陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

レイ・ブラッドベリ 「壜」その3.

2013-06-10 22:15:46 | 翻訳
その3.


 チャーリーは丸太小屋の階段をのぼっていき、居間の玉座にビンを載せた。これからはここが王宮になるんだ、とチャーリーは考えた。現国王は身じろぎもせず、専用プールにたゆたいながら、けちなテーブルの上の棚に上って鎮座まします。

 このビンは、沼沢地の縁にたれこめるもやのような、陰鬱な単調さを吹き払うものなのだ。

「あんた、そこに置いたのはなに?」

夢見心地でいた彼は、テディのキンキンと高い声に、はっと我に返った。妻がこちらをにらみつけながら寝室の戸口に立っている。やせた体を色あせた青のギンガムチェックに包み、くすんだ色の髪は後ろで結わえて、赤い耳が目につく。その目はちょうどギンガムそっくりの、あせた青だった。

「ねえ」とくり返した。「あれは何?」

「おまえには何に見える? テディ」

 テディはいかにも気乗り薄の様子で、不精らしく尻を揺すりながらこちらへやってきた。目がビンに釘付けになり、めくれあがった唇から、ネコのような白い歯がのぞいている。

 命のない、アルコール漬けの青白い物体。

 テディは、鈍い青い目をちらりとチャーリーに向けると、またビンに視線を戻した。もう一度、チャーリーに目を遣り、またビンに戻る。それからさっと向きを変えて、壁をつかんだ。

「これって――これ、なんだか――あんたみたいよ、チャーリー」と耳障りな大声で言った。

 寝室のドアが後ろ手にたたきつけられた。

 ビンの中のそれは、鳴り響く音に、いささかなりともわずらわされた気配もない。だがそこに立っていたチャーリーは、テディのあとを追いたいという激しい思いにかられ、首の筋肉はこわばり、心臓は飛び出しそうだった。やがて動悸もいくぶん収まってくると、ビンの中のそれに話しかけた。

「おれはな、毎年、川沿いの低地で、必死で働いてるんだ。なのに、あいつときたらその金を持って、一目散に自分の身内のところへ行ったきり、ふた月以上も帰ってきやしねえ。あいつをつなぎとめておくことが、おれにはできねえんだ。あいつも、それからあの店にいた連中も、おれのことを笑い者にしてらあ。おれがうまく立ち回らないかぎり、どうすることもできねえ」

 ビンの中のそれは、超然としたまま、アドバイスひとつよこすでもない。

「チャーリー」

 ドアの外に誰かが立っていた。

 ハーリーはぎくりとしてふりかえったが、つぎの瞬間、にやりとした。

 雑貨屋にいた連中の何人かがやってきたのだ。

「あのな……チャーリー、おれたち……つまり、あれを……思うんだが……なあ……おれたち、あれが見たくて来たんだ……おまえが持ってたあれ、ビンの中のあれだ……」



(この項つづく)