英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

人間の資質で大切な「勇気」とは何か 英議員コックスさん殺害の政治テロに思う

2016年06月18日 11時34分42秒 | 国際政治と世界の動き
  英国の最大野党・労働党の女性下院議員ジョー・コックスさんが路上で男に銃で撃たれ死亡した。英BBC放送などによれば、コックス氏を殺害したのは、地元在住で52歳のトミー・メイア容疑者。コックス氏は図書館で支持者との面談を終えて外に出た際、頭部付近を複数回、銃撃されたほか、刃物で何度も刺された。近くにいた77歳の男性1人も腹部を刺され負傷した。デーリー・ミラー紙(電子版)は、容疑者が南アフリカの白人至上主義雑誌を一時購読していたと報じ、極右思想に染まっていた可能性を指摘している
 コックス議員はイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票を前にして、離脱反対を有権者に説いていた。先週もツイッターで「移民問題に関する懸念はもっともだが、それがEUを離脱する理由にはならない」と呼び掛けた。
 政治家になる前は、貧困のない世界を目指す国際協力団体、英オックスファムの慈善活動に携わり、乳児死亡率の低下や現代の奴隷撲滅に向けた取り組みにも関わっていた。コックス議員は事件が起きた英中部ウェストヨークシャー州出身。父は化粧品工場勤務で母は教職員。名門ケンブリッジ大学に進学し、家族の中で初めて大学を卒業した。典型的な労働者階級の出身だ。
 ニューズウィークによれば、夫のブレンダン・コックスさんは事件を受けて声明を発表し、彼女は英国が分断されることを望んでいなかったとした。そして次のように述べた。
 「彼女が今生きていれば、二つのことを願っているはずだ。一つは2人の子どもたちにいっぱいの愛情をそそぐこと。もう一つは、彼女の命を奪った憎悪と戦うために、われわれが団結することだ。憎しみは害悪しかもたらさず、そこには信念も人種も宗教もない。これまでの人生に悔いはないはずだ。一日一日を精一杯、生きてきたから」
 筆者はご主人のこの声明を読んで、深い感動を感じた。それとともに、民主主義発祥の地で、民主主義制度を破壊する暴力が起こったことに失望した。また米国と違って治安が比較的安定している英国で、それも拳銃保有が厳しく取り締まられている国で、このような悲惨な事件が起こったことに驚いた。 
 筆者はコックス議員の「勇気」を褒め称えたい。「小柄な体に、社会を変えたいという熱意をみなぎらせた人だった」とメディアは伝えている。殺害される前日も、ロンドン・テムズ川で「残留キャンペーン」運動をしていたところ、残留反対派からホースで水をかけられたという。難民保護に注力したため、極右派から狙われていたという。生命の危険を感じても、自らの政治信念に生きた。
 バーストルの教会で行われた追悼集会で、この集会を主催したポール・ナイト牧師は「人々を巻き込み、正義と社会の結束のために熱心に取り組んだ」と語り、コックス議員の冥福を祈った。
 今頃、コックス議員は天国で、英史上最も偉大な宰相の一人、ウィンストン・チャーチルに会い、チャーチルから「勇気を出して奮闘した」とお褒めの言葉を送られているかもしれない。
 チャーチルは、どんな逆境にも勇気を持ち、それに立ち向かう人々を最も尊敬した。自らも何度も死神に会いながらも、死を恐れない勇気と挑戦の人生だった。チャーチルは、1932年に出版した「現代の最も偉大な人物」の中で、そのような人物にスペインのアルフォンソ13世を挙げている。フランコ独裁体制から民主主義制度への移行に決定的役割を演じたファン・カルロス前国王の父親だ。
 アルフォンソ13世(1886-1941)はスペインの前近代的な政治・社会体制を変えようとして社会改革に懸命に取り組んだ。しかし、途絶えることのないテロの中で政府高官は次々に暗殺されていった。このため、自らの理想から次第に距離を置き始め、改革は失敗して亡命した。
 チャーチルはアルフォンソ13世の政治・社会改革の失敗にもかかわらず、暗殺を恐れない彼の勇気を称賛した。「大衆も国王も人生行路を歩く中で、自らを試される事態に遭遇(困難な状況や危機的状況)したときにこそ、(自らの行動について他人から)判断されるにちがいない。勇気こそ人間の資質の中で最も尊重される資質だ。勇気という資質があってはじめてほかの資質が担保されるのだ。実際の行動においても、モラルの面であっても、アルフォンソ国王はあらゆる場面で勇気を証明した。陛下の命の危険がさらされる場面でもあっても、政治的逆境に遭遇したときでも同じだった」
 コックス議員も時代は違っていても「勇気」を抱き自らの信念で政治課題に挑んだ。そして殺害された。彼女は政治信念に生きた。決して政治家になることを目的としなかった。この意味で政治資質があった。
 日本を振り返れば、政治家の資質がなくても、食い扶持を稼ぐ職業とする政治家が大半だ。舛添氏しかり、甘利氏しかり。この一年でマスコミを騒がせた“落第生”政治家が何人いただろうか。そして何よりも「勇気」の「勇」もない政治家が多すぎる。いつも政治リスクを回避し、困難な問題を先延ばしにする安倍晋三首相や取り巻き政治家は好例だ。
 日本の政治家はコックス議員の政治テロに思いをはせ、民主主義制度とは何かをもう一度問い直してほしい。

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