給湯器や暖房、壊れたら大ピンチ 半導体不足、生活に直結
2021年11月19日 中日新聞
給湯器や暖房、壊れたら大ピンチ 半導体不足、生活に直結
2021年11月19日
あれ、お風呂のお湯が出ない…。この冬、そんなことが起きたら大ピンチ。給湯器の修理や交換で、何カ月も待たされそうなのだ。原因は半導体不足やコロナが深刻なベトナムのロックダウン(都市封鎖)。何かが壊れたら、家で凍えながら水風呂ということになりかねない。半導体不足の影響は自動車業界だけではなく、人々の生活にも忍び寄っている。 (木原育子、荒井六貴)
嫌な予感で備え
「これから寒さも本格的になるっていうのに…。どんどん困る人が出てくるだろう」。ガス給湯器の取り換え工事をする会社「大問屋(おおどんや)」の浅岡朋宏社長(50)の眉間にしわが寄った。
全国に四十店近くある店の一つ、田園調布店(東京都大田区)には、品薄なはずの給湯器が入った段ボールが並ぶ。今夏、給湯器の納品が遅れ始めた際、「嫌な予感」を感じて早め早めに発注していた品だ。
「これ、どこに置けばいいっすか?」。十七日午前の取材中も、ひっきりなしに運送会社が行ったり来たりし、段ボールを置いていった。浅岡さんは「給湯器だけで五十個はくだらないよね」と苦笑いする。
ただ、この五十個は例年の注文からみてすぐになくなりそう。その先は…。
浅岡さんは「少なくとも来年の三月まで入らない見通しの商品もある。二〇一一年の東日本大震災の際も部品が調達できず、納期が遅れたことはあったが、ここまで長期化したことはない」と言う。
名古屋市で一九八七年に開業して以来初の異常事態。今も納期遅れが出ており、顧客から「一体いつまで待たせるんだ」とお叱りの声を受けたことも一度や二度ではない。なぜ、こんなことになっているのか。
「ベトナムのロックダウンの影響で、電子基板の部品を製造しているメーカーの部品が欠品することになった。さらに半導体不足など複数の要因が絡み合っている。ご迷惑をおかけしています」。リンナイの広報担当者が申し訳なさそうに説明する。「昨年、リンナイは創業百周年を迎えた。給湯器が主力商品となって約四十年。こんなにピンチだったことはかつてない」
ほかのメーカーもウェブサイトで「重要なお知らせ」などと納期遅れを告知している。ガス給湯器大手メーカーのノーリツの広報担当者も「影響は想定を上回る」と頭を抱える。「部品の調達先や供給基準の見直しについて議論を始めなければならない」
家電の小売店も不安を募らせている。ありとあらゆる商品に半導体が使われているからだ。東京都港区赤坂の大型量販店。石油ファンヒーターやエアコンなどが並ぶ。半導体不足の影響について聞くと、男性店員は間髪入れず、「もう戦々恐々ですよ。今のところ影響はないが、いつメーカーから納期未定のお達しが来るか…。来る時は一気ですから…」と渋い表情になった。
ちなみに、温水洗浄便座は、すでに納期の見通しが立たない状況。LIXILの広報担当者によると、半導体ではないが、ベトナムのロックダウンの影響で部品が不足しているという。「先日の決算でも今月中には正常稼働に戻ると発表したばかり。正常化に向けて私たちも懸命です」
厳しすぎる冬に
この状況で冬を迎える。浅岡さんは「多くのお客さまはガス給湯器が壊れた後に注文する。今冬はすでに在庫がなくなっている可能性が高い。お風呂や洗面所、台所は真水しか出ず、厳しすぎる冬になるかもしれない」と語った。
社会の至る所に
自動車業界から給湯器にまで影響を与える半導体。そもそもは一定の条件で電気を通す電子部品を指していた。一定以上の年齢の人にはラジオでおなじみのトランジスタが代表格。照明でおなじみの発光ダイオード(LED)も半導体の一種だ。
だが、不足が問題になっている半導体はもっと複雑なもの。技術の進歩で、小さなチップに半導体を集積した回路を載せ、情報を処理したり記録したりできるようになった。ニュースで不足が報道されているのは、これだ。今では、エアコンの温度管理からパソコン、スマートフォン、軍事兵器まで、社会の至る所で使われている。
なぜここまで不足しているのか。経済アナリストの中原圭介さんは「自動車の半導体で言えば、製造の中心が人件費が安いマレーシアなど東南アジア。新型コロナの影響でロックダウンし、工場が閉まったことが要因」と説明する。
さらに、日本国内で製造していたルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)で三月に火災が起き、操業が一時止まった。「悪いことが重なった。サプライチェーン(供給網)が世界中で構築され、どこかが止まると、他の国でも生産が厳しくなる」
その半導体が経済の命運を握っている。
第一生命経済研究所の藤代宏一・主任エコノミストは「半導体の供給が止まれば、国の経済活動を止めることにもつながる。二〇一八年ごろからの米中貿易摩擦で、半導体は安全保障の観点から語られるようになった。食糧と同じぐらい重要だ」と語る。そんなこともあり、「産業のコメ」と呼ばれることもある。
日本のシェア低く
コメならば自給自足したいところ。だが、経済産業省によると、一九年の売上高のシェアは日本が10%、米国が50・7%、韓国が18・4%だった。メーカー別では、米国のインテルがトップで、サムスン、SKなどの韓国勢が続き、日本は東芝の流れをくむキオクシアが九位に出てくるだけだ。
三十年余り前はそうではなかった。「日の丸半導体」と隆盛を誇り、一九八八年の売り上げは、日本勢が世界の半分以上を占めていた。メーカーもNECや東芝、日立、富士通、三菱、松下と十位以内に六社入っていた。それが九〇年代以降、凋落(ちょうらく)していく。経産省の分析では、八〇年代の日米貿易摩擦で規制が強まり衰退したほか、技術革新や他国企業との協力が遅れたことなどが理由に挙げられていた。
最近の半導体不足を受け、経産省は十五日、支援策をまとめた「半導体産業基盤緊急強化パッケージ」を示した。国内の生産基盤を強化するため、先端工場の誘致や既存工場の設備の増設などで支援する。スマホなどで使う最先端の半導体ばかりでなく、自動車や給湯器に使う簡素で収益性の低い半導体にも力を入れていくということだ。
とはいえ、経産省情報産業課の羽原健雄課長補佐は「安定的な供給体制をつくりたい。具体的にはこれから」と話す。対策の効果が出るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
乾きやすい下着
だが、もうすぐ半導体不足の真冬がやってくる。もしも給湯器が壊れたらどうすればいいのか。
ボーイスカウト日本連盟広報担当の木本史郎さんは、風呂に入れないときの対策として「乾きやすい下着にする。温タオルで汗を拭き取り、清潔に保つこと。汗で湿気がこもると、体を冷やす原因になる。ベトベトだと気分も悪い。さっぱりすれば、温かさにつながるのではないか」と提案した。
あれ、お風呂のお湯が出ない…。この冬、そんなことが起きたら大ピンチ。給湯器の修理や交換で、何カ月も待たされそうなのだ。原因は半導体不足やコロナが深刻なベトナムのロックダウン(都市封鎖)。何かが壊れたら、家で凍えながら水風呂ということになりかねない。半導体不足の影響は自動車業界だけではなく、人々の生活にも忍び寄っている。 (木原育子、荒井六貴)
嫌な予感で備え
「これから寒さも本格的になるっていうのに…。どんどん困る人が出てくるだろう」。ガス給湯器の取り換え工事をする会社「大問屋(おおどんや)」の浅岡朋宏社長(50)の眉間にしわが寄った。
全国に四十店近くある店の一つ、田園調布店(東京都大田区)には、品薄なはずの給湯器が入った段ボールが並ぶ。今夏、給湯器の納品が遅れ始めた際、「嫌な予感」を感じて早め早めに発注していた品だ。
「これ、どこに置けばいいっすか?」。十七日午前の取材中も、ひっきりなしに運送会社が行ったり来たりし、段ボールを置いていった。浅岡さんは「給湯器だけで五十個はくだらないよね」と苦笑いする。
ただ、この五十個は例年の注文からみてすぐになくなりそう。その先は…。
浅岡さんは「少なくとも来年の三月まで入らない見通しの商品もある。二〇一一年の東日本大震災の際も部品が調達できず、納期が遅れたことはあったが、ここまで長期化したことはない」と言う。
名古屋市で一九八七年に開業して以来初の異常事態。今も納期遅れが出ており、顧客から「一体いつまで待たせるんだ」とお叱りの声を受けたことも一度や二度ではない。なぜ、こんなことになっているのか。
「ベトナムのロックダウンの影響で、電子基板の部品を製造しているメーカーの部品が欠品することになった。さらに半導体不足など複数の要因が絡み合っている。ご迷惑をおかけしています」。リンナイの広報担当者が申し訳なさそうに説明する。「昨年、リンナイは創業百周年を迎えた。給湯器が主力商品となって約四十年。こんなにピンチだったことはかつてない」
ほかのメーカーもウェブサイトで「重要なお知らせ」などと納期遅れを告知している。ガス給湯器大手メーカーのノーリツの広報担当者も「影響は想定を上回る」と頭を抱える。「部品の調達先や供給基準の見直しについて議論を始めなければならない」
家電の小売店も不安を募らせている。ありとあらゆる商品に半導体が使われているからだ。東京都港区赤坂の大型量販店。石油ファンヒーターやエアコンなどが並ぶ。半導体不足の影響について聞くと、男性店員は間髪入れず、「もう戦々恐々ですよ。今のところ影響はないが、いつメーカーから納期未定のお達しが来るか…。来る時は一気ですから…」と渋い表情になった。
ちなみに、温水洗浄便座は、すでに納期の見通しが立たない状況。LIXILの広報担当者によると、半導体ではないが、ベトナムのロックダウンの影響で部品が不足しているという。「先日の決算でも今月中には正常稼働に戻ると発表したばかり。正常化に向けて私たちも懸命です」
厳しすぎる冬に
この状況で冬を迎える。浅岡さんは「多くのお客さまはガス給湯器が壊れた後に注文する。今冬はすでに在庫がなくなっている可能性が高い。お風呂や洗面所、台所は真水しか出ず、厳しすぎる冬になるかもしれない」と語った。
社会の至る所に
自動車業界から給湯器にまで影響を与える半導体。そもそもは一定の条件で電気を通す電子部品を指していた。一定以上の年齢の人にはラジオでおなじみのトランジスタが代表格。照明でおなじみの発光ダイオード(LED)も半導体の一種だ。
だが、不足が問題になっている半導体はもっと複雑なもの。技術の進歩で、小さなチップに半導体を集積した回路を載せ、情報を処理したり記録したりできるようになった。ニュースで不足が報道されているのは、これだ。今では、エアコンの温度管理からパソコン、スマートフォン、軍事兵器まで、社会の至る所で使われている。
なぜここまで不足しているのか。経済アナリストの中原圭介さんは「自動車の半導体で言えば、製造の中心が人件費が安いマレーシアなど東南アジア。新型コロナの影響でロックダウンし、工場が閉まったことが要因」と説明する。
さらに、日本国内で製造していたルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)で三月に火災が起き、操業が一時止まった。「悪いことが重なった。サプライチェーン(供給網)が世界中で構築され、どこかが止まると、他の国でも生産が厳しくなる」
その半導体が経済の命運を握っている。
第一生命経済研究所の藤代宏一・主任エコノミストは「半導体の供給が止まれば、国の経済活動を止めることにもつながる。二〇一八年ごろからの米中貿易摩擦で、半導体は安全保障の観点から語られるようになった。食糧と同じぐらい重要だ」と語る。そんなこともあり、「産業のコメ」と呼ばれることもある。
日本のシェア低く
コメならば自給自足したいところ。だが、経済産業省によると、一九年の売上高のシェアは日本が10%、米国が50・7%、韓国が18・4%だった。メーカー別では、米国のインテルがトップで、サムスン、SKなどの韓国勢が続き、日本は東芝の流れをくむキオクシアが九位に出てくるだけだ。
三十年余り前はそうではなかった。「日の丸半導体」と隆盛を誇り、一九八八年の売り上げは、日本勢が世界の半分以上を占めていた。メーカーもNECや東芝、日立、富士通、三菱、松下と十位以内に六社入っていた。それが九〇年代以降、凋落(ちょうらく)していく。経産省の分析では、八〇年代の日米貿易摩擦で規制が強まり衰退したほか、技術革新や他国企業との協力が遅れたことなどが理由に挙げられていた。
最近の半導体不足を受け、経産省は十五日、支援策をまとめた「半導体産業基盤緊急強化パッケージ」を示した。国内の生産基盤を強化するため、先端工場の誘致や既存工場の設備の増設などで支援する。スマホなどで使う最先端の半導体ばかりでなく、自動車や給湯器に使う簡素で収益性の低い半導体にも力を入れていくということだ。
とはいえ、経産省情報産業課の羽原健雄課長補佐は「安定的な供給体制をつくりたい。具体的にはこれから」と話す。対策の効果が出るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
乾きやすい下着
だが、もうすぐ半導体不足の真冬がやってくる。もしも給湯器が壊れたらどうすればいいのか。
ボーイスカウト日本連盟広報担当の木本史郎さんは、風呂に入れないときの対策として「乾きやすい下着にする。温タオルで汗を拭き取り、清潔に保つこと。汗で湿気がこもると、体を冷やす原因になる。ベトベトだと気分も悪い。さっぱりすれば、温かさにつながるのではないか」と提案した。
あれ、お風呂のお湯が出ない…。この冬、そんなことが起きたら大ピンチ。給湯器の修理や交換で、何カ月も待たされそうなのだ。原因は半導体不足やコロナが深刻なベトナムのロックダウン(都市封鎖)。何かが壊れたら、家で凍えながら水風呂ということになりかねない。半導体不足の影響は自動車業界だけではなく、人々の生活にも忍び寄っている。 (木原育子、荒井六貴)
嫌な予感で備え
「これから寒さも本格的になるっていうのに…。どんどん困る人が出てくるだろう」。ガス給湯器の取り換え工事をする会社「大問屋(おおどんや)」の浅岡朋宏社長(50)の眉間にしわが寄った。
全国に四十店近くある店の一つ、田園調布店(東京都大田区)には、品薄なはずの給湯器が入った段ボールが並ぶ。今夏、給湯器の納品が遅れ始めた際、「嫌な予感」を感じて早め早めに発注していた品だ。
「これ、どこに置けばいいっすか?」。十七日午前の取材中も、ひっきりなしに運送会社が行ったり来たりし、段ボールを置いていった。浅岡さんは「給湯器だけで五十個はくだらないよね」と苦笑いする。
ただ、この五十個は例年の注文からみてすぐになくなりそう。その先は…。
浅岡さんは「少なくとも来年の三月まで入らない見通しの商品もある。二〇一一年の東日本大震災の際も部品が調達できず、納期が遅れたことはあったが、ここまで長期化したことはない」と言う。
名古屋市で一九八七年に開業して以来初の異常事態。今も納期遅れが出ており、顧客から「一体いつまで待たせるんだ」とお叱りの声を受けたことも一度や二度ではない。なぜ、こんなことになっているのか。
「ベトナムのロックダウンの影響で、電子基板の部品を製造しているメーカーの部品が欠品することになった。さらに半導体不足など複数の要因が絡み合っている。ご迷惑をおかけしています」。リンナイの広報担当者が申し訳なさそうに説明する。「昨年、リンナイは創業百周年を迎えた。給湯器が主力商品となって約四十年。こんなにピンチだったことはかつてない」
ほかのメーカーもウェブサイトで「重要なお知らせ」などと納期遅れを告知している。ガス給湯器大手メーカーのノーリツの広報担当者も「影響は想定を上回る」と頭を抱える。「部品の調達先や供給基準の見直しについて議論を始めなければならない」
家電の小売店も不安を募らせている。ありとあらゆる商品に半導体が使われているからだ。東京都港区赤坂の大型量販店。石油ファンヒーターやエアコンなどが並ぶ。半導体不足の影響について聞くと、男性店員は間髪入れず、「もう戦々恐々ですよ。今のところ影響はないが、いつメーカーから納期未定のお達しが来るか…。来る時は一気ですから…」と渋い表情になった。
ちなみに、温水洗浄便座は、すでに納期の見通しが立たない状況。LIXILの広報担当者によると、半導体ではないが、ベトナムのロックダウンの影響で部品が不足しているという。「先日の決算でも今月中には正常稼働に戻ると発表したばかり。正常化に向けて私たちも懸命です」
厳しすぎる冬に
この状況で冬を迎える。浅岡さんは「多くのお客さまはガス給湯器が壊れた後に注文する。今冬はすでに在庫がなくなっている可能性が高い。お風呂や洗面所、台所は真水しか出ず、厳しすぎる冬になるかもしれない」と語った。
社会の至る所に
自動車業界から給湯器にまで影響を与える半導体。そもそもは一定の条件で電気を通す電子部品を指していた。一定以上の年齢の人にはラジオでおなじみのトランジスタが代表格。照明でおなじみの発光ダイオード(LED)も半導体の一種だ。
だが、不足が問題になっている半導体はもっと複雑なもの。技術の進歩で、小さなチップに半導体を集積した回路を載せ、情報を処理したり記録したりできるようになった。ニュースで不足が報道されているのは、これだ。今では、エアコンの温度管理からパソコン、スマートフォン、軍事兵器まで、社会の至る所で使われている。
なぜここまで不足しているのか。経済アナリストの中原圭介さんは「自動車の半導体で言えば、製造の中心が人件費が安いマレーシアなど東南アジア。新型コロナの影響でロックダウンし、工場が閉まったことが要因」と説明する。
さらに、日本国内で製造していたルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)で三月に火災が起き、操業が一時止まった。「悪いことが重なった。サプライチェーン(供給網)が世界中で構築され、どこかが止まると、他の国でも生産が厳しくなる」
その半導体が経済の命運を握っている。
第一生命経済研究所の藤代宏一・主任エコノミストは「半導体の供給が止まれば、国の経済活動を止めることにもつながる。二〇一八年ごろからの米中貿易摩擦で、半導体は安全保障の観点から語られるようになった。食糧と同じぐらい重要だ」と語る。そんなこともあり、「産業のコメ」と呼ばれることもある。
日本のシェア低く
コメならば自給自足したいところ。だが、経済産業省によると、一九年の売上高のシェアは日本が10%、米国が50・7%、韓国が18・4%だった。メーカー別では、米国のインテルがトップで、サムスン、SKなどの韓国勢が続き、日本は東芝の流れをくむキオクシアが九位に出てくるだけだ。
三十年余り前はそうではなかった。「日の丸半導体」と隆盛を誇り、一九八八年の売り上げは、日本勢が世界の半分以上を占めていた。メーカーもNECや東芝、日立、富士通、三菱、松下と十位以内に六社入っていた。それが九〇年代以降、凋落(ちょうらく)していく。経産省の分析では、八〇年代の日米貿易摩擦で規制が強まり衰退したほか、技術革新や他国企業との協力が遅れたことなどが理由に挙げられていた。
最近の半導体不足を受け、経産省は十五日、支援策をまとめた「半導体産業基盤緊急強化パッケージ」を示した。国内の生産基盤を強化するため、先端工場の誘致や既存工場の設備の増設などで支援する。スマホなどで使う最先端の半導体ばかりでなく、自動車や給湯器に使う簡素で収益性の低い半導体にも力を入れていくということだ。
とはいえ、経産省情報産業課の羽原健雄課長補佐は「安定的な供給体制をつくりたい。具体的にはこれから」と話す。対策の効果が出るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
乾きやすい下着
だが、もうすぐ半導体不足の真冬がやってくる。もしも給湯器が壊れたらどうすればいいのか。
ボーイスカウト日本連盟広報担当の木本史郎さんは、風呂に入れないときの対策として「乾きやすい下着にする。温タオルで汗を拭き取り、清潔に保つこと。汗で湿気がこもると、体を冷やす原因になる。ベトベトだと気分も悪い。さっぱりすれば、温かさにつながるのではないか」と提案した。
あれ、お風呂のお湯が出ない…。この冬、そんなことが起きたら大ピンチ。給湯器の修理や交換で、何カ月も待たされそうなのだ。原因は半導体不足やコロナが深刻なベトナムのロックダウン(都市封鎖)。何かが壊れたら、家で凍えながら水風呂ということになりかねない。半導体不足の影響は自動車業界だけではなく、人々の生活にも忍び寄っている。 (木原育子、荒井六貴)
嫌な予感で備え
「これから寒さも本格的になるっていうのに…。どんどん困る人が出てくるだろう」。ガス給湯器の取り換え工事をする会社「大問屋(おおどんや)」の浅岡朋宏社長(50)の眉間にしわが寄った。
全国に四十店近くある店の一つ、田園調布店(東京都大田区)には、品薄なはずの給湯器が入った段ボールが並ぶ。今夏、給湯器の納品が遅れ始めた際、「嫌な予感」を感じて早め早めに発注していた品だ。
「これ、どこに置けばいいっすか?」。十七日午前の取材中も、ひっきりなしに運送会社が行ったり来たりし、段ボールを置いていった。浅岡さんは「給湯器だけで五十個はくだらないよね」と苦笑いする。
ただ、この五十個は例年の注文からみてすぐになくなりそう。その先は…。
浅岡さんは「少なくとも来年の三月まで入らない見通しの商品もある。二〇一一年の東日本大震災の際も部品が調達できず、納期が遅れたことはあったが、ここまで長期化したことはない」と言う。
名古屋市で一九八七年に開業して以来初の異常事態。今も納期遅れが出ており、顧客から「一体いつまで待たせるんだ」とお叱りの声を受けたことも一度や二度ではない。なぜ、こんなことになっているのか。
「ベトナムのロックダウンの影響で、電子基板の部品を製造しているメーカーの部品が欠品することになった。さらに半導体不足など複数の要因が絡み合っている。ご迷惑をおかけしています」。リンナイの広報担当者が申し訳なさそうに説明する。「昨年、リンナイは創業百周年を迎えた。給湯器が主力商品となって約四十年。こんなにピンチだったことはかつてない」
ほかのメーカーもウェブサイトで「重要なお知らせ」などと納期遅れを告知している。ガス給湯器大手メーカーのノーリツの広報担当者も「影響は想定を上回る」と頭を抱える。「部品の調達先や供給基準の見直しについて議論を始めなければならない」
家電の小売店も不安を募らせている。ありとあらゆる商品に半導体が使われているからだ。東京都港区赤坂の大型量販店。石油ファンヒーターやエアコンなどが並ぶ。半導体不足の影響について聞くと、男性店員は間髪入れず、「もう戦々恐々ですよ。今のところ影響はないが、いつメーカーから納期未定のお達しが来るか…。来る時は一気ですから…」と渋い表情になった。
ちなみに、温水洗浄便座は、すでに納期の見通しが立たない状況。LIXILの広報担当者によると、半導体ではないが、ベトナムのロックダウンの影響で部品が不足しているという。「先日の決算でも今月中には正常稼働に戻ると発表したばかり。正常化に向けて私たちも懸命です」
厳しすぎる冬に
この状況で冬を迎える。浅岡さんは「多くのお客さまはガス給湯器が壊れた後に注文する。今冬はすでに在庫がなくなっている可能性が高い。お風呂や洗面所、台所は真水しか出ず、厳しすぎる冬になるかもしれない」と語った。
社会の至る所に
自動車業界から給湯器にまで影響を与える半導体。そもそもは一定の条件で電気を通す電子部品を指していた。一定以上の年齢の人にはラジオでおなじみのトランジスタが代表格。照明でおなじみの発光ダイオード(LED)も半導体の一種だ。
だが、不足が問題になっている半導体はもっと複雑なもの。技術の進歩で、小さなチップに半導体を集積した回路を載せ、情報を処理したり記録したりできるようになった。ニュースで不足が報道されているのは、これだ。今では、エアコンの温度管理からパソコン、スマートフォン、軍事兵器まで、社会の至る所で使われている。
なぜここまで不足しているのか。経済アナリストの中原圭介さんは「自動車の半導体で言えば、製造の中心が人件費が安いマレーシアなど東南アジア。新型コロナの影響でロックダウンし、工場が閉まったことが要因」と説明する。
さらに、日本国内で製造していたルネサスエレクトロニクスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)で三月に火災が起き、操業が一時止まった。「悪いことが重なった。サプライチェーン(供給網)が世界中で構築され、どこかが止まると、他の国でも生産が厳しくなる」
その半導体が経済の命運を握っている。
第一生命経済研究所の藤代宏一・主任エコノミストは「半導体の供給が止まれば、国の経済活動を止めることにもつながる。二〇一八年ごろからの米中貿易摩擦で、半導体は安全保障の観点から語られるようになった。食糧と同じぐらい重要だ」と語る。そんなこともあり、「産業のコメ」と呼ばれることもある。
日本のシェア低く
コメならば自給自足したいところ。だが、経済産業省によると、一九年の売上高のシェアは日本が10%、米国が50・7%、韓国が18・4%だった。メーカー別では、米国のインテルがトップで、サムスン、SKなどの韓国勢が続き、日本は東芝の流れをくむキオクシアが九位に出てくるだけだ。
三十年余り前はそうではなかった。「日の丸半導体」と隆盛を誇り、一九八八年の売り上げは、日本勢が世界の半分以上を占めていた。メーカーもNECや東芝、日立、富士通、三菱、松下と十位以内に六社入っていた。それが九〇年代以降、凋落(ちょうらく)していく。経産省の分析では、八〇年代の日米貿易摩擦で規制が強まり衰退したほか、技術革新や他国企業との協力が遅れたことなどが理由に挙げられていた。
最近の半導体不足を受け、経産省は十五日、支援策をまとめた「半導体産業基盤緊急強化パッケージ」を示した。国内の生産基盤を強化するため、先端工場の誘致や既存工場の設備の増設などで支援する。スマホなどで使う最先端の半導体ばかりでなく、自動車や給湯器に使う簡素で収益性の低い半導体にも力を入れていくということだ。
とはいえ、経産省情報産業課の羽原健雄課長補佐は「安定的な供給体制をつくりたい。具体的にはこれから」と話す。対策の効果が出るまでには、まだ時間がかかりそうだ。
乾きやすい下着
だが、もうすぐ半導体不足の真冬がやってくる。もしも給湯器が壊れたらどうすればいいのか。
ボーイスカウト日本連盟広報担当の木本史郎さんは、風呂に入れないときの対策として「乾きやすい下着にする。温タオルで汗を拭き取り、清潔に保つこと。汗で湿気がこもると、体を冷やす原因になる。ベトベトだと気分も悪い。さっぱりすれば、温かさにつながるのではないか」と提案した。