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パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

フランス式子育て

2016年04月30日 | 日仏子育て事情
ゴールデンウィークに外出だなんて 全然したくはないけれど
今日は息子と電車に揺られて静岡まで行っていた。
その間どれだけの子供に会ったことだろう。
フランスから帰ってきた私たち親子にとって今回の
電車旅は衝撃だった。「あの子供・・・うるさいね」
「あの人もおばあちゃんなのに声大きいねえ・・・」
7歳の息子すら驚く電車の中のマナーの差。

電車に興奮した子供(おそらく息子とほぼ同年齢)が
「トンネル長いねえ!!」「あ!信号変わった!」
と喜ぶのはいいのだけれど、お母さんに小さい声で
言ってくれない?なんで私の耳元でそんなに叫ぶ?
と思い何度も嫌そうな目でその子を見たけどまるで理解する気配なし。
仕方ないからイヤホンをして音楽をきいても変化がないほど
あまりにうるさい。お前・・・怒られたことないのかよ?

もちろん横にいる母親は何も言わない。
彼の言葉に反応すらしているのかなんだかあやしく、
10分ほど我慢した後耐えかねて私は子供にこう言った。
「あのさ、もうすこし小さい声にしてくれるかな・・・?」

私も母親として言うことをきかない息子を7年育て、
同じ母親として、同じ男の子やら言うことをきかない子供がいる
大変さはものすごくよくわかる。でも7年間母親として
その世界にも入って観察してきた中で、自分なりにわかったことは
公共空間で信じられないようなことをしている子供は
ほぼそれについて親に(真剣に)怒られたことがないということだ。

今日は散々なことに帰りの電車でもありえないほどうるさい声で
泣き叫ぶ子供の前に座ってしまい、指定席だから動こうにも動けなかった。
仕方がないのでチラチラと後ろを振り返るけど、親は気にする気配もない。
さすがに周りの人も「オイオイ、うるさすぎるだろ」という目で
彼らを見はじめ、隣にいた旦那が子供を抱きかかえるけど
あやすというより抱いているだけ。そして彼(外国人)は
私をながめて「仕方ないだろ、こうなんだから」という顔をして
肩をすくめて目で訴えた。わざわざお金を払って乗ったロマンスカーで
そんな目にあうこと30分。正直彼らも「自分たちが悪い」とは
微塵も思っていないようだ。どうしようもない子供がいても
誰一人見知らぬ人が怒らないこの国ではせいぜい嫌そうな顔をするのが
精一杯。それかやさしいおばあちゃんが登場し、飴玉をあげてあやすか。
でもそれでいいのだろうか?なぜ最終的に席をかえた私の方が
悪いような目でみられ、彼らは平然としているのだろう?
「子供がいる」なら残りの車両の人がみな迷惑してもいいのだろうか?

今日の2組の親は私に言いたかっただろう。
「子供なんだから仕方ないでしょ!」でも私も言ってやりたい。
「私だって子育てして息子がいるけど、そこまでしないし、そうさせない。」
新幹線でうるさくしそうな息子のために
どれだけの時間をデッキで過ごしていただろう?しかし今日の彼らは
二人の子供がどれだけ奇声を発し、泣きわめいてもデッキに行きも
しなかった・・・。

フランスに子連れで滞在してから早いもので5年が経った。
5年前フランス人達が私に言った言葉が今ならよくわかる。
「そう、でもね、私にも子供がいるわ。でも静かにできていたわよ。」
なぜなら?結局のところ子供の態度を助長するのは親だから。
私も7年子育てをして、いろんな親と母親として触れ合ってみて
驚くことが山ほどあった。何なのこの子?親の顔が見て見たい!と
文字通りそう思った時に、親の顔が実際に見えることがある。
すると大抵の場合、その親というのは「やっぱりなー
カエルの子はカエルだわ」というような凶悪な感じではなくて
「えっ?この人が??」というような優しそうな雰囲気を
持っていたりする。それが私にはいつも不思議だったけど。

子供は親の顔色を赤ん坊の時からしっかり読んでいるらしい。
日本で、特に男の子の子育てをしている親に対して思うのは
遠くから子供に投げた言葉というのは何も意味がないんじゃないかということだ。
(言葉を発するだけエネルギーの無駄にすら思えてしまう・・・)
保育園帰りなど、道をすごい勢いで走りはじめた我が子に対して
申し訳程度に「ダメよー!あぶないわよー!」と声をかける。
もちろん子供は彼女達から見えないくらい先に行き、
そんな言葉は聞いていない。それで、どうするのかな?と思ったら
子供はかなり危険なやり方で横断歩道を渡ったり、わき目もふらずに
走っていく。ところが母親たちは自分たちの話の方が優先で
ほとんどの人は追いかけもせず「あー行っちゃった・・・」と言っている。

それでも交差点があったとき、ぴたっと止まる子供もいる。
そういう子供はお母さんが本気で怒ってそうな家の子だ。
「も~だめよ~」なんて子供には通用しない。それでやめるわけがない。

日本では特に母親達はいい母親を演じるだめに、
優しいお母さん像が(女達の間で)求められているように思う。
「え~またやっちゃったの、だめよ~」といって笑っているのが
素敵で優しい、そんな風に映るけど。その先は子供に主導権を握られて
子供に振り回されてゆく。でも「子供の言うことをきいてあげる私は
優しい私」だからよい。そんなのね、全然ダメよと私はフランスで
強く釘をさされて途方に暮れた。個人主義、自由の国フランスの子育ては
「子供になんでも決めさせてあげる優しいお母さん」の国ではまるでなく、
「ダメなものは絶対にダメ!枠組みを決めるのは親の責任!」という国だった。
私は日本の子供に寄り添うお母さん風の子育てから急に
180度毛色の違うフランス流の子育てにぶち当たり、当時は
泣いてばっかりだった。そんなこと言われても、子供だよ?できないよ。
「いや、できるはず。だってフランスの子供は皆電車で静かに
できるから」(バカンスシーズンのフランスのTGV車内は子供が多く乗っているにも
かかわらず恐ろしいくらい静か。彼らは人形なのかと思った)
「決めるのは子供じゃなくてあなたなの!」
そして最後に釘をさされたこの言葉。「子供が王様になったら
くたばるのはあなたなのよ?」

今になって、その言葉の意味がよくわかる。
その子がそのまま大きくなったら?最悪な事態が誰に降りかかってくるかって
それはもちろん親の自分。けれども(私も含め)こんなひどいことをする
子供になったのはまさか自分にも責任があるとは思っていないから、
「この子は本当に手がかかって・・・」と言うことになる。
日本の若い親達は、こんな子育てで本当に満足してるのだろうか?
この方法ではフランスで言われたとおり、母親の身が削られていく一方だ。
優しそうによりそう母親。でも子供は泣きわめき、言うことは一向に
聞いてくれない。そして周りの人には嫌な顔をされ、先生から呼び出され・・・
もう嫌な思いをしないためには?どこにも行かないのが一番!
そうするとだんだん孤立していってしまうのは親の自分ではないのだろうか?
(もしくは他人の視線を完全にシャットアウトか・・・)

私は以前「フランスの子供は夜泣きをしない」(Bébé made in France)を
むさぼるように読み、確かにフランス流がいいわと思って実践しようとしたけれど
あの本だけでは実践はうまくできなかった。それでも以前より
親として強くなり、子供も言うことを聞くようにはなったけど、
これではいかん、とまたフランスで「子供が言うことを聞くようになる100の方法」という
本を買ってみた。(しかも買えばと勧めたのは息子・・)
(Anne Bacus "100 façons de se faire obéir (sans cris ni fessées)")
これが非常にいい本で、はじめはムチでも打てとどこかに書いてあるのかな?と思いながら
おそるおそる読んでいたけど全然そんなことはない。ようは子供に対する
親の態度がいかに重要かを事細かにかいてあり、フランス流の
子育てを実行に移す細かい方法論(真剣さの大切さ、声のトーン、
言葉の順番等)がしっかりと書かれている。

こちらもかなり役にたってこの1ヶ月くらいでも息子は
ずいぶん言うことをきくようになってくれ、
「まあどうせダメだと思うけど・・・お菓子もう一個くれる?」(ダメ!)とか
「仕方ないか」といって納得するようになってくれた。
5年前にフランスの路上で泣き叫ばれ、電話ボックスに逃げ込んだ
親子からすると雲泥の差だ。そして意外にも、子供の態度を
変えさせるのははじめは大変だけれど親が本気になれば
決してできないこともわかってきた。例えば勉強をする
習慣をつける、ipadをやめさせる、テレビを1時間から30分に減らす・・・
(これは結局私のいい加減さで失敗)

この本の著者は言う。子供は親の顔色を本当によく伺っている。
親の真剣な態度があれば、子供は変わる、それだけだ。
「この子はどうしようもない」と思っていると、結局被害を被るのは
親や周りの人や子供自身の将来だったりするわけで、方法論によって
変えられるなら、実はつらい思いをしている親だって、すこしは
楽になるのでは?知りたい人がいるのなら、親も子供も結局楽になっていく
フランス式子育ての方法を少しでも伝えたいと思う。

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