小満芒種の候を迎え、陽射しは強くなり気温も上昇し時に夏日になる日もある。
近くではヨシキリが騒がしく鳴き、遠くではカッコーが誇らしげに鳴いている。
日中が最も長くなる季節を迎えて、ひげ爺菜園の野菜達も順調に生育している。
春の葉物野菜は「とう立ち」が早く、適期が短いので急いで収穫する事になる。
この時期は、苗ものから成長中のもの そして収穫もあるので手作業が多い。
そこに雑草取りが加わり、毎日が天候を見ながらの忙しい野菜づくりになる。
かき菜は収穫を終わり、今は小松菜① 山東菜ときぬさやが終わろうとしている。
早稲種のタマネギを 収穫したところで、カリフラワーとブロッコリーが収穫中。
レタスが収穫最盛期を迎え、食べきれないので友人などにお届けしている状態。
ハウス内のキュウリも初採りし、畑のスティックブロッコリーも 収穫を始めた。
来月の始めには、露地のキャベツや晩生種タマネギも収穫期を迎えそうだ。
すると、トマトの花揺すりに、 スイカやカボチャの花合わせなどが仕事になる。
雑草はますます元気になるので、「親の敵」とばかりに雑草取りで汗を流す。
かたきは雑草ばかりではなく、病気 害虫 害鳥 さらに異常天候も かたきになる。
梅雨の時期を迎えると、迎えろいろな敵(かたき)がやってきて厄介な時期になる。
野菜づくりには、こまめに手をかけ適切に対応をする「愛情」が大切なのだ。
そんな気づかい作業が増えるなかで、「なりもの夏野菜」が収穫期を迎えてくる。
キュウリに茄子、続いてピーマンにトマト、その後 スイカにカボチャと・・・。
「巧くやって上手く出来て、美味いと言われれば 旨い話」と、ひげ爺の独り言。
敵と喧嘩をしながら忙しい畑仕事、でも 収穫の歓びと食べる楽しさがある季節。
地上で竜巻 天空では金環日食 国会では・・・・、いろんなものが回っている。
そんな5月19日、高校の同級生仲間が 信州の別所温泉でクラス会を行った。
そして上田 別所 佐久 軽井沢など、各地をいろいろ回って二日間を過ごした。
「旧交だけではなく、酒と温泉で心も身体も温められた」と、ひげ爺の独り言。
それは、1夜の温泉であり 2回の昼食であり 3箇所の古刹参拝にあった。
1泊 :それは別所温泉の宿、選んだ宿は古さと趣を誇る「花屋」旅館だった。
大正ロマンを漂わす木造離れ家づくりの宿で、渡り廊下で各お部屋に通じる。
歳とった人間には歳とった宿が似合うようで、古風な雰囲気が好評だった。
しかし途中に階段や曲がり角が多くあり、お風呂帰りに迷子になる者もいた。
離れ家作りだから迷惑はかからず、二次会の終了は深夜の0時を過ぎていた。
2食 : 今回の旅道での中二回の昼食、地域の名物となれば 蕎麦と鯉になる。
一日目は上田の中心にある 老舗そば店の「刀屋」、お店に到着すると すでに
20人程の待ち行列があり駐車場も満車、飽きずに空きを待つことにした。
店前で約40分待って、小盛り(これが普通量)の天ざるそばにありついた。
二日目は 仲間が「鯉」を食べたいと強く云うもので、必ずしも旬ではないが
佐久市まで車を進めて料理屋を探し、「あさや」と言う割烹に落ち着いた。
注文してから料理をするため、約1時間を飲みながら待ち 鯉の南蛮 あらい
甘煮の三点が揃った定食料理をいただいて、満足感と満腹感を味わった。
3寺 : それは上田地域の名刹3ヵ寺、誰もが参拝が似合う歳になっている。
先ず別所の「北向観音」参拝、平安初期の創建と言われ善光寺に向かって北
向きに建っていることが山号となり、厄除観音として広く信仰を集めている。
続いて別所の「安楽寺」。 天長年間に開かれたと言う古い寺で、境内の高台
にある八角三重塔は長野県内で最初に国宝指定された建造物になる。
そして塩田平の「前山寺」。平安後期に弘法大師が開いたという。欄干や窓
のない三重塔は「未完成の完成塔」と言われる簡素な美しさを誇っている。
環境省は10日、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地を保全する「ラムサ
ール条約」の国内登録候補地として、渡良瀬遊水池などの計9カ所を選定した。
各候補地は、今年7月の国際会議で 正式登録される見通しで 日本の登録湿地
は釧路湿原をはじめ 計46カ所になり、埼玉県内では 初めての登録地となる。
渡良瀬遊水地は、茨城栃木群馬埼玉の4県にまたがる2861㌶の広大な湿地。
明治時代に足尾銅山の鉱毒が一帯を汚染し、被害拡大を防ぐため谷中村を廃村
して作られた遊水地で、本州で最大級のヨシ原を主体とした湿地になっている。
現在 国有地として国交省によって管理され、洪水防止用と飲料水用とを兼ねる
人造湖「谷中湖(ハート湖)」とその周辺湿地は野鳥たちの楽園になっている。
絶滅が危惧される動物や植物も多く生育していて、猛禽鳥類ではサシバ・トビ・
チュウヒ・ハヤブサなど、植物ではトネハナヤスリやタチスミレなどである。
利根川周辺の稲作主体とした平地とそこから見える山地の存在が、水鳥を食物
連鎖の頂点にする生態系を維持する中で、動植物の種類を多くしているようだ。
日ごろ親しんできた遊水地の条約登録は大変喜ばしいことで、「人にやさしい平
地の観光」を訴えているひげ爺としては、新しい観光的地域魅力が発信できる。
登録の後も、行政や地域が行う保全保護活動に仲間とともに関わって行きたい。
なお遊水地については、このブログの2011年5月「遊水地のクリーンナップ」、
同年2月の「渡良瀬遊水地の探鳥会」と2010年2月の「渡良瀬遊水地を学ぶ」
に投稿しているので、お時間があったら写真ともども是非ご覧いただきたい。
「湿地の乾燥化や人が入りすぎると、失地の回復は難しい」と、ひげ爺の独り言。
保全保護のため、「いいいこと」と「いけないこと」を明確にし徹底することだ。
今回は、坂東三十三ヶ所のなかで最北部にある栃木 茨城の3箇寺を参拝した。
順番では2月のところを、道路の凍結が心配で5月に順を換えての実施だった。
風薫る五月の道を進むと 木々の色も山の景色も変わり 遠く山に残雪も見えた。
札所の趣も異なり、高所は若芽が萌え山桜が咲き 里は田植えの時期だった。
昼食は日光の馴染み店「ますだや」で、名物ゆば料理を懐石セットで注文した。
「日光の地名は、二荒(にこう)から発祥したのだろうか?」と、ひげ爺の独り言。
新緑に湯葉にと日光は結構だったが、商売気丸出しのどこかの寺は今市の感。
坂東観音霊場二十一番: 八溝山 日輪寺 本尊 十一面観世音菩薩
茨城 栃木 福島の接点にある八溝山系、その山深い頂き近くに日輪寺がある。
札所のなかでも最難所で、高速のインターから遠いことが昔の苦労を思わせる。
天平時代 役行者の開創と伝わるが、弘法大師や慈覚大師も来山したという。
頼朝の寄進を受けるなど、鎌倉から室町にかけて北関東屈指の霊場だった。
その後は火災焼失や明治の廃仏毀釈で衰退し、現本堂は昭和の再建になる。
坂東観音霊場十八番: 日光山 中禅寺 本尊 十一面千手観世音菩薩
いろは坂を上って開けたところが中禅寺湖で、その湖畔東岸に中禅寺がある。
寺伝は延暦3年、日光開祖勝道上人が男体山の登拝口に寺を開いたと言う。
上人がカツラの生立木に観音像を刻んだところから、「立木観音」と呼ばれる。
明治に山津波で本尊が湖に沈み、奇跡的に浮き上がった現在の地に移った。
赤い仁王門に続き鐘楼 愛染堂 大黒天堂 本堂があり、大寺の構えをしている。
坂東観音霊場十九番: 天開山 大谷寺 本尊 千手観世音菩薩
宇都宮の北西部に石材地の大谷があり、磨崖仏を本尊にした大谷寺がある。
仁王門をくぐると、納経所の奧に巨大な岸壁が覆い被さる形の本堂が見える。
内には凝灰岩に日本最古の磨崖仏、4㍍弱の本尊千手観音が彫られている。
像の造立は平安時代と伝わるが、弘仁時代に弘法大師が彫ったものとも云う。
寺域には磨崖仏が多くあるが、近くの公園には88尺8寸の平和観音が立つ。
今年のお花見は、三春の「滝桜」を訪ねることに決めて時期を見計らっていた。
桜の開花状況とお天気を予測し、4日前に4月28日の土曜日を決行日とした。
滝花が目的なのだが 花が満開で好天のうえ連休となれば道路渋滞は激しい。
三春インター周辺の渋滞を予想し、裏をかいて手前須賀川から間道で向った。
そして郡山市の最奧にある木目上石の里を訪ね、「不動桜」に立ち寄った。
お不動様をまつるお堂脇で、樹齢350年と云われる紅しだれ桜が満開だった。
近年まで知られてなかったこの桜、マイカー族やカメラ愛好者で賑わっていた。
そこから一寸先が三春町との境、三春に入って右方向に行けば滝桜があるの
だが、大渋滞の現場を確認して左に向かいシャトルバスを利用することにした。
町ではシャトルを薦めていて、運動公園と滝桜の往復に観桜料で@300円だ。
車運転で渋滞にイラつくこともなく、滝桜に近い駐車場まで入れて便利だった。
順路にそって歩いて行くと、そこは混雑とも云える見物客の行列が続いていた。
観光客は、昨年は大震災で少なく 今年は開花の遅れと降雨で出足は悪かっ
たと言うが、この日はその反動と好天に恵まれ連休とあって大賑わいだった。
「三春滝桜」は樹齢1000年と言われる紅枝垂桜の巨木で、呼び名は字地名
『滝』からとも、満開時の姿が『滝』に見えるから名付けられたとも云われる。
幹の太さと枝張りに貫禄があり、花付きの良さと満開の雄姿はまさに滝桜だ。
目が満足した頃には昼を迎えていたが、滝桜とその周辺には食事場所はない。
市街地にも桜名所が多く、食事も混雑していて食べられる状態でないと云う。
「目は満足でも腹ペコ、花より団子と云うに食事がない」と、ひげ爺の独り言。
そこで隣町の船引まで車を進め、やや遅い昼を食べて常磐道に帰り道をとった。