講釈を続けている。智子は岸辺の周辺の景色を楽しみ、母ときた思い出の地を感じている。

「この河は、ドイツ南西部のシュワルツワルトに源を発して、ウルム,レーゲンスブルクを経てパッサウ付近でオーストリアに入るんだ。そして、リンツ、ウィーンを経てスロバキアのブラチスラバにいたるよ」
「へえ、スロバキアに流れるの」
「ああ、で、ここまではドナウ上流部と呼ばれていて、いろんな支流があって、右岸にレヒ川、イーザル川、イン川、エンス川がある。イン川は前に話したよね。インスブルックを流れているんだ」
「あのオリンピックが開催されたところよね」
「ああ。そして、左岸にナープ川、モラバ川が流れ込んでくる。」
「ねえ。左岸て、左側よね」
「違うよ、上流側から下流を見て左側。そう覚えないとダメだよ」
「そう言ってたわね」
「そしてね。スロバキアのブラチスラバの下流でドナウ川は三つに分枝するんだ。ここからがややこしいんだ。本流はスロバキアとハンガリーとの国境を流れ、バーツ付近で南に流れの向きを変え、ブダペスト、ドゥナウーイワーロシュ、モハーチを経てクロアチアの国境を流れる。そしてね、オシエク付近でドラウ川、ノービサード付近でティサ川、ベオグラードでサバ川を次々に合流したのち、ルーマニア国境をなすカザン峡谷に入るんだ」
「ややこしいわね」
「その峡谷入口のバジャスまでがドナウ中流部と呼ばれるんだ。その下流で難所として知られた鉄門を過ぎ、ブルガリア国境を東に流れを変え、ルーマニアのカララシ付近でさらに向きを変えて同国東部を北に流れ、ガラツから東にまた向きを変え、ウクライナ国境から黒海に注ぐんだよ」
「良くスラスラでるわね。そのくらい単語が分かるのに、何で英語が苦手なの」
「お前は、お母さんがイギリスだろ。俺だって、イギリスに生まれれば、スラスラはなせるよ。残念だけど、日本人だからね」
「失礼ね。私も日本人なのよ。勉強が嫌いだったと言いなさいよ」
智子は何時も、この話題に誘導して、源太郎の河の解説を終わらせた。

「あなた、Viennaで何が思い浮かぶの、川以外で」
「ウィンナソーセージ(Vienna sausage)かな。ウィーンでつくりはじめられたと伝えられたからでしょ」
「バカじゃないの。それはそうだけど。まったく夢ないんだから」
「それぐらいしか、浮かばないよ」
「あなたの生まれた年に、第三の男というイギリス映画あったでしょ。第2次世界大戦直後のウィーンを舞台に、謎の男をめぐるミステリーが展開するあれよ。まったく文化レベルが低いんだから」「今夜は何処で食事するの」源太郎は話題を変えた。

「今夜は、ファドを楽しみましょうね。すごくいいお店よ」
「ファドって、ポルトガルの暗い音楽か」
「ええ、あなた、きっと気にいると思うわ」
「わかった、ところで、明後日行くザルツブルクはイン川の上流のザルツァハ川が街を流下している。そこは綺麗だぞ」また源太郎は川の話しに切り替えた。智子は、呆れながら再び聞き役に徹した。

※寝てしまった。大宮から記憶がない。

続続々源太郎(6)

2015年10月14日 | 腰折れ文

六 賭けに負けた旅

「源ちゃん。いいところね」朝食をとるためにホテルのレストランに降りてきた源太郎を迎えたのは、既に席に着いていた絵理香だった。「良く寝れたかい。早いな」「いいえ、源ちゃんに置いてかれると思うと、気が気じゃないわよ」

源太郎は笑いながら、「ああ、そうだよ。もともと、現地集合、現地解散の旅の約束だよ。と言って、絵理香さんが了解して、ついてきたんだから。それより、源ちゃんという言い方はやめろよ。夫婦だってそうは言わない。おふくろにだって言われたことはない」
「じゃ、なんて言えばいいの」
「そうだな。あなた、はおかしいしな。やっぱり源太郎さんだな。絶対におじさんとは言うなよ」
「源太郎さんて呼ぶの。ちゃんちゃらおかしいわ。そう。貴方と言う事にするわ。決めた。そうする」
源太郎をあなたというのは、今まで智子以外言われた事はなかった。源太郎は、ひさしぶりに聞く「あなた」と言う響きをまんざらでもなく思っていた。

絵理香とオーストリアに来ることとなったのは行きがかり上仕方なかった。オークランドの埋め合わせから、何回か食事を重ねていたが、あることで賭けに負けて、一緒に旅する羽目になった。

それは、飲み屋で突然彼女から出された問題だった。後で思えば、これは完全に絵理香の策略だったが、源太郎もある失敗をしなければ賭けに勝っていたはずだった。

「ねえ。源ちゃんはなんでも知っているでしょ。何時も私を馬鹿にするから、今日は私から問題よ」と言って、何時もやり込められている絵理香は得意そうに問題を出すと言った。そして、
「ねえ。法律の問題ね。いいわね」

「ああ、絵理香さんに勝ち目はないよ」と源太郎は胸をはり、冗談に「何を賭けようか」と切り出した。いつもなら、また馬鹿にしてと言って拒否するが今日に限って、「いいわよ。もし私が負けたら、なんでも要求してもいいわよ。介護だって任しといて」と絵理香は切り返した。

偉く自信がありそうだと思ったが、小娘の問題なんてどうにでもなるし、最後はうやむやにもできると源太郎は高を括リ「ああ、俺が負けたら、現地集合、現地解散の旅に連れて行ってやるよ」と心にもない事を賭けた。

絵理香は、ニヤリとして問題を言った。「ねえ法律はみな一緒に思われているのね。でも重要なのは実質的意味と形式的意味の区別なのよ。知っているでしょ」

「知る訳ない」源太郎は少し焦ったが続きを聞いた。「色々な考えがあるけど。実質的意味とは国民の権利義務に関する一般的法規範なのね。だから法規を意味するとされることが多いの。じゃ、形式的意味は何」
こいつ、法学部の得意分野できたな。やり方が汚い。受けて立ってやるが源太郎に解るはずはなかった。

「ちょっと、考えさせてくれ」と言って源太郎はトイレに行こうとした。すると絵理香は、「携帯を置いて行って。どうせカンニングするんでしょ」と絵理香が上目遣いで言った。「馬鹿な。そんなこと微塵もない」と言ったものの、見破られたと源太郎は素直に携帯を絵理香の前に置いた。絵理香は得意げな表情をしている。

トイレに向かう源太郎は、「所詮小娘だ。会社の携帯がある事など知るはずがない」と優位に立っていた。さっそく、友人で後輩の弁護士に電話したが、これが運悪く留守電だ。しかたなくインターネットで検索する事にしたが、基本中の基本。すぐに適当な答えが見つかり暗唱して、席に何食わぬ顔で戻った。

「答えを聞かせて」座るなり、絵理香は聞いた。「焦るなよ。それより、勝って何を要求するかな。と思ってさ」絵理香は源太郎の自信に満ちた落ち着きに、ドキっとした。「答えを言うから、耳の穴、かっぽじって聞けよ。形式的意味とは、近代諸国において議会によって制定され「法律」という名で公布される特定の国法形式を意味すること。日本国憲法で法律という場合、多くは形式的意味で用いられている。どうだ」

授業で習った通りだ(絵理香自体確実な答えを持っていなかった)と思った絵理香は完全に敗北を認めた。もともとは、どんな答えでも正解にするつもりでいた。
だから、絵理香はそれで良かったと思い、「負けたわ。いいわ。なんでも要求して。情けはあるでしょ、無理なことは言わないと信じているから」絵理香は神妙に顔色をうかがった。

「さて。どうするかな。じゃ、奥様になってもらおうかな」絵理香は目を丸くして「恋人ぐらいなら」と答えようと思った瞬間、源太郎は「やめた。俺が大変だから。今日の店の勘定を出してくれ」と言って、大将に美味い酒を頼んだ。大将は笑いながら、「あいよ、源さんに一番高い酒をお持ちして」と合いの手を打った。

その直後、胸のポケットに入っていた携帯が鳴った。源太郎が差し出した携帯は、まだ絵理香の前にある。「しまった。マナーモードにしていなかった」
「あれ。それは、どうゆう事なの。ねえ、源太郎さん。おかしいわね」
友人が着信に気づいて、電話を掛けてきただけだと言っても、ピストルを置いて、隠してあったピストルがばれたからには、もう言い訳は聞かない。
「奥様になれ。だって言ったわね。裏切り者。極刑だわよ。約束どおり、旅に連れていってもらいますからね。大将、支払いは彼よ。私にも美味しいお酒お願い」

源太郎は「その呼び方は、この旅のあいだだけにしてくれ。帰ってから、大将達に言うなよ」
「駄目よ。ずっと、言ってあげるわ。私、結構執念深いのよ」源太郎はあきらめるしかなかった。

ここオーストリアは智子自身、母親との思い出の場所だった。彼女は、マリアテレジアが好きだった。良く、マリアテレジアの事を話してくれたが、源太郎はあまり興味はなかった。
「マリアテレジアはね。ハプスブルク家出身の神聖ローマ皇帝カルル6世の娘なのよ。 1736年ロートリンゲン公フランツ・シュテファンと結婚し、ハプスブルク=ロートリンゲン家が成立したの。父カルル6世は,男子が夭折してほかに嗣子がなかったので,国事詔書を公布して娘マリア・テレジアにハプスブルク家を継承させようとしたわけ。父の死を契機に,この相続問題にフランス、プロシアなどが介入してオーストリア継承戦争へと発展して、その結果オーストリアはシュレジエンの大部分をプロシアのフリードリヒ2世に割譲したんだけどさ、、、」呆れるほどに、何度も聞かされた。唯一、源太郎が覚えているのは「フランス王ルイ 16世の妃マリ・アントアネットは彼女の娘である」ということだけだった。

キャサリンらと夕食を共にした翌日に智子と源太郎は、ローザンヌから列車で、ベルン経由でこのViennaに到着した。


続続々源太郎(5)

2015年10月13日 | 腰折れ文
五 夕食は笑いの渦

キャサリン達は、ローザンヌの坂の下、駅のそばに滞在していた。源太郎達のように数日で移動する旅人とは違い、旅慣れた二人だった。智子に聞くと、彼女達は夫婦でもなく、恋人でも無いという。ジョセフは、まだ学生で経済学を学んでいるらしく、キャサリンはすでに医者として活躍していて、彼より5歳年上だという。

そんな歳には感じなかったが、キャサリンは智子と同じ歳だとわかり、「あいつも、よりによって、そんな年上を相手にしなくてもいいのに」と呟いたのを、智子は聞き漏らさず、「あら、悪かったわね」と源太郎を睨んだ。「そうじゃないよ。彼ぐらい若ければ、いくらでも選択肢があっただろうと思っただけさ」と源太郎は切り返した。「だから、源太郎も含めて男は馬鹿よね。貴方の友達のジジ(智子に言わせればマザコンのイタリア男)だって、今でも、マンマ、マンマと母親にべったりじゃないの。困った時は、マンマで、恋愛対象は若い娘。そんなのずるいわよ」

彼女達を待っているレストランは小さな土蔵のような店だった。小さな音でタンゴのcaminitoが流れている。源太郎が好きな音楽だった。智子はそれとなく友人に連絡して、店を選んでいた。「いいね。この店は」「でしょ。奮発して予約したのよ。と言っても支払いは貴方だけどね」智子はいたずら娘のような顔して、微笑んだ。テーブルには蝋燭の炎が、空調機から出ている柔らかな風で揺らいでいる。

約束の時間はとうに過ぎているが、智子は落ち着いていて、「キャサリンが来たらこの花を渡すのよ。そしてわかっているわよね。ちゃんとこちらやり方で挨拶してよ」と言って、小さな花束を椅子の脇に置いた。「なんで、花屋に寄ったかと思ったら、そうゆうとこか。やだなぁ」「何言ってんのよ。ジジなんて、私に何時も花をくれたわよ。安い花だけど。女性は花をもらったら、気を許してくれるの」「ジジはそんな男じゃない」源太郎が否定すると、智子はまた意味深に「あらそうかしら。ジジも男よ」と言って微笑んだ。「どうゆうことだよ」と言おうと思った時彼女達が店に入ってきた。

三段ある階段をジョセフが彼女の手をとって、降りてくる。暗い店内だが、彼女は輝いていて、昼間とは別人に見える。テーブルに着くと、ジョセフは智子にまず挨拶して、小さな花束を渡し、頬に挨拶のキスをした。智子は、目で合図して源太郎に挨拶するように促した。別に喰われる訳では無いが、ぎこちなく花束をキャサリンに渡し、棒読みの歓迎の挨拶を言った。キャサリンは感激して、源太郎を引き寄せ、挨拶のキスをした。その光景を見ていた智子は笑いを耐えていたが、とうとう笑いの鍵が壊れた。「キャサリン。ごめね。この人、慣れていないのよ」「そんなこと無いわ。私、とても新鮮。今日はお招きいただいて、とても感謝しているの。ボートの上であっただけなのに」「こちこそ、少し彼との旅に疲れたのよ」「そんなふうには見えないわよ。それにしても、いいお店ね。智子さん、前からこのお店知っていたの。私たち初めてよ」「智子でいいわよ。いいえ、私の友人が知っていたの。彼がタンゴが好きで、無口だけど、タンゴを聞いていれば、我慢できるからね」智子はキャサリンにウインクして同意を求めた。
「そう。源太郎さんはタンゴがお好きですの」二人の早口の会話から突然話を振られ、「イエス」と答えるのが精いっぱいだった。二人は顔を見合わせて笑いをこらえている。

「源太郎さん。お花ありがとう。とても嬉しいです。何時も女性にはそうなさるの」冗談じゃない。この二人、俺を出しにして楽しもうという魂胆だなと源太郎は思い、期待を裏切るようにぎこちなく答えた。
「いえ。誰でもいい訳ではありませんよ。もちろん美しい女性だけに送ります。そして、私の心、コラソンをわかってほしい女性だけにです。ワイフには内緒ですがね」
「あら、ということは私は合格ということ」とキャサリンがジョセフのほうを向いて、貴方もこんな紳士的なジョークを言いなさいよと言いたげに言った。
「ただ、ワイフ以上の女性はいないですけどね」と言わないでも言い言葉を発したから、智子がだまっていない。
「へえ。そんなこと良く言えるわね。随分慣れているのね。初めて聞いたわ」キャサリンは珍しい夫婦のジョークの応酬を笑いながら聞いている。

スイスの食事は美味しくない。でもこのレストランは皆満足している。ソムリエに任せたさほど高くないワインも十分満足している。ドルチェになって、源太郎は甘いものが得意ではないので、智子に助けを求めた。残すのは構わないが、気に入った店のシェフに悪い。すると、あまりしないことだが、智子はキャサリンに、「ごめね。この人甘いものが苦手なの。私がいただくわ。マナー違反許してね」
「いいわよ。ジョセフも甘いものが嫌いなら、私もいただきたいところよ。どうぞ」
「ありがとう。じゃ、マナー違反のついでに、半分にしましょう」
「いいわよ。源太郎さんありがとう」とキャサリンはウインクを送った。「喜んでいただき感謝です」と返すと、割と無口だったジョセフが「早く言えば、僕の分も提供したんだが」「訳ないでしょ。貴方は私以上に甘いもの好きなのに。あとで、食べたかったと言うのよ。絶対にね」

結局、ジョセフが一番年下だった。どの国も年功序列は存在する。
源太郎は、精算を求め、伝票にサインし、チップも多めに書き込み、さらに彼のために現金のチップを挟みかえした。
そして、彼らのタクシーが来たところで、お休みの挨拶を交わして別れた。「貴方。今日は楽しかったわ。ありがとう」嬉しそうに、ジョセフの花束を抱いて、ほろ酔いの智子が言った。

明日はオーストリアに移動する。


続続々源太郎(4)

2015年10月09日 | 腰折れ文
四 想い出の薔薇園

智子と旅に行った先はレマン湖だった。湖畔から150mに達する大噴水が見える。周遊の観光船のチケットを彼女に頼み、出発の時間を待つ間、すぐそばの有名な時計屋のショールームを覗いた。機械時計の芸術品が綺麗に間隔を置いて飾ってある。すべての値札は裏返して、値段はわからない。

源太郎は、いい時計を欲しいとは思わなかったが、スケルトンの時計を見ると、良くこんなものを人間が作る、いや創ることができるなんて信じられないと、智子に言った。
「欲しいなら、買ったら」
「馬鹿言うなよ。とても買える代物じゃないよ」
「そうね。一年飲まず食わずだわよね」
「そんなレベルじゃないと思うよ」
「じゃ、私も飲まず食わずでどうかしら」
「なに。俺だけだったの」ショールームの前で笑った。ふと同じくショールームを覗き込んでいた外国の若い二人も同じように、顔を見合わせて笑っている。
「きっと、あの二人も同じことを話しているのね」と智子が言った。
「いや、違うね。あっちは、彼女が一年飲まず食わずでいいから買いなさいと言っているんだよ」
智子は口を膨らまして、源太郎を睨んだ。
「時間だろ」と時計を見て、智子と乗船場に向かった。すると、先ほどのカップルも後に続いた。
桟橋から、少し揺れる細いタラップを一列に並んで船に乗り込んでいる。源太郎がそれに続き、智子は後ろについた。若いカップルは彼女が続き、そして彼が彼女の腰に手を添えてサポートした。
そして、智子に彼女が挨拶をして、言葉を交わしている。

船に乗って、智子は反時計回りだから、右舷の椅子がいいと源太郎に告げた。源太郎がわかったと言って中ほどのエンジンルールから離れた位置の席に座り、彼らも続いたが、彼は、彼女を先にエスコートして座らせて、そして座った。

「だから、外国の男性はいいわよね」と智子は言った。
「何がだよ」「だって、乗船の時も、そして今も」
「だから、なんだよ」「わからないでしょうね。もういいわ」今ならこの意味はわかるが、智子は源太郎に紳士とはこうゆうことと教えていた。智子はイギリス人の母親と日本人の父親の間に生まれたハーフだった。源太郎の親なら混血と表現しただろうが、今はそんな言葉は使わないし、死語だ。でも、最近まで、日本の国際空港でも、エイリアンという表現があったくらいだから、悪気はなかった。

源太郎は、外国語が不得意だから、智子が大抵アテンドしていた。隣の彼達とすぐ打ち解けるのもそう時間はかからなかった。智子が主人だと彼らに紹介した。片言の英語で挨拶して、二人を挟んでいたので、彼と手を伸ばして握手をして、すぐ手を引っ込めた。すると、彼女が手を伸ばしたので、再び手を伸ばし、軽く手に触れた握手をした。彼女はしっかり握り、源太郎は驚き、智子を見ると笑い、彼女、後にキャサリンとわかるが彼女と話し、二人は大笑いしている。そして彼も、ジョセフも笑った。「なんて言ったんだ」と智子に言うと、「ええ、私が外国の女性に握手する時は、女性が手を差し出した時以外無理に握手を求めないこと、そして握手する時は、そっと触れる程度にしなさい、それが礼儀だと教えていたから、気にしないでね。と彼女に言ったのよ」「お前は何時もそう言っていたじゃないか。何がおかしいんだよ」

そしたら彼女は、「何時の時代の話なのよ。そんな行儀は私たちのおばあちゃんの時代の話だというのよ。だから、貴方がそっと触れる握手をしたことが理解できたというのよね。笑っちゃうでしょ」源太郎は、旦那をネタに会話が弾んでいる三人を無視して、湖畔のお城の庭に咲き乱れる色とりどりの薔薇の花を眺めていた。三人は、美しい景色や花を見ずに、会話が弾んでいた。源太郎はどうせ自分話題で、会話を楽しんでいるのだろうと想像した。そして、彼らと夕食を共にすることになったと下船の時に智子から聞き、二人と握手をして別れた。キャサリンは、再びそっと握手する源太郎に微笑み返した。

続続々源太郎(3)

2015年10月08日 | 腰折れ文
三 彼の地

オークランドから、南島のクライストチャーチへ国内便の窮屈な座席で移動する。双発のジェットだが、エンジンの空気取り入れ口が少し楕円形だ。普通は円形のポットにエンジンは収まっているが、この機種は楕円形が特徴だ。

曇り空だから、源太郎は座席に座ってしばらくすると眠りについた。ひと眠りして、機体は大きく右旋回してアプローチラインに入った。ここクライストチャーチに来るのは何年ぶりか。あの雨の日を思い出していた。

夜は、星空が綺麗で南十字星を探しながら、川辺のオープンレストランでお祝いの盃を交わしていた。テーブルには、オイスターカクテルが鎮座して、皆、氷の上に螺旋状に並んでいる牡蠣を手元に取り、青臭いレモンを絞っては、「美味い」とだけの言葉を交わして、黙々と食べ、飲んでいる。

「源ちゃん。奥さんの具合いはどうだい」と、斎藤が問いかけた。
「ああ、お陰で元気にやっているよ。昔より文句が多くなったけどね」と笑い飛ばしたが、正直、智子の具合いはそんなに良くはなかった。今回の旅も、来ることに躊躇したが、智子が先生のお祝いの旅でしょ、と言って、大丈夫だから行って来なさいよと背中を押されて参加した。
「それより、茂のところ、子供が生まれたんだって」と源太郎が話題を変えた。
「ええ」「それはおめでとう。で男の子か」「いいえ、女の子です。かわいいですよ」
「なら、奥さん似だな」「いいえ、皆んな僕に似ているって言うんですよ」
「訳ないだろ。それは、お前に似ているというのが礼儀だからさ」
「先輩。それってなんでですか」源太郎は、ニヤけて続けた。
「知らないのか?奥さんが子供を産んだんだろ。だからさ、子供が奥さんに似ているのは当たり前。でも、お前の子供との保証はないだろ」
「そんなことないですよ」「そう、それが普通だよ。でもな。平安時代なんて思い出してみたらわかる。大抵、女性は貴方の子供だと言うよな。そうしないと生活が守れない。だからさ、周りの人達はそれを正当化してあげるためにも、旦那に似ていると言って褒める。それが、古来からのルールさ。俺は、お前のこと気遣って生理学的に奥さんに似ていると事実を言ったのさ」
「そりゃないですよ」と言いながら茂雄は不安顔した。

すると、雅夫が「やられたな。茂。先輩は、何時もそう言って後輩に子供が生まれると言うんだよ。俺もやられた。俺なんて、まともに女房にそう言ったら、大目玉さ。落語のネタだよ」と言って笑い飛ばした。茂雄はやっと不安から脱した。そして、仲間たちは茂雄に向かって当たり前のように杯をあげ、「おめでとう」と話を終わらせた。

源太郎には子供がいなかった。だから、後輩に子供が出来ると、「お前のとこで、育てらないなら、俺のとこで優秀に育ててやる」と冗談を飛ばしたが、それは本音も含んだジョークだった。

「おい、明日は何時出発だ」「6時、朝食はレストランが開いていないので、途中のドライブインを予定しています」幹事が案内した。「茂。お前、先生をホテルまでエスコートしろ」「はい」茂雄は、ボーイに車の手配をさせ、車が来ると、先生と共にホテルに向かった。
源太郎と数人は、歩いても知れている距離なので、酔いをさましながら、星空の下を歩き始めた。言葉は少なく、河岸に営業を終えた観光小舟を見て、後に大地震で倒壊した大聖堂の塔の前を追憶の橋に向かって行った。北側の方向には少し雲が出ている。

続続々源太郎(2)

2015年10月07日 | 腰折れ文

二 事のはじまり

(くどいようだが、これはフィクション。全て架空です。Mihoちゃん。誤解なきよう)

暖簾をくぐると、カウンターの端に絵理香は座っていた。
「ごめん、遅れて」
「どちら様?」
「会議が長引いて、ごめん」
「どうせ、まとまらない、結論の出ない会議でしょ。くだらない理由よ」
源太郎は彼女がこんなものいいする娘だったか、記憶の中にはない。
「まあ、そんなとこさ。すまん。で、何か頼んだ?」
「頼むわけないでしょ。大将に席はここと言われて座ったの。居酒屋なのね」
「だって、言っただろ。無理しなくていいのよと」
「言ったわよ。でも、今日は埋め合わせでしょ。少しは無理しなさいよ」
こいつ何をいっている。お前がそう言ったから、そうしたのに。
「まあ、怒るなよ。久しぶりの再開だし、ここの料理は美味しいんだ」
「わかるわよ。これだけ、多くの人がきているから。早く飲み物ちょうだい」
源太郎は、店員に生ビールを頼んだ。
「何を頼んだの。聞きもせず」と絵理香はむくれた。まだ、源太郎に文句を言いたげだし、来てからずっとこの調子だ。

「いいだろ。ここには、ここのやり方があるんだから、文句を言うな」と珍しく源太郎は声を荒げた。すると、カウンター越しに、大将が「源さん、まだ小娘でしょ。そんなにキツく言わなくても」と話しに割って入った。
「このくらい言わないと、こいつはわからないんだ」
「ごめんなさい」、絵理香が小さい声で謝った。驚いた、手のひら返したように愛らしい声だった。しかしそれはまばたきした瞬間、元に戻った。

「謝るわよ。でも私を、こいつって何。あなたの娘。あなたの彼女?」
「悪かったよ。それは謝るよ」しばらく、いや、時間としたら短いが沈黙のときとなった。

大将が、店員にビールを急がせ、二人の前にようやくジョッキがはこばれた。

「久しぶりの再会でしょ。喧嘩はなしでいきましょうね」絵理香が口火きった。
「ああ、ロトルアでは色々ありがとう」
「遅い埋め合わせに乾杯」また始まった。

二人はジョッキをあげて、再会を祝した。

「本当。近くだったんだね職場」
「何言っているのよ。名刺もらった時に、私はわかっていたわよ」
「俺がわかるわけないだろ。名前しかわからないのに」
「バカじゃないの。名前を聞いたら、調べるでしょ。あの時住友不動産と言ったわよ。名刺なんて持ち歩かないわよ。休暇なのに。本当にバカじゃないの。大将、そう思うでしょ」二十歳も違う小娘が完全に優位に立っている。しかも、初対面の大将を味方に引き込む算段だ。
「じゃ。全て俺が悪いんだ。と言えばいいんだな」
「そうよ。当たり前でしょ。じゃなければ、埋め合わせなんて要求しないわよ」

大将は、絵理香がここは正しいと笑いながら頷き、焼き物を出して、暴走している二人を止めようとした。そして言わなくていい事言った。

「この子が、かわいいと言っていた娘なんだ」
絵理香がすかさず、言葉を挟んだ。
「ねえねえ。このおじさんがそんなこと言っていたの」
「ええ、彼がそんなこと言うのは、初めて、いや、今までなかったですよ」
「本当なの」絵理香は急ににこやかに、大将と話し始めた。

「あの朝、お礼をと思い探したのに、翌日もいなかったよね」
「嘘でしょ。寝坊したのよね。私はあの日、オークランドに戻ったの。だから、フロントにメッセージ、預けてあったでしょ」
源太郎は、時を戻して思い出していた。
「あれか」声には出さなかった。そう言えば、汚い筆記体のメモだった。
「連絡待っていたのに」
「あのメモね。汚い字で読めなかった。しかも英語じゃなかったし。フロントのやつ字下手だった」
「悪かったわね。私が書いたものよ。しかも読めなかったの。バカじゃないの」

「タイプならまだしも、筆記体だ」
「わかりやすく書いたのに。Prenez contact dès que possible, s’il vous plaît.と書いていたのに」
「読めなかったのよ。英語もまともじゃないのに、何語だよ」
「公用語でしょ。フランス語よ」
「なんて書いてあったんだよ」
「もういいわよ」というと、絵理香は大将に向かって、「ご都合のいい時に連絡ください」と書いたのに、この人は無視したのよ。と言っている。。大将はいつになく笑っている。

「お嬢さんは、源さんに一目惚れだったんですね」と大将が切り返すと、絵理香ははにかんだ笑顔を浮かべて、「わけないでしょ」と否定した。

これが、絵理香との始まりだった。