陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

レイ・ブラッドベリ 「壜」 その5.

2013-06-12 23:41:53 | 翻訳
その5.

 メドノウじいさんは、トカゲのような舌で唇をなめまわしながら、長いことビンをながめていた。やがて元の位置に戻ると、いつもどおり、年寄りらしい、甲高い声で話を始めた。

「こりゃいったい何じゃろうか。オスかメスか、それともただのありふれたものなんじゃろうか。わしはときどき、夜中に目を覚まして、敷物の上で寝返りを打ちながら、あのビンのことを考えるんじゃ。真っ暗い中で、長いことな。あれのことを考える。アルコールのなかで、安らかに、カキの身みたいに青白くて。ときに、ばあさんを起こして、いっしょに考えることもあるんじゃ……」

 話をしながら、老人はパントマイムでもやっているかのように、ふるえる指を動かしていた。みんながその太い親指が左右にくねり、ほかの四本の大きな爪の指がひらひらと動くのをじっと見ていた。

「…わしらふたり、そこに寝ころがって考えたんだ。そしたらふるえがきた。そりゃ暑い夜だった。木も汗ばむし、蚊だって暑すぎて飛べないぐらい暑い夜だったんじゃぞ。なのに、わしらはおんなじようにふるえたんじゃ。寝返りを打って、なんとか眠ろうとしたんじゃが……」

 じいさんは口をつぐんだ。ここまで言えば十分じゃろう、この驚きも、恐ろしさも、不思議さも、誰かほかの者が語ってくれ、とでもいわんばかりに。

 ウィロウ沼地から来たジューク・マーマーが、膝頭にのせていたてのひらの汗をぬぐって、低い声で話した。

「おれがまだ鼻を垂らした小僧だったころのことだ。ネコを飼ってたんだが、そいつときたら、年がら年中、仔ばかり産むんだ。なんとまあ、こいつはどんなときだろうがはね回るわ、垣根は飛び越えるわで――」ジュークはどこか敬虔な口調で語った。「仔はよそにあげていたんだが、また産気づいた。うちの近所の家という家には、うちのネコが一匹や二匹、いるようなことになってたっていうのに。

「そこでおふくろは裏のポーチに10リットルほど入る、大きなガラスビンを用意して、水をいっぱい入れた。おふくろは言ったんだ。『ジューク、子猫を沈めとくれ!』ってね。おれはいまでもよく覚えてるんだが、そこにじっと突っ立ったままだった。子猫たちはみゃーみゃー鳴きながら走り回ってる。まだ目が見えなくて、ちっぽけで弱々しくて、何かおかしな感じだった。ちょうど、目が開きかけたぐらいのころだ。おれはおふくろに目を遣った。おれは言ったんだ。『いやだよ、かあちゃん、やってよ』って。だけどおふくろは青ざめてしまって、誰かがやらなきゃいけないし、ここにはおまえしかいないんだよ、って言った。そのまま、肉のスープをかきまわしたり、鶏の面倒を見なきゃならない、とか言って、行ってしまった。おれは――おれは、いっぴきつかまえた――子猫をな。手に取った。あったかかったよ。みゃーみゃー言ってる。逃げ出したかった。二度と帰らなくていいところへ」



(この項つづく)