配達じゃなく情報収集ですか 転居、自動車保有 郵便局データ販売案 (2021年11月18日 中日新聞)

2021-11-18 12:11:38 | 桜ヶ丘9条の会

配達じゃなく情報収集ですか 転居、自動車保有…郵便局データ販売案

2021年11月18日 中日新聞
 
 郵便局が持つ市民の情報をビジネスに活用するための議論を総務省が始めた。地図情報を利用する業者に居住者情報を販売する案などで、議論の行方によっては市民生活に大きな影響を及ぼしかねない。日本郵政グループの業績は右肩下がり。新たな収益の柱を生み出したい思惑がにじむ。とはいえ、地域に根差してきた郵便局が市民の情報を基に商売するのは抵抗感がある。慎重な議論が必要ではないか。 (石井紀代美、中山岳)
 「新たにデータを活用したビジネスを行う際に、どのデータを使っていいのか、どういうことはやっていけないのか。そういうことを整理したガイドラインを作るための検討会だ」
 総務省郵便課の松田昇剛課長は語る。検討会とは、先月十五日に始めた「郵便局データの活用とプライバシー保護の在り方に関する検討会」のことだ。金子恭之総務相は初会合で「郵便局を通じて保有するデータを有効活用し、新たなビジネスモデルを構築することが郵政事業の持続的な成長に欠かせない」と発言。積極活用したい考えを鮮明に打ち出した。
 全国に約二万四千ある郵便局は、保有するデータも多岐にわたる。住所、氏名、転居情報、電話番号、郵便物の発送データなどがそうだ。要するに、こうした膨大な量の情報を民間企業に提供、販売するなどし、新たなビジネスとして活用しようというわけだ。どんな活用法が考えられているのか。
 総務省や配布資料によると、エリアごとの郵便物配達のデータを分析し、地域の経済活動の「見える化」を図る。配達量の多寡から経済動向が分かるため、企業が出店を考える時の判断材料に使ったり、民間シンクタンクが提言のための参考情報として用いたりすることを想定する。それにとどまらず、地図を作ろうとしている企業に対し、住所や住人名などの居住者情報を一定程度含むデータを売ることも念頭に置く。
 さらに、検討会メンバーに事前配布された資料には、こんなことも。郵便局員が日常の配達業務の中で知り得た住居の種類や階数、自動車の保有の有無や台数を収集しデータ化。個人が識別できないように地域ごとの統計データに加工し、不動産業者や車のディーラーに提供することも可能か検討するという。
 ただ自動車保有の情報収集には、検討会メンバーから異論が上がった。「郵便配達員がそのような情報収集の役割を要求されること自体がどうなのか。日本郵政にそのような展望がもしあるなら正していきたい」という具合にだ。
 松田課長は「やろうと思えばできるが、さすがにやったらまずいよねという意味で記載した」と釈明した上で、「ガイドラインを作って、やれることの限界を決めておく必要性を伝える」と述べる。
 郵便局データの活用が行き過ぎると、さすがに気味が悪い。中央大の宮下紘教授(情報法)もくぎを刺す。「個人情報保護法上、個人情報を取り扱う際は、利用目的を特定しなければならない。郵便物を届けることを業務にし、そこで知り得た秘密や個人データをビジネス活用するとなると、別の目的に使うことになる。現状の法では許されていないからこそ、新たなガイドラインを作るのだろう」
 一般の人たちに郵便局データのビジネス活用について尋ねてみると、知っている人はいなかった。
 東京都江東区の無職男性は「車とか家の形状とか、黙って集められるとしたら、かなり気持ち悪い話。自分の情報がどこまで広がって、何に使われるのか分かりませんしね」と語る。
 目黒区の検査技師の女性(48)は「かんぽの保険で不正があったのと同じグループでしょう。ちゃんと個人情報を取り扱えるのか不安」と顔をしかめる。
 全国に広がる郵便局のネットワークに絡めて語ったのが、中野区のアルバイト女性(25)だ。「本来は郵便物を配達するために、多くあるはずなのに。そこで働く人たちを情報収集要員として使うのは、ちょっと違うんじゃないか」
 市民の反応は、かんばしくない。日本郵政グループは、どう考えているのか。
 日本郵政広報部は「検討会の主催は総務省。日本郵政はオブザーバー。今後の議論を踏まえてお客さまに便利な新サービスを作りたい」と述べるにとどまる。
 総務省がどうかと言えば、前のめり姿勢がにじむ。来年七月には早々と、データ活用のガイドラインやロードマップをまとめようとしているからだ。
 「新たな事業で郵政事業の成長を」という思惑は分からないでもない。郵政民営化に踏み切ったものの、日本郵政グループは業績不振が続いている。
 二〇一九年度の状況を見ると、ゆうちょ銀行の預貯金残高は一九九九年度の約三割減に。かんぽ生命保険の契約件数も一九九六年度から約四割減。日本郵政グループ(連結)の決算では、経常収益が約十一兆九千五百億円で、一〇年度の約十七兆四千六百億円から約三割減った。
 とはいえ、日本郵政グループの経営感覚や体質を考えると、デリケートなデータを扱わせていいかという疑問が湧く。
 一九年に発覚したかんぽ生命の不正販売問題では、新旧の保険契約で保険料を二重徴収するなど、顧客に不利益な契約が九万件超に上った。経済ジャーナリストの磯山友幸さんは「不正の本質は、多くの顧客が郵便局を信頼していたことにあぐらをかき、国営だった時代から保険販売の厳しいノルマを課していたことにある。こうした体質が改善されたとは言えなかった」と指摘する。
 二〇年一月、いずれも民間出身で日本郵政グループの幹部がそろって引責辞任。その後任には、現在の増田寛也社長をはじめ、官僚出身者が占めた。磯山さんは「経営陣や中堅幹部に官僚出身者が増えた結果、自浄能力に欠け、経営感覚が甘さがあった民営化前に戻ったかのようだ」と語り、「いま、データ活用を検討するのは慎重になるべきだ。多くの顧客も納得できないだろう」と続ける。
 問題は他にもある。
 かんぽ生命の不正販売問題を追及したNHK番組を巡り、日本郵政がNHK会長に抗議。その後に番組続編の放送が見送られるなどし、郵政側の介入だと批判が起きた。昨年九月にあったゆうちょ銀行の貯金不正引き出し問題では、公表や対策が遅れて被害が拡大。先月には、日本郵便の経費で購入したカレンダーを一部の郵便局長が支援する国会議員の後援者らに配った疑いも浮上した。
 青山学院大の八田進二名誉教授(職業倫理)は「不祥事が続く日本郵政グループに、多くの国民は不信感を抱いている。新たなビジネスモデルを確立する必要性はあるにせよ、時期尚早ではないか」と述べたうえ、「まずは失われた信頼の回復を図ることが重要だ」と求めた。