語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『壺霊』 ~内田康夫の京都ガイド~

2010年07月20日 | ミステリー・SF
 本書は、内田康夫150冊目の本、浅見光彦シリーズの1冊。
 浅見光彦シリーズは、主人公の年齢も仕事も、そして家族構成も永遠に変わらない。ライターの主人公は、33歳のまま歳をとらない。老母もまた、かくしゃくとして介護保険による給付は不要である。可哀想に、14歳年長の兄の陽一郎は警察庁刑事局長から異動しないし、これ以上出世しない。46歳の兄嫁は家事をそつなくこなし続け、高校1年生の姪や14歳の甥はちっとも成長しない。お手伝いさんはいつまでも27歳の若さをたもち、どこまでも主人公に対して純情である。
 ディック・フランシスの数ある作品の主人公も浅見光彦とおおむね同年配だが、作品ごとに新たな主人公が創造され、その出自と職業は他の主人公と異にする。この結果、一連のフランシス作品は、階級社会イギリスの社会各層の諸相を重層的に描きだす。ディック・フランシス作品は、イギリスとイギリス人を知る格好のテキストである。
 他方、浅見光彦シリーズは、社会の諸相ではなく、風俗だ。しかも、通りすぎていく旅人の目にうつる風俗である。その土地とも土地の人々とも、主人公と本質的な関係が築かれることはない。浅見光彦は、基本的には、「あっしには関わりのねぇことでござんす」とうそぶいた木枯紋次郎の末裔なのである。その証拠に、旅先で結婚を本人または親族から迫られるほど親しくなっても、どの女性とも関係が深まることはない。 

 ところで、『壺霊』がとりあげる風俗は、京都のそれである。
 主人公は東山区の古色蒼然たる民家を拠点とし、檜の湯船に浸かり、生霊やら魑魅魍魎が出そうな町家の雰囲気を味わい・・・・魑魅魍魎ではなくて、巨大なゴキブリを退治する。これも古都の一面である。
 また、愛車ソアラを駆って縦横に京の街を疾駆するから、巻頭の地図を参照しながら読めば、たちまち京都の地理があたまに入る。懇切にも、本書は通りの名の覚え方まで教えてくれるのだ。「丸竹夷二押御池」は、御所のすぐ南を東西に走る丸太町通から順に南へ、竹屋町通、夷川通、二条通、押小路通、御池通。さらに南は、「姉三六角蛸錦」。
 浅見光彦は、秋に1週間の予定で京都へ出張し、それが延びて結局10日あまり滞在するのだが、謎解きの調査をする必要のない観光客なら、もっと短期間で主人公と同じルートを辿ることができるはずだ。
 要するに、『壺霊』はれっきとした京都ガイドブックである。事件が起こり、謎解きがあるのだが、それは刺身のツマにすぎない。

 京都ガイドブックの性格は、グルメにいたって、ますます顕著である。そう、『壺霊』はグルメ小説でもある。
 たとえば、大徳寺前にある「松屋藤兵衛」。銘菓「松風」は、主人公の母堂がかねてから贔屓にしていたことが明らかにされる。
 四条河原町にある京都タカシマヤ7階のダイニングガーデン京回廊は本書にたびたび登場するから、浅見光彦の味わいぶりを参考に店と料理をチョイスできる。
 そして、蕎麦の本家尾張屋に、中華の大傳月軒。木屋町通の大傳月軒では、店の来歴を知ることで、主人公は事件の渦中にある人物の隠された謎をあぶりだすのだ。
 篠田一士『世界文学「食」紀行』の文明批評や文学談義のみならず、殺人事件をも話題にして会食できることを明らかにしただけでも本書の意義は大きい。
 ところで、嵐山は渡月橋を渡って南側の豆腐料理で浅見光彦は年上の美人と会食するのだが、その店の名が記されていないのは妙だ。なにか、いわくがありそうだ。これこそ、グルメ小説としての本書の最大の謎である。

□内田康夫『壺霊』(角川書店、2008)
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