今日はある会議があって永田町へ。曇り空だが明日は「なごり雪」が降るかもしれない。さて、ガルミッシュへの旅の二日目の記録です。
成田の朝は気持ちよく目覚めた。着替えと朝食を済ませ、ターミナルへ向かうバスに乗り込んだ。どうせ教授たちは先に行っているに違いないが、源太郎はプライベートだからゆっくり行って、同行者たちとの挨拶は回避しようと思っていた。登場手続きもスムースに終わり、待ち合わせの場所に向かう途中、何人かの顔見知りに出会ったが、空港だから別な旅やお忍び旅の人もいるかもしれないので、なるべく顔を伏せて歩いて行った。
「おはようございます」
「おはよう」
「昨夜はありがとうございました。早いですね」
「ああ、目が覚めてしまって、やることもないので早めに来たんだ。搭乗手続きは終わったか」
「ええ、その辺は抜かりなく大丈夫ですよ」
「残念だが最新鋭のB777じゃないらしいぞ。ジャンボ機らしい」
「そうですか。B777は1994年に確か初フライトで、今年日本に入って来たのでロンドン便あたりに就航しているんじゃないですかね」
「お前は飛行機嫌いだけどその辺は詳しいね」
「ジャンボ機といってもダッシュ400型ですよ。お腹の部分が平らなやつです。まぁ、B777はエンジンが2基でしょ、それに比べれば4基のジャンボ機の方が安心だし、冗長システムの概念ですよ。その辺は教授、専門でしょ」
「まぁ、そんなところかな。1基のエンジンが止まってもジャンボなら3基残っているからな」
「でしょ。しかも燃料満載で300tもある機体ですよ。あいつが空を飛ぶなんて基本的におかしいですよ」
「仕方ないだろ、飛ぶんだから」
こんなくだらない話をしているとAが待合場所にやって来た。
「おはようございます。昨日はどうも」
「やぁ、おはよう。今日からよろしく頼むよ」と珍しく教授が挨拶する。笑っていると
「源太郎、なんで笑うんだ」
「だって、教授が丁寧に挨拶するなんてまずないですからね」
「・・・、オィ、出国しようぜ」と手ぶらでスタスタと歩き始めた。源太郎とAはその後に続いた。出国すると「おい、ナイトキャップ用の酒を買っていけよ」「わかりました。ところで教授はなんの酒ですか」「いつものだ」それぞれが銘柄が重ならないように酒を購入し、免税のタバコも1カートン買い込んだ。
搭乗して、席に着きミュンヘンに着くまではいつもの調子、ただ喫煙席は消えたが最後尾にスモーキングセクションがあるとのことで、安堵した。食事して、映画をみて、ひたすら眠りについた。
三名共著の論文についてはお互いに話題にしない。教授も源太郎も発表は俺たちではないと思っており、N君にさせればいいと考えていた。タバコを吸いがてらに見ると、後方の席に座っているNは、発表論文の原稿を読み直していて、明らかにやる気を見せていた。しかし後で聞くと「教授が発表されるので、質問のQ&Aを考えていた」といい、彼は発表は当然教授であると確信していた。
「Nは相当やる気(発表を)ですよ。私は教授が適任だと思うんですが、世界デビューということで彼にやらせたらいいんじゃないですか」
「確かに、会場を笑いに包むなら、俺かお前だろうが、真面目な発表だしな、よし彼奴にさせよう」
「いいですね。じゃ、我々はフォローということで。後二時間ですね、飲みますか」源太郎はCAを呼び、赤ワインを頼んで二人は再び酒盛りを開始した。(しめしめ、うまくいった)
欧州の6月はベストシーズン、気持いいミュンヘンに到着した。入国を済ませ、ホテルにチェックインし、荷物を整え、シャワーを浴びて夕食時間まで部屋でのんびりしようと思っていた矢先だった。
「コン・コン」
ドアの覗き穴を見ると教授とA、そして初見の顔の2人立っている。
「なんですか、教授」
「馬鹿野郎。夕食にはまだ時間があるし夜は長い。一杯やるぞ。お前に二人を紹介しようと思ってな」
見ると、つまみと酒、そしてグラスを持参している。
「どうぞ、こんにちは初めまして」といって招き入れたが、前回の旅同様に、これが旅中、毎夜あると思うと気が滅入る。
「相変わらずお前の部屋は広くていいなぁ。何か特権でもあるのか」
「違うんですよ。シングルユースですからね」
「それだけか? しかしいい部屋だなぁ」
「その辺に座ってくださいよ。教授、ベッドの上は禁止です」
「堅いことを言うな。どうせお前が掃除するんだから」
「今、氷を頼みましたから」新人の二人は、教授と源太郎の漫才談義に腹を抱えてしばしの時間を楽しんだようだった。「フゥー、胃腸と肝臓君頑張っていこう」
夕食会場はビアホールだった。夕食といってもドイツ人に怒られそうだが「まずい」、しかも源太郎は大のビール嫌い。でもこのワイン程度の冷たさのビールなら飲める。大きなジョッキに多量のビールが注がれ、ウエイトレスがそれをいっぱい抱えて運ぶ。しかも泡一つ溢さない。
舞台では、観光客のために音楽と踊りのショータイムが始まった、頃合いをみてフォークダンスが始まり、三人のテーブルにいたアメリカからの学者夫婦が先陣を切って踊り出し、教授、源太郎と続いた。これだけ飲んで、踊れば酔いは回る。帰りに階段を降りて路地に出るが皆足元がおぼつかない。
「教授、明日は昼過ぎまで時間がありますよ。ちょっと行きたいところがあって」
「何、懺悔か。パリでもそうだったなぁ」
「違いますよ。川沿いに博物館があるんですよ。そこには、メッサーシュミットやV1そしてフォンブラウンが設計したV2ミサイルが展示されているんです」
「お前も好きだなぁ。興味はないが付きやってもいいぞ」
「まぁ、ここまで来たんですから、ほんま物を見るのもいいですよ」
「それより、これからどうする。まだ日は高い」欧州の日の入りは夜の10時近くまで薄明るい。
「いいですよ。飲みかけのウイスキーもありますし、毎日一本がお約束ですから」
「おい、源太郎の部屋で飲み直しだ。グラスだけもってこい。部屋番号は・・・」
「1030ですよ」
「そうだ、1030、角部屋だ。バランタイン17年以上、山崎も歓迎だ」
「酒は入りませんよ。つまみも入りません」
「源太郎さん、明日行くガルミッシュ・パル・・・なんとかはどんな街ですか」新人が問いかけた。
「馬鹿野郎、源太郎に餌を与えちゃいかん。ウンチクが始まるからな。でもお前は出張か、ならよく聞いておけ、復命書を帰ったら出さなければならないんだろ」
「はい」
「教授、あんただって出すんでしょ。僕らは関係ないですけど」
「お前が書いてくれるんだろ。連れて来てやったんだから」
「馬鹿言わないでくださいよ。私とAさんはプライベート参加ですからね」
「ガルミッシュ・パルテンキルヘンは、元々別な街・・・・(略)・・・第四回の冬季オリンピックがナチス党の元で開催されたんですよ。聖火リレーが始まったのは夏大会でこれもヒトラーが始めたんだ。今では平和のリレーともてはやされているけど、ヒトラーがプロパガンダで始めたなんて、今のマスコミが言おうものなら大変なことになるね。知っているのかわからないけど」
「そうなんですか」「あてにならんぞ、話半分で聞いておけ」
「この大会には、最年少の日本の女の子がフィギュアスケートに出たし、ジャンプ陣も出たんですよ。ジャンプは7位で惜しくも入賞を逃したんです」
「オリンピックは8位までが入賞でしょ」
「いいえ、当時は6位までですよ。そしてもう一人が転倒して最下位になったんですが、最長不倒距離を飛んだんです。有名な話ですよ」
「ほんとお前は、タイムスリップした人間だなぁ」
「当時、ドイツは映像技術もすごいし、通信技術もすごい。スキーの計測技術はピカイチで、速報がすぐに出たんです。当時の公式記録が残っているんですね。その冒頭にはヒトラー総統の写真や直筆のサインまであるし、あの手を上げて入場行進する選手を出迎える総統の写真がいっぱい掲載されているんです」
「どんな本だ」
「ええ、400ページ、500ページ近い公式記録本で、開会からのスケジュール、公式記録、セレモニーや入賞者の競技中の写真、医療センターの写真・・・すごい記録ですよ。他のオリンピックもあるでしょうが、この本は圧巻です」
「何語で書いてあるんだ」
「もちろんドイツ語です。冒頭の会長の挨拶はフランス語ですけど」
「源太郎、お前読めないだろ」
「教授だって、あてにならないんですから。あのベルンのメニューの話をしてやりましょうか」
「それはいい。夜も更けて来たし、酒もノルマを果たした。解散とするか。
「じゃ、明日は博物館ですよ」
「朝飯は何時からだ」
「7時からです。片付けは私がしますから、グラスだけ持って帰ってください」
「おやすみなさい」「おやすみ」(いよいよ明日はガルミッシュへ 続く)