語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~民族問題~

2013年05月04日 | ●佐藤優
 (1)米国ボストンで4月15日午後(日本時間16日未明)に爆弾テロが発生し、3人が死亡、170人以上が怪我をした。米国社会はパニックになった。
 チェチェン人系のツァルナエフ兄弟が容疑者に特定された。弟ジョハル(19歳)は米国籍を持つ完全な米国人。兄タメルラン(26歳)は、米国での滞在と就労を認めるグリーン・カードを持つが、米国籍は取得していない(米国長期在住外国人)。

 (2)タメルランについて、ロシア当局は2011年にチェチェン系過激派組織との関連性について米国に事情聴取を依頼していた。
 米国は、ロシアのチェチェン政策に人権の観点から批判的だ。よって、チェチェンに関するインテリジェンス協力は活発でない。
 にも拘わらずロシア政府が米国政府に照会したのは、同容疑者に関するかなりの情報を露連邦保安庁(FSB)がつかんでいた、ということだ。

 (3)チェチェン人男子は、物心がつくと、父方の7代前までの祖先の名前、出生地と死亡地を暗記させられる。7代前までの祖先が誰かに殺害された場合、その男系子孫には「血の報復の掟」が適用される。
 チェチェン人は、旧ソ連の版図に100万人が住む。トルコには150万人(推定)、アラブ諸国には100万人(推定)が住む。「血の報復の掟」があるから、ロシア、中央アジア、中東、西欧、米国に分かれて住むチェチェン人は濃淡の差があってもアイデンティティを保持している。
 チェチェン人はイスラム教徒だ。チェチェン本国のイスラームは、穏健で祖先崇拝を大切にし、聖人を敬う。アルカイダのような過激派と一線を画する。
 これに対して、中東のチェチェン人の中には、世界に単一のイスラーム帝国を建設しようとするワッハーブ派(その中で特に過激なグループがアルカイダ)に惹き付けられている人々もいる。
 チェチェン民族主義と民族に価値を認めないワッハーブ派は論理的に矛盾するのだが、複合アイデンティティを持つ人々の中では、論理的に矛盾する観念が複数並立していることは珍しくない。

 (4)兄のタメルランは、2012年1~7月チェチェンやダゲスタンを訪問した。チェチェン人としての自己意識が、タメルランの中で急速に高まり、それに弟のジョハルも感化された。この民族意識が、チェチェン人とイスラーム過激派の複合アイデンティティを持っている人(またはそのような人が運営するウェブサイト)に触れることで、反米テロリズムにシフトしたのだ。

□佐藤優「チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~佐藤優の人間観察 第21回~」(「週刊現代」2013年5月11・18日号)

 【参考】
【読書余滴】佐藤優&鈴木琢磨の、朝鮮人やイスラム教徒の時間軸と日本人の時間軸との違い
【読書余滴】佐藤優&宮崎正弘の、言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(3) ~トルキスタン~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(2) ~ソ連解体の始まり、ナゴルノ・カラバフ紛争~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(1) ~アゼルバイジャン~」     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン