「不思議なことですが、人間には、何かしら痕跡を残したいという要求があるのです。自分が誰からも頼りにされていない、という状態が最も耐えられないのです。将校だったわたしたちが、一群の家畜になり、見張りが毎日、頭数を数えている・・・・」
そのとき、あの手帳のことを聞かされたのだ。
「少佐殿は、毎日手帳にメモをとっておられました。重要な出来事はすべて。いつチフスの予防注射が実施されたか。クリスマス・イブ直前に従軍司祭が全員連行されたときのこと。少佐殿が尋問された日のこと。この手帳は少佐殿が心を打ち明ける友でした。寝床で背を丸め、壁で鉛筆の切れ端の芯を尖らせているご様子が目に浮かびます・・・・」
今度は、アンナが彼の姿を思い描く番だ。教会の薄闇のなか、寝床の上。毛布に身を包んだ鬚面の夫の姿。あの1939年の手帳は、クリスマス・イブをフィリピンスキ教授宅ですごしたときに、わたしがクラクフで買ったのだ。今わたしは聞いている--彼がそこにメモを記していたことを、本当ならば直接手紙でわたしに伝えたいと望んだことばを・・・・。
【出典】アンジェイ・ムラルチク(工藤幸雄訳)『カティンの森』(集英社文庫、2009)
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そのとき、あの手帳のことを聞かされたのだ。
「少佐殿は、毎日手帳にメモをとっておられました。重要な出来事はすべて。いつチフスの予防注射が実施されたか。クリスマス・イブ直前に従軍司祭が全員連行されたときのこと。少佐殿が尋問された日のこと。この手帳は少佐殿が心を打ち明ける友でした。寝床で背を丸め、壁で鉛筆の切れ端の芯を尖らせているご様子が目に浮かびます・・・・」
今度は、アンナが彼の姿を思い描く番だ。教会の薄闇のなか、寝床の上。毛布に身を包んだ鬚面の夫の姿。あの1939年の手帳は、クリスマス・イブをフィリピンスキ教授宅ですごしたときに、わたしがクラクフで買ったのだ。今わたしは聞いている--彼がそこにメモを記していたことを、本当ならば直接手紙でわたしに伝えたいと望んだことばを・・・・。
【出典】アンジェイ・ムラルチク(工藤幸雄訳)『カティンの森』(集英社文庫、2009)
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