言葉を馬鹿にするな 赤川次郎さん政治に怒る(2015年8月29日中日新聞)

2015-08-29 08:28:16 | 桜ヶ丘9条の会
言葉をばかにするな 赤川次郎さん政治に怒る 

2015/8/29 朝刊

邦人保護を強調する安倍首相。だが、この想定は米艦防護の条件ではないことが審議で判明した=昨年5月、首相官邸で
 「政治家にとって言葉は命。命がけの真剣勝負であるべきなのに…」。「三毛猫ホームズ」シリーズなどで知られる作家の赤川次郎さん(67)が「安倍政治」に対して積極的に発言している。憤りの矛先は安全保障関連法案など政策にとどまらず、言葉を軽んじる政治姿勢に向けられている。この姿勢は「議論の否定」であり、言葉をなりわいとする作家の一人として、黙っていられないという。赤川さんに思いを聞いた。

◆「積極的平和」、70年談話の軽さ…

 「(一昨年七月に麻生太郎副総理が発言した)ナチスのやり方に学ぶようなことを口にすれば、(欧米では)政治家として終わり。しかし、日本では撤回しましたと言えば、済んでしまう。いかに日本では、政治家の言葉が軽いか。そこが作家として許せない」

 赤川さんはそう話す。

 「流行作家」というイメージがあるが、社会派的な作品も少なくない。今年出版したエッセー集「三毛猫ホームズの遠眼鏡」(岩波現代文庫)でも、安倍晋三政権を痛烈に批判する。

 文芸誌「すばる」八月号掲載の作家、高橋源一郎さんとの対談では「日本語がおかしいと思いませんか。積極的平和主義って何ですか。言葉をそこまでばかにしていいのかと腹が立ちますね」と発言した。

 その意味について、赤川さんは「積極的平和主義という言葉には『戦争』を『平和』と言い換える怖さがある。平和というのは、戦争がない状態ではない。言論の自由があり、自由に行動ができて、海外と外交で問題を解決できることが平和で、戦争をしていないから平和ではない。平和という言葉自体をよく考えないといけない」と語る。

 安保関連法案をめぐる国会審議を見ていても言葉の機能不全が如実だという。

 「(現政権には)議論で相手を説得しようという気がない。そもそも議論をかみ合わせると、矛盾が出てくる。でも、それ以上に採決すれば通るんだ、手続きとして国会に出ているだけという印象を受ける」

 「民主主義をばかにする」(赤川さん)人たちが主導権を握れば、独裁的な政治が立ち現れるのは必然だ。言葉の軽さは与党政治家に端的に表れているが、国民的な現象であるようにも見える。赤川さんは、原因の一つとして「あまりに早く浸透しすぎてしまったネット社会」を挙げる。

 「メールは気楽に出せ、その場で届いてしまうが、手紙は書いてから出すまでに考える余裕がある。相手に腹を立て『絶交だ』と思っても、自分も悪かったなと思い直す時間があった。そういう文化の変化が影響している気がしている」

 そんなネット文化に慣れている若者の一部を「うまく利用している」のが、現政権ではないかとみる。

 言葉の軽さは、首相の戦後七十年談話にも感じたという。「結局、自分は謝りたくない。(談話は)長くて、修飾語がやたらに多い。自分の気持ちを言っていないから、人の胸を打たない。たくさん並べれば、価値があるぐらいの発想。言葉の重みはこの程度なのか、とつくづく思った」

 今夏、出版された小説「東京零年」(集英社)の舞台は近未来の警察国家、監視社会だ。登場人物の一人はこう話す。「優しさは大切だけど、この世の中を動かしているのが誰なのか、そしてその人たちが、日本をどんな社会にしたがっているか、知る必要がある。言い換えれば、知らないことは罪なの」

 こうした視点の底にあるのは、戦前・戦中を旧満州(中国東北部)で過ごした母親から聞いた話だ。「(敗戦まで)日本の軍人が、どれだけ中国人に横暴だったか。加えてソ連が攻めてくるとなったら民間人より先に逃げたことも。軍隊がいかに国民を裏切るものか随分、聞かされた」

 いま、国会周辺では連日、安保法制反対の声が響いている。赤川さんは若者らに期待を寄せつつも、こう注文した。「貧しく、いくつも仕事をしているシングルマザーのような人たちは、民主主義や選挙のことを考える余裕はない。若者は法案だけでなく、学校の給食だけがまともな食事というような子どもたちの存在にも目を向けてほしい。そうでないと、せっかくの運動が根付かない」

 政治に対する発言はこれからも続けていく。それは「作家は進歩的であれというつもりはない。しかし、言葉をばかにされたら怒るべきだ」という職業倫理と強く結びついている。

 (木村留美)

◆文芸誌も危機感

 文芸誌も昨今、安保法案や戦争などに関心を示す。「すばる」八月号は「“戦後”71年目の対話」と題し、瀬戸内寂聴さんと若手作家の平野啓一郎さん、田中慎弥さんの鼎談(ていだん)などを扱った。

 平野さんは米国で学費を餌に軍へ入隊させる制度に言及し「日本も格差によってそういう事態になる」。近著に「宰相A」がある田中さんは、米国の支配下に置かれた「もう一つの日本」を舞台に「戦争こそ平和の基盤だ」とあおる首相を描いたことに触れ「いま書いておかないといけないという焦りというか、直感が働いた」と述べる。

 すばるは九月号でも「戦争を知るための一冊」という特集を組んだ。戦後七十年特集「戦火は遠からず」を企画したのは「文学界」九月号。「群像」は九月号で被爆作家、林京子さんの随筆などを掲載した。

 文芸評論家の川村湊さんは「日本の文学界はこの二十年ほど、政治と距離を取る傾向にあった。闘争の挫折感や内ゲバに対する幻滅があったからだ。流れが変わったのは、現政権の政治手法がひどすぎるからだ」と指摘する。

 「文学者が重きを置くのは論理的思考と想像力、そして言葉。これらをないがしろにする現政権に反発が巻き起こっている。政権のごまかしを暴く上で、言葉を扱う文学者の果たす役割はとても重い」

 (榊原崇仁)

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