『ひとつ灯せ ー大江戸怪奇譚-』 徳間書店
料理茶屋「平野屋」の隠居、清兵衛(53歳)は、友人甚助に、とり憑かれていた死神を追い払ってもらったことがきっかけで、「百語りの会」に参席するようになる。
出席者は、菓子屋の利兵衛(60歳)、一中節師匠のおはん(30代)、町医者玄沢、論語塾の慧風、奉行所同心反町(そりまち)で、3人の男は30代から40代というところ。
毎月、まわりもちでそれぞれの家で、理屈では割り切れない、世の中の様々な話を語り合う集まりなのである。
いわゆる、おばけ話と違って、妙に現実味があったりして、微妙なこわさがある。
この「こわさ」は、最後の方にいくほどこわくなり、読み終えた後、とにかく、「こわい」。
人間が「こわい」とおもうのは、自分の「死」であり、それが、この小説の本題なのではないだろうか。
『幻の声ー髪結い伊三次捕物余話』 文藝春秋
廻り髪結いという、床をもたず、お客の家に直接上がり髪を結う伊三次(20代半ば)は、 同心「不破」に気に入られ、岡っ引きの手伝いをしている。
髪結い仕事の合間に事件の聞き込みをする。
江戸の人々の生活がこまやかに描かれ、髪結いの仕事についても、よくわかる。
芸者お文との愛をからめ、情のある物語が5編。
選考委員満場一致で、オール読み物新人賞を受賞している。
『深川恋物語』 集英社
恋愛にからむ江戸の庶民の哀歓が描かれる。
1編目「下駄屋おけい」は、町で2番目の蔵持ち「伊豆屋」のお嬢様。
近所の下駄屋の幼馴染、巳之吉に想いを寄せている。
けれど、店の格が釣り合わず、放蕩三昧の巳之吉は、行方不明になる。
そんな時、浅草の履物問屋からの縁談があり、けいはそれを受けてしまう。
けれど、巳之吉への想いは断ちがたく、戻ってきた巳之吉に会った途端、縁談が嫌になる。
自分の想いを貫く「おけい」の強さ、それを見守る周りの人たち。
悪い人間がでてこなくて、最後がほおっと温かい気持ちになる話である。
他に「花火職人の信次」、「凧師の末松」、「大工の佐吉」、「乾物問屋手代 久助」など。
宇江佐さんの時代小説は、どれも江戸が舞台で、江戸っ子の心意気が、さわやかで気持ちよく描かれる。
人情に厚い人たちが出てくるので、優しい気持ちが伝染して、読後感がとても良い。