「ラウラ、おはよう。遊ぼうよ」
「アタシは眠たいから邪魔しないで」このいやいやな目つき。
「遊ぼうよ」
「おやすみ」
庭の草取りと堆肥やり、暖かかったから仕事していた。
アタシは暇で、暇で、だからおやつ。と目で訴えているラウラ。
ほんと、昼間は暖かかったですね。春になると何でも忘れてしまいます。
ラウラ「お掃除も終わったみたいだよ」
お父さん「ああ。今日はのんびりだよ。朝富士山が真っ白だったよ。お前は知らないけどね(寝ていたから)」
ラウラ「何しているの」
お父さん「音楽を聴きながら、写真の整理さ。ジェリー爺さんの若い時の写真が出て来たよ」
ラウラ「本当だ。お兄ちゃんもちっちゃいねえ」
お父さん「ジェリーは生まれて一歳になっていないんじゃないかなぁ。真っ白だよ」
ラウラ「そうよね。今おじいちゃんになってちょっと茶色になって来たもんね」
お父さん「そうだな、人間は年取ると白くなるのにね」
ラウラ「この写真、おとうしゃんのヒゲも真っ黒だったんだ」
お父さん「それは違う人だよ(当人だが、何を買っているのかなぁ。ネパールの帰りだったと思う。バンコクだな)」
昨日の夜はずいぶん冷え込んだ。そして雨も降った。
三連休の朝、富士山は真っ白な姿を見せてくれた。麓まで真っ白になっているのがわかる。春はまだまだ遠い。
昨夜写真を整理していたら、1983年のプリントマークがある写真が出て来た。30年も前の我が家の懐かしい計算機を撮影した写真。左が一番初期のPC-9801、右がキットだったMZ-80K、上に5インチフロッピー、右がドットプリンター、そして奥がXYプロッターだ。色々な計算をさせて、グラフを書いていた。裸の時計の針を見ると深夜だ。今ではこんな時間まで起きてはいない。
二人「おとしゃんとおかしゃんはどこに行って来たの」
お父さん「病院だったよ。検査の結果陰性だったよ」
Jerry「それは良かった。お互いに歳なので無理すんなよ」
お父さん「ありがとうよ」
Laura「でも、何かいい匂いがするぞ。おかぁしゃん」
お母さん「わかるの。病院の後に、おとしゃんと富士山を一周して来たのよ。春になって再開したパン屋さんでしょ。朝霧のハムでしょ、チーズでしょ。ニジマスでしょ、、、そしてワインでしょ」
Laura「で、私たちにお土産はないの」
お母さん「ない」
二人「しょうがない。ふて寝するか」
いよいよドイツに別れを告げ、オーストリアのインスブルックへ向かうことになる。距離的には山を越えて100kmもないが、また谷越えの道となる。
昨日は昼前に無事街に戻り、自ら苦労して歩いたわけではないが、疲れてしまった。昼食も各自、そして昼寝をしたが、夜の肉料理に閉口して、軽く飲むだけで就寝した。
雨に祟られたわけではないが、寒さが応えたのかもしれない。重たいカメラは一枚もフィルムを巻き上げることなく戻ってきたので、それも疲れの原因かもしれない。
数時間で高低差2000mを往復したので、肉体の細胞がびっくりしたに違いない。ガルミッシュは標高が600mを超えているので山の天気に結構左右される。
だから、ベストシーズンといっても青空が広がることは、よほど心がけがいい人だろう。霧の中のピークに行けたことだけで良しとしよう。
部屋の窓辺に飾ってある鉢植えのゼラニユムの真っ赤な色が、薄曇りをバックにして鮮やかな朝を迎えた。荷物をまとめるほどのことはなく、もういつでも出発できる。
朝食に降りていくと、「おはよう」とすでに教授とAは食べ終わり、珈琲を飲んでいた。
「おはようございます。どうですか風邪ひいていませんか」
「おお、大丈夫だ」
「でしょうね。なんとかと・・・風邪ひきませんから」
・・・・
相変わらず「まずい」朝食だ。それでも二人は源太郎が食べ終わり、珈琲を飲み終わるまで付き合ってくれた。
「今日は移動だけだろ」
「まぁ、そんなところですかね。インスブルックについたら、フンガーブルグからゼーグルーベを経由してハーフェレカー山へ登るゴンドラに乗る予定ですよ」
「また山か」
「ハーフェレカーは2400m弱ですから昨日より500m位低いです。でもインスブルックの標高が600mを切っていますから、ほぼ昨日と同じ標高差になりますね。しかも行き帰りとも高速のゴンドラですから、昨日の夜に飲んでアルコール残っているとやばいですね」
「そうだな。昼飯のビールもほどほどにしておこうか」教授のほどほどの定義がわからない。
「一応、きつけのブランディーは例のフィルムケースに入れて持っていきましょうか」
「いらん」
車はずっとのぼり坂を進み、標高1200mくらいの谷峠を越え、今度は下り坂が続く。そして目の前に広大な空間がみえる。
「インスブルックですよ。真ん中を流れているのがイン川です。インスブルックの中心にある旧市街には黄金の小屋根、宮廷教会、大聖堂、ホーフブルク王宮といった中世の重要な施設があって・・・・特に、ハプスブルク帝国皇帝マクシミリアン1世と女帝マリア・テレジアにこよなく愛されたんですねこの街は。そしてここからブレンナー峠を越えればもうイタリアですよ。そして、インスブルックは、2 度の冬季オリンピック(1964年、1976年)の開催地ですからこれで我々は2か所3回のの冬季オリンピックの地にやってきたことになります」
「源太郎、よくもまあ覚えたもんだな」
「へへ、昨日ガイドブック見てましたから」
「それだけ覚えられるのに、成績はどうだったんだ」
「下から数えないとだめでしたね。そもそも教育者のレベルが低すぎるんですよ。原因は」
「それは俺のことか」
「まぁ、そういうことですか」
「結構いっぱい乗り込むなぁ」
「そうですね。ところで、あのはしゃいでる連中はさっきの昼食で結構飲んでましたから、大丈夫かなぁ」
ゴンドラはドアを閉じると一気に加速して上がっていく。中間駅まで標高差1300mだ。
するとゴンドラ内の声が静かになり、かすかに「大丈夫か」という声が聞こえる。もう中間点の標高1900mに達した。
乗り換えるためにゴンドラを降りると、一人の男性がうずくまり、二人が解放している。見ると真っ白な顔をして震えている。明らかに高山病だ。
一人がゴンドラ関係者を呼んできて、何やら彼抱え、二人とともにゴンドラ基地まで帰って行った。そして、臨時にゴンドラが下って行った。
「さっきの連中でしたよ。だから飲んでこれに乗っちゃあかんのだよ」
「全くだな」
それから、我々はまた上部ゴンドラに乗り換え、少し歩いてピークまでいった。振り返るとインスブルックの町がよく見える。遠くに空港。蛇行したイン川が止まっているかのようだ。
このイン川は昔よく氾濫したらしいが、地形的に無理はない。
そして再び振り返ると、ライムストーンの山肌がみごとに見える。
これで冬季オリンピックの地への旅は終わる。そのあと田舎町、ザルツブルグ、ウィーンを経て無事帰国した。(それにしても、フイルムの保管が悪かったなぁ)
次の田舎町を最後に掲載しておしまいです。
「どうやって行くんだ」
「普通は登山電車で行って、途中からケーブルで頂上、帰りはケーブルで一気降りなんですが、ガルミッシュへの帰りのことを考えて、逆コースをとります。それより天気が崩れるというから、一気に勝負します。ですからゴンドラで標高差2000mを10分ほどで上がりますよ」
「むちゃくちゃだなぁ」
「ええ、我々は山に慣れているし、高山病には無縁ですから、大丈夫でしょ」
「まぁな。それで昨夜は酒の量を抑えていたのか」
「そうですよ。アルコールが残っていて、朝飯も食べないで、この高度差を駆け上がると絶対に高山病になりますからね。でなければ登山電車でゆっくり上がりますよ」
「そうか。まぁ、俺の教えを守っているな」教授に教えられた記憶などない。それより彼のウインドブレーカーでは絶対に寒いはずだ。ベストシーズンだが、この時間の頂上は氷点下のはず。
タクシーはEibseeに間も無く着こうとした時、頂上がガスっているのが見えた。
往復共通券を購入し、グットタイミングで我々しか乗っていないゴンドラは一気に上昇を始めた。「おい、霧がかかっているぞ」
「ですね。我々は晴れ男、あのユングフラウ、エベレストも青空でしたが、今回はダメですね。ということは誰かが雨男ということですね」
「俺と源太郎が晴れ男。ということはお前だな」二人はAを見つめた。
「えっ。まあ。山に来て晴れたことはあんまりないんですよ」
「やっぱり」まぁこれも仕方ないことだ。
「なんて寒いんだ」
「でしょ」
「それに何にも見えないじゃないか」
「落ちないでくださいよ。足元の下は、何にもないんですから」
「源太郎、写真撮れ」
「いやですよ。こんな状態で私のカメラ壊れちゃいます。それより教授のパカチョンで撮りますから貸してください」
「そうか。いいよそれで」
彼はポーズを決めた。晴れれば向こうに金色の十字架があるんだが・・・とにかく震えるくらいに寒い。同じような考えの東洋人が写真撮影に望んでいたが、お互いに退かないから、「とにかく撮影しろ」ということで意味ない記念撮影をパチリ。
「おい、帰るぞ」
「そうですね」じゃ今度は別ルートで行きますよ。別ルートは登山電車の上部駅まで降りてゆく。しかも風があるから揺れる。これ以上揺れたら降りれなくなるので、とにかく運を天に任せた。
接続する登山電車10:00発。これに乗れば昼前に街に着く。また「昼飯は」というに違いない。
出発前に「源太郎。お前の記念撮影をしてやる」と珍しく撮影してくれたが、なんだこのボケボケは・・・・
下山する電車はガラガラ。要はこんな日にここに来るのが「アホ」ということだ。そして車両に乗り込む前に見た「ラック」があまりにも貧弱なので大丈夫かと思いつつ車内の暖かさに幸せを感じた。
電車の中に入って体温が復活した教授は元気になった。
明日は、峠越えをして、次の冬季オリンピック開催地のグルノーブルへ。そしてイン川を見下ろす山に登る(またロープウェイ)。明日は天気になぁれ。(続く)
「教授、今日はお疲れ様でした」
いつものメンバーとナイトキャップの会がまた源太郎の部屋で開かれている。
ここから、時間を9時間ぐらい巻き戻します。
「おい源太郎、昼飯はどうなっている」
「今日の食事は、発表や会議があるので、それぞれ昼食をとってくださいと言っていましたよ(覚えておけよボケ)」と優しく答えた。
「で、どうすりゃいいんだよ」
「この街は観光地でもないのでレストランが小さいし、やっているかもわかりませんよ。1食ぐらい抜いたって死にはしませんよ」
「俺は発表で疲れたんだよ。レストランを探せよ」
会場のロビーを見渡すと、欧米人はさして焦っている様子もなく、コーヒーを飲みながら談笑している姿が見て取れる。アジア系の人たちは群れをなし、どうする、こうすると行き先に悩んでいるようだ。
「仕方ないなぁ。川沿いの小さなレストランですが、四席確保してありますよ」
「早く言えよ。さぁ行こう」この声が大きかった。その声を聞き、教授を知っているグループは、「後をついていけば昼食ができるぞ」とぞろぞろついて来ていたようだ。源太郎はAと先陣を切って歩いていたのでそれを知らなかった。
「さっき予約していました源太郎です」源太郎は会議を抜け出し(プライベート旅行だから問題ない)朝の散歩で見つけた川沿いの小さな感じの良いレストランに予約を入れていた。奥の川面が見える四人テーブルが綺麗にセットされていた。
「教授、どこの店ですか」
「ああ、源太郎がセットしている店に行く、お前らも来ればいい」また、いい加減な会話をしたのが問題の始まりだった。
教授らが店に着くと、「おい源太郎、お客さんが増えたぞ。店先のテーブルでいいじゃないか」
「バカじゃないか。俺は四席予約していたと言ったじゃないか」
「席が空いているんだから、いいだろ」
店のオーナーにこの内容を説明すると「一番良い席をセットしていたのに、それはないよ。あっちの席にするのか」「申し訳ない。この席に二人でいいかい」「それは構わないよ」となんとかなだめ、Aと席に着いた。表側の連中のテーブル席では大きなビールジョッキが早速配膳され元気な声を上げている。
Aと源太郎が座った席は、綺麗なテーブルクロスの上に花が飾られ、レースのカーテン越しに川面が見え、わずかだけれど水の音さえ感じられる贅沢な空間だった。オーナーが自ら対応してくれる。お互いにハウスワインをお願いし、すでにお願いしていたトラウトのムニエルをゆっく味わった。
「源太郎さん、いいんですかね。あっちをほっといて」
「冗談じぁない。ここまで来て新橋のサラリーマンできるかよ。だから日本人は嫌いなんだ。あれじゃ道ゆく人たちが、東洋の猿が昼間から宴会開いていると思うじゃないか」
「東洋の猿は言い過ぎですよ。せめてニホンザル」
「バカだなぁ。そんな希少な猿と一緒にしたら、ニホンザルが迷惑だよ」
「それにしても、このムニエルうまいですね。この店知っていたんですか」
「知らないさ。この店どころかここは初めてだし、当たりくじというか、散歩の時に出会ったおじさんのおかけさ」
「でもドイツ語でしょ」
「あぁ、簡単さ。fischとrestaurantだけ単語を覚えて入れば、あとはイタリア人特有のジェスチャーでOK」
「源太郎さんはイタリア系でしたっけ」
「ああ、1/16だけど(笑)、そう思って入れば、どこの国の人にでもなれるのさ。足の長さと鼻の高さは負けるけど、15/16が東洋だから・・・」
「ほんと美味しい。魚が食べたかったんですよね」
「だろ、これならUさんを誘えばよかった。教授に食わせるくらいなら・・・それに比べあいつらはまた肉とビールかよ」
「ですね」
「ところで、明日の予定はどうなっているの。会議に出るの」
「どうされます」
「私もあなたもプライベート参加だし、あの会議に出たところで専門外だからドロンしようと思って。実は朝ちょっと早いけど、ホテルからタクシーで山岳鉄道の基地まで行って、ドイツ最高峰の山に登ろうと思うんだ」
「登山ですか」
「いや、歩かないよ。山岳鉄道とケーブルだね。行きませんか」
「行きます。行きましょう」
「詳しくは夜に、教授に内緒で」
で、9時間進めます。
「源太郎、明日はどうなる」
「えぇ、私はフリータイムでからちょっと出かけてこようと思っています」
「一人でか」
「ええ、一人が気楽ですから」
「どうせ教会にでも行って、懺悔か、パリでもそうだったなぁ」
「Aはどうする」やばい、尋問が始まった。
「私は、ブラブラ散策しますよ。教授は会議ですよね」やばい、導火線に火をつけた。
「俺か、会議は終わって夕方まで暇だ」
「そうですか、ゆっくりなさってくださいよ」
「なに、お前ら何か企んでいるだろ」
「いいえ、ゆっくり寝ていますよ」
翌朝、二人は一番早く朝食をとって、指定した時間にタクシーが来るのを待っていた。さすがに、昨夜も飲み会があったので誰も起きてはこない。ところが・・・・
「お前ら早いな」
「教授こそ早いですね」不覚にもパーテーションの陰で教授の存在に気づかなかった。
「その格好。どこに行くんだ」
「ええちょっと。散歩ですよ」
「訳ないだろ。寒くもないのに二人ともそのセーターはなんだ」
「寒いですよね」「何か隠しているな」
・・・・
「そのリュックは、源太郎、そのカメラはいつもは持ち歩かないだろ。どこに行く」
・・・・
「お客様、タクシーがまいりました」タイミングが悪すぎる。従業員が声をかけて来た。
「ありがとう。すぐに行きます」仕方ない話すか。
「実は、ここには山岳鉄道の起点で、ドイツ最高峰の山に行けるんですよ。ツークシュピッツエ山で3000mをちょっと切る山ですが、山頂まで登山鉄道とケーブルで行くんですね。じゃ行ってきます」
「なにぃ。ちょっと待て、5分待て。すぐ来るから」と教授はダッシュで部屋に戻って行った。その速さは尋常ではない。「お前は、ジャイアンか」
「さぁ、いくぞ」とさっさとタクシーに乗り込んだ。
「その軽装で行くんですか」
「大丈夫だよ」
結局、教授と行動する羽目になった。人間油断は大敵である。(続く)
「源太郎、お前のおちゃらけ話より、ちゃんと写真を載せろ」と知人からメールがあった。
「掲載できる写真なら、バシバシ掲載するけれども、そうはいかないんだよ」と返信しておいた。
しかしだ、この地に確かに足を踏み入れた証拠を載せないと信用度が落ちるので、ギリギリ許される範囲で掲載することに方針を変えた。多少お見苦しい点はご容赦願いたい。
さて、少し時間を巻き戻して、ミュンヘンのビールを楽しんだ夜、外人の女性たちと(源太郎も外人だけど)、大騒ぎしてフォークダンスをして大笑いしている源太郎の写真を見ていただきたい。この後彼女たちと何をしたかって聞かれても答えるはずはない。
そして、ドイツ博物館で、スチームエンジンを見たり、兵器が嫌いだという教授だが、ちゃっかりメッサーシュミット戦闘機の前で写真におさまる二人。隣は後に悪友となったA。
そして、再度V2の全容。
さて、ここからは旅の続き。
「さぁ、出発だ」当然三人はバスの後ろの席を陣取る。大抵やんちゃな奴がバスの後ろの席に陣取るのは定説なのだ。バスはゆったりしているが、バケージに入れられない飲みかけのウイスキーの瓶が足元でカチカチとうるさい。しょうがないのでタオルを挟み込んで音を消した。
ヒトラー道路(アウトバーン)をひたすら南に走る。バスは速度が出せないから右側をキープ。すると甲高いターボの音がして一台のポルシェが光ったと思ったら、もうはるかバスの前に小さくなっている。すると後ろから今度は黄色いポルシェ。さっきの車よりさらに早い。あいつら一体何キロで走っているのか。日本国内でボソボソ走っているポルシェしか見ていないので、あいつらが本気になるととんでもないということを実感したアウトバーン。でもどんどん田舎に向かうバスの中は退屈になってきた。寝てればいいのに教授の一言が発せられた。前の連中は気づかない。
「おい、源太郎。ウイスキーあったよな」
「ありますよ、ブランデーだってありますよ。ただし氷はありません。割るならガス入りの水もあります」
「そうか、じゃ、いっぱいやるか。ストレートでいい。あのガス入りのミネラルは好かん」
「はい、お待ち」と言ってから、「まずい」ことに気がついた。
「コップがない」そんなこと今更言ったら、おやつと言って「あげるよ」と返事して、「やらない」なんてことになれば狂犬となって彼は噛み付く。
なんとかならないかなぁと考えていると、さすが天才源太郎、名案が浮かんだのだ。
その方法は、撮影済みの何本かのフイルムをレントゲン対策の袋に入れて、フィルムケースを即席のグラスにするというアイデア。飲み残りもビチッと蓋すれば、バレはしない。で、そのケースになみなみとウイスキーを注ぎ、「お待ちどうさま」と言って差し出した。
「馬鹿野郎、これで飲めというのか」
「仕方ありません、コップがなく他に手段がないもので」
「コップくらい用意しておけ」相変わらず口の減らない教授だ。
多少のフィルムの香りは、飲めば消えることもわかり、到着間際まで笑いのネタになった。
そして、いよいよ一般道へ。ところが、バスの運転手が道に迷い、同じところを二周は回っているじゃないか。我々は多少アルコールも回っているから「普通右に行って間違えたなら、今度は左だろ。学習能力がないのか」なんて暴言を「日本語」で言っていた。きっと運転手は応援してくれたと思っていただろう。今思うと大人気ない。
漸くして、ホテルについて部屋に落ち着いた。角部屋のいい部屋だった。そしてイタリアから北上してくるUさんの合流を待って夕食になるのでそれまでは餌はお預け。仕方なく再び源太郎の部屋を解放して飲み会が始まった。教授がとっておきのブランデーを持参し、一本平らげるころ彼女たちが合流した。再開にまた乾杯。
あれだけ飲んでも、朝の来ない日はない。早速近所を散策(昼飯の場所探し)。朝から牛たちのカウベルの音が聞こえ、朝食前にホテルに戻ってきた。「どこに言っていた」「散歩ですよ」「それならいい」こんな時間からどこにいくというのだ。実際は、この田舎町、会議があると絶対にレストランがたらないはず、それを見越して一応あたりをつけておいた。
さぁ、論文の口頭発表。会場は結構大きいぞ。この街一番らしい。まぁ、確かに源太郎がこの地に来た証明としてAに記念撮影してもらった。
さすが教授、Nに任せず自ら発表と相成ったが、関西弁訛りの英語、途中に「ボソボソ」と日本語で愚痴っている。(写っている内容は消しました。本当はへのへのもへじが書かれている)
日本ならそれはそれで受けるのだが、勝手違う。発表を終えて「どうだ、よかったか」「ええ、でもあのOHPは年代物でピントがずれてましたね。内容もピントずれだからいいか」「なにぉ、お前が書いたんだろ」「共著でしょ、そして筆頭があんたなんだから」「まぁそうだな」今夜もこの話題で飲めそうだ。
で、昼ごはんが実は色々ハプニング発生。これはまた次回に。
源太郎が帰ってきたら、おかぁしゃんの肩に乗っかって得意な顔をしているラウラがいた。
「ずっとこうしているのよ」
「重たいのによくできるな」
「ここに居るんだって、動かないのよ」
「ラウラ、何やってんだよ。おとしゃんがいないとそんなことしているのか」
「ふん」
永田町には緑の旗、サウジアラビアの国旗がたなびいていた。さて、旅の話の続きです。
朝食は、濃いコーヒーと黒パン、そしてソーセージ。この食事が毎日になると考えると嫌になる。
「おはよう」教授とAがレストランにやってきた。
「おはようございます」源太郎は立ち上がって挨拶した。
「早いな」
「ええ、早めに行動しないと、時間がもったないですからね」
「あいかわず貧乏性だなぁ。写真撮影してきたのか」
「いいえ、あまり綺麗な街並みじゃないし、散歩だけですよ」
「そうか」
教授のお皿には数種類のソーセージが盛られている。「そんなに食べるんですか」「ああ、お腹が空いたんだよ」それにしても量が多すぎると思いながら、その食欲に驚かされる。
旧市街を抜けてイーザル川を目指せば、大きな中洲に出るはずだ。
「おい、この川は運河みたいだな」
「ちゃいますよ。この川はドナウ川の支川ですよ。オーストリアから流れてくるんですからやっぱり大陸の川はでかいですよね」
「そうか、ドナウ川かぁ。おい、あの建物か」
「そうですね」
「学校みたいな建物だなぁ。ドイツの建物はセンスないよな」
「確かに、戦争で破壊尽くされたからじゃないんですか」
「違うよ。ドイツ人は合理主義だから無駄なもんや形はいらんのさ」
「そうですか」自信を持って話す教授。妙に説得力がある。
「間違いないですね。ここです。入り口にDeutsches Museumと書いてありますよ」
「この橋もセンスないな。親柱も味気ないし、パリのような派手さもない。えっ、どこに」
「ほら、ピロティみたいな入り口の上に、金文字があるでしょ」
「ドイツ博物館かぁ」
「さすが教授、さっと読めますね。ここが第1級の博物館ですよ」
「お前、俺をバカにしてるだろ」
「わかりますか。じゃ堪能なドイツ語を駆使してチケット買ってきてくださいよ」
「無料じゃないのか。大英博物館は無料だったろ」
「違いますよ。確か1500円くらいじゃないかなぁ」
「お前行って来い」「はいはい」
「さて、博物館に入りますか。ここは農業機械から、鉱業機械、そして飛行機そしてお目当のV1やV2が見れますよ。しかもレプリカじゃなくて全部本物ですよ」
「本当か。俺は兵器には興味がない」
「そう言わずに、見るだけ見てくださいよ。よそじゃ見ることできませんよ。ドイツは資源がなかったから、技術で国を活性化したんですよ。日本に似ているなぁ」
「お前、嬉しそうだなぁ」
「ほら、あれがV1ですよ。パルスジェットのシンプルな推進エンジンですが、今の巡行ミサイルの原型ですよ」教授は興味を示さない。
「で、これがV2」
「結構でかいな」
「そうですよ、この技術は米国もソ連もどこも持っていなかったんですね。すごい国ですよ。この時代に、液体燃料エンジンを制御し、慣性誘導できたんだから。フォンブラウンは天才ですよね」
「その名前聞いたことがあるぞ」
「でしょ。あのアポロを打ち上げたサターンロケットの開発者ですよ。アメリカもソ連もこの計画に携わった技術者の奪い合ってフォンブラウンはアメリカへ、ヘルムートはソ連に渡ったんです」
「ほんと、お前はタイムトラベラーだな。さぁ、そろそろ時間だし、ホテルに戻ろう。腹も減った」
ここにあと二日いればじっくり見れるんだけど、仕方ないか。さてガルミシュに出発しますか(続く)
今日はある会議があって永田町へ。曇り空だが明日は「なごり雪」が降るかもしれない。さて、ガルミッシュへの旅の二日目の記録です。
成田の朝は気持ちよく目覚めた。着替えと朝食を済ませ、ターミナルへ向かうバスに乗り込んだ。どうせ教授たちは先に行っているに違いないが、源太郎はプライベートだからゆっくり行って、同行者たちとの挨拶は回避しようと思っていた。登場手続きもスムースに終わり、待ち合わせの場所に向かう途中、何人かの顔見知りに出会ったが、空港だから別な旅やお忍び旅の人もいるかもしれないので、なるべく顔を伏せて歩いて行った。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨夜はありがとうございました。早いですね」
「ああ、目が覚めてしまって、やることもないので早めに来たんだ。搭乗手続きは終わったか」
「ええ、その辺は抜かりなく大丈夫ですよ」
「残念だが最新鋭のB777じゃないらしいぞ。ジャンボ機らしい」
「そうですか。B777は1994年に確か初フライトで、今年日本に入って来たのでロンドン便あたりに就航しているんじゃないですかね」
「お前は飛行機嫌いだけどその辺は詳しいね」
「ジャンボ機といってもダッシュ400型ですよ。お腹の部分が平らなやつです。まぁ、B777はエンジンが2基でしょ、それに比べれば4基のジャンボ機の方が安心だし、冗長システムの概念ですよ。その辺は教授、専門でしょ」
「まぁ、そんなところかな。1基のエンジンが止まってもジャンボなら3基残っているからな」
「でしょ。しかも燃料満載で300tもある機体ですよ。あいつが空を飛ぶなんて基本的におかしいですよ」
「仕方ないだろ、飛ぶんだから」
こんなくだらない話をしているとAが待合場所にやって来た。
「おはようございます。昨日はどうも」
「やぁ、おはよう。今日からよろしく頼むよ」と珍しく教授が挨拶する。笑っていると
「源太郎、なんで笑うんだ」
「だって、教授が丁寧に挨拶するなんてまずないですからね」
「・・・、オィ、出国しようぜ」と手ぶらでスタスタと歩き始めた。源太郎とAはその後に続いた。出国すると「おい、ナイトキャップ用の酒を買っていけよ」「わかりました。ところで教授はなんの酒ですか」「いつものだ」それぞれが銘柄が重ならないように酒を購入し、免税のタバコも1カートン買い込んだ。
搭乗して、席に着きミュンヘンに着くまではいつもの調子、ただ喫煙席は消えたが最後尾にスモーキングセクションがあるとのことで、安堵した。食事して、映画をみて、ひたすら眠りについた。
三名共著の論文についてはお互いに話題にしない。教授も源太郎も発表は俺たちではないと思っており、N君にさせればいいと考えていた。タバコを吸いがてらに見ると、後方の席に座っているNは、発表論文の原稿を読み直していて、明らかにやる気を見せていた。しかし後で聞くと「教授が発表されるので、質問のQ&Aを考えていた」といい、彼は発表は当然教授であると確信していた。
「Nは相当やる気(発表を)ですよ。私は教授が適任だと思うんですが、世界デビューということで彼にやらせたらいいんじゃないですか」
「確かに、会場を笑いに包むなら、俺かお前だろうが、真面目な発表だしな、よし彼奴にさせよう」
「いいですね。じゃ、我々はフォローということで。後二時間ですね、飲みますか」源太郎はCAを呼び、赤ワインを頼んで二人は再び酒盛りを開始した。(しめしめ、うまくいった)
欧州の6月はベストシーズン、気持いいミュンヘンに到着した。入国を済ませ、ホテルにチェックインし、荷物を整え、シャワーを浴びて夕食時間まで部屋でのんびりしようと思っていた矢先だった。
「コン・コン」
ドアの覗き穴を見ると教授とA、そして初見の顔の2人立っている。
「なんですか、教授」
「馬鹿野郎。夕食にはまだ時間があるし夜は長い。一杯やるぞ。お前に二人を紹介しようと思ってな」
見ると、つまみと酒、そしてグラスを持参している。
「どうぞ、こんにちは初めまして」といって招き入れたが、前回の旅同様に、これが旅中、毎夜あると思うと気が滅入る。
「相変わらずお前の部屋は広くていいなぁ。何か特権でもあるのか」
「違うんですよ。シングルユースですからね」
「それだけか? しかしいい部屋だなぁ」
「その辺に座ってくださいよ。教授、ベッドの上は禁止です」
「堅いことを言うな。どうせお前が掃除するんだから」
「今、氷を頼みましたから」新人の二人は、教授と源太郎の漫才談義に腹を抱えてしばしの時間を楽しんだようだった。「フゥー、胃腸と肝臓君頑張っていこう」
夕食会場はビアホールだった。夕食といってもドイツ人に怒られそうだが「まずい」、しかも源太郎は大のビール嫌い。でもこのワイン程度の冷たさのビールなら飲める。大きなジョッキに多量のビールが注がれ、ウエイトレスがそれをいっぱい抱えて運ぶ。しかも泡一つ溢さない。
舞台では、観光客のために音楽と踊りのショータイムが始まった、頃合いをみてフォークダンスが始まり、三人のテーブルにいたアメリカからの学者夫婦が先陣を切って踊り出し、教授、源太郎と続いた。これだけ飲んで、踊れば酔いは回る。帰りに階段を降りて路地に出るが皆足元がおぼつかない。
「教授、明日は昼過ぎまで時間がありますよ。ちょっと行きたいところがあって」
「何、懺悔か。パリでもそうだったなぁ」
「違いますよ。川沿いに博物館があるんですよ。そこには、メッサーシュミットやV1そしてフォンブラウンが設計したV2ミサイルが展示されているんです」
「お前も好きだなぁ。興味はないが付きやってもいいぞ」
「まぁ、ここまで来たんですから、ほんま物を見るのもいいですよ」
「それより、これからどうする。まだ日は高い」欧州の日の入りは夜の10時近くまで薄明るい。
「いいですよ。飲みかけのウイスキーもありますし、毎日一本がお約束ですから」
「おい、源太郎の部屋で飲み直しだ。グラスだけもってこい。部屋番号は・・・」
「1030ですよ」
「そうだ、1030、角部屋だ。バランタイン17年以上、山崎も歓迎だ」
「酒は入りませんよ。つまみも入りません」
「源太郎さん、明日行くガルミッシュ・パル・・・なんとかはどんな街ですか」新人が問いかけた。
「馬鹿野郎、源太郎に餌を与えちゃいかん。ウンチクが始まるからな。でもお前は出張か、ならよく聞いておけ、復命書を帰ったら出さなければならないんだろ」
「はい」
「教授、あんただって出すんでしょ。僕らは関係ないですけど」
「お前が書いてくれるんだろ。連れて来てやったんだから」
「馬鹿言わないでくださいよ。私とAさんはプライベート参加ですからね」
「ガルミッシュ・パルテンキルヘンは、元々別な街・・・・(略)・・・第四回の冬季オリンピックがナチス党の元で開催されたんですよ。聖火リレーが始まったのは夏大会でこれもヒトラーが始めたんだ。今では平和のリレーともてはやされているけど、ヒトラーがプロパガンダで始めたなんて、今のマスコミが言おうものなら大変なことになるね。知っているのかわからないけど」
「そうなんですか」「あてにならんぞ、話半分で聞いておけ」
「この大会には、最年少の日本の女の子がフィギュアスケートに出たし、ジャンプ陣も出たんですよ。ジャンプは7位で惜しくも入賞を逃したんです」
「オリンピックは8位までが入賞でしょ」
「いいえ、当時は6位までですよ。そしてもう一人が転倒して最下位になったんですが、最長不倒距離を飛んだんです。有名な話ですよ」
「ほんとお前は、タイムスリップした人間だなぁ」
「当時、ドイツは映像技術もすごいし、通信技術もすごい。スキーの計測技術はピカイチで、速報がすぐに出たんです。当時の公式記録が残っているんですね。その冒頭にはヒトラー総統の写真や直筆のサインまであるし、あの手を上げて入場行進する選手を出迎える総統の写真がいっぱい掲載されているんです」
「どんな本だ」
「ええ、400ページ、500ページ近い公式記録本で、開会からのスケジュール、公式記録、セレモニーや入賞者の競技中の写真、医療センターの写真・・・すごい記録ですよ。他のオリンピックもあるでしょうが、この本は圧巻です」
「何語で書いてあるんだ」
「もちろんドイツ語です。冒頭の会長の挨拶はフランス語ですけど」
「源太郎、お前読めないだろ」
「教授だって、あてにならないんですから。あのベルンのメニューの話をしてやりましょうか」
「それはいい。夜も更けて来たし、酒もノルマを果たした。解散とするか。
「じゃ、明日は博物館ですよ」
「朝飯は何時からだ」
「7時からです。片付けは私がしますから、グラスだけ持って帰ってください」
「おやすみなさい」「おやすみ」(いよいよ明日はガルミッシュへ 続く)
そういえば、ガルミッシュ(Garmisch-Partenkirchen)への旅の話は詳細には書いていなかった。書類を整理しているといくつかの資料が出てきたので、一応旅の記録として久しぶりに書いてみたい。
ガルミッシュへの旅(1)
今から21年前、悪友のM教授と源太郎は成田からミュンヘンに向けて飛び立ことになったが、その前の欧州への旅の時は、教授の希望で成田市内まで戻ってチェーン店での飲み会だったので、今回は危険を避けるため、源太郎は自分が泊まるホテルのレストランに予約を入れ、文句も言わせずここでの飲み会をセットした。
「教授、今夜は私のホテルのレストランを予約しておいたので、前夜祭をやりましょう」
「ああ、どんな料理だ」
「中華料理ですが。どうせあっちにいけばソーセージとジャガイモ、酢キャベツぐらいだから、今夜ぐらいまともな食事をしましょうよ」
「中華料理かぁ。しゃぁないな。お前のおごりなら仕方ないか。ところで何時に行けばいい」
「冗談じゃありませんよ。割り勘ですからね。時間ですか、そうですね。7時に予約しておいたので、ロビーに6時45分でいいですよ」
「まだ、だいぶ時間があるな。どうする」
「シャワーを浴びるでしょ。すっきりしてきたらどうですか。その格好じゃ絵になりませんよ」
「この格好で何が悪い。まぁいい、早めに着いたら連絡する」ヨレヨレのズボンに、ポケットが膨らんだジャケット姿はいつものパターン。源太郎は笑って「6時45分ですよ」と返事して、タクシー乗り場に向かい、彼もホテルに向かった。
この旅は、ある国際学会に三人で執筆した論文を発表する機会を得たので、教授ともう一人で行ってきて欲しいと頼んでいたので源太郎は行くはずではなかった。しかし、もうひとつの論文発表グループの一人が都合で間際にキャンセルしなければならなくなり、キャンセル料が発生するとになり、それなら「お前来いや」との命令で同行する羽目になった。源太郎は飛行機嫌いだから、そもそも行きたくはなかったが、それも仕方なく
「僕は行っても発表しませんからね」
「まぁ、その辺は道中で考えればいいし、お前だって俺と旅したいだろ」と強引に決定してしまった。
「冗談じゃねぇ。あんたと旅したら俺は侍従みたいなもんだよ」と心の中で思うが、「わかりましたよ。同行するだけで、僕はプライベートですから自由行動ですよ」と答えた。
「それでもいいから来い」と一言。そんなこんなで、再び彼と旅することになった訳だ。
部屋の電話が鳴った。「おい、今ロビーに着いたぞ」
「早いですよ。まだ45分もありますよ」
「俺にここで待っていろというのか」だから嫌なんだよなぁ。彼は我慢ができない。
「わかりましたよ。今から降りていきます」
「おお、待っている」
エレベーターを降りると、さっきの格好のままロビーをうろうろしている。まぁ、中華料理だし、問題はないが、ちっとは気を使えよと思いつつ「どうしますか」と聞いた。
「そこのラウンジで飲めるぞ」既に彼は偵察済みだった。
「じゃ軽く一杯やりますか」彼は常連のように我が家のように椅子に座ってボーイを呼んだ。
「バランタイン17年、ダブルで」おいおい、高い酒飲む顔じゃないぞ。
「源太郎は」
「私は、バランタインの10年でいいです。シングルで」
「つまみは頼まないのか」忙しい。
「ミックスナッツをお願いします」ボーイは伝票にメモるとカウンターに戻って行った。
「相変わらず、お前はいいホテルに泊まるんだなぁ」
「そんなことはないですよ。Uさんに頼んだんですよ。空港に近いいつものホテルでと」
「どうせ、泊まるだけだろ。安いホテルでいいじゃないか」
「楽なんですよ。明日は嫌な飛行機に乗らなくちゃならないでしょ」
「まぁな、飲んで、飯を食べて、寝たら着くんだから関係ないがね」
酒が運ばれてきて、彼は何も言わず飲み始めたので、源太郎も口に運んだ。
「ところで、Uさんは一緒に行動か?」
「いいえ、彼女はローマから北上してきます。私は行くならそっちの方が良かったんですがね」
「そんなコースがあったのか」
「ええ、そっちは観光が主体でご夫婦連れが多いですよね。でも教授は出張だからダメですよ」
「お前は旅行社みたいなやつだなぁ」
「こんにちは。明日からよろしくお願いします」
「おっ、お前も行くのか」
「一緒ですから、私から夕食に呼んだんですよ。二人で夕食は耐えられないですからね」
そこには、それ以降何度も旅を共にすることになるAが立っていた。
「ありがとうございます。電車混んでなかったですか」
「いいえ、車で来たので」
「Aさんは、よく海外に行かれているので慣れたものですね。安い駐車場あるんですね」
「ええ、送り迎えしてくれるし、帰りは車も洗車してくれるんでねぇ」
「よろしく頼むよ。いっぱい飲むか」
「教授、そろそろ夕食ですから」
「そうか。じゃ行くか」
三人は中華料理店に移動を始めた。精算は源太郎がいつものようにサインし、後にしっかり割り勘したのでご心配なく。
「源太郎さん、ところでガルミッシュってどんなところですか」
「いいところか?」と教授が続けた。
「教授が言ういいところではないですよ。何もないところだし、田舎も田舎の町ですね」
「そんなところか」
「ちょっと詳しく説明しますね」
「手短にしろや。それより紹興酒を頼んでくれ」
「自分で頼んだらいいでしょ」
「ああ」
「この街はあのヒトラーが関係しているんですよ。元々はGarmischという街とPartenkirchenという街があったんですが、幻の札幌冬季オリンピックの前の大会がここで実施されたんですね」
「お前、札幌オリンピックは開かれたぞ」
「違うんですよ。1936年にここで冬季オリンピックが開かれたんですよ。札幌は1940年に開かれることが決まっていたということです。で、その時ヒトラーのナチスがドイツ帝国を支配していたんです。一つの街ではスペースがなかったので二つの街を一緒にしてしまったんです。それ自体はいいんですが、今でも残っている公式の大会記録は400ページを超える本で残っているんですが、その冒頭にヒトラーの挨拶文があり彼のサイン、そして随所に彼の写真が載っているんですね」「そんな本が残っているのか」
「公式記録ですから、彼の顔や文書にモザイクやすみ塗りはできないんですね。そんな街だから何にもないところなんです。でも、この公式記録にはちゃんと日本選手のジャンプの写真が載せてあったり、その点はプロパガンダにはなっていないです。ただ、ドイツの国旗があのマークですがね」
「源太郎は本当にその時代に生きていたみたいだなぁ」
「教授。優秀な生徒を教えているんでしょ。専門外のこともちっとは勉強したら」
「うるせえなぁ。いいんだ俺は。専門馬鹿で」
「はいはい。そうですね。じゃ現地ではお互いに干渉しないことでいいですよね。私はAさんと楽しみますから。僕らはプライベートですからね」
「そうしましょう。源太郎さん」
「馬鹿野郎。誰のおかげで欧州に行けると思ってんだ」
「ええ、奥様のおかげですね」
「何ぃ」
「まあ、飲みましょうよ」
明日は成田から最新鋭のB777で飛び立つ。ほろ酔い気分の夜は更けていった。(続く)
お父さん「ラウラ、そんなところでお澄まししていないで遊ぼうか」
ラウラ「何して遊ぶの」
お父さん「アマゾンのネズミさん採り」実は、ピラニアのようなラウラを釣り上げる遊び。
ラウラ「いいよ。遊んでやるよ」
ラウラ「おっと、アタシの前に現れるとは十年早い」、ラウラは藪睨みでサンタネズミを狙っている
ラウラ「お前を捕まえるなんて朝飯前だよ。後ろ足でこう抑えれば動けないだろ」
ラウラ「動くな、諦めろ。この豚ネズミ」
ラウラ「よし、頭から食べてやる」
お父さん「かかった!! 大物のアマゾン豚猫だ!! あっ、いかん。竿が折れる」
土曜日。ラウラとひと勝負。どっちが遊ばれているのかわからない。源太郎はコーヒーを飲みながら邪悪なアマゾン豚猫釣りを楽しんでいる。