故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

性善説

2016-02-15 10:00:17 | プロジェクトエンジニアー
  

ヒマラヤ杉の雄姿です。
存在感があります。庭師はここまで想像して植えたのです。



性善説。
人間の本性は善であり仁・義を先天的に具有すると考え、
それに基づく道徳による政治を主張した孟子の説。
荀子の性悪説に対立。
と広辞苑に出ていました。

どう考えても、性悪説にたどり着きます。
性悪説故に、教育というものがあるような気がします。

解らないのは、赤んぼの愛くるしい笑顔です。
癒されます。
人は、大事にされたり愛されると、とても良い顔をして応えてくれます。
これは、どうやら持って生まれたものです。教えられたものではありません。

法律は、知恵の結集です。
過去の賢人が、反省を踏まえて練りに練った決まり事です。
実情に合うように、解釈を加え皆で話して改善(改悪)します。
皆兵制度も同様な経過をたどりました。
戦争に行けば、殺し合いとなります。
こんな残忍なことが良くできるものだと、後に驚きます。

可愛い子どもでさえ、家庭内暴力で阻害されます。
教育といって折檻をされます。
モラハラ、パワハラやセクハラも後を絶ちません。
毎日のようにニュースになっています。
まともな親こそ悩みます。
この子の将来は?と。
いつまでも、親子関係は続きます。
いつまでも上下関係が存在します。

私は、子供を「さん」付けで呼ぶようにしました。
母は、私達のことを小さい頃から「さん」付けで呼んでいました。
気持ちが変わります。もう上下関係は存在しなくなりました。
親子ですが、子供は立派な大人です。
再婚がきっかけでした。
家を出る決心をした時からです。

「盗人にも三分の理」
(どんなに筋の通らない事にも、理屈をつければつけられるものである:広辞苑より)
刑事は、人の悪いところばかり見てきます。飽き飽きすることでしょう。
とんでもないことが起こったり、言ったりされます。
私は、黙っていません。
私の言葉(理屈や考え)ではなく、相手の言葉で話します。
分ってもらう努力をします。

腹が立つのは、毎日のこと。
周りの人も同じような状況でしょう。
ささいなことで、感情がささくれます。
同じように、小さな励ましや理解の言葉や笑顔で、視界が明るくなります。
どちらも自分です。

性悪説と性善説のどちらも正しいような気がします。
短い時間で決着をつけるとなると、「性善説」をとりたい。
理由は、性悪説で説明するより、
性善説で説明できることが多いからです。
性悪説は、頭では理解できます。
しかし、溢れてくる感情の説明にはならない。
性善説でないと理解できない。
感動は、理屈ではないのです。
教育で身につけるものでもありません。

不思議です。
長いこと生きてきました。
先人の言葉を聞いてきました。
飯を食い、働いてきました。
感動はどうしようもないのです。
この頃は、涙腺がゆるくなりました。
これも仕方がないこと。くしゃみをしたら、ちびりますから。

諦めないで、性急にならないで人生の最期まで考えてみます。

満員に アイコンタクト 席譲る

2016年2月15日

コメント
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