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故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

会議の進め方

2015-02-09 05:05:34 | プロジェクトエンジニアー

ホーレンソーが大好きな上司がいます。

報告、連絡と相談です。
この言葉は、上の人が使う言葉であって、
下のものには関係ないのです。
だって、報告することが何なのか第一解らないのですから。
連絡したくないことばかりですから。
相談したって、上の人からこれと言った名案など出てこないのですから。
勝手な言葉です。

漫才師、大助花子のコンビは会話の絶妙が受けています。
ほとんど大助君にしゃべらせない花子の見事な芸です。
昔、付き合った女にこんな方がいらっしゃいました。
私も、考えながらしゃべるようなタイプなので、
女に見事に先を越されてしまいます。言いたいことを飲み込むのです。
何々しようか。と相談を持ち掛けられますが、
それは相談ではなく、ほとんど「シテほしい。」ことなのです。
一方、私が語り始めると寝ています。それは、絶妙な興味がないなのです。

会議は、シャンシャンと終わるのが良いと考えている上司がいます。

根回しが大好きな方なんでしょう。
私は、それこそ時間の無駄と考えています。
会議が始まる前に、議事録ができてしまうような会議は必要ありません。

議題の何にでも口を出す上司がいます。

それも一番先に発言するものですから、下のものからは一切意見はでなくなります。
ホウレンソーも茹で上がってしまうのです。
上司と部下の発言の重みは9対1だと説明します。
あなたが、しゃべることはほとんど結論なのです。
それ以上、意見が出るわけないじゃないですか。

おぞましい会議は今日も続くのです。
ホームラン競争の発表会のような会議はもうやめませんか。
まったく時間の無駄です。
組織を細分化し、セクショナリズムを作っているのは上司のあなたなのです。
だから、報告会のようなみょうちくりんな会議になってしまうのです。
そんな会議は、広めの廊下でさっさと済ませてくれませんか。5分で済みます。
広い会議室など必要ありません。
あなたが、ホーレンソーを求めるなら、
部下のところまで足を運んで(あるいは自席に呼んで)聞いてください。
部下が10人いるとすると、会議時間は、今までの1/10の時間で済みます。
だって、報告の順番を待っている部下は、他の部下の話など聞いていないのです。
自分の順番をどう切り抜けるかばかり反芻しているのです。

会議とは、真剣勝負の場なのです。
あとに引けぬくらい白熱した会議を演出するのが、
上司のあなたの役目ではないでしょうか。

大助君頑張れ。
はいはい解っているよ。と花子さん。
私だけしゃべくって稼いでいるんですよ。皆さんどう思います。
今日もマシンガントークの花子さん、意気揚々と引き揚げていきました。

2015年2月9日
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幸せは繰り返す

2015-02-08 01:26:09 | よもやま話

友と再会出来た時、
仕事が上手く行った時、
健康であると感じた時、
愛する人に出会えた時、
幸せを感じます。

すべてにおいて、対局の上手くいかない時があります。
幸せとは、比較論でしょうか。

幸せはふつふつと湧いてくる元気印そのものです。
生きていることを、感じられることを喜べる時です。

感動は、突然起こります。
心の琴線に触れた時、感動は瞬時に心を満たしてくれます。
どんな状況にあっても感動は起こります。
幸せとは限りません。

幸せは、いくぶん論理的な感じがします。
感動は、まさに感情的な感じがします。

しばらく会っていない人に電話をしました。
80歳を越えた女性です。
貴方に会いたい。貴方の描いた絵が見たい。
とおっしゃられました。老人ホームにおられました。
声は、いくぶん力が無くなっていましたが、しっかりと話されました。
今度の休みに訪ねます。私が、抵抗できない一人です。

忘れられない方がいらっしゃいます。
事あるごとに思い出され、感謝の気持ちに溢れます。
この方に会わなかったら自分の人生は違うものになったでしょう。
そうでしょうか。私はきっと私であったと思います。
だからこそ、忘れられないのです。ずーっと変わっていないのです。
不思議なもので、嫌なことは忘れるようです。
楽しかったこと、感動したことを覚えています。

幸せとは、現在の状況に大きく左右されるように考えます。
感動は、過去、現在と区別が無いようです。
私は、あやふやな幸せ論などより、
一発でノックアウトされるような感動を選びます。
これから逆境にあっても、感動できる人でありたいと思います。
幸せは、明日には変わるかもしれないからです。
幸せは、努力しなければ得られないものです。
幸せは、気持ちを入れ替えないと次の幸せが得られません。
幸せは、強欲な感じです。
感動は、年齢と同じように万人が得られるものです。
努力しなくても、心を研ぎ澄ませていれば得られます。

私は、会うことで言葉は必要ありません。
一瞬で解りあえるからです。
おばあちゃんになられましたが、いつまでも生きてほしい。
できれば、健康でいてほしい。そうでなくても生きてほしい。
私は勝手な男かもしれません。そこに行けば会えるのです。
これからは、急ぎ足でいろんな人に会っておきたい。
例え会えなくても、一度は思い出して心の中で会話をしておきたい。

2015年2月8日
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あんぽんたん

2015-02-07 04:57:16 | よもやま話

私は、あんぽんたんです。
そして、周りのあんぽんたんが好きです。

「たはけあり、またあんぽんたん(安本丹)の親玉あり」風流志道軒伝(平賀源内作)

私は、これまでたくさんの「あんぽんたん」について書きました。
大半が、自分自身の「あんぽんたん」についてです。

あんぽんたんに見えますが、本人にとっては必然的なことであり、一生懸命です。
はたから見るとそれこそ「あんぽんたん」です。

これからも大いに「あんぽんたん」について書き続けます。
どうしてそうなっちゃうの。ということが時々起こります。

沖縄に八百屋の女道楽がいました。
働きもので気立ての良い母ちゃんがおります。
それが、いつもいつも女が切れないのです。
酒を飲んだ席でのこと。お姉さんが、どうしてあんなブスと付き合うの。
と質問しています。あんぽんたんは、他人には解らない女の良さをあげつらいます。
聞いている皆は、まったく納得いきません。
単に、おまえはあんぽんたんだということになります。女とやりたいだけだ。
お姉さんにしてみれば、あんなに素敵な奥さんがいるのに苦労ばかりかけて。
ということです。女のお姉さんから見ても素敵な奥さんですから、
いつもその八百屋さんで買物をします。
しばらくしてまた飲みに行くと、懲りないあんぽんたんは、次の女ができていました。

今日も、おけら街道をとぼとぼ歩く爺いがいます。
勝っていた時に止めておけば良かった。
駅まで歩かずに済んだし、美味しい酒も飲めたはずだと。反省しきりです。
そしてまた、いくらかの小銭を持って挑戦するのですが、
やはりおけら街道を歩きながらぶつぶつ言っているのです。

また、やってしまった。飲まないければ良い男なのに。
今日も酒が入るごとに、目が据わってきました。
誰彼なしにからんでいきます。普段は良い男を演じきっているのでしょう。
ああ、今日も電柱にぶつかって、階段から転んで落ちてしまいました。
飲まなきゃ、良い男なのに。
喋らなきゃ、良い女なのに。

私は、趣味はと聞かれたら「飲む、打つ、買う」と答えています。
痛風気味で飲めないのに、遊ぶ金もないのに、もう出来ないのにです。
初対面の人に、一番大事なことを「しらっ。」と聞くんじゃない。
と思っているのです。
友達になって、ゆっくり付き合えばわかることです。
趣味は、その人にとって人生そのものです。
そんなに急いで知ることでもないでしょうが、本音です。
まあまあそんなに尖らないでも、とも思っています。

愛されるあんぽんたんになりたいものです。
なれるでしょうか。

2015年2月7日
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パジャマを二枚

2015-02-06 05:52:28 | よもやま話

女をとろけさせる男がいるものです。

目立つような行動は控えるが、際立っている男のことです。
顔は良し。喋らせると話題が豊富で、女性の好みがよく分かっているのです。
羨ましいとは思うのですが、とてもその路線は自分には向かないと
思わせるほど卓越しているのです。

5時から男で、静かな感激屋で、女の人を飽きさせない。
甘え上手で、女性が何かしてあげたくなる人です。

こんな友人がいました。
女の人は、パジャマを用意していました。
かなりの美人で、言い寄ってくる男たちをことごとくお断りしていました。
パジャマの主は、友人でした。
いつ来てくれるか分からない友人のために、尽くしていました。
この男、もう一枚パジャマが用意されていました。
別の女性でした。友人が頼んだ訳ではないのですが、何故か用意されるのでした。

飲み友達の友人は、タクシーに一万円かけてもボロアパートに帰宅する私を
怪訝に思っていました。経済的には、会社の近くのサウナに泊まるのが賢明でした。
そして、時々女性宅でパジャマを着ているのでした。

突然に、友人が結婚すると言いました。
図々しくも、お見合いをしたのでした。
こちらは、明るく素晴らしい女性でした。

パジャマの主は、女の人と切れるのに苦労したようでした。
当然です。泣かれたのでしょう。振るのにも慣れがあるのでしょうか。

久しぶりに会った友人が指定した飲み屋に行きました。
私の会社の連れと行きました。友人の他に、かつて同僚だった知り合いもいました。
私達は、私と友人がしてきた馬鹿話をお互いに披露して盛り上がっていました。
話題には、事欠かない二人でした。

追加の焼酎を持ってきた女性が、ここの主人でした。
これまた、雰囲気のある美人でした。友人が指定した理由が解りました。
支払は、私とかつて同僚だった二人でした。
いつも友人は、お金を出すタイミングが遅いのでした。

相変わらずの男ぶりでした。
単身赴任で暮らしていました。
週3日働くだけで、単身生活を続ける意味があるのかと、私は疑問に思いました。
久しぶりに帰る自宅でもパジャマが用意されているのでしょう。
今でも、大事にしてくれるそうです。

やれやれでした。

2015年2月6日
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我がカープの残念

2015-02-05 05:50:38 | 思い出話

密かに、じっと待っています。

今日が、検便提出最後の日です。
私達の会社では、毎月検便をし社員の健康状態をチェックしています。
食品工場としては当然のことです。
たまに、サルモネラ菌などの保有者が出ると自宅待機となります。
この大事な時期にそれはなんとか避けたいところです。

出そうで出ない。
勝てそうで、勝てない。昭和40年代前半のカープのことです。
唯一の市民球団カープは地方の貧乏球団でした。
7回裏まで巨人をリードしていて、いつものように8回表にひっくり返されて
8時半の男宮田が出てきて、8回裏と9回裏を抑えられて
今日も負けの連続でした。先にリードされるとほとんど負け試合でした。
大和田、興津、藤井に投手の安仁屋と頑張っているがやはり負けるのでした。
食べかけのうどんは投げ入れられるは、相手選手への野次は
下劣でおぞましいものでした。

広島弁のその野次は、当時の東映映画「仁義なき戦い」のヒットにより
恐れられたりもしました。
あまりにもカープびいきのファンは、フェンスをよじ登ったりして、
相手チームに危険が及ぶことを恐れて、三塁側フェンスが5m近くになったことも
ありました。その後、さすがにフェンスを越えることは無くなりました。
通っていた高校の近くには、
映画の一方の主人公である共政会の親分宅があり、
鉄板で隙間が囲まれていました。
小さな窓から、若い衆が辻に立つ警察官の動きを見ていたのもこの頃でした。
近くには、原爆で被爆した旧陸軍被服支廠倉庫もありました。
爆風の力でせりあがった被服支廠倉庫の煉瓦の壁
(現在は、原爆資料館内に展示)もそのままでした。

後に、山本浩二や衣笠祥雄などのスター選手が出ましたが、
私のカープは弱くなくてはカープではないのです。
横浜球場で見た前田健太のデビュー戦は、あれ広島にも良いピッチャーが
いるではないか。という程度でした。
今また、優勝を期待できるチームになりました。
スター選手不在の泥臭い球団こそカープなのです。
そんな負け続けるカープを話題に、知らないもの同士が結束を固めるのも
広島での飲み方の作法なのです。

中学生の頃、私が聞いていたのは、いつも負け続けるカープでした。
湧いて来たグループサウンドの歌声ではありませんでした。
きっとこの頃から、好みが曲がってしまったのかもしれません。
いつも負け続けるカープは、自己嫌悪真最中の私の残念と
かぶっていたのかもしれません。

やっと出ました。これで検便提出期限に間に合います。
今日は、大雪の予報です。暖かくして出かけます。

2015年2月5日
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