10年前の東日本大震災の時に知り合いになった、ボランテイヤの佐藤由則氏から手紙を
頂いた、彼は当時鹿角市に勤めていたが、この大震災(2011年9月21日)で心を痛めその10月から
被災地に近い宮城県に移り住みボランテイヤの活動を15年4月迄当地で始めた。
それから10年の歳月がたつが当時世話をした子供たちとの交流は続いた。
この震災の時に僕は釣りの仲間と、「釣りもていこら」(つれもていこら)という名前で
何かを子供たちにしてあげたいとの事から、釣り具メーカーの魚矢さんから当時のJリーガーの
帽子を1万個を無償でいただいたのをこの東北の近辺の小学校に送った。
初めは「なぜ?」と各学校から不審がられてましたが、手紙を差し上げたりしてわかってもらい
それぞれの学校に200,300と仲間が出し合った募金で送ることができた。
その当時に彼(佐藤由則氏)に知り合ってから何となくつながっていき今日まできました。
その彼が今も当時の子供とつながっている事を新聞で知りました。
ボランテイヤ仲間からいただいた遺族が育てたヒマワリの種を10粒ほど譲り受けて育て始めた。
そしてヒマワリを通じて震災にあった大川小学校の子供たちとのつながりを大事に今も育てているという
そして、今は自宅の庭に330本からの花が咲き誇っているという。
かれの交流は今も続いているという。
今書いている魚の本も彼を通じて被害が多かった漁村の子供たちに読んでもらえたらと思い
3月までにできれば仕上げて贈りたいと思っています。