6月12日(土) 上尾コミュニティセンター
まみがピアノを始めたのは、保育園の年長の時。
12年間続けていて、本日発表会でした。
大学生は一番年上なので、一番最後の演奏でした。
曲目は小田和正『ことばにできない』
ちょっとミスったかな、と思ったのですが、表彰式で、なんと「講師賞」を受賞したのです。
昨年は「努力賞」で、これは何回ももらっていて、もらえる人数も多いのですが、「講師賞」は私の知る12年間で過去1人しか受けていない。
「該当者なし」というのが定番だったから、これをもらえるのは相当上手な人だけ、と思っていたのです。
初めてもらうトロフィーに「ほんとにこれ、もらって帰っていいのかな」と信じられない様子のまみ。
家族で見に行った甲斐があったねーと喜びまくりました。
まみの着ているベストは、ピアノの先生からいただいたものです。
サテン生地で、後ろでリボンを結ぶようになっていて、とてもおしゃれ。
高校入学時や大学入学時にもお祝いをいただき、可愛がっていただいて、有難いことです。
ピアノひいている所を写したかったのですが、携帯カメラはシャッター音が鳴るため、写せず。
パパがカメラで写していました。
記念品のミニバラ。
庭に植えました。
高嶋哲夫/作
NHK出版
高校生の部の課題図書です。
まずは、出だしに引き込まれる。
北海道の小さな町、内知町の小学校4年女子児童が「ふるさとの絵」で文部科学大臣賞を受賞する。
この事が全国紙で紹介され、観光会社から問い合わせが相次ぐ。
「緑の丘、紺碧の海、青い空に輝く太陽、そして風車」
景色はその通りだが、実は風車はない。
風車がないというと、観光会社も電話を切ってしまう。
そこで町長が立ち上がり、「町に風車」を作る計画を立てるのだ。
これによって、町興しをしようという考えである。
一基三億もする風車の予算で、町議会は賛否両論。
結局、町長がホテルや観光協会から集めた、たったの500万円で規模の小さな風車を手作りで作る事に決定。
町に1軒しかない鉄工所にその仕事が依頼される。
著者は慶応義塾大学工学部、大学院博士課程修了。
原子力学会技術賞を受賞している、工学博士である。
その知識が存分に披露され、力学・構造学など、風車を作るのに必要な話が盛り込まれ、なるほどと思う。
鉄工所一家の家族関係を軸に、物語がすすみ、風車の仕事により、離れていた家族がひとつにまとまっていく。
500万円(後にプラスされて600万円)で、風車は作れたのか。
ネタばれであるが、完成したものの、失敗に終わり、不幸な事故もおきてしまう。
けれど、物語の本番は、この失敗からであり、主人公ともいうべき優輝が、ここから猛勉強をして、本格的な風車作りにとりかかるのである。
タイトルのように、さわやかな風を感じられる物語だ。
私は、風車というとオランダにある、色とりどりのチューリップと一緒に写っている写真を思い浮かべるが、ここで作る風車は、表紙の写真のように、台座に扇風機の羽のような「ブレード」がついた、シンプルなもの。
風力発電で、自然エネルギーを使用する、エコ環境に貢献するものなのである。
観光用の飾りでない、実用的なものなのだ、と初めて知った。
朝日新聞社
本郷についてのエピソードや、関わる人々の事が、興味深く書かれていて、実際に歩いた情景を思い浮かべながら、文章ひとつひとつが心にしみこむようである。
東大敷地が、加賀前田家の屋敷跡であったことは、前の記事で書いた。
明治初年文部省が、本郷加賀藩邸を一括買い上げして、「御雇い外国人」の居留区として使っていた。
林泉のあちこちに17棟もの木造西洋館が点在していたという。
加賀藩邸は、樹木が多かったから、外国人には、非常に良い環境だった。
明治10年、日本で唯一の東京大学が設立され、今日に至っている。
では、加賀藩の前はというと、ずっと以前縄文時代は本郷台地には海が迫っていて、魚や貝がとれる一等地であった。
上野の不忍池は、海の切れ端である。
本郷に坂が多いのは、長い間の波などによる浸食のため。
明暦3年の大火があり、その教訓で、江戸城の周りの大名屋敷をとりのぞくこととなり、加賀前田家はその代替地として、本郷から不忍池に至る10万3千坪の広大な土地を徳川幕府からもらった。
司馬遼太郎は、この本を書くのに、実際に歩いて調べている。
表紙の写真は、根津神社。