経営コンサルタント田上康朗の雑感帳

経営コンサルタント田上康朗が、気ままに本音で記す雑感帳です。書く日もあれば書かないときもあります。

こうだった、むかし良かった、口うるさしは秋風情

2005年10月19日 | Weblog
 今日は,汽車にのって、県庁に出かけた。
 久しぶりの川内駅である。ほとんどの駅員さんはなじみだ。いつものとおりひょいと執務室を覗いて驚いた。みな知らない、若い顔ばかりだ。
 おそらくこの駅で、青森とか福井とか、徳島とかへの切符を、しばしば買う人はいまい。だから駅員の皆さんに覚えていただいた。それに、「どうしたら早く行けるか。どうしたら一円でも安く行けるか」といろんなことを尋ねる。また時には喧嘩をして、駅員さんみんなと顔見知りになっただけでなく、お互い名前まで覚え親しくなった。おかげでどこへ行くにも親身になって、私の気持ちを受けた切符を探してくれる。その人たちがみんないなくなった。

 新しい若い駅員さんは、スマートで、マニュアルには忠実だろう。だが心を通わせてくれるようなことは期待できないな。いなそうしたことを期待したらもういけない、と思った。「田上さん今度はどこや。えらく遠いじゃね」などと、客に親しげに言葉を書けたら、最近の駅長は叱るだろうから。
 でもさびしいね。
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 県では、ある委員会の第2回目。民間の委員は、大学のH先生と私の二人。他の初めは、県の幹部である。
 その中に、もう15年になろうか、足軽会という県庁職員有志の勉強グループがあり、一度だけ講師に呼ばれたことがある。その時の足軽会の会長のSさんがいて、10年ぶりの再会にびっくりしたことは、どうかで先日、書いた。

 会始まる前に、彼と何気ない世間話をしていたら、青森の温湯温泉の話になった。旅の好きな彼が、東京駐在時代に、この温湯温泉に行ってその素晴らしに感激したそうだ。温湯温泉には宿は一つしかないから、私が大好き、大贔屓の旅館だ。そこで、そこの女将や露天風呂の話の思い出になった。本当に不思議なもんだ、奇遇だとうれしくなった。
 ハイになった私が、いろいろ突っ込んだ質問をする。と隣のSさんが、身内の委員なのに、つられるように質問を発した。なんとなくその気持ちがわかって、うれしかった。
 迷惑なのは、答弁を担当した若い職員である。苦労して一生懸命繕うとするので、申し訳なく思い、「私のは。悪い性格だから、もういいですよ。なんなら取り下げてもいい」。
 でも私の質問は、この案件が議会に乗ったとき、間違いなく議員が衝いてきそうなところを意識してしたものである。そのことが、彼らに伝わったかどうか。

 文章や言葉は、相手に、こちとらの思いや意思を主張するのではなく、理解し、共有してもらうことに、第一義がある。それに、「誰のために」という主語がない。あっても間違っている。主権在民がわかっていないのだ。

 その昔ながらSさんに、「足軽会」のネーミングの意味を訪ねたことがある。「お殿様に使えるいい足軽になろう。そのために勉強しよう、という意味で名付けました。お殿の意味は、もちろん県民のことですよ。」。
 その答えにいたく感動して、みんなと遅くまで飲んだ思い出がある。
 今も、足軽会が続いているかどうかは、聞きそびれたが、たぶんSさんの代で終わったのではないか。そんな気がする。当時のメンバー皆、今、幹部なのだから。

 そんなこんな、それに審査の集計に手間取ったこともあり、4時に終わる予定の会が30分ほど延びた。

 県庁から、駅まで7キロ歩くつもりが、遅くなったので途中、半分ぐらいから電車に乗り駅へ。帰宅7時半。

 朝は少し残っていた腹痛が、昼からはまったくでず、久しぶりに気にせずに遅い晩飯を食った。
 それにしても、今日は、「昔は良かった、こうだったが多かったな」と反省、
 
  「鏡みる、顔の後ろに 秋風情」