語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【大岡昇平】開高健が伝えるところの ~『人とこの世界』~

2016年01月22日 | ●大岡昇平
 (1)『人とこの世界』収録の12編の初出は、「文芸」昭和42年4月号から45年6月号まで断続的に発表した「文章による肖像画集」。

  行動する怠惰 広津和郎
  自由人の条件 きだみのる
  マクロの世界へ 大岡昇平
  誰を方船に残すか 武田泰淳
  不穏な漂泊者 金子光晴」
  カゲロウから騎馬国家へ 今西錦司
  手と足との貴種流離 深沢七郎
  逃亡と籠城 島尾敏雄
  惨禍と優雅 吉沢岩美
  “思い出屈した” 井伏鱒二
  絶対的自由と手と 石川淳
  地図のない旅人 田村隆一

 (2)「マクロの世界へ 大岡昇平」で、大岡昇平はいう。
 フク団はルソン島で、レイテ島にはいなかった。
 太平洋戦争当時、フィリピンには(1)反米・反日のグループ、(2)親米・反日のグループ、(3)朦朧たる山賊のグループがあり、(1)の徹底的民族主義グループは親日・反米に解消した。残部はルイス・タルクが指導するコミュニスト・ゲリラとなり、抗日民族戦線を張りつつ、自己の勢力圏内で農地解放をしていた。フクのルイス・タルクはマニラ郊外まで肉迫したが、マグサイサイの善政に敗れて投降した。マグサイサイは投降したフク団員にミンダナオ島などにどんどん土地を与え、政府内部の汚職をたたきつぶし、戦闘となると真っ先かけて突進した。
 「政府が反政府のやりたいことを先制してやったら人民戦争もけっして万能ではないという例をマグサイサイが示した」
 大岡が、レイテ戦だけでなく、その後のフィリピンにも眼くばりしている証左である。

 (3)ちなみに、『野火』の田村一等兵は、レイテ島西海岸に上陸した26師団「泉」(名古屋)所属の兵士と想定した由。
 『野火』にはフィリピン女の民族ゲリラが降服した日本兵を射殺するシーンがある。俘虜のなかに女性も銃を持っていた、という聞き取りに基づくが、フィリピン訪問時にゲリラ関係文献を買って読んだところ、
 「当時ヴィサヤ以南には農業組合もなかったし、コミュニズムは入っていなかった。レイテには米軍ご指定の、ゲリラ隊長がいて、あの段階では女は後方の看護婦とかサービス係だったはずなんだ。女性まで武装するのは挙国抵抗でないと出て来ないんです」

 (4)対談が終わってしばらくして、大岡昇平から開高健へ手紙がきた。ゲラに次の一行を追加してほしい、とのこと。
 「戦争に行かなかったら何も書かなかったろう」

□開高健『人とこの世界』(河出書房新社、1970。後に中公文庫、1990/後にちくま文庫、2009)
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