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Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

まもなく東海道新幹線が50周年

2014年09月30日 | 毎日の話
東京オリンピックの年に開業した新幹線は、50年が経過した。そのうち25年以上新幹線に毎日乗っている。毎日300kmくらいだから、年間少なく見積もっても地球1周半。だから地球を40周近く乗っていることになる。
ゼロ型、100型、300型、500型は通勤では乗らないが、700型、そしてアドバンス。紙の定期から磁気カードに。
これだけ乗れば記念品の一つも頂きたい。今日も定刻に出発。

早朝ラジオで先生の解説

2014年09月29日 | 毎日の話

早朝のNHKラジオ番組から先生の声が聞こえてきた。もう20年以上も前から親しくさせてもらっている先生で、火山噴火や地震について長年テレビやラジオで解りやすい解説をなされてきた先生である。お年と言うと怒られそうだが、ドイツ、オーストリア、スイス、フランス、イタリア、イギリス、チェコ、韓国、台湾、ニュジーランド、ハワイ島、、、色々な場所にご一緒させて頂いた。
先生の解りやすい解説は、子供達にも理解できる。何時も災害が起きると、昔はテレビで、今はラジオで解説していただけるので、先生が出演すると家族の誰かが、「先生が出ているよ」と言う。先生の声は聴きやすい。
昔誰かに言われた。「本当に賢い人は、専門用語を使わないで、素人に説明出来る人だ」と、まさしく先生の事を言うのだろう。今後ともお元気で、解説をお願いしたい。
それにしても、御嶽山の噴火による人的被害が大きくなってしまった。「火山に登山する人は、火山のリスクを理解して、それが嫌なら近ずかないこと」と火山噴火予知連の会長が話した事は的を得ている。登山はリスクがある。ファッションで登るものではないですね。
早く救出が終わる事を願い、救助隊員の無事を念じて。


御嶽山噴火に驚き

2014年09月27日 | 毎日の話

今から40年ほど前に仕事で山頂に立ったことがある。その後仕事で何度もこの地を訪れ、多くの知人がお住まいだ。皆さんのご無事を祈ります。

昭和54年の10月には噴火して、調査に入って写真と火山灰を持ち帰ったことを思い出す。その五年後の昭和59年の9月に長野県西部地震が発生し、氷ケ瀬まで岩屑なだれが起きて、施設の復旧で幾度も訪れていた場所だ。昨年の今頃、Mihoちゃんとこの地を訪れていて、今週は新そばを食べに行こうと話していた矢先だった。

火山のエネルギーは想像しがたい。3000mから流れ下る火砕流はないことを願い、美しい三浦や滝越の自然と人々の里に被害が及ばないように願うしかない。昭和54年の噴火は短期間で収斂した。今回も早めに収束してほしい。

 


lunga notte autunnale

2014年09月26日 | 毎日の話

昨日は名古屋の地下鉄駅が水没した。昔通勤に使っていたので、懐かしく思ったが、利用者は大変だったろう。

かつて、博多の地下鉄も浸水騒ぎの時偶然空港からその現場に移動中だった。

水は、高いところから低いところに流れると決まっている。だから地下はそんなリスクがあることをいつも考えないといけない。便利だが、安全な場所をいつも考えて行動しよう。

高いところから低いところという話には40年ほど前の笑い話がある。北海道大学を出たばかりの友人が、まじめ顔して、北海道の水を信州まで簡単に輸送できるといった。彼は優秀だったから、酒の席だったが一同そんなことが可能なんだと納得していた。そこで「緯度が高いところから緯度の低いところには水は流れるんだよね」とトボケやがった。それ以来彼の水に関する話は信用しなくなった。ただ、彼の名誉のため「賢い男とはそうゆうものだ」と思う。

言葉と言えば、今朝地下鉄で「きみ想う 秋の夜長は ほろにがし」というごろ合わせのお酒の宣伝公告をみた。日本人は五七調がすきである。大した句ではないが、横長に月の写真があって、この字が長手にデザインされていた。

「君を想う」というとイタリアの楽曲に「E Penso a Te(そして、君を想う)」という曲がある。まさしく同じだが「E」という意味が深い。「そして」という響きが、何をしていても君を想うという気持ちがある。単に「君を想う」だけでは心がない。

「秋の夜長は」、これをイタリア語で書くと、lunga notte autunnaleとなる。lungaという言葉は、綱とか皮ひもと記載されている辞書もあるが、古典的言葉で、長い時間とか隔たりという意味がある。

「ほろにがし」であるが、普通ほろ苦いというamarognoloという単語をつかって、ビールの苦さを表す。il sapore amarognolo della birraとなる。しかし句であるなら、amara delusione d'amoreと書きたい。ほろ苦い失恋の経験と。

とすると、イタリア男性がそう思うか別だが、「秋の夜長、何をしていても、別れた君のことを想うんだ」、だからお酒の広告には似合わない。

 


木瓜とボケ

2014年09月24日 | 毎日の話
今年実った木瓜の実は、大きくなった。同じように、昨日の事も忘れがちな自分のボケの実は大きくなっているに違いない。
ボケたら、捨てるよと冗談で言われているので、ボケるわけにはいかないが、新しい事が、なかなか入ってこなく、単語は5つ覚えたつもりが、6つ忘れている。

保有している単語に限界があるから、そのうち底をつくだろう。今は長寿命だけど、昔はそれほどでも無かったので、ボケることなく、お迎えが来た。
出来ることなら、捨てられないようにしたい。それにしても、ニュースで、アルツハイマーの日なんて日を制定していたことを知った。一昨日だったかな。それも忘れた。

今日は西日本から台風の影響で雨らしい。災害のないことを願う。

秋分の日 早朝の富士山

2014年09月23日 | 毎日の話

朝6時16分撮影の富士山。空気中の水蒸気が多く、全体にもやがかかっている。空も透き通るような青ではない。

頂上付近の万年雪も、本当に「白い点」のように眼を凝らさないと見えない状態。

裏庭の木瓜の実がひとつは大きくなり、ひとつは落実した。椿の実ははじけて黒い種が顔を覗かしている。

Uは夕べ、Sarah Alainnの公開録音(Music Japan,NHK)に行ってきたようだ。

「いい声している。美人だ」と珍しく感激していた。

そして、いつの間にかその右手にはしっかりと新型のiPhoneが握られている。「デカ」が第一印象。動作はサクサク。