三瓶恵子さんの「人を見捨てない国、スウェーデン」 (岩波ジュニア新書)を読んだ。
いつものように昼休み、ふらりと入った大学生協の書籍売り場で懐かしい三瓶先生の名前を見つけ、思わず手に取り、レジに向かった。
既に20年近く昔のことになってしまったが、少子化対策をメインテーマとした研修で北欧の国スウェ-デンを訪れた。9月から10月の僅か2カ月間の滞在だったが、以来、私はすっかりスウェーデン贔屓なのだ。当時、この国に関する書物は今よりもずっと少なく、スウェーデン在住の三瓶先生の著書「スウェーデン右往左往」はとても貴重であった。
滞在中にストックホルムでお目にかかることが出来、ランチをご一緒させて頂いたことがある(その時、公園内の洒落たレストランで頂いた、スウェーデンではとてもポピュラーだという豆のスープの味は、温かくとてもほっとするものだったのを覚えている。)。
以来、三瓶先生とは毎年クリスマスカードのやりとりを続けさせて頂いてきた。実際にお目にかかったのは、後にも先にもかの国での一度きりなのだが、懐かしさで一杯になって一気に読了した。
裏表紙には「社会を支える基盤は人であると考え、一人ひとりを大事にする国スウェーデン。その社会の実態や手厚い福祉制度を、若者たちの日々の生活から浮き彫りにしていく。自立心や民主主義を支える力を、知識や技能とともに学ぶ学校。多様な家族のあり方や生き方を支える制度や施設等。そこには日本の目指すべき未来へのヒントがある。」とある。
章立ては、序章:ピッピの国の若者たちから、1章:学校が実社会への手引きになる、 2章:家庭、そして家族、3章:人を見捨てることのない社会、終章:若者が考えるこれからのスウェーデン、というものだ。様々な形の家族(半分だけ血のつながった兄弟、二人目のお父さん等など)の中で暮らす思春期の子どもたちにインタビューをした内容を豊富に盛り込みながらとても判り易く書かれているが、2人の息子さんのお母様である先生の視線は優しく温かい。スウェーデン人のご主人が描かれたというイラストも素敵だ。
スウェーデンは、いくつになっても何回でもやり直しの効く国。勉強も仕事もそうだ。一旦労働市場に出てからも再び学生に戻り、方向転換することも、更に掘り下げる勉強を始めることが出来る。その気さえあればいつでも学び直しが出来る国である。そして、男性も女性も社会の一員として働くことが当然の国。たとえ病気や障がいを持っていても、高い税金に見合うだけの手厚い保障がある高負担高福祉の国。けれど、本当にやりたいことがなければ、(長く暗い冬が続く)つまらない国、とも三瓶先生は「おわりに」で書かれている。
なるほど、私が訪れた秋の2カ月の間にもみるみるうちに日は短くなり、北の方では朝は9時まで真っ暗、夕方は4時前に真っ暗という状況だった。半年もの間寒く暗い冬が続く。だから家で家族と過ごす時間、読書する時間がとても大切だとも聞いた。
翻って、今だに一発勝負の国の大学入試を間近に控えた息子にとって、日本という国にいることは幸せなのかな、とちょっと考え込む。もちろん、スウェーデンでは一発勝負ではない分、日々の学習に気が抜けないということは当然だ。そして、きちんと自分の将来を考え、精神的に自立出来る大人でなければいけないのだけれど。
来年の春、晴れて大学生になれたら、息子は大好きな野球の歴史を訪ねてアメリカの旅に出たがっている。
一方、私はまだ母になる前に訪れて以来ずーっと訪れる機会に恵まれず、今年こそは、来年こそは、と思いながら過ごしてきた片思いの国、スウェーデンに何とかもう一度行けたら・・・という思いを強くするのである。
12時間の旅は、やはり遠いかなあ・・・とちょっと溜息をつきながら。
今日も夏の陽射し溢れる一日になった。昨日までは胸痛に頭痛も加わり、結局毎日ロキソニンのお世話になっていた。今日はいつもの痛み以上に酷くなりませんようにと願いながら過ごした。
いつものように昼休み、ふらりと入った大学生協の書籍売り場で懐かしい三瓶先生の名前を見つけ、思わず手に取り、レジに向かった。
既に20年近く昔のことになってしまったが、少子化対策をメインテーマとした研修で北欧の国スウェ-デンを訪れた。9月から10月の僅か2カ月間の滞在だったが、以来、私はすっかりスウェーデン贔屓なのだ。当時、この国に関する書物は今よりもずっと少なく、スウェーデン在住の三瓶先生の著書「スウェーデン右往左往」はとても貴重であった。
滞在中にストックホルムでお目にかかることが出来、ランチをご一緒させて頂いたことがある(その時、公園内の洒落たレストランで頂いた、スウェーデンではとてもポピュラーだという豆のスープの味は、温かくとてもほっとするものだったのを覚えている。)。
以来、三瓶先生とは毎年クリスマスカードのやりとりを続けさせて頂いてきた。実際にお目にかかったのは、後にも先にもかの国での一度きりなのだが、懐かしさで一杯になって一気に読了した。
裏表紙には「社会を支える基盤は人であると考え、一人ひとりを大事にする国スウェーデン。その社会の実態や手厚い福祉制度を、若者たちの日々の生活から浮き彫りにしていく。自立心や民主主義を支える力を、知識や技能とともに学ぶ学校。多様な家族のあり方や生き方を支える制度や施設等。そこには日本の目指すべき未来へのヒントがある。」とある。
章立ては、序章:ピッピの国の若者たちから、1章:学校が実社会への手引きになる、 2章:家庭、そして家族、3章:人を見捨てることのない社会、終章:若者が考えるこれからのスウェーデン、というものだ。様々な形の家族(半分だけ血のつながった兄弟、二人目のお父さん等など)の中で暮らす思春期の子どもたちにインタビューをした内容を豊富に盛り込みながらとても判り易く書かれているが、2人の息子さんのお母様である先生の視線は優しく温かい。スウェーデン人のご主人が描かれたというイラストも素敵だ。
スウェーデンは、いくつになっても何回でもやり直しの効く国。勉強も仕事もそうだ。一旦労働市場に出てからも再び学生に戻り、方向転換することも、更に掘り下げる勉強を始めることが出来る。その気さえあればいつでも学び直しが出来る国である。そして、男性も女性も社会の一員として働くことが当然の国。たとえ病気や障がいを持っていても、高い税金に見合うだけの手厚い保障がある高負担高福祉の国。けれど、本当にやりたいことがなければ、(長く暗い冬が続く)つまらない国、とも三瓶先生は「おわりに」で書かれている。
なるほど、私が訪れた秋の2カ月の間にもみるみるうちに日は短くなり、北の方では朝は9時まで真っ暗、夕方は4時前に真っ暗という状況だった。半年もの間寒く暗い冬が続く。だから家で家族と過ごす時間、読書する時間がとても大切だとも聞いた。
翻って、今だに一発勝負の国の大学入試を間近に控えた息子にとって、日本という国にいることは幸せなのかな、とちょっと考え込む。もちろん、スウェーデンでは一発勝負ではない分、日々の学習に気が抜けないということは当然だ。そして、きちんと自分の将来を考え、精神的に自立出来る大人でなければいけないのだけれど。
来年の春、晴れて大学生になれたら、息子は大好きな野球の歴史を訪ねてアメリカの旅に出たがっている。
一方、私はまだ母になる前に訪れて以来ずーっと訪れる機会に恵まれず、今年こそは、来年こそは、と思いながら過ごしてきた片思いの国、スウェーデンに何とかもう一度行けたら・・・という思いを強くするのである。
12時間の旅は、やはり遠いかなあ・・・とちょっと溜息をつきながら。
今日も夏の陽射し溢れる一日になった。昨日までは胸痛に頭痛も加わり、結局毎日ロキソニンのお世話になっていた。今日はいつもの痛み以上に酷くなりませんようにと願いながら過ごした。