語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】ソローと漱石の森 ~環境文学のまなざし~

2016年08月13日 | 批評・思想
 
 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。以下、刊行当時の所見。

 (1)著者・稲本正は、工芸家、作家。飛騨の「工芸村オークヴィレッジ」代表、毎日出版文化賞奨励賞受賞作品『森の形 森の仕事』(世界文化社)ほか、著書多数。
 本書は、一つのジャンルに閉じこめるのが難しい。
 ヘンリー・D・ソローと夏目漱石の伝記をたどり、それぞれの縁の地を訪れる。と書けば、比較文学に、ひとしきり流行った文学散歩を加味した印象を受ける。けれども、量は多くないが、稲本の体験(学生運動との関わりと訣別、東京脱出)が織りこまれていて、しかもこれが本書全体の中で小さくはない重みをもつ。

 (2)飛騨の山里生活25年間でも季語「風薫る」を体験したのは5回しかない、と稲本はいう。木の芽時や花の季節の曖昧な香りではなくて、「カラッとさわやか」だと微妙な違いを指摘する。科学的根拠も示される。5月、湿度が下がると、炭酸同化作用が活発になる。酸素を豊富に含んだ新鮮な風にのって、樹木が生産しはじめた精油成分が私たちに運ばれてくる。この精油成分が「薫る」原因なのだ。
 こうした観察が随所に活かされている。コンコード(ソロー『森の生活』の舞台)で、飛騨の山奥でかいだミズメザクラと同じ匂い、サリチル酸メチルの匂いを見つけるくだりは、稲本の面目躍如というところ。

 (3)ソロー・漱石・著者の関係は、
  (a)時間の軸でみると、
   19世紀なかば
   19世紀後半から20世紀初頭
   20世紀後半
  (b)空間の軸でみると、
   合衆国
   日本
・・・・と、時と場所もてんでバラバラだ。だが、てんでバラバラが、一貫した主題の下に捩りまとめあげられている。その主題は環境文学だ。

 (4)環境文学とは何か。
 一読したかぎりでは明快な定義は提示されていないが、環境の見方に関わる。稲本によれば、
   デカルト、ニュートンの近代合理主義、機械的自然観
が一方にあり、
   「多くの神々や人間を包摂している」自然(じねん)、万物、宇宙/天地という自然観
が他方にある。環境文学は後者に関わるらしい。少なくとも、著者はソローと漱石の生涯と文学をさぐることで、環境文学の概念を整理しつつあるかのように見える。

 (5)7章で、21世紀の環境問題の解決と人間の主体性確立のための5項目の提案がなされている。
 〈例〉体験を通した自然(じねん=ネイチャー)への関わり及び自然の回復運動。具体t計には、
   ①「自然学校」の全国的展開
   ②自然回復運動
だ。①は、オークヴィレッジで年間開校しており、②も稲本は植樹を実践している。
 本書は、環境問題に関心をもつ人、人間らしい生活を考えたい人に向けた本だ。

□稲本正『ソローと漱石の森 ~環境文学のまなざし~』(日本放送出版協会、1999)
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