語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】日本の組織独自のおきてと対処法 ~知の技法・出世の作法~

2016年02月03日 | ●佐藤優
 (1)ロシアの民族学・人類学研究所のセイゲイ・アルチューノフ・コーカサス部長は、チェチェン問題の国際的権威だ。そして、グルジア語のみならず、英独仏語に加えて、日本語も堪能だ。日本に留学したこともある。あるとき彼は、日本の組織文化について、ロシア人学者にこんなことを言った。
 日本人は、外部に対しては団結し、組織の内側にいると見なしている人を徹底的に守る。他方、内部においては激しい足の引っ張り合いを伴う競争がある。かかる競争は、外部に見せない。そして、組織の外に出ていった人には、きわめて冷淡な態度をとる。こうした二重構造が見えていないから、ロシア人には日本人がわかりにくい。北コーカサスのチェチェン人、イングーシ人など山岳民族の行動規範と日本人の組織文化はよく似ている。

 (2)佐藤は、アルチューノフの所見に対して、次のように注記する。
 日本人とチェチェン人やイングーシ人に共通するのは、国家が定めた法よりも、組織独自のおきてを重視する点だ。最近の企業や灌腸は、コンプライアンスを重視する。組織は、コンプライアンスに基づく内部告発者を保護する建前をとっているが、降格しなくとも、徐々に重要な仕事から遠ざけている。セクハラやパワハラの訴が人事部で認められても、組織のなかで「けんか両成敗」的雰囲気が醸し出され、被害者が居づらくなることもある。「日本人が多数を占める組織には、必ず独自のおきてがある」
 成文化されていないおきについて、正面から論じるよりも、まず、おきてがどのようなものかを押さえるのが重要だ、と佐藤は述べて、次のような例をあげる。

 (3)1980年代末、佐藤がモスクワの大使館に勤務していた頃、外交官夫人に奇妙なおきてがあった。
 着任した外交官夫人は、大使夫人などにあいさつをする。この儀式には、黒塗りの公用車が配され、お世話係の外交官夫人が新入りの夫人を連れていく。そのとき、必ず革製の白手袋を持参しなくてはならない。その白手袋は着用しない。ハンドバッグのふたを開け、指先の部分を2~3センチメートル出しておく。
 このおきては、モスクワの日本大使館にしか存在しないローカルルールだ。外交儀礼に係る専門書には載っていない。
 当時、モスクワでは革製の白手袋を売っていなかった。このおきてを知らずに赴任した外交官夫人は、恐慌をきたすことになる。そのとき、先輩の外交官夫人が白手袋を貸し、音を売るのである。
 時に、こうしたおきてに他の省庁からの出向者夫人が反発したが、かかる人物は礼儀知らずだと徹底的に排除された。

 (4)ここで要約者が注すれば、1986年に厚生省(当時)に中途採用された宮本政於は、「お役所の掟」を意図的に破り、かつ、『お役所の掟』(講談社、1993/後に講談社+α文庫、1997)ほかで揶揄的に公開した。彼は、1995年に懲戒免職になった。宮本のいわゆる「お仕置き」(『お役所のご法度』)だ。

 (5)話を佐藤の議論にもどすと、モスクワの日本大使館には白手袋的ローカルルールがいろいろあった。「実にバカバカしい慣習であるが、これに耐えられず離婚した若手外交官もいる」
 土産の配り方、あいさつの仕方など、独自のおきてがどの日本大使館にもある。「共通のおきてを作り出して、それで組織を維持するのだ。こういう行動は集合無意識としてなされるので、質が悪い」

 (6)で、対処法はこうだ。
 企業や官庁にあるおきては、できるだけ押さえておく。そのおきてが非合理に思われる場合、絶対服従する必要はない。ただし、おきてに抵抗した場合、どれほどのデメリットがあるか、冷静に計算しておくこと。
 <デメリットが極端に大きいときは、とりあえずおきて破りはしないという狡猾さを身に付けておく必要がある>
 要するに、非合理なおきてに盲従する必要はないが、盲従しない結果生じるデメリットは覚悟すべし、ということだ。

□佐藤優「日本の組織が生み出す独自のおきてと対処法 ~知の技法・出世の作法第187回~」(「東洋経済」2011年3月5日号)
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