hiyamizu's blog

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篠田節子『長女たち』を読む

2014年05月18日 | 読書2

篠田節子著『長女たち』(2014年2月新潮社発行)を読んだ。

当てにするための長女と、慈しむための他の兄妹。 親が老いたとき頼りにするのは嫁でも長男でも責任のない次女でもない。子供の頃からそう育てて来た長女だ。親の介護に振り回されながら、親の呪縛から逃れられず追いつめられた長女たちの行く末は? 
年老いた親が心に重くのしかかる30後半から40代の独身の「長女」を描く3編の連作小説。

「家守娘
夜になると妄想でいるはずのない娘に話しかける母親。医者に相談しても、頭から否定せず、まずはそのまま受け入れてくださいと、うんざりするほど教科書通りのことを言うだけだ。めったに来ない妹は、デイサービスなんて、そんなところにお母さんを生かせるなんてかわいそうというばかり。母は絶対に薬を飲まないし、長女の直美の負担は増すばかり。40半ばで仕事も辞めた直美は、施設に頼ろうとするが、母は「他人におしめを取り替えてもらうなんて、絶対に嫌。そんな恥ずかしくて惨めなことにならないように、必死で娘を育てたというのに」と言い放つ。痴呆の母とのやりきれない日常、生々しいやりとりが続き、やがて大きな出来事が・・・。

「ミッション」
頼子は、身の回りの世話を期待する父親の反対を押し切り、勤めを辞めて遠方の医学部に入る。当地の病院に勤めた頼子は、父を孤独死させることとない、その悔恨から抜け出せない。母が親切にしてもらった園田医師が7年間過ごしたヒマラヤの麓で事故死し、頼子は代わりになろうとヒマラヤへ向かう。現地では不審な死が続けさまに起こっていた。そして、頼子も・・・。

「ファーストレディ」
医者に嫁ぎ、何十年も窮屈な思いをした母は、糖尿病となったのにこれからは好きな物を食べるのだと、慧子(けいこ)の言う事を聞かず食事療法を無視し好き勝手にする。母に腎臓を提供すべきか悩む慧子に、「子供に(リスクのある)そんなことをさせたい親でどこにいる」と医師の父も、大切にされた弟も反対する。あんたさえ出来なかったらと言われ続けた慧子に母は「あんたのだったら、一番いいね」「あんたのなら自分の体と同じだもん」と言ってのける。

初出:小説新潮2008年8月号(家守娘)、2011年11月号(ミッション)、2012年10月号(ファーストレディ)、大幅改稿あり。


私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)

長女でもない私には、母親の呪縛は頭では理解できても、「そんなもの!」と蹴っ飛ばせるように思えてしまう。しかし、おそらく幼いときから刷り込まれた呪縛は、心に絡みつき、現実に切り離すのは困難な事情や、申し訳ないとの罪悪感もあって、逃れられず、自分の人生をつかみきれないのだろう。
そんな長女が母親として自分の長女にはどう接するのか? 母の長女への呪縛は時代の流れの中のよどみに過ぎないのか? それとも、虐待のように連鎖するものなのか?


「ミッション」
ヒマラヤの村人は確かにひどく短命だった。園田は生活環境や衛生状態の改善でこれを改善しようとした。しかし、これは村人には迷惑だった。村人は高血圧などで年とる前に突然死する。これが生産性の低い土地に適したライフサイクルだったのだ。

「ファーストレディ」
母親は、二人の子供のうち、弟は愛する者、長女は紛れもなく自分の一部と考えていた。こんな母親に育てられた長女は、母の呪縛から逃れられなくなっている。


篠田節子の略歴と既読本リスト



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