Jerry Emma Laura

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

La Bohemeだけを聴きながら

2015年08月04日 | 写真の話
ポータブル音源に歌手が違ったLa Bohéme(Windowsだと最初のeのアクサンテギュが文字化けるかもしれない)を聴き流している。

金子由香利さんの、LP めぐり逢い
パトリック・ヌュジエのCD Mes chansons favorites
西島三重子のCD 想いのとどく日
金子由香利さんの、LP New Best
Charles AznavourのLP
Charles AznavourのCD
Charles AzuavourとJosh GrobanのデュオCD、フランス語版と英語版
MilvaのLP La Cansons Francaise
嵯峨美子のCD
しますえよしおのCD
岩崎宏美のCD
Angelica MatveevaのCD
Ciara AdamsのCD
Corina HarryのCD
Gigliola CinquettiのLP
Javaier ElorrietaのCD
Mafalda ArmauthのCD
Silvana di LorenzoのCD
Sonia BertrandのCD
加藤登紀子のCD
と続く。歌手それぞれ特徴があり、実に楽しい。間も無く長野に到着だ。

本家のアズナブールは別とすれば、Milvaが圧倒的に秀でている。
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高速鉄道は北に走る

2015年08月04日 | 写真の話
Tokyo Station is hot. High-speed rail run to the north。

東京駅はすでに33℃を越え、皆さん汗だく。隣のホームのはやぶさとこまちは満席で出発。こちらも長野に向け出発です。

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写真機のカビ

2015年08月04日 | 写真の話
この時期は、写真機にとってはつらい。湿度が高く、温度が高い。通常乾燥した保管庫や箱にレンズや本体を入れていて、まず問題はないが、今回は失敗した。

大口径レンズにフィルターを付けたまま、机の上に置いたところ、絞りを上げて写真を撮ると、小さな点が写った。すわ、カビ。レンズの分解清掃は高くつく。湿度が高い空気がフィルターとの間に残っていたのだ。

カビは繁殖が始まると、とんでもない。奴らも生き延びるために、手垢を餌にして拡大する。

通常の写真なら全く気にならないが、気になると、嫌なものです。

携帯紫外線殺菌機械で、殺菌したものの、ダメかも。

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あまり使わない望遠レンズ

2014年03月08日 | 写真の話

梅の花と戯れる小鳥を撮影したいと、200mmF2.8の大口径レンズを持ち出した。三脚なんて使わず、ISO800に設定し、絞りを開放してシャッター速度を最大限に上げた。古いレンズなので手振れ防止の機能はない。カメラとレンズだけで5kg近くある。腕を固定するのが難しいので、連写でカバーした。梅の花の中に小鳥が遊んでいる。

2014030816

撮影中に変わったジェットの音がする。航空路線だから色々な飛行機が飛ぶが、珍しく4発ジェットだ。塗装をみるとTGだと思うが、747ではなく最新鋭のA340だろう。フライトマップで検索したが、この時間の旅客機は存在していない。回送(飛行機に使っていいのか)か貨物機かもしれないが、よくわからない。何とかそれも撮影できた。

2014030815

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嵐の前の静けさ

2013年09月15日 | 写真の話

台風の影響はまだないが、急激に積乱雲が発達してきた。目を凝らすと航空機が積乱雲を避けて上空を通過している。積乱雲の向こう側の雲にアルファベットが見えた。映像を見るとEmmaと見えてくるのが不思議だ。拡大しても雲の自然な濃淡だった。
Jerry_emma_20130915_1703

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連休初日の富士山

2013年07月13日 | 写真の話

夜になると、富士山の山小屋の明かりが肉眼でも見える。深夜11時に、長時間露光して写真を撮ると、登山者の光の帯がはっきりわかる。登山することは悪くはないが、世界遺産の富士山にこれほどの人が登るのは考えてしまう。猫もなんとかであるが、ファッションで山登りをすることだけはやめた方がいい。ラッシュアワーのような登山者の光の帯。事故がないことを祈る。街の光が多少乱反射して、くっきりした写真ではないが、山の形が解ると思う。
Fuji201307132300

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スチル写真家(6)

2013年06月15日 | 写真の話

 

山岳の撮影<o:p></o:p>

 

 山の天候は平地に比べ変化が激しく、さっきまで晴れていたかと思えば、視界が効かないほどの霧に包まれることがある。こうした天気の急変は標高の高い山の特長なので、天気の移り変わりには十分注意しないといけない。
 山の空気は澄んでいるので、天気がよければ青空を生かした撮影を心がけるといい写真が取れる。その場合、たとえば、山と空の割合がポイントになり、どちらをメインにするか、画面割合になやむ。縞雲が浮かぶ空ならば、雲の形や大きさを選んで構図を選ぶとよいアクセントになる。

 

 晴天ではコントラストが高くなり、メリハリの効いた色調になる。しかし、曇になると眠い調子になり、これをカバーするのが、岩肌や樹木の色の強さである。空をカットして岩肌や木々を主体に選べば、普段目に入る色彩が中心となり心地いい。さらに天候が悪化して、霧がかかってきたら幻想的な表現を考えてみよう。
 標高の高いところでは雲が降りてくるので、平地よりも動きが速く、濃淡もあるので、霧聞から木々を見せる工夫で、悪天候をリカバリーできることもある。
 写真は浄土平から撮った写真です。高い所から遠くに下界が見える様を感じてくれたら、極楽浄土。もう一枚はマウナケア山頂標高4200mから撮影した日没の写真。空の色彩だけをみてほしい。
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ロバート・キャパ

2013年06月13日 | 写真の話

ロバート・キャパ
報道写真家のイメージが強すぎるロバート・キャパ。昭和29年に亡くなってから60年経った。 この本は、古本屋で見つけたもので、発売当時の値段と同じで売っていた。 来日の時の、彼が撮影した写真が何枚か掲載されている。 その中で、鉋をかける大工の写真が一番好きになった。 血なまぐさい戦争の写真は、見世物小屋の様で、彼は本当のその写真を撮りたかったのだろうかと思う次第。 今朝、台風は、温帯低気圧に変わったが、小雨が降っている。

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スチル写真家(5)

2013年06月11日 | 写真の話

 

撮ってすぐ見せない<v:stroke joinstyle="miter"><v:formulas>  <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0">   <v:f eqn="sum @0 1 0">   <v:f eqn="sum 0 0 @1">   <v:f eqn="prod @2 1 2">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @0 0 1">   <v:f eqn="prod @6 1 2">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="sum @8 21600 0">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:formulas> <v:path o:extrusionok="f" gradientshapeok="t" o:connecttype="rect"> <o:lock v:ext="edit" aspectratio="t"> </o:lock></v:path></v:stroke>

<v:shape id="_x0000_s1026" type="#_x0000_t75" wrapcoords="-83 0 -83 21476 21600 21476 21600 0 -83 0" style="width: 154.1pt; height: 103.4pt; margin-top: 8.85pt; margin-left: 275.25pt; position: absolute; z-index: -1;">

<v:imagedata o:title="望遠" src="file:///C:UsersHIROSE~1AppDataLocalTempmsohtmlclip11clip_image001.jpg"> <w:wrap type="tight"> </w:wrap></v:imagedata>

</v:shape>

 楽しみは後で。この気持ちを忘れてはならない。誰もが、父母に買ってもらった玩具の包をすぐに開けたかったものである。きっと父母から「お家に帰ってからよ」と言われたはずだ。
 写真も同じで、撮影場所以外で冷静に写真を見ると、この時何を撮ろうとしていたのか、改めて感じることがある。失敗写真も素晴らしい写真であるかもしれない。フィルムの現像後に受ける感銘と同じ。だから、デジタル写真機を愛用される方は、ぜひとも撮影現場で、「見ない、見せない」ということを実践するといい。
 新たな写真テクニックが身に付くに違いない。
 

目の高さを変えてみる<v:shapetype id="_x0000_t75" coordsize="21600,21600" o:spt="75" o:preferrelative="t" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" filled="f" stroked="f"><v:stroke joinstyle="miter"><v:formulas><v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"> <v:f eqn="sum @0 1 0">  <v:f eqn="sum 0 0 @1">   <v:f eqn="prod @2 1 2">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @0 0 1">   <v:f eqn="prod @6 1 2">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="sum @8 21600 0">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:formulas> <v:path o:extrusionok="f" gradientshapeok="t" o:connecttype="rect"> <o:lock v:ext="edit" aspectratio="t"> </o:lock></v:path></v:stroke></v:shapetype><v:shape id="_x0000_s1026" type="#_x0000_t75" wrapcoords="-123 0 -123 21516 21600 21516 21600 0 -123 0" style="left: 0px; width: 110.55pt; height: 161.1pt; text-align: left; margin-top: 4.5pt; margin-left: 318.25pt; position: absolute; z-index: -1;"></v:shape>

<v:imagedata o:title="少年2" src="file:///C:UsersHIROSE~1AppDataLocalTempmsohtmlclip11clip_image001.jpg"> </v:imagedata> 子供が撮った写真を見たことが無いだろうか。ハッとする写真がある。それは、大人が忘れた目の高さである。
 母親の多くは、わが子の写真を撮るときはしゃがみこみ撮影している。もし、子供が、子供の目の高さで撮影すると景色はどのように見えるだろうか。私たちに子供の頃の記憶は無いが、写真として、その時の目の高さの光景を残すことが出来る方法は写真機しかない。

写真は、プラハの町を散策しているときに何気なく撮影した一枚。なんと現像してみるとマクドナルド店だった。光が綺麗だったので押した一枚がマックとは。でもプラハのマックである。

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スチル写真家(4)

2013年06月08日 | 写真の話

 

ひねくれ者の写真<o:p></o:p>

結婚シーズンといわれる6月。欧州ならベストシーズンなのだが、梅雨の日本で結婚シーズンとしたのは誰だろう。「雨降って地固まる」なら良し、「雨降って土砂崩れ」にならないように、どうぞお幸せに

さて、結婚式の写真の話。
 花嫁の写真は誰が撮っても、よほどのことが無い限り美しく撮れる。
ところが、親族一同
焼き付けた写真を持ち寄ると、皆同じような写真が集まってこないだろうか。新郎、新婦の並んだ写真、父母との並んだ写真、キャンドルサービス・・・。
 一人ぐらいひねくれ者がいてもいいではないか。たとえば、姉妹なら着替えの写真を撮ってもよい。花嫁の顔のアップばかり写真。花嫁の後姿だけ、テーブルに飾り付けられた花、料理、受付風景、父親の涙・・・そして新郎は一切撮影しないこともいい。
 写真を持ち寄ったとき、必ず驚きがでる。しかもそのような写真は誰も撮影していない。そこが写真機の魅力である。きっと、この写真は結婚記念アルバムの中でずっとその場所をキープするだろう。

Photo
マリア像。教会をよく見て、Cercami・・・・このマリア様は聖心女子校舎におられます。

 

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スチル写真家(3)

2013年06月06日 | 写真の話

 

どんなレンズを選べばいいの?
 
レンズは、色々な種類があるが、みな癖があり、特徴を有している。普段目で見る視野を撮影するなら、35mmフィルムなら35mm50mmのレンズを使えばいい。望遠も135200mmぐらいでいいだろう。ただ、お勧めレンズは15mm28mmぐらいの広角レンズが楽しい。勿論、美人のポートレートを撮るなら、85mm
 最初から色々なレンズが欲しいと思うが、勧進元の許可はなかなか下りない。そこで、大きなイベント「父母の記念日」、「娘の発表会」「夫婦の旅行」「息子の運動会」・・・このタイミングを逃すと、まず新しいレンズの購入は難しい。これもレンズの大きな特性である。
 
レンズの良し悪しは金額に比例することは本当だ。安いレンズと高いレンズには、撮影した写真の出来栄えに影響が出る。しかし、だからといって高いレンズでないと良い写真が撮れないかというと、そんなことはない。
 ただ、家計が許す範囲で、また酒宴を一回少なくする努力の範囲で、一つ上のランクのレンズを選択するのが良い。
 レンズ一体型の流行りのデジタル写真では、小さくてもレンズの縁に記載された記号をみてほしい。「
Nikon」「Cannon」「カールツアイス」「フジノン」「セコール」「ライカ」といった名前が記されていると、まずは合格点。
 
つづいて、どんなものを撮りたいかということで、レンズの焦点距離を選ぶことになるのだが、無難な選択として、28mm80mm位のズームレンズであれば最初は合格と考えていいだろう。ただ、これからが厄介で、悩むこととなる。実は、レンズの明るさを示す「F値」というものがある。F値の定義は専門誌に任すとして、これは何を表すか知っておく必要がある。簡単に言うと、「明るいレンズはF値が小さく、暗いレンズはこの値が大きい」ということ。これを知っているだけで、写真がうまくなる。
 昔、
F値が0.951.0という非常に明るいレンズがあったが、とても誰もが手のだせる価格ではなく、現代でもF1.2というレンズが存在しているのだが、この明るさが生み出す特性によって、ハッとするような写真が取れる。
 しかし、それは次の夢として、ここでは
F2.85.6ぐらいの範囲であれば合格としよう。このとき、出来るだけ予算が許す範囲で小さいF値のレンズを購入すると、後悔がない。<v:imagedata o:title="何台も" src="file:///C:UsersHIROSE~1AppDataLocalTempmsohtmlclip11clip_image005.jpg"><w:wrap type="tight"> </w:wrap></v:imagedata>

 いまひとつ言うと、F値が小さいと、シャッタースピードが速く切れるので、手ぶれが生じにくく、大変有利となる。巷では、手ぶれ防止機能を搭載したカメラやレンズが重要なセールスコピーとして氾濫しているが、上手くなりたいなら、これを排除して、より広角レンズ側に予算を回すことを推奨する。これによって、シャッターの切り方がうまくなって、いい写真が取れることになるのだ。(続く)
広角レンズ:スイス首都ベルンのアーレ川岸辺にて
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スチル写真家(2)

2013年06月04日 | 写真の話

 

写真機は何を選んだらいいの?

 出来る限り「カメラ」という言葉はやめようと思う。「写真機」という言葉がいい。勝手な解釈で申し訳ないが、写真機を「真実を写し撮る機械」と読んでいただきたい。
 機械であるから、人が操作することを原則とする。だから「遠隔操作カメラ」「監視カメラ」「定点カメラ」などとは一線を引きたい。必ず撮影者が自らその指でシャッターを押すこと、これを「写真機」と定義しようと思う。
 デジタルであっても銀塩であっても、自らシャッターを押すことが出来れば、「写真機」である。写真機を選ぶといっても、難しいことではない。親父から借用した写真機でもいいし、駅の売店に売っているフィルム付の写真機でも良い。高価なものでも、携帯に付いている写真機もすべて選択の範囲である。身の丈にあった、手ごろな写真機で撮影にでかけよう。


何枚も撮るの?

 
デジタルは非常にありがたい機能を持っている。撮った写真はその場で見ることが可能だ。そのため、失敗と思った写真や不必要な写真は、即座に捨てることが出来る機能をフル活用し、「フィルムならそんなことが出来ない。だからデジタルがいい」と思っている人が多い。
 よく考えてみよう。「写真」を撮ったのだから、シャッターを押したときは、その「時」を撮りたかったのではないのか。そんなに簡単に捨てられるものなのか。
 ピントが外れていたりすることが間々ある。その写真を捨てることを止めろといっているのではない。シャッターを押すときには「決断」があったはずで、その結果が正確に残っている。だから捨てる前に今一度考えてみよう。傑作まで削除してしまったのではないかと、後悔してみようと言っているのだ。とにかく、その場で画像を消去しないことを心がけると、格段に腕前は上がるはずだ。

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熊本:円形分水(昔の人の知恵はすごい)・・・・(続く)


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スチル写真家(1)

2013年06月02日 | 写真の話

 

自己満足の写真家になろう<o:p></o:p>

 

 近頃は、ハイビジョンビデオや動画撮影可能なデジタルスチルカメラが流行している。この流れは今に始まったことではない。映画の世界でも8mm16mm・・・70mmワイドと画像の美しさを求めて、大きなフィルムへ進歩していったことは誰もが知っている。後発のデジタルカメラも同様に、90年代初めにコダックからDS40といった30万画素のカメラが発売され以降、あっという間に、100万、200万、500万そして2000万画素を越えるデジタルカメラが発売され、「銀塩写真」に追いつこうとその性能は格段に向上しが、メーカーの思惑は、「画素数の向上に比例していい写真が撮れる」という錯覚も同時に植えつけてしまったことが残念でならない。勿論、画素数の向上は映し込む情報量の多さで、はっきりとした写真が撮れるだけで、決して撮影者が気に入った「美しい写真」が取れるわけではないのに、日本人の精密さの心にまとわりついた亡霊のようになってしまった。
 写真は、撮影者本人が気に入れば100点であって、職業としていない撮影者には能書きや他人の評価はいらない。わが子を撮影した母親の写真は、プロが逆立ちしても決して撮れない写真なのだ。テクニックや俊逸な機材がなくとも、それ以上に思い入れが写真の素晴らしさを決めるのだということを忘れないようにしたい。写真は「記録としての写真」「思い出の写真」「人に認められたい写真」等々、目的によって様々存在するが、写真の目的は「忘れ去れる時の写真」であって、まさしく「撮影者の思い出」そのものなのだ。
 
未だ銀塩写真の愛好者(私も含めて)は、電子音で創作された軽いシャッター音とは異なった、あの「ガシャ」という機械的なシャッター音がたまらない。そして初めて父から写真機を借りて撮影した白黒写真の焼きあがった嬉しさは今でも忘れない。現像してみないとわからないスリルは、今も変わらず当時は、写真はフィルムの装填もままならなく、撮影に至ってはフィルムの箱の天気と絞りの目安を素直にセットして、ただシャッターを押すだけであった。そして、鉄道好きのUは今ではハッとする写真を撮ってくる。
 本家の微笑んだ父の遺影は、Uが「使い捨てフィルム写真機」で撮影したもので家族の時を感じる。写真は「時と心」を写すものであって、父もきっと喜んでいるに違いない。 

「デジタルVS銀塩」といった解説や能書きは書きたくない。その類の議論は、巷の専門書に任せるとし、「写真が好きな人」「少しでも写真を残したい」と思う人に一読してもらえれば十分と思っている。「そんな考えはない」とか「それはおかしい」と思う評論家には、笑って非難頂き、ただ好きで写真を撮り続けてきた素人の経験を「あっ、こんな考えもあるのか」と驚いてくれればいい。
写真は光が霧で拡散したオークランドタワー。(続く)14





 

 

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