しいかのブックトーク

毎月読んだ本や日常の諸々を記録します。

ナルニア国ものがたり 4

2006-05-25 10:57:04 | こんな本読みました

Narunia4  『銀のいす』

 C.S.ルイス/作  瀬田貞二/訳  岩波少年文庫

 カスピアン王七十年の頃。

 このカスピアン王は、「朝びらき丸東の海へ」のあのカスピアンが老齢になっている時代であり、活躍するユースチスは一緒に行ったあの少年である。

 人間界ではわずかしか時がたっていないのに、ナルニアでは何十年も過ぎているのである。 そして、ユースチスも、「朝びらき丸」の頃のいやな奴ではなく、賢く、勇気ある少年になっている。

 学校の友人ジルと沼人〈泥足にがえもん〉が、行方不明の王子リリアンを助けに行く冒険である。

瀬田さんの訳は、ほんとに面白い。「泥足にがえもん」なんて、一体どういう単語なのだろう。

 「瀬田流独特翻訳ことば」は、物語の随所にあり、英語にがてな私だけれど、原文の本を見てみたいと思う。

 地下世界、地霊人、そして魔女との戦い。

ここで、魔女がついに死ぬ。

 物語をシリーズで読んでいくと、最初は試行錯誤で誤った方向にいきかけたこども達も、冒険を通して、さらに勇気や考えるちから、生きる力を学んでいくのである。 


ナルニア国ものがたり 6

2006-05-25 10:34:51 | こんな本読みました

Narunia6_2  『魔術師のおい』

 C.S.ルイス/作  瀬田貞二/訳  岩波少年文庫

 シリーズ6作目であるが、これがナルニア国の初めの物語。

 個人的には、このおはなしが、一番面白かったし、好きである。

時代は、1880年代から1890年代にかけての頃。 活躍するのは、ポリーとディゴリー。

 自称魔術師のディゴリーの叔父に、魔法の指輪で異世界へ飛ばされた二人は、「世界と世界の間の林」から「ほろびの国チャーン」へ行き、邪悪な魔女ジェイディスを人間界につれてきてしまう。

 そして、ポリー、ディゴリー、叔父、魔女、辻馬車の御者に馬までもが一緒に、ナルニア国創生の場に立ち会うのである。

 この場面は圧巻で、ライオン(アスラン)の歌により、地面が盛り上がって、木や草や、動物たちが生まれてくる。

 『ライオンと魔女』でペペンシー家の4兄妹が訪れる街灯あと野の街灯は、魔女がロンドンの街灯からむしりとってきた鉄棒から生えたもの。

 そして、この魔女こそが、数世紀のちに、ナルニアを冬にした白い魔女なのである。

 ポリーとディゴリーは、魔女を連れてきてしまったつぐないのため、魔法のりんごをとりに行き、それをナルニア国の守りとして、植える。

 そのりんごをひとつもらって、人間界に帰って、病気のお母さんに食べさせ、その芯を植えて、成長したりんごの木から作ったのが、あの衣装ダンス、ナルニア国へと通じるタンスなのだ。

 ナルニア国の最初の王は、御者とその奥さん、というのがおもしろい。


ナルニア国ものがたり 7

2006-05-24 10:05:57 | こんな本読みました

Narunia7  『さいごの戦い』

 C.S.ルイス/作  瀬田貞二/訳  岩波少年文庫

 ナルニア国の終わり頃、チリアン王の時代。

 ずるがしこい大毛ザルが、ロバにライオンの毛皮をかぶせ、「アスラン」と名乗り、カロールメン兵と組んで、ナルニア国、ピーター、エドマンド、ルーシィ、ユースチス、ジル、ポリー、ディゴリー達と戦う。

 今回、かれらが、ナルニア国へ来たきかた、というのが今までと異なるのが特徴である。  

ピーターが、「ナルニア国ものがたり 6」で使った指輪を使おうとしたのに、それを使う事なく、汽車に乗っていたかれらが「気がつくと」ナルニアにいた、ということになっている。

これは、最後のアスランの言葉で、真実が明かされる。

すなわち、「じっさいに鉄道事故があったのだ」。

両親も、今までにナルニアへ来たこども達もすべて、事故で死んでいたのである。

これは、非常に衝撃的なことであるが、C.S.ルイスの宗教観が強く現れている章である。

アスランとは、わたしたちの世で言う「イエス・キリスト」その人だと。 それぞれの物語での冒険を通して学ぶ事柄が、アスランとのかかわりで、キリスト教の教えとつながっている。

ここで、今までの物語を振り返ってみると、なるほど、思い当たることが多々あり、だれでもがアスランに会うと、その前に頭を垂れ、敬虔な気持になるのは、仏教でいえば、仏さまに出会うと同じものなのだろう。

世界の創造と終焉、それを司る存在、目には見えない「神」こそが、アスランなのである。