このごろわが家で流行るもの。
パートナーに何かしてもらった時にお礼を言う。
「どなた様かは存じませんが、ご親切に」
ボケてもこれだけは言えるようにと日々訓練にいそしんでいる。
まあ、こんなことやっているようでは、まだまだ俗気が抜けてない。
だいぶ前からだが、右手が効かなくなったときのために左手でも大抵のことができるようにしている。例えば、左手で歯を磨く、字を書く、箸を使うなどだ。
しかし、先日手術して左手に力が入れられない時に、何事にも両手が使えないと不便なことが多いとあらためて気がついた。例えば、電気ヒゲ剃りを右手で持って、ヒゲは剃れることは剃れる。しかし、左手で肌を伸ばしたり、剃れぐわいを左手で確認すれば、よりきれいに剃れる。
やはり、両手はパートナーで、ちょっとした支えであっても、必須なものなのだ。夫婦のように。
今日午後にサンフランシスコに発つ。パソコン持参なので、10月1日まで、多分ときどきはご報告できると思う。
パートナーに何かしてもらった時にお礼を言う。
「どなた様かは存じませんが、ご親切に」
ボケてもこれだけは言えるようにと日々訓練にいそしんでいる。
まあ、こんなことやっているようでは、まだまだ俗気が抜けてない。
だいぶ前からだが、右手が効かなくなったときのために左手でも大抵のことができるようにしている。例えば、左手で歯を磨く、字を書く、箸を使うなどだ。
しかし、先日手術して左手に力が入れられない時に、何事にも両手が使えないと不便なことが多いとあらためて気がついた。例えば、電気ヒゲ剃りを右手で持って、ヒゲは剃れることは剃れる。しかし、左手で肌を伸ばしたり、剃れぐわいを左手で確認すれば、よりきれいに剃れる。
やはり、両手はパートナーで、ちょっとした支えであっても、必須なものなのだ。夫婦のように。
今日午後にサンフランシスコに発つ。パソコン持参なので、10月1日まで、多分ときどきはご報告できると思う。