ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2017.7.10 旧友たちとの話題について思うこと

2017-07-10 21:36:22 | 日記
 東日本大震災後、それまで以上に人との繋がりや絆について深く想い、これまでの人間関係を考え直した人が多かったのではないかと思う。
 その時期、私の友人たちはちょうど皆50歳直前。ようやく子育てが一段落し、仕事人生も最後の10年ちょっと、とある程度先が見えてきたこともあって、これまでなかなか開かれなかった同窓会や旧友たちとのリユニオンが再開された。

 私は既に再発治療開始から4年経っており、治療の影響もあって常に体調が良いわけでもなかった。さらにずっとフルタイムの仕事を手放さずに来たので、日々の仕事や家事に追われていつもドタバタしていた。だから、そうした集まりには皆勤というわけにはいかなかったが、無理が出来る時には無理をしてでも(最後になるかもしれないし、という意味もあって)なるべく顔を出すようにしてきた。

 もちろん生物の常として、弱っているところは他人様に見せたくないから、体力を落とさないように努力して、病人に見えないように身なりも化粧もいつもより気を遣って「意外と元気じゃない?」と言われるように努力して満を持しての参加であったわけである。

 とはいえ、そうそういつも皆にいい顔も出来ないし、身体がついていかないこともあった。大勢の健康な人たちと会うと気も遣うし疲れるし、・・・で、後でがっくりくるのは紛れもない事実。最近では小さな集まりの幹事すら返上させて頂いてきている。

 多感な時期をともに過ごした高校・大学時代の懐かしい人間関係は大切な宝物だ。けれど、皆がある程度横並びで、何の利害関係もなくいわゆる社会人としてではなく付き合っていられたのも、お互いそういう立ち位置だったからだろう。

 夫が、「前から不思議だと思っていたんだけれど・・・」ともらしたことがとても腑におちて膝を打った。
 「自分が(男たちが)昔の友人と会うときは、ひたすら“あの頃は良かったなあ~、楽しかったな~、懐かしいな~”の話で盛り上がって終わりにするんだよな。(貴女の話を聞いていると)女の人たちは、今の身の上話をするみたいだから不思議だなあと思っている。」と。

 確かに、皆社会人となって30年以上経つわけだから、公私共に色々あるわけだ。かつての友人だからこそ言いたくないことも、耳に入れたくないこともひっくるめて。
 皆が皆、元気で幸せ一杯で、若い頃思い描いたとおりの成功を収めている、わけでもないし、私のように期せずして一生病院と断ち切れない関係になってしまう者だっている。

 “懐かしいね、楽しかったね”の話はいいけれど、夫いわく「かつての友人が今やっていることを延々と聞かされたところで、興味がない話なら聞くのが面倒だし、たまさか経済的に困っているなどという話を聞いてしまえば、友達として放っておけないだろうし。とはいっても、借金を、なんて言われたらそれこそ困っちゃうじゃない。皆でカンパでも募るかってわけにもいかないし・・・」と。

 なるほど、そうである。
 楽しかったね、の話をして元気をもらって、幸せな気持ちで自分の今の巣へ帰っていく。それは旧友との集まりにおける大きな効用だと思うけれど、今の、ある意味変える事の出来ない厳しい現実を突きつけられて、結果的に知らないうちに傷つくのはあまり嬉しくないことだなあ、と改めて思うのである。
コメント
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