3月はいろんなことを考えたけど
結局は子育てを楽しもうというモードになって
ため息ばかりついてた日々から
吉野にいって 吉野の山からメッセージをいただいて
そうだやっぱり 今私のしていることは
大切なんだ と ことあるごとに認識をして
れんちゃんとの時間をもっと大事にしようと思い始めた。
2月はけっこう研究モードになっていたけど
3月は色々と考える事も多かったからか
れんちゃんが寝ている時間も 何故か研究モードに
なれなくて そのかわり子育ての方法については
だいぶわかったような気がした。
自分のやりたいこともしたいし
子供の面倒もみなきゃいけない
そんな時 どうしたらいいのだろうか?
それは きちんと遊ぶ事!なんじゃないのかな。
保育園ママじゃなくても 自分で子供をみているママでも
実は家事やらやるべきことに気をとられ
あんまり子供と遊べていない しっかりと
向き合えてない そんなことは往々にしてあるようで
保育園にいったほうが よっぽど先生がかまってくれてる
そんなことすらあるようだ。
そして自分で面倒をみているママも
イライラしててよく怒る。「もーやめて!!
なんでそんなことすんの!!何度言ったらわかるの!?」と
ところで私はだんだんと気づいてきたのだけれど
子供のする「悪さ」がエスカレートをしていくのは
きっとつまらないからなのだろう。
お母さん もっと構って とか
お母さん もうここにいるのは飽きたとか
そんなわけで 小さな空間にいるだけじゃ
つまらないから その中をほじくりだして
冷蔵庫をあけはじめたり お鍋を全部とりだしてったり
お母さんがいやがる事だとわかっていても
それをやりはじめるのだろう。
それで私がわかったことは
「もーこの子本当に大変なんです!!!」という親の子は
実はあんまり外で遊ばせてもらってないようで
外にいったら 相当ストレス発散なのにと思うけど
それでも家の中にいるから 行動がエスカレートするしかなくて
お母さんはよけいイライラ でも外にいったらもっと
大変なことになるかと思ってよけい出れなくなったり
そんなことになっているんじゃないかなあ
それからもう一つわかったことは
子供とちゃんと向き合う時間をとること
これってとっても大切だ!!!
今までは 私も家事の合間であるとか
ちょっと疲れたときだとか に
れんちゃんも甘えてくるからじゃあ
構おうかなーと構ってたけど
そんなんじゃなく ちゃんと構うこと
きちんと遊んであげる事 って どうやら
とっても大事らしい。
最近は旦那も飲み会の日がけっこうあって
そんな時は手持ちぶさたで どうしようかと思うけど
仕方がないから 遊ぼうか!!と遊んでみると
れんちゃんは大喜びで もっともっと!!と
一緒に遊ぶ。 ああそうか この子が
誰より一緒に遊んでいたい そんな相手は
ぬいぐるみでもトラックでもなく
お母さんの私だったのか と気づかされる。
だってお母さん 大好きだもん
大好きな人と遊ぶ方が 一人で遊ぶよりよっぽど楽しい
そんなことに 今更気づく。
そしてちゃんと構ってあげると
そのうち彼も満足をして
また一人でも遊んでくれて その間に
家事ができる そういう風になっている
ところがこれがお母さん優先だとさあ大変!!
「なんで今頃泣くの!!」とか「お母さん
忙しいんだからね 泣いてないで我慢しなさい!」とか
そんな風になったあと 次の予定が
子供を遊ばせられるものじゃなく
大人同士の会合とかだと もう最悪
彼はストレスがたまってて そこで吐き出されることになる、、、
そこでお母さんは大後悔「あーもう!!こんなところに
子供を連れてくるんじゃなかった!もーイヤー!」
最近経験からわかったことは
子供は自分の言う事をきいてもらっていたのなら
ちゃんと親の言う事だって聞いてくれる
だけど我慢ばっかりさせていたら ストレスになり
あとでしっぺがえしをくらう
それに親も 子供と一緒に楽しむ事で
すごく柔らかくなり 成長することができるのに
いつまでもかつての視線だけで子供を見つめ
子供をしばって まわりの大人の反応に
おびえて子育てしていると 子育てなんて楽しくないよ
だって子供は 大人の世界じゃ理解できない
反対にちかい そんなことばっかりする生き物で
子供の視点で大人の世界を眺めてみると
ため息ついて まじめくさって みんな黒いスーツきて
しかめっ面して生きているのが なんだか
おかしく思えてくるけど
大人の視点をもってるままで 子供を自分が育ててみると
かなりのストレスになるだろう。
だって思い通りにならないんだもん
あまりに予測不可能だしね
だけどそれが面白いんだ
そうやって 子供の柔軟性を学ぶ事が
面白いんだと思えたら きっと大人は成長していく
本当は 子育てって 子供を育てるためじゃなく
大人が違う世界にむかって 成長していくためにある
そんな気が最近している
大人の学び場?大人の成長?
それはラーニングバーに行く事だけじゃないんじゃないか
子育てという経験を与えられた人たちは
本当はマイナスやハンディじゃなくて
すごく成長できる機会というのを与えられた人たちなのかも
大金をはらってワークショップに行くのもいいけど
何年間か子育てをして 子供から学ぶ事 で
人間は大きく変わり もっと包容力のある人になれる
そんな気がするんだけどな 子供はやっぱり 贈りもの。
結局は子育てを楽しもうというモードになって
ため息ばかりついてた日々から
吉野にいって 吉野の山からメッセージをいただいて
そうだやっぱり 今私のしていることは
大切なんだ と ことあるごとに認識をして
れんちゃんとの時間をもっと大事にしようと思い始めた。
2月はけっこう研究モードになっていたけど
3月は色々と考える事も多かったからか
れんちゃんが寝ている時間も 何故か研究モードに
なれなくて そのかわり子育ての方法については
だいぶわかったような気がした。
自分のやりたいこともしたいし
子供の面倒もみなきゃいけない
そんな時 どうしたらいいのだろうか?
それは きちんと遊ぶ事!なんじゃないのかな。
保育園ママじゃなくても 自分で子供をみているママでも
実は家事やらやるべきことに気をとられ
あんまり子供と遊べていない しっかりと
向き合えてない そんなことは往々にしてあるようで
保育園にいったほうが よっぽど先生がかまってくれてる
そんなことすらあるようだ。
そして自分で面倒をみているママも
イライラしててよく怒る。「もーやめて!!
なんでそんなことすんの!!何度言ったらわかるの!?」と
ところで私はだんだんと気づいてきたのだけれど
子供のする「悪さ」がエスカレートをしていくのは
きっとつまらないからなのだろう。
お母さん もっと構って とか
お母さん もうここにいるのは飽きたとか
そんなわけで 小さな空間にいるだけじゃ
つまらないから その中をほじくりだして
冷蔵庫をあけはじめたり お鍋を全部とりだしてったり
お母さんがいやがる事だとわかっていても
それをやりはじめるのだろう。
それで私がわかったことは
「もーこの子本当に大変なんです!!!」という親の子は
実はあんまり外で遊ばせてもらってないようで
外にいったら 相当ストレス発散なのにと思うけど
それでも家の中にいるから 行動がエスカレートするしかなくて
お母さんはよけいイライラ でも外にいったらもっと
大変なことになるかと思ってよけい出れなくなったり
そんなことになっているんじゃないかなあ
それからもう一つわかったことは
子供とちゃんと向き合う時間をとること
これってとっても大切だ!!!
今までは 私も家事の合間であるとか
ちょっと疲れたときだとか に
れんちゃんも甘えてくるからじゃあ
構おうかなーと構ってたけど
そんなんじゃなく ちゃんと構うこと
きちんと遊んであげる事 って どうやら
とっても大事らしい。
最近は旦那も飲み会の日がけっこうあって
そんな時は手持ちぶさたで どうしようかと思うけど
仕方がないから 遊ぼうか!!と遊んでみると
れんちゃんは大喜びで もっともっと!!と
一緒に遊ぶ。 ああそうか この子が
誰より一緒に遊んでいたい そんな相手は
ぬいぐるみでもトラックでもなく
お母さんの私だったのか と気づかされる。
だってお母さん 大好きだもん
大好きな人と遊ぶ方が 一人で遊ぶよりよっぽど楽しい
そんなことに 今更気づく。
そしてちゃんと構ってあげると
そのうち彼も満足をして
また一人でも遊んでくれて その間に
家事ができる そういう風になっている
ところがこれがお母さん優先だとさあ大変!!
「なんで今頃泣くの!!」とか「お母さん
忙しいんだからね 泣いてないで我慢しなさい!」とか
そんな風になったあと 次の予定が
子供を遊ばせられるものじゃなく
大人同士の会合とかだと もう最悪
彼はストレスがたまってて そこで吐き出されることになる、、、
そこでお母さんは大後悔「あーもう!!こんなところに
子供を連れてくるんじゃなかった!もーイヤー!」
最近経験からわかったことは
子供は自分の言う事をきいてもらっていたのなら
ちゃんと親の言う事だって聞いてくれる
だけど我慢ばっかりさせていたら ストレスになり
あとでしっぺがえしをくらう
それに親も 子供と一緒に楽しむ事で
すごく柔らかくなり 成長することができるのに
いつまでもかつての視線だけで子供を見つめ
子供をしばって まわりの大人の反応に
おびえて子育てしていると 子育てなんて楽しくないよ
だって子供は 大人の世界じゃ理解できない
反対にちかい そんなことばっかりする生き物で
子供の視点で大人の世界を眺めてみると
ため息ついて まじめくさって みんな黒いスーツきて
しかめっ面して生きているのが なんだか
おかしく思えてくるけど
大人の視点をもってるままで 子供を自分が育ててみると
かなりのストレスになるだろう。
だって思い通りにならないんだもん
あまりに予測不可能だしね
だけどそれが面白いんだ
そうやって 子供の柔軟性を学ぶ事が
面白いんだと思えたら きっと大人は成長していく
本当は 子育てって 子供を育てるためじゃなく
大人が違う世界にむかって 成長していくためにある
そんな気が最近している
大人の学び場?大人の成長?
それはラーニングバーに行く事だけじゃないんじゃないか
子育てという経験を与えられた人たちは
本当はマイナスやハンディじゃなくて
すごく成長できる機会というのを与えられた人たちなのかも
大金をはらってワークショップに行くのもいいけど
何年間か子育てをして 子供から学ぶ事 で
人間は大きく変わり もっと包容力のある人になれる
そんな気がするんだけどな 子供はやっぱり 贈りもの。