語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【国語】新婚夫婦に「頑張れ」はおかしいか

2014年08月24日 | 心理
 Q:新入生や受験生に「頑張れ」は妥当だと思いますが、駅のホームで新婚夫婦を見送って「頑張ってね!」はどんなもんでしょうか?

 A:1936年のベルリン・オリンピック大会で、前畑秀子選手が200m平泳ぎに優勝した。2位になった選手との大接戦で、実況放送した河西アナウンサーは「前畑ガンバレ」と叫びつづけた。報道ではなく、まさに応援だったが、名放送として喧伝された。「頑張れ」という言いまわしはあれで定着した。
 ところで、あの「頑張れ」を文法的にみると、ラ行四段活用の動詞「頑張る」(ラ/リ/ル/ル/レ/レ)の命令形として使われた。この「頑張る」は苦しさに負けずに努力する、くらいの意味だから、命令形「頑張れ」は、辛いだろうがしっかり泳げ、ということになる。「前畑しっかり泳げ」と河西アナウンサーは叫び続けたのだ。
 他方、駅のホームで新婚夫婦を見送った人たちの「頑張れ」は、ちょっと違う。あれは、動詞「頑張る」の命令形から派生した間投詞(感動詞)なのだ。フランス語の「ボン・ヴォワイヤージュ」くらいの意で、「ご無事でね」と旅の平安を祈る挨拶の言葉だった。
 「おはよう」も「さよなら」も、品詞で言えば間投詞で、あれと同じだ。
 そして、挨拶語というものは、だいたい、それが派生した元の言葉の意味とは無関係になりがちだ。例えば、「おやすみ」は「おやすみなさい(ませ)」の省略形で、就寝の際の挨拶だが、「寝ろ」と命令しているわけではない。
 テレビ番組で、客として迎えた芸人に「頑張ってください」と言う。あれは「さよなら」だ。
 プロ野球のオーナーが外人選手に「頑張れよ」と声をかけたのを、通訳が「ドゥー・ユア・ベスト(最善を尽くせ)」と訳して、外人選手を怒らせた。自分はいつも最善を尽くしている、と。これは誤訳のせいだ。「グッド・ラック(幸運を祈る)」とか何とか訳すべきであった。

□丸谷才一『丸谷才一の日本語相談』(朝日文芸文庫、1995)
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