語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】国家は必ずしも国民を守るわけではない

2016年01月25日 | 批評・思想
 (1)20世紀の「常識」とは何か。
 たとえば、米国の徴兵制度(1973年1月、ベトナム戦争の和平協定成立時に廃止)。毎年何十万人もの人が殺人学校で殺人の訓練を受けた(たとえば映画『フルメタルジャケット』)。米国人のうち何百万人かは、殺人学校の卒業生である。米国の元首は、原爆投下の決定ができる資質が要件とされる(たとえば元副大統領候補ジェラルディーン・フェラーロに対する質疑応答)。

 (2)軍事力は、国民の命を保証するものではない。むしろ、歴史を見れば、軍隊は他国民より自国民に対してその能力を発揮してきた。この事実を確かめるには、日本の歴史を顧みて、軍事力が一番強かったのは何時か、国民がもっとも多く殺されたのは何時かに思いをはせれば足りる。あるいは、スターリン治下のソ連を、または他国とは一度も交戦したことがないのに自国民とはふんだんに戦ったフィィリピンの軍隊を。

 (3)国家は、必ずしも国民を守るわけではない。
 R・J・ランメル『政府による死』によれば、20世紀の百年間に国家によって殺された人は2億人にのぼる。数字の多さに驚くが、もっと驚くべきは、殺されたのは外国人よりも自国民の方が多い点だ。この場合の自国民とは自国の非戦闘員のことである。交戦の結果として殺された人に比べて、「デモサイドdemocide」(ランメルの造語、非戦闘員を殺す「民殺」)は約5倍になる、とランメルは試算する。
 
 (4)近代国家には、マックス・ウェーバーのいわゆる暴力Gewaltをふるう権利が、ただし正当な暴力が3つある。警察権、処罰権、交戦権である。
 交戦権は、国際法(1949年のジュネーブ協定ほか)に基づく(ことになっている)。国際法上、侵略権は存在しないから、交戦権とは自衛権のことである。自衛のための軍備は、すなわち交戦のための軍備である。戦争では交戦権に基づき殺人が合法化されるが、自衛隊には交戦権が認められていない。PKO協力法第20条の4によれば、自衛隊員が武器をとることができるのは刑法第36条(正当防衛)と同37条(緊急避難)の場合である。刑法によれば、逃げれば助かる場合には逃げる義務がある。
 しかし、構成員に逃げる義務を与える軍隊なぞ、あるだろうか。殺人が生じた場合、そのつど正当防衛か緊急避難かを誰がどのように判断するのだろうか。国家が派遣した以上殺人を国家が容認するならば、憲法が定める交戦権の放棄に抵触する。

 (5)PKO活動は交戦権をもってないが、後方支援は事情が違う。交戦状態に置かれるから、交戦する敵国は、後方支援者も十把ひとからげに攻撃することができる。そもそも、公海上では日本の法律は適用されず、国際法が適用される。国際法上、武装された船舶に対しては、これを攻撃して沈没させる権利を有するのだ(ニュルンベルグ裁判)。

 (6)すぐ逃げ出したり降服するような支援は、米軍(あるいは多国籍軍)にとって迷惑でしかない(じじつ自衛隊をもて余してはやばやと退去させた過去がある)。要するに、後方支援は戦力としては実効性を持たない。
 しかし、それでも憲法第9条を踏みにじっているのは確かである。こうした現実において、憲法第9条はいかなる意味をもつか。抵抗の根拠である。政府が後方支援に乗りだした現状において、反戦平和運動がとるべき道は、抵抗である。ベトナム戦争の頃、脱走兵を支援したように。

 (7)以上、ここでは『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』第2章に焦点をあてて論点を整理してみたが、本書でとりあげられるテーマは、経済発展、戦争と平和、安全保障、日本国憲法、環境危機、民主主義など多岐にわたる。
 ラミスが一貫して説くのは現実主義者になれ、ということだ。
 ラミスの現実主義は、現状で主流の動きにクラゲのように身を任せることではない。現実を見すえて動くこと、イデオロギーに流されないで、あくまで現実をふまえて、その中で最良の方策をとることである。

 (8)米国人の言う「コモン・センス」と日本語の「常識」とは、微妙な違いがある。
 「はじめに」によれば、本書は18世紀当時の英国植民地に蔓延していた「常識」すなわち社会通念をうち破って新たな共通認識を形成したトマス・ペイン『コモン・センス』をモデルとしている。

□C・ダグラス・ラミス『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社、2000/後に平凡社ライブラリー、2004)
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